高2
今日、朝のホームルームから最後の六時間目の終わりまで、比企谷はクラスに来なかった。
風邪でも引いたのだろうか?
早めに伝えた方がいい事があるから話をしたかったのだが、その手段がない。
「それにしても、まさか本当に比企谷が魔女と関わっていたなんて…」
私は二年生になり自分の能力を理解して、それから超研部の白石さんに会って、他の魔女の事も知った。
しかし比企谷はどうやって魔女の事を知ったのだろう?
あいつ友達もいないし…。
「ねぇ、飛鳥先輩が停学って本当なの?」
「うん、確か男子とキスしたのがばれて生徒会長が直々に罰を与えたって噂だよ」
「なにそれやらしぃ~」
「っ!!」
色々考えながら昨日と同じ2-B教室に向かっている途中、女子たちの会話が聞こえてきた。
何で群れている女子ってうるさいのだろう、と言うのは置いといて、飛鳥先輩が停学なのはビックリだ。
それにあの女が男子とキスするなんて…。
「まぁ、ただの出鱈目よね。飛鳥先輩が山崎以外の男に興味を持つわけないし」
そんな独り言を言い、2-B教室のドアを開けた。
「山田に玉木、二人とも早いわね」
教室にはすでに、何故か不機嫌そうな玉木と頭を抱え苦悩している山田がいた。
「俺はもともとこのクラスだ。それよりヤバいぞ、山崎のやつ仕掛けてきやがった」
「僕の所にこんなものが届いた。たぶん君の所にも来ただろう?」
「ええ、特別集会のことでしょ」
そう、今日私の所には生徒会から三日後にある集会の呼び出しがあった。
やれ伝統的な行儀だから必ず来いだの、来なければ罰則を与えるだの、
こんなの横暴だわ。
「生徒会って最低ね」
「いやいや、お前生徒会だろ」
「ふん、そんなの昨日までの話だわ。
今日からは普通の生徒よ。昨日山崎にクビにされたの。
新生徒会の発足にあたっての任期終了だって」
まぁ自分でもやめようと思っていたけどね。
「…話はズレたけど特別集会に呼ばれているのは魔女全員だ。
もしかしたらだけど山崎は僕たちが七人を集める前に儀式を開こうとしているのかもしれない」
玉木は相変わらず不機嫌そうで、指の爪で机をカツカツ言わせている。
「つまり残りの期限は三日。
全く、こんな大変な時なのにあのゾンビ男は何してるのかしら?」
私がそう言った時、玉木は反応した。
「……比企谷君は罠にかかったんだ」
「は?」
「比企谷君は罠にかかって停学になったんだよ!!」
「ちょ!…何でいきなり大声出すのよ」
玉木は怒りが爆発したように、声をあげる。
「山崎め!!この僕の親友である比企谷君に手を出すなんて!!
必ず裁きの鉄槌を下してやる!!」
「いや、どういう事よ?比企谷が停学?」
「ああ、さっき玉木の所にメールが届いてな。
何かあの秘書にやられたらしいぜ」
「秘書って飛鳥先輩でしょ。
…そう言えばあの人も停学だって噂で聞いたけど」
その時、私の頭の中でパズルのピースが揃った。
比企谷が停学。
飛鳥先輩も停学で、噂では男子とキスしたから。
そして昨日山田に見せてもらった警告の内容
「ま、…まさかあいつ」
「秘書にキスされて停学くらったって」
この時、私の中で確かに怒りが沸いてきた。
「へ……、へぇ~~。
あいつ昨日はここに顔も出さずに何してるのかと思ったら、飛鳥先輩にそんなふしだらな事してたのね。
......あっそう、そういうことするんだあいつ」
「いや、落ち着けよ。あいつは被害者だって」
「ふーーん、まぁこれっっっぽっちも気にしないけどね」
「どこがだよ!」
比企谷の件でもう少し言いたいことはあるけど、とりあえず今はクールにいかないと。
「ふう、…今はやるべき事をやりましょう。
期限は後三日しかないんだから今すぐにでも手を打つわ。
山田は今から白石さんの所に行って記憶を戻してきなさい。比企谷が協力を頼んだとはいえ、記憶を戻しておいた方が便利だわ。
そして私と玉木は西園寺リカを全力で探しましょう」
「…確かに、もうなりふり構ってられねえな」
「ああ、分かったよ」
もちろん比企谷の事は後でキッチリ問い詰めるけどね。
*
こうして私と玉木は西園寺リカを探し始め、彼女を探すのは困難極めると思っていたがそんな事はなかった。
「やっほー☆」
西園寺リカは自分から姿を現したのだった。
「ふん、僕たちの記憶を消しておいてよくもまぁのこのこと出てこれましたね」
「そんな事言われてもリカだって好きでやったわけじゃないしぃ、それにずっと探されるのも嫌だしね」
ふざけているように感じさせる態度で玉木をさらにイラつかせている。
「…聞きたいのですけど、あなたは私たちに協力してくれますか?」
「それは無理かな。私は春ちゃんの味方だし」
春ちゃんて、…山崎のあだ名?
