高2
宮村家前にて
俺は先日に言った通り、山田と玉木を連れて宮村先輩の家に来た。
理由としては今の状況を伝えたかったし、魔女の事は俺よりも先輩の方が知っているので山田達と一緒にいろいろ聞きたかったからだ。
「着いたぞ」
「へぇ、大きい家だね」
「……白石の好きな奴って誰なんだ」
宮村先輩には前もって訪問することを連絡していて、インターホンを鳴らせば返事を待たなくても入っていいと言われたので、言われた通り一度鳴らしてドアを開けた。
「勝手に入ってもいいのかい?」
「許可をもらっているから大丈夫なはずだ。
それより、少し待たせているから機嫌が悪いかもしれない」
ついさっきフラれた山田はまだ回復しておらず、ここに連れてくるまで少々時間がかかってしまったため宮村先輩を結構待たせている。
二階に上がり先輩の部屋のドアをノックすると、入れと中から言われたのでドアを開けた。
その時
シュッっと空気を裂き、二本のハサミが飛んできた。
「「あぶなっ!!」」
ハサミは山田と玉木の頬にギリギリ当たらず、廊下の壁に刺さった。
「遅いぞ!何をやっていたんだ!」
「すみません、少しアクシデントが」
予想通り少しお怒りの様だ。
ちなみにハサミを投げるのは通常運転なので機嫌が悪いのとは関係ない。
「ちょっ!比企谷君。僕と山田君の頬がパックリ割れる所だったよ!」
「当たってないから大丈夫だ」
「何で比企谷君には投げつけないんだよ!」
宮村先輩と初対面の玉木が文句を言う。
「バカ者、私が可愛い後輩にハサミを投げつけるわけないだろ」
「…理不尽だ」
「まぁおふざけはその辺にして、そろそろ本題に入りましょうか」
いつまでもグダグダやってられないので話を切り出す。
「大体予想していると思いますが、そこにいる山田と玉木は西園寺先輩によって周りの人の記憶を消されました」
「ほう、…つまりそいつが比企谷と同じ能力を持っている奴か。
山田は予想通りだが、まさか君もやられたとはな」
「…まぁ、たまたま七人目の魔女の名前を知ってしまいまして」
そう言えばなぜ玉木が西園寺先輩にやられたのか聞いていなかったが、どうせしょうもないミスでもしたんだろう。
「それで、記憶を取り戻す方法についてなんですが…」
「ああ、それについて話したいがその前に…、
おい山田、さっきから元気ないぞ。どうしたというのだ?」
ずっと後ろで黙っている山田を見て、宮村先輩は声をかけた。
「さっき女にフラれたんですよ」
「おい!言うんじゃねえよ!」
俺がばらした瞬間、怒り始める。
どうやら怒る力はある様だ。
「ふっ、男が情けないな。それに忘れられているのだから仕方ないだろう。
告白なら記憶を戻してからもう一度すればいいじゃないか」
「…確かに」
「そしたらまたフラれるんじゃないかい?」
「余計な事言うな」
実際、白石うららの好きな人など想像できない。
それは俺と白石は仲がいいわけじゃないから当然のことかもしれないが、あのタイプの女子がどんな奴を好くのが普通に見当つかない。
「まぁ山田の告白は後に回すとして、西園寺リカに消された記憶の事だが正直に言うと戻せるかどうかわからない。
ただ超研部に置いてあった資料にはこんな事が書いてあった」
宮村先輩は一枚の紙きれを玉木と山田の前に出し、その内容を読み上げた。
「“七人全ての魔女を集結させると願い事が叶えられる”
これを私は“儀式”と呼んでいる」
「…これが比企谷の言っていた奴か」
「儀式と言っても七人の魔女を集める以外何もわかっていない。
つまり七人の魔女を集めることが出来たとしても、本当に儀式が出来るのか分からないし、出来たとしてもやり方が分からない」
「望み薄って事だな」
「ああ、だが私はずっと疑問に思っているんだ。
なぜ生徒会は七人全員の魔女を知ったものの記憶を消そうとするのか?
