【完結】妖精さん大回転!   作:はのじ

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【重要】
 このお話には艦隊これくしょんで実装されていない、または実際には就航されなかった艦船もいてたりします。ただイメージ出来ない艦娘を出しても味も素っ気もないのでフレーバーですが。これは、僕の設定上の都合ではあります。ですのでタグに【ご都合主義】を追加しました。

追加のタグとして【残酷な描写】【鬱】も追加しています。合わせてご注意下さい。


最終話 Thank you for all the fairies(四)

「比叡。この作戦の肝はお前だ。姿はわからん。だが見れば必ずわかる。そんな奴だ。見えたら狙い撃て。他は一切無視して構わん」

 

「ひえー!」

 

「そいつは力を見せつけなきゃならん。早い内に必ず出て来る。任せたぞ」

 

「ひえ~っ!?」

 

 比叡の不調は回復していなかった。常ならば比叡の命中率は決して悪くない。火力の事を考えると比叡一択だ。上手くいけば一撃で轟沈可能なのは比叡だけなのだから。

 

 多摩の偵察機から連絡が入った。霧の噴霧が止まり深海棲艦が続々と出現している。その数が一〇〇を超えたところで多摩は闘争本能で危険を感じ現地を離脱。合流するため基地に向かっている。

 

 作戦は単純。出来る限り島に引きつけ、おっさんの火力支援を最大限に活かした上で、集団のボスが出てくるまでひたすら我慢。出てきたところで比叡の大火力で殲滅。後は野となれ山となれ。それは作戦とは言えない、特攻と言うべきものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

      最終話 全ての君たちにありがとうの言葉を(Thank you for all the fairies)(四)

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧と見間違う朝靄(あさもや)の中、その集団は現れた。靄が晴れると全容が見えてくる。総数は優に一〇〇を超える。中段より少し前辺りに凶悪な気配が感じられた。群れを束ねる個体だ。あの晩、提督が感じた物と同じだった。生きている物全てを呪うかのような瘴気が渦巻いている。それは実体化寸前の様に色濃く感じられた。

 

 前衛の深海棲艦がぎちぎちと歯を鳴らして威嚇している。一つの集団として人類が誰も経験した事のない数が目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「修理急げ!」

 

「応急修理要員さん。おねがいします」

 

「デバンダデバンダー」

「ミテミテ。アナガアキソウダヨ」

「ネー」

「ホキョウシトキマスカー」

 

 総力戦だった。提督は護衛艦に乗り込み中段のやや後ろから艦隊を指揮する位置にいた。前衛に天龍、皐月、卯月の三隻。中段に多摩、球磨、摩耶、鳥海、比叡、護衛艦。後衛に加賀、鳳翔の布陣で深海棲艦を迎え撃った。

 

 護衛艦に電子兵装など一切ない。近代兵器も完全にオミットされている。あるのは対空機銃と魚雷のみ。本来ならば対深海棲艦に特化した逃げるための船だ。少しでも艦娘への攻撃を逸らすためだけに出撃している。

 

 護衛艦の装甲は薄くない。薄くないどころか明石の手による改修で回数は限られるが戦艦の直撃でも耐えられる仕様だ。その砲撃を先程受けた。加賀を狙い撃った砲撃を盾として受けたのだ。当たりどころが良く運行に支障は出ない。魔改造と言っていいほどの改修を受けたおっさんの護衛艦ほどではないが盾として申し分ない船である。

 

 航空劣勢。

 

 制空権の争いは加賀の頑張りでここまで盛り返した。位置の関係上おっさん艦隊からの砲撃は届かず最初の攻撃は深海棲艦からだった。深海棲艦から飛び出した艦載機が空を覆った。それを見た摩耶が言った。

 

「あぁ?あいつら馬鹿か?艦攻も艦爆も艦戦もごちゃまぜだぞ。空飛んでりゃ制空権確保したとでも思ってんのか?」

 

 高雄型三番艦重巡洋艦 摩耶。

 

