比企谷君と虜の魔女   作:LY

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第十九話

高1

 

 

人との別れは悲しいけど確実に会って、それはいつか迎えると分かっている。

でもそれには節目があって、大切な人であればさよならを必ず言えると思っていた。

 

だから私の心は叫んでいる。

 

だから私の心は泣いている。

 

理不尽だ。

 

彼ともう一度会いたい。

 

 

……。

 

 

でもこれは、

 

 

誰にも聞こえないただの独白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後 中庭にて

 

 

「フフン、来たわね」

 

「おう、早いな」

 

 

メールで言われた通り、授業が終わってからすぐに中庭に来たが小田切の方が先に着いていた。

 

 

「呼び出した理由は他でもない、中間テストの結果についてよ」

 

「いい点とれたのか?」

 

「ええ、聞いて驚きなさい。

何と、現国で85点も取ったのよ!」

 

「おぉ、思ってたよりも点数高いな」

 

「そうでしょ!」

 

 

小田切はよほどうれしかったのかテンション高めだ。

 

 

「この点数なら比企谷ともいい勝負してるんじゃないの?」

 

「まぁ確かにそうだな。

 

94点だから9点しか差がねえな」

 

「…94点」

 

 

ふっ、学年2位(国語だけ)の実力をなめてもらっちゃ困る。

 

 

「…比企谷のくせに生意気だ」

 

「何それ、つるはしで穴掘って攻め込んでくる比企谷君を倒すゲームか?」

 

「…何言ってんの?」

 

 

あらら、こいつゲームとかしなさそうだからネタが通じないか。

 

 

「それで、数学どうだったの?90点取れた?」

 

「さすがに90点は無理だ。

68点だった」

 

「68か、もう少し取りたかったわね。私の教え方がダメだったのかしら」

 

 

小田切の教え方はかなり分かりやすかった。単純に俺の基礎力が足りなかったのだろう。

 

 

「いや、本当に助かった。ありがとな、小田切」

 

「べ、別にそんなに改まってお礼しなくてもいいわよ。

…私もあなたのおかげで点数上がったし」

 

「そうか。

また機会があれば頼んでもいいか?」

 

「当然よ。あなたは私の秘書になるんだから遠慮なんていらないわ」

 

 

私に任せなさいっと付け足して言う。

 

いつの間にか俺が秘書になるのは決定しているようだ。

 

 

「…それじゃあ、そろそろ部室に行くわ。

小田切も手芸部あるんだろ?」

 

「ん、分かったわ。じゃあまたね」

 

 

小田切は胸の前で軽く手を振ってから、部室の方に走っていく。

 

 

「…“またね”、か」

 

 

俺も部室に向かおうと思った時、後ろから少し冷たい風が俺のアホ毛を揺らした。

 

風は草の匂いと一緒に、甘い香水の香りも運んでくる。

 

 

何故かそれが気になり、俺は振り返った。

 

 

 

 

「……西園寺先輩?」

 

 

「こんにちは、比企谷くん」

 

 

 

 

俺の視線の先には日傘をさした西園寺リカが立っていた。

 

 

 

 

 

 

……。

 

……。

 

 

俺はずっと思っていたことがある。

 

 

 

小田切寧々は明るくて可愛い女の子だ。

 

実は努力家で、俺には誰からも尊敬され、愛されたがっているように見えていた。

 

しかし不器用で上手く友達が作れない所が、また可愛らしかったりする。

 

 

 

 

 

そんな小田切の事がとても好きだった。

 

 

 

 

 

「俺に何か用ですか?」

 

「うん、用ならあるよ。でもその前に言わないといけないことがあるの」

 

 

 

たぶん“また”会っても、俺は小田切寧々の事が好きだと思う。

 

 

 

「…ゴメンね。比企谷八幡くん」

 

 

 

 

 

 

たとえ俺の事を忘れていようとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やけにぐったりした朝だった。

 

いつもは張り切って学校に行く準備をしていたのに今日はあまり気分が冴えない。

 

今まで何が私の気持ちを明るくしていたのだろう?