これは奴らにとって何か都合の悪い事があるからじゃないのか?…とな」
「つまりそれが儀式って言いたいのか?」
「そうだ」
山田も玉木も息をのむ。
「どちらにせよ俺達には他に手段がない。
だから俺は、…七人の魔女を集めたい」
…もう時間が経ちすぎているのだ。
宮村先輩は学校を休み過ぎている。
正直留年するんじゃないかと心配でたまらない。
「玉木に山田、お前たちはどうする?」
俺の質問に対してすぐに返事をしたのは玉木だった。
「フフフ、愚問だね。
親友の比企谷君のピンチは僕のピンチだ。
君が困っているなら当然手を貸すよ」
こういう時だけ無駄にかっこいい事を言う玉木。
少し見直してしまった。
「前にも言ったが俺だって手伝うぜ。あいつらとまた話したいし、白石にちゃんと告白したいからな」
山田も賛成し、協力してくれることになった。
「…話がまとまったのなら帰るといい、魔女集めは明日からするのだろう?
今日はゆっくり休め」
「そうだな、話も聞けたし俺は帰るわ」
「それじゃあ僕も」
そう言って山田も玉木も挨拶をして帰っていく。
「……俺もそろそろ帰りますね」
二人が帰って行ったので、自分も帰ろうと思いカバンに手を伸ばしたが、その手を宮村先輩がそっと握った。
「……なぁ比企谷。
もし記憶を戻すことができなかったら、もうお前は自由に高校生活をやって行くんだ」
「…何を言っているんですか?」
「お前はとても優しい奴だ。
山崎が私たちを忘れてしまって、私が学校を行くのをやめてからずっと、
お前は私たちの事だけを考えているだろう?」
宮村先輩は優しく微笑んでいるようで、何かを悲しんでいる様な、
そんな表情だった。
「でも、もういいんだ。
比企谷はもっと自分の事を考えるべきなんだ。
お前は周りの人から忘れられてしまった事にもっと悲しんで、これからどうして行くか考えるべきなんだよ」
「…別に俺は、もともと覚えられていないですし」
「そんな事ないさ。
比企谷の事を想っている子がちゃんといたのを私は知っているんだぞ」
この人が誰のことを言っているのか、俺は分かっていた。
「だから私と山崎の事じゃなく、比企谷はその子にもっと目を向けるんだ」
「……はい」
宮村先輩はまるで何でも見通しているかのようだった。
「それとな、
私もそろそろ学校に行くよ。後輩のお前が頑張っているのに先輩の私がいつまでもこんなんじゃカッコ悪いからな」
「……そうですか」
「…そこで頼みがある。
もし私が西園寺に記憶を消されて、お前や山崎の事を忘れてしまったら、
今度は比企谷が私に声をかけてくれないか?
私と比企谷が初めて会った時のように」
この時、懐かしい記憶が脳裏に浮かんできた。
“おい、君!まさか魔女に興味があるのか!?”
先輩はそう言って、初対面なのに何一つ遠慮せず、俺を部室まで引っ張って行った。
「…あの時君に声をかけて本当に良かった。
私も山崎も初めて後輩が出来て本当に嬉しかった」
「…俺もですよ」
彼女は俺の手を握り続け、俺の目を見た。
「…ずっと言いたかったんだ。
ありがとう。
私たちの後輩になってくれて…。
どうかこれからも、私たちの後輩でいて欲しい」
彼女の優しさに、俺は何度救われたか分からない。
“ありがとう”なんて言葉は俺が言うべき言葉だ。
あの時からずっとこの人を救えずにいる俺は、あの時よりずっと前からこの人に救われ続けている。
「…先輩、俺は超常現象研究部に入って良かった」
だから俺はこの恩を返したい。
また宮村先輩が笑っていられるように、
宮村先輩と山崎先輩が一緒に笑っていられるように……。
「……ありがとう。比企谷」
もうこの物語も、終わりにさせる。