 摩耶の名の由来は六甲山系に連なる摩耶山から来ている。摩耶山の名自体が釈迦の生母・摩耶夫人(まやぶにん)に由来するせいか、性格は非常に慈悲深い。天龍と重なる部分があり、他人に悟られるのを嫌って口調はぶっきら棒。しかし言葉の端々から摩耶が他人を労っているのがよく分かる。そしてそれは艦時代にあった事故が原因なのかもしれない。対空性能を強化し防空巡洋艦となった摩耶は手違いで味方編隊を誤射し撃墜している。摩耶がどれほど心を痛めたか余人には分からない。故に摩耶は言葉に刺を持つようになった。近づかなければ傷つけることはない。だが艦娘達は分かっていた。摩耶がどれほど心優しいかを。それからだ。摩耶は得意な技に磨きをかけた。二度と仲間を傷つけぬよう。大切な仲間を守るため。防空巡洋艦摩耶。ついた渾名は口調と相まってその名も『対空番長』。その対空防御は皐月をも凌ぐ仲間を大切にする心優しき艦娘である。

 

「ぶっ殺されてぇかぁ?」

 

「ボクとやりあう気なの? かわいいね!」

 

 艦娘を代表する防空艦二隻の共演。全艦娘から対空機銃が火を吹くが、全てを足しても摩耶と皐月の二隻に及ばない。弛まぬ努力で技を特化させた艦娘は多い。この二隻も鳳翔や加賀と同様、特異な存在といってもよかった。

 

 次々と空に穴が開いていく。撃ち続ける二隻。摩耶と皐月の真骨頂だ。空いた穴に加賀から発艦した艦戦がきれいな編成を組んで飛び込んだ。加賀の超絶技巧をもってしても二隻の支援がなければ数の差に押され制空権は喪失していた。軛を打ち込んだ加賀はここからじりじりと息つく暇もない制空権の奪い合いに突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 天龍のすることは深海棲艦の数が多かろうが少なかろうが変わらない。敵陣目指して駆け抜けるだけだ。だが数が多すぎた。歩を進めれば進める程火線の量は加速度的に増えていく。流石の天龍もこれは捌ききれない。

 

 視界の隅から捌ききれない攻撃がきた。天龍は左の主砲で受けることで直撃を避けた。主砲は弾け飛び海に沈む直前、妖精さんの「キニスルナ」の声が聞こえた。三年間整備を繰り返し手に馴染んだ装備だった。天龍は腰のバトルフックから同種の真新しい主砲を取り出し装着。「ヨッ。サッキブリ」手を振り声をかけてくる妖精さん。吹き飛んだ艤装に潜んでいた妖精さんと同一存在だ。装着感は吹き飛んだ主砲と寸分変わらない。よく馴染んでいる。

 

 前へ。

 

 前へ。

 

 小破へ至るギリギリの被弾で深海棲艦の群れの中に飛び込んだ。ここまでくれば逆に近すぎて深海棲艦も同士討ちを恐れて砲撃出来ない。逆に天龍は撃ち放題だ。脳筋ここに極まれり。

 

「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球磨と多摩は機動力を駆使して戦う艦娘だ。天龍や皐月のように壊れ性能はないが、艦娘として十分な練度を誇り、おっさん艦隊を支えてきた自負がある。だがこの数の深海棲艦は長い戦歴を振り返っても記憶にない。練度の低かった昔の二隻であるならば一〇分と保たず轟沈していただろう。

 

「魚雷発射クマー!」

 

 魚雷発射直後、砲弾が腕を掠める。

 

「なめるなクマー!」

 

 駆逐艦二級が轟沈。球磨の右舷側、少し距離を置いて多摩がトンボを切って砲撃を避けている。そして着水と同時に砲撃。

 

「そこにゃ!そこにゃ!そこにゃ!」

 

「にゃーにゃーうるさいクマー」

 

「クマクマうるさいにゃ」

 

 球磨と多摩の二隻は仲が良い。きっと開戦初期も仲が良かったのだろう。開戦当時はおっさんとは違う別の提督の旗下にあった。多摩と球磨には開戦時の記憶がない。最初の記憶は工廠の建造ドックの中だ。だからそういう事なのだろう。二隻同時の建造。滅多にあることではない。艦娘の建造は運だ。大量の資材で試行錯誤を繰り返す。しかし二隻は同時に建造された。連携では誰にも負けない自信がある。

 

 昔旗下にあった提督にはさほど興味はない。今の提督はおっさんだ。そして現在指揮権は委ねられおっさんの旗下を一時的に離れた。若干の違和感がある。慣れることはない。その提督のオーダーは下がるな。前に出る必要はない。だが下がるな。

 