 

 

 

登校しながら昨日の事を思い出す。

 

私の苦手な国語のテスト、いつもは60点台なのに今回は85点。

 

それが頭に浮かぶと私は少しうれしくなった。

 

「うーん、でも何でそんなにいい点数がとれたのかしら?」

 

不意に疑問に思ったが、その理由を考えなかった。

 

 

 

 

 

そうして私は歩き続け、いつの間にか朱雀高校前の大通りについていた。

大通りには私と同じく通学する生徒でいっぱいで、みんな同じ方向に向かって歩いている。

 

 

 

しかし、正門の脇に一人だけ、

 

私達の方を見て立ち止まっている男の子がいた。

 

 

 

たぶん誰かと待ち合わせでもしているのだろう。

 

私はそう思って、校門に向かいながら何となく彼を見ていた。

 

彼はキョロキョロと誰かを探し続け、次第に私との距離は縮まっていく。

 

 

そしてすぐそばまで来て、

 

 

 

彼と目が合った。

 

 

 

 

「......何か用かしら?」

 

 

「なぁ俺の事、

 

……いや、何でもない。すまん、人違いだった」

 

 

 

「…そう」

 

 

 

 

一瞬胸がざわっとした。

 

でも会話はそれきりで、私はまた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「…さっきの男の子」

 

 

 

 

私が声をかけた時、とても悲しそうな顔をしていた。

 

何故か分からないけど、それがとても気になって私の歩くスピードはどんどん遅くなっていく。

 

やはり今日は気分が冴えない。

 

今まであった気がする楽しみは何だったのだろう?

 

さっきの男の子はなぜあんな顔をしたのだろう?

 

私は考え続けた。

 

考えて、

 

考えて、

 

 

そして下駄箱の手前でついに立ち止まってしまった。

 

 

 

「……どうして、あんな顔をするのよ」

 

 

私はそう呟いた瞬間、元来た道を走り出した。

 

 

 

何でこんな事をしているか分からない。

 

でもどうしても気になる。

 

さっきの彼の顔を思い出すと胸が締め付けられるように痛い。

 

 

私は校舎へと向かう生徒達の中をすり抜け、さっき彼と会った場所まで戻って来た。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

でも、あたりを見回してもさっきの子はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数か月後、

 

私は生徒会副会長に就任した。

 

 

 

 

 

そして二年生になり、私は魔女の能力を持っていることが分かった。

 

相手を虜にする能力。

 

これはとても便利で、たくさんの人を虜にして私の親衛隊にした。

 

 

これで生徒会長になれる。

 

そう思い、能力を使い続けた。

 

 

しかし能力に夢中になっているせいで私はすっかり忘れてしまった。

 

校門のそばで会った彼の事を...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月

 

クラスで行われる林間学校の班決め。

男女の組み合わせはくじで決めることになった。

 

「ではくじを引きに来てください」

 

私はグループを代表してくじを引きに行き、自分の引いた紙を見たら3番と書いてあった。

 

 

「3」

 

 

隣で私より少し早く、くじを引いた男子が番号を言う。

 

 

私と同じ番号だ。

 

 

先生は彼から番号を聞くと、“比企谷班”と綺麗な字で黒板に書く。

この子は“比企谷”と言う名前なのか。

 

 

 

そして先生がチョークを止めるのを見計らって、私も番号を伝えた。

 

 

「3番」

 

 

それを聞いた彼は、席に戻ろうとしていたが私の方を振り返り、私と目が合う。

 

 

 

たった数秒、

 

 

ほんのわずかな数秒だけ見つめあって、私は彼にこう言った。

 

 

 

 

「じゃあよろしくね」

 

「…あぁ、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが彼を忘れてしまった私と、

 

 

私の事を覚えている彼の出会いだ。

 


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