「じゃあ山崎は魔女を集め、儀式を開いて何をしようとしているんですか?」
「うーん、それは本当に知らないな。
でも多分、
春ちゃんは山田君を消そうとしているんじゃないかな?
魔女の能力が効かず、消した記憶を戻せるなんて春ちゃんからしたら邪魔過ぎるからね」
「そんな事が…」
「まぁテキトーに言っただけだけどね。
それじゃあリカも質問してもいいかな?
何で春ちゃんは比企谷君の事をあんなに気に入ってるの?」
「山崎が気に入ってる?」
聞いたこともない話に私は驚く。
「今の彼って春ちゃんにとって山田君と同じくらい面倒な子でしょ?
だから前に山田君に関する記憶を消す時に、春ちゃんに比企谷君の所にも行こうかって聞いたら行かなくていいっていうんだよ!
何でって聞いても答えてくれなかったし、こんなの特別扱いだよ!」
「どこが気に入っているんですか?比企谷君は今停学させられているんですよ」
「それは美琴ちゃんが勝手にやったことでしょ?春ちゃんが命令した事じゃないし」
「でも……」
「まぁ知らないならいいや。
じゃあそういう事でリカは協力しないから」
ばいばーいと言って背を向く彼女に、私は必死で言葉を探した。
少しでも彼女と交渉するのに必要な事を聞き出さないと…。
「…なんでそんなに山崎会長にこだわるんですか?」
「クス、
それはね、私たちはお互いになくてはならない存在だからだよ。
春ちゃんは私がいないと会長の役目を果たせないし、私は能力を使うと春ちゃん以外の人達から忘れられちゃうからね」
「能力を使うと忘れられる?」
「難しい話はここまで。
それじゃあ行くから」
そう言って西園寺リカはそれ以上何も説明しなかった………。
*
宮村家にて
「……と言う事があったんですが」
「ふむ、なるほどな」
西園寺リカが去った後、私は玉木に連れられて宮村の家に来た。
宮村のお姉さんは私たちと同じ朱雀高校の生徒で、魔女についてよく知っているらしい。
「それで、山田は何があったんだ?
さっき下で虎之介を連れ出そうとしていたが」
そしてなぜか白石さんの所に行ったはずの山田も宮村家に来ていた。
「それが白石にキスしようとしたけどそいつは白石じゃなかった」
「「「?」」」
「だから、白石と飛鳥が入れ替わってるんだよ!
つまり今超研部にいる白石は飛鳥美琴で、自宅で謹慎処分を受けている飛鳥は白石なんだよ」
「あぁ、なるほどね」
飛鳥美琴は比企谷を停学にするだけじゃなく、入れ替わりの能力を持つ白石さんと体を交換して、白石さんも捕まえたって事ね。
…思っていたより厄介なことになっているわ。
山崎の奴、特別集会までに儀式を開かせないつもりね。
「だから今すぐ宮村を連れて飛鳥の家に行かねえと。
生徒会役員がいないと中に入れてくれないんだ」
「…お前の言っている事は分かった。
だが今は待て。
今すぐに白石を連れ戻しても同じことが繰り返されるだけだ。
お前だって四六時中彼女を守ってやれるわけではないだろう?」
「……確かに」
宮村先輩は私達と違って冷静に判断し、イラついている山田を正論で落ち着かせる。
「今ややこしい事になっている白石と飛鳥美琴は後にしろ。
それよりも優先すべきは西園寺リカだ。
もう時間も残っていないのだろう?明日までにあいつを味方につけろ」
「「明日!!」」
今日の調子じゃ全然いける気がしないんだけど。
「…ああ、分かった。明日までに何とかしてやる」
「ちょ、山田君、大丈夫かい?」
「それができなきゃ俺達は負けるんだろ?
もう当たって砕けるしかねぇよ」
「砕けたらダメだよ!」
「分かってる。それじゃあ帰るぞ」
「待ってくれ、山田君」
帰る山田を追いかけて玉木も出て行く。
私も帰って明日の事を考えないと。
「じゃあ、お邪魔しました」
「ああ、
……お前に会えて良かったよ」
宮村先輩は私と初めて会ったはずなのに、
何かを懐かしむように、そう言った。
「私もです」
そして私も、懐かしい気持ちになった。
まるで、
比企谷と一緒にいるときのように。
「…寧々、比企谷の事をよろしく頼む」