 深海棲艦が前進し圧力をかけてくる。その分火線の密度が上がり避けても避けてもキリがない。

 

「にゃ。にゃ」

 

「クマー。クマー」

 

 にゃクマの度に深海棲艦の悲鳴が上がる。二隻の口から漏れる旋律は三拍子のリズムで円舞曲を奏でる。

 

 引くな。

 

 猫と熊のワルツはもうしばらく続く。

 

 

 

 

 

 

 

「あの馬鹿。どこまで突っ走ってるんだ」

 

 護衛艦の艦橋の窓から深海棲艦の群れの中に天龍のスカートがはためくのが遠目に見えた。

 

「比叡。あの辺りに天龍がいる。当てるつもりで一斉射」

 

 戦場の天龍は回りが見えなくなることがある。あのままでは脱出どころか補給の為に戻れなくなる。天龍の超能力めいた勘なら当たらないはず。なにより卯月が上手くフォローしてくれる。天龍が突っ込んだ時も影でフォローしていたはずだ。戦場での立場を天龍と皐月の二隻より一段下がった立ち位置に持ってきてるが、安定性は卯月がダントツである。おっさんとの演習で小破となったのも天龍と皐月をフォローしていたからだ。卯月がいなければ天龍と皐月も小破あるいは中破となっていたはずである。天龍は最終的に中破だったが。

 

 艦娘達も無傷という訳にはいかない。深海棲艦との練度の差は決定的だ。この艦隊の練度は開戦初期からの生き残りが多いことから非常に高い。だが数の暴力がそれを覆す。

 

 小破となった艦娘に早めに入渠するするよう指示はだしているが、簡単にはいかない。予備戦力が殆どないのだ。加賀は制空権争いで手が空かない。今も滝のような汗を流しながら発艦、着艦を繰り返している。予備戦力は鳳翔だ。航空劣勢の中、熟練の技巧で攻撃を掻い潜り入渠中の艦娘の穴を埋めてくれている。

 

 護衛艦への指示ははちに任せている。そこまで手が回らなかった。今も妖精さんが対空機銃を撃ち、魚雷を発射している。元々人間が作った船だ。いくら明石の手が入ろうと艦娘の装備には遠く及ばない。無いよりまし。猫の手程度のものだ。だが艦載機を数機、駆逐艦を一隻中破にしている。あの機銃ははちが撃っている事になるのか?

 

「もう少し。もう少し我慢してくれ」

 

 砲弾が至近に着水し船体が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に下腹に響く一際大きな叫び声が轟いた。びりびりと空気を震わせハウリングの直撃をうけたように腰が砕けかけた。群れを束ねる個体が苛ついている。提督は直感でそう感じた。全ての生あるものの存在を憎み呪いの様に響き渡る胸をざらざらとさせる不快な声。これに比べればすりガラス数百枚を爪で擦る音の方が何百倍も快適だ。

 

 中段に位置していた群れを束ねる個体が動き出した。深海棲艦の群れ全体が脈動しているようである。群れ後方に位置する深海棲艦が前進。押されるように中段、前線の群れが押し出されるように動き出した。先程の叫び声は苛ついた個体が全軍突撃の合図をだしたのかもしれない。

 

「全艦娘!下がれ!だが距離は保て。決して引き離すなよ」

 

 陣形を崩した深海棲艦が荒波の如く迫ってきた。艦隊は陣形を維持しながら後退する。先頭の深海棲艦を轟沈しても後から乗り越えるように迫ってくる。

 

「ゼッケイカナゼッケイカナ」

「エーキモチワルイヨ」

「ナンテイウノ?ドミノ?」

「キンタローアメジャネ?」

 

 妖精さんが横で好き勝手言っていた。あとはおっさんに任せるのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか。あの水雷戦隊は異常だな」

 

 自分の艦隊を棚に上げておっさんが呟いた。おっさんの視線の先には深海棲艦を引き連れた提督の艦隊が見えた。

 

 おっさん艦隊の情報は漏れている。海上移動は予備タンクにある僅かな燃料を使い切ればもう移動不能だ。海上戦は不可能。ならば深海棲艦の方から自発的に来てもらわなくてはいけない。じらして怒らせ経験の無さを利用して引き寄せる。上手くいくかなどこの作戦自体が博打なのだ。伸るか反るか。丁半揃って賭けに勝った。あとは役割をこなすだけ。

 

「さぁお前たち。若いもんに楽させてもらったんだ。ここから年寄りの踏ん張りどころだ」

 

 戦艦三隻が頷いた。信濃と息吹は知らん顔。私たちは若いのだ。戦艦三隻の額に井桁が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦の群れの後方に正確無比の砲弾が炸裂した。密集陣形で迫っていたこともあり炸裂した砲弾の破片が周囲に被害を拡大する。資源が十分に確保できていれば被害を数倍に拡大できていただろう。だがここで使い切る訳にはいかない。おっさん艦隊の役割は混乱を拡大し、群れを纏める個体を押し出すことだ。

 

 加賀が混乱に乗じて艦戦に指示を送った。ここに来て一六機で構成された六つの編隊は一二の編隊に再編され打ち込んだ軛から生じた罅を繋げ線にし、その線を繋げる事に成功していた。流れる汗が目に流れ込むが拭う余裕さえ無い。ここに来て加賀の技巧がまた位階を上げた。

 

 航空均衡。

 

 少数だが、廃棄され突貫で修理をしていた艦載機を信濃が投入した。編隊としての技量は加賀が上だ。しかし艦載機の個としての技量は信濃に軍配が上がる。海上では摩耶と皐月が信濃に合わせる対空攻撃。絶妙なバランスを保っていた天秤が傾いた。

 

 航空優勢。

 

 深海棲艦に空の優位性はなくなった。

 

 群れの中段から立ち上る悪意のオーラが前方へと動いていく。比叡も気がついている。これが最後の賭けだ。あとは比叡を信じて待つだけだ。

 

 群れを割ってそれが姿を現した。異形の深海棲艦の中でも一際目立つ人間を冒涜する悪意の塊。一見、蛙のような形状。しかし巨大な頭部は丸く中央に人間を丸呑み可能な程大きな口が歯列を並べて開かれている。上下の歯に嫌らしくも唾液の糸を繋げ、体内の熱を放出するかの如く瘴気のような白い息を吐き出している。ビルドアップされた人間に似た腕が一対ふざけたように頭部の左右から伸び海面を叩く。両の肩口には巨大な砲塔。悪意しか感じられぬ醜悪な姿であった。

 

 それが大きな口を更に広げ雄叫びを上げた。先程戦場に鳴り響いたものと同じだ。

 

 こいつが群れのボスだ。比叡の攻撃を待つのみ。びりびりと大気が震える中、そう思った提督は大口の異形の影からさらに小さな影が姿を現すのに気がついた。

 

 人形(ひとがた)

 

 一見可憐な容姿の艦娘と見紛う程だった。肌は白を通し越して白蝋の如く死者の白。長く暗闇よりなお昏い髪は膝の下まで伸び風に揺れる様は地獄に誘っているようだ。丈の短い薄手のワンピースは薄っすらと肌を晒し、放蕩な娼婦のような色気すらあった。一見人に見えるが決定的に違うのは憎しみに燃える真紅の瞳とその額から突き出た一対の角。そして胸元にも4本の小さな黒い角。明らかに人と異なるデザイン。艦娘とは真逆のベクトルを持つ悪意を押し固めた存在。

 

 「……ひ…て…」

 

 比叡撃て。人形深海棲艦を見た時から提督の体は金縛りの如く固まった。外部からなんらかの力が加わった訳ではない。自らの奥深くから湧き上がる恐怖が体を精神を縛り付けたのだ。人形が放つ悪意のオーラに魂が恐怖のロープで縛り付けられた。のどがからからに乾き何も考えずに喉を出た比叡への砲撃指示も言葉にならない。

 

 比叡早く撃て。目を反らしたくとも磁石に吸い付けられた鉄芯の如く視線が外れない。人形の顔がゆっくりと動いた。

 

 嘘だ。あり得ない。この距離だ。俺は艦橋にいるんだぞ。見えるはずがない。

 

 人形がにんまりと笑った。人形と視線が重なった。そんな事、人間の提督に分かるはずがない。分かるはずがないのに、分かってしまった。視認された。

 

 死の恐怖。

 

 あれは死だ。生きとし生けるものに死を賜る無邪気で純粋な狂気の悪姫。言葉も気持ちも通じない。当たり前だ存在としてのベクトルが違う。根源的に相容れない。愛も平和(ラブアンドピース)も寛容も許しもそんな概念すら持っていない。提督は死神に魂を握られかの如く身動きすら出来ずただ震え視野狭窄に陥り混乱に拍車をかけていた。

 

 こえぇよ。死にたくねぇ。なんでこんな奴が出てくるんだよ。今までお前みたいな奴でてこなかったじゃねぇか。ふざけんなよ。あぁ!こんな自殺紛いに艦娘(みんな)を巻き込んで。馬鹿じゃねぇの俺。怖い。天龍、鳳翔、卯月、皐月、はち。誰でもいい助けてくれ……

 

「撃ちます!当たってぇ!」

 

 戦場を覆った僅かな空白を切り裂いて比叡が悪姫に砲撃を放った。提督の金縛りが解けた。しかし膝は震え、立ち上がるのも難しい。

 

 比叡の放った一撃はスランプなどなかったかのように悪姫に一直線に伸びていく。直撃コースだ。比叡会心の一撃が悪姫に突き刺さり轟音と共に爆炎が立ち登った。

 

 誰かが言った。

 

「どうだ!?やったか!?」

 

 提督だったかもしれない。おっさんだったかもしれない。提督、艦娘が固唾を飲み煙が晴れるのを待つ中、再び大口の雄叫びが響き渡った。震えた大気が衝撃波のように広がり煙を吹き飛ばした。

 

 悪姫はいた。立ち位置を変えず、浮かべた笑みを変えず。額から一筋の血が流れている。変化はそれだけだった。

 

 大口の四度(よたび)の咆哮。同時に肩口の砲塔が動き、砲身が護衛艦に向いた。

 

 あ。ここで死ぬのか俺。

 

 提督がとっさに思ったのはこれだけだった。悪姫の登場から完全に飲み込まれていた。走馬灯など浮かばない。出来るのは大口の砲身を見る事だけだった。砲身がゆっくり動くのが見えた。

 

 誰もが動けない中、たった一隻動く艦娘がいた。天龍だった。天龍は悪姫と護衛艦の間、護衛艦の前に体を滑り込ませた。天龍の姿を見た提督は何故かほっとして気がつけば体も自由に動いていた。

 

「馬鹿野郎!!何してんだ!逃げろ!」

 

「馬鹿は提督(おめぇ)だ!ビビってんじゃねぇ!」

 

 天龍が刀を抜いた。

 

「オレが一番強いんだからよ!一番強い奴の相手はオレしかいねぇだろが!」

 

 天龍が名乗りを上げる。それは戦場の至る所、現在進行形で発生する爆音に負けない大音声。人形をした姿からは決して出るはずのない艦娘軽巡洋艦天龍の大咆哮。それが悪姫の気を引きつけた。

 

「オレの名は天龍!」

 

 天龍の名は、長野県の諏訪湖に端を発し、二県を跨ぎ遠州灘に至る天竜川に由来する。古来より度々氾濫し、恵みと同時に畏怖の対象となっていた。人々は荒ぶる川に人格を与え神として崇めることで日々の安寧を願った。そしてその人格は月日を経て二つの名を持つに至った。

 

 一つは「暴れ天龍」。そしてもう一つ。それは。

 

「大天龍の名を持つもんが!深海棲艦ごときに!」

 

 天龍が眼帯で封印している((てい)の)荒ぶる龍の真名(まな)だった!!

 

 天龍の大音声で大口が護衛艦に向けていた砲塔の角度を変える。悪姫が嘲笑った。

 

「負けるはずが!」

 

 ――提督(おめぇ)のよう。

 

「ねぇだろがーーーー!」

 

 ――盾になって死ねるなら悪かねぇよ。

 

 天龍が大口に向けて刀を構える。砲撃口から火薬が燃焼する光が漏れた。遅れて戦場全てに届く大轟音が鳴り響く。

 

 発射直後、亜音速に達した砲弾は僅かな弧を描くこと無く文字通り一直線に天龍に向かう。発生するはずのない衝撃波を周囲にばら撒き海面が直線状に水位を下げた。

 

 砲弾は人の目には見えない。だが艦娘は人とは違う。大天龍の真名を開放した((てい)の)天龍にはこんなもの止まって見える。見えるはず。見えるのか!?見えてくれ!!

 

 瞬間とも言えぬ瞬間を、更に細切れにした着弾の刹那、天龍が頭上に構えた刀を振り下ろした。巡洋艦天龍の艦首を模した刀は自らの分身(わけみ)と言ってもいい。切れぬものなどない。

 

 切っ先が砲弾に食い込んだのが見えた。後は切り裂くだけだ。天龍は刀を振り抜いた。

 

 着弾と同時に大爆発と轟音が鳴り響き、周囲一帯を殲滅せんと内包する死のエネルギーを振りまかんとした。しかし炸裂した爆風は天龍を起点に二つに裂け、熱風と鋼の破片を含んだ死の抱擁が護衛艦の艦橋部を避けるように後方に伸びていった。しかし爆音と衝撃波は互いに干渉を繰り返し護衛艦を襲う。基本排水量12,000トンを越す護衛艦が船体を浮かせ、軋ませながら一瞬の内に真後ろにずれた。船内にいた提督は、慣性の法則に従い前方に投げ出される。この時、伊8が体を割って入っていなければ、艦橋の強化ガラスで出来た窓に全身を打ち付け、最悪死亡していたかもしれない。伊8の幼くとも柔らかな全身と、艦娘でしか持ち得ない反射速度と精密動作での救助行動を以ってしても、提督の額から一筋の血が流れ出るのを防ぐ事は出来なかった。

 

 提督は自らの頬を二度殴りつけ、朦朧とした意識を取り戻す。痛いはずなのにどこも痛くない。アドレナリンが異常分泌していた。

 

「天龍!」

 

 立ち上がりよろめいた体を伊8が支える。そのまま窓に近づき天龍を探す。

 

 火薬の煙が色濃く残るその奥に天龍の女性らしいボディラインのシルエットが見えた。だが何かが違う。あるはずのものが無い。

 

「天龍!!」

 

 提督の叫びに応えたのか風が煙をさらっていく。

 

 天龍は二本の足で海面に立っていた。

 

 右腕は肩から先が消失。左腕は肘から先がない。頭部の電探は破壊され根本のみがぶら下がっていた。セーターは衝撃で吹き飛び一糸も残っていない。かろうじて残ったシャツとスカートが衝撃を分散する代わりに至る所が焦げ落ちている。眼帯は弾け飛び、橙色の瞳が深海棲艦を睨んでいた。

 

 天龍は倒れない。天龍の頭上では、妖精さんが別れを告げるように手を振り天に昇っていった。その姿は天使が天に還るようにも見えた。昇天するわけではない。仲間の妖精さんの縁を辿って移動しただけだ。旗艦を務める事の多かった天龍と鳳翔には応急修理要員妖精さんに常に一緒にいてもらっていた。特に天龍は無茶をするので念入りに頼んでいた。妖精さんがいなければ一発大破轟沈だったはずだ。

 

「……なん…だ……全然……大した…事…ねぇ…な……」

 

「クソがぁ!皐月!天龍下げろ!急げ!ドックに放り込め!!卯月!皐月のフォローだ!」

 

 提督は無線機を掴み大急ぎで指示を出した。怒りで頭に血が上っている。何に怒っている?深海棲艦か?無茶をした天龍にか?違う。自分にだ。無能で馬鹿でビビリな自分にだ。だが冷めた自分が言う。なんで天龍を下げたんだ?奴を倒しても暴走で押し潰されて死ぬ。倒さなくてもこのままジリ貧で死ぬんだ。意味なんかねぇだろ。おめぇほんと馬鹿じゃねぇの?

 

 ふざけんな!

 

 何が最適だ?勝てるか奴に?戦力比は?燃料は?弾薬は?ここで判断を誤れば旗下の艦娘共々全員あの世行きだ。いや違う。俺だけだ。艦娘は記憶をなくしてもまた建造できる。建造?

 

 この期に及んで建造だと?俺はまだ艦娘をどこかで道具だと思ってるのか?軍ですら艦娘を力を持った人間のように怖がっているのに、これだけ付き合いの長い俺が?

 

 脳裏に過去の思い出がフラッシュバックする。

 

 ――反吐を吐く提督を優しく介抱する鳳翔。

 ――腰が抜けて動けない提督を笑うことなく頑張ったなと褒めてくれた天龍。

 ――下着を濡らしても気が付かない振りをしてくれた皐月。

 ――久しぶりに食べる肉を奪いあい、最後は全て笑って譲ってくれた卯月。

 ――恐怖で震えて眠れない夜、一晩中手を握り何も言わず傍にいてくれたはち。

 ――ありふれた家庭料理の並んだ食卓を囲み美味い美味いと泣いた提督と艦娘。

 

 笑う艦娘、泣く艦娘、悲しむ艦娘、怒る艦娘。照れる艦娘。呆れる艦娘。

 

 失うのかこれを?全部?なんで?死ぬから?

 

 艦娘は存在した時点で完成している。完成してるが故に何も持っていない。唯一持てる自分だけのもの、『思い出』を死ねば全て失う。そして言うのだ。「皆さん、初めまして」。

 

 馬鹿だから考えないようにしていた。俺はあの時から死の恐怖に怯えていたのだ。おっさんの真似をしてらしくもない事を言って。何が俺達と一緒に死んでくれだ!艦娘の前だからって意気がってかっこつけて、死ぬ覚悟なんて本当はなかったのに。全員平気な顔をしていたが怖かったに違いない。それを文句の一つも言わずに。艦娘(みんな)を巻き込んで心中のつもりか?馬鹿じゃねぇの俺。全員生き残るいい方法ないのかよ。考えろよ。戦えない俺はそれしかできねぇんだから。

 

 『私の事を忘れないでください』

 

 お守りを貰った時、彼女が言った言葉だ。彼女は知っていたのだ。恐怖を。記憶を失う事の恐怖を。

 今気がついた。これは俺が死なない事を前提とした言葉だ。彼女は万が一、億が一でも俺に生きていて欲かったのだ。きっと自らを盾にしてでも。足掻いて足掻いて足掻いて諦めずに生きていて欲しいのだ。そうだ。死ぬのはごめんだ!こんなとこで死んでなんかやるものか!全員で生き延びてやる!

 

 知らずお守りを握りしめている提督がいた。

 

 目が覚めた。これからどうすればいい?答えは簡単だ。昔と同じことをすればいい。

 

「おっさん聞こえるか!あれはやばい!今までのと違う!撤退して大勢立て直す!出直しだ!援護頼む!」

 

 島から砲撃を指揮するおっさんに無線を飛ばし撤退の支援を要請した。直後、周囲に届く支援の砲撃と艦載機の密度が明らかに濃くなった。

 

 陸上に残った戦艦は、比叡に比べると老朽艦と言わざるを得ない。空母も自前の艦載機を殆ど失い今はニコイチ修理品だ。だが彼女達は経験値が違った。巨砲の連続精密射撃という矛盾を、背後を複数の艦戦に狙われながら艦爆、艦攻機のみを狙い撃墜していくという絶技をいとも簡単に成し遂げる。

 

 支援攻撃により前線にいる深海棲艦の圧力が明らかに減少した。その代わりおっさん部隊が押さえていた後方にいる深海棲艦が牙を剥いて迫ってくるだろう。だがおっさんが稼いだこの時間は地球上に存在する全ての黄金より貴重だ。

 

「全艦娘!聞け!撤退するぞ!護衛艦の影に入って奴の射線から身を隠せ!各自自由撤退の後ポイントβに集合!フタヒトマルマルまで俺が戻らない場合以降おっさんの指揮に従え!」

 

 「比叡!お前は最後だ!全員撤退完了するか、全弾撃ち尽くすまで奴の射線が隠れる場所で撃ち続けろ!」

 

 あの攻撃の直撃を受ければ、運が良ければ比叡と加賀は耐えれるかもしれないが他の艦娘は間違いなく消し飛ぶ。

 

「皐月!弾ケチるな!牽制にならん!」

 

 貧乏性が染み付いている皐月に大盤振る舞いの指示。

 

「加賀!鳳翔!艦載機の回収は忘れろ!撤退優先だ!」

 

 次の戦闘を考えていたであろう二人に赤字覚悟で涙の指示。撤退しながらそれでも燃料と弾丸が切れるまで艦載機を動かし続ける二人。

 

「多摩ァ!球磨が動力部に被弾した!お前から見て左舷方向!担いで逃げろ!」

 

 偶然の流れ弾に球磨が被弾。当たりどころが悪かった。直ちに支障はないが、最大速度に影響が出る。

 

「摩耶!鳥海!狙うな!当てんでいい!足止めるな!」

 

 怒鳴った事で後でぶっ殺されるかも知れない。

 

 その後も指示を出し続け、一段落した提督は戦況を意識しながらシートに腰を降ろした。

 

 時折被弾し、船が揺れるがこの程度であればもう少し耐えられる。まずいのは戦艦の直撃か、提督をしてやばいと思わせた大口深海棲艦だけである。艦娘達は指示通り射線を避けつつ、不規則な動きで後退し惜しみなく、惜しみなく、惜しみなく弾薬をばらまいている。あれ俺達の何日分だよ……。貧乏が全て悪いのである。艦娘全員が護衛艦の背後に移動し撤退を開始したのを確認した提督は伊8に指示を出した。

 

「はち。強速後退。比叡の撤退と合わせて全速離脱。回避はするな。この船は盾だ。離脱と同時に魚雷全部ばらまけ。次やばいのが直撃しそうになったら頼む。」

 

 使い捨ての船より艦娘の方が大事だ。船は沈んでも戦えるが艦娘がいないと話にならない。

 

「もうちょっと早く下がって下さいね」

 

「ビミョウナトコツキヤガッテ」

「ハヤサノゲンカイニチョウセン!ヒカリヨリハヤク!」

「イッパイイッパイデチ」

「ヘイヘイテイトクビビッテルー」

 

 提督は腰のベルトに装着した小型のエアタンクを念の為確認する。伊8が抱えて脱出する際に使用するものだ。海面を逃げるより潜行して逃げる方が生存率が上がる。提督は人間なので伊8の様に深くは潜れないが、水上から姿を消せる利点は大きい。

 

 轟音と共に水柱が上がる。至近に着弾した砲弾が護衛艦を大きく揺らした。深海棲艦の攻撃が増えてきている。

 

「おっさん!弾幕薄い!」

 

「……すま…弾切れ…近…」

 

「マジかよ!」

 

 戦艦三隻と空母一隻が、後先考えずバカスカ撃っているのだ。遠征で集めた資源の殆どをこの短時間で使ってしまっている。

 

 護衛艦に重巡リ級の主砲が直撃し船体が大きく揺れた。衝撃で立てない提督をはちが支える。

 

「キジュウソンショー」

「アナガアイタネ」

「キッスイセンヨリウエダカラダイジョビ」

「デバンダゼ」

 

 妖精さんたちが慌ただしく動き始めている。これはまずいかと大口深海棲艦を見ると肩口の砲塔が動いていた。砲身は艦橋を向いている。

 

 あ。これ死んだわ。提督は思った。はちが提督の襟を掴んだ。逃げるつもりだろうが、艦橋に直撃すればもう間に合わない。提督が半分諦めかけたところで懐かしい声が消えこた。

 

「艦載機のみんなぁー、お仕事お仕事ー!」

 

「攻撃するからね」

 

Урааааа!(ウラーー!)

 

「ってー!」

 

「なのです!」

 

 軽空母から発艦した艦爆が大口を狙う。不意をつかれた大口は砲身が角度を変えたまま砲撃。轟音が響き砲弾は明後日の方向に飛んでいく。駆逐艦四人が前進してくる深海棲艦に集中烽火を浴びせた。勝ちを確信していたところに予想外の攻撃。深海棲艦の足に乱れが生じた。そこに最後のご奉公とばかりに戦場に残り最後の支援をしていた鳳翔と加賀の艦攻・艦爆が深海棲艦に突撃を敢行した。妖精さんは悲壮な表情を浮かべ提督に敬礼をしてから深海棲艦に特攻していく。

 

「アトデマンジュウクオウゼ」

「ケーキガイイ」

「マンジュウモケーキモナイヨ」

「オチャダケハアル」

「タイグウカイゼンヲヨウキュウスル」

 

 深海棲艦の圧力が弱まった。逃げるなら今しかない。

 

「今のうちに逃げるぞ!おっさんもとっととずらかれ!」

 

 逃げる提督の背後では艦載機の特攻が続いていた。

 

鳳翔と加賀は離発着を繰り返していたため補給中の艦載機は無事であったが共にこの一戦で七割の艦載機を失った。

 

 艦娘も大破の天龍を筆頭に中破、小破が続出。高速修復材が足らず一部の艦娘の軍事行動に支障がでるようになる。

 

 提督は五人の艦娘に守られ撤退。果たして援軍に現れた艦娘はどこのRJさんとA型駆逐艦なのか。謎が謎を呼び次回最終回(断言

 

 




文章そのうち直すと思います。
内容は変えません。

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