これで見てくれる人増えるはず。
あ。嘘です。説明またもや多……いえ、なんでもないです。
「ホラホラコッチコッチー」
「ココヲクイットシテネ」
「コウ?」
「ファー!!」
■
「ココデハダンヤクヲセイセイスル」
「エートネーサクヤクニヒヲツケルンダヨー」
「エートコウカナ?」
「ファー!!」
■
「ギソウヲナスニハタタクノガイチバンナノサ!」
「コノトンカチデトンカントンカンスルノー」
「エイッ!」
「ファー!!」
■
「カンムスハネェコノヨウキニハイッテカラダヲヤスメルンダ」
「イソグトキハコノシュウフクザイヲイレルノヨネ」
「修理……お願いしてもいいでしょうか?」
「ウムハイルトイイ」
「タメシニシュウフクザイイレテミテネー」
「コレデイイノカナ?」
「
「ファー!!」
■
「ファー!!」
■
「ファー!!」
■
「ファー!!」
……
……
■
天龍は遠征出撃の前に妖精さんを探していた。妖精さんの様子を確認するためだ。昨日も顔を見ようとしていたが、艤装に宿る妖精さんから体調が優れないと聞き慌てたが、二日酔いだと判明すると安心し、介抱は妖精さん達に任せ様子見を一日ずらすことにしたのだ。
丁度、目の前を通った海鳥の
工廠の裏手、謎の物体がうず高く積み上げられた傍に妖精さん達はいた。目当ての妖精さんはその中心で膝を抱え、膝に顔を埋めて座っている。妖精さんたちは頭を撫でたり声を掛けるなどして何やら慰めているようだった。
「おう。どうした。モテモテじゃねぇか」
妖精さん達に恋愛感情があるかなど天龍は知らない。今までその対象がいなかったからだ。それにいたずら好きで、人間をデフォルメしたかのような容姿の妖精さん達には似合わない。と思っていたら数体の妖精さん達がそれぞれの仕草で照れていた。顔を両の手の平で隠す者、にやけつつ頭を掻く者、仏頂面で顔を赤くする者。しかし妖精さん達なのでどこまで本当か分からない。
「テンリュー」
顔を上げた妖精さんの目に力はなく今にも泣き出しそうだった。
「隣失礼するぜ」
妖精さん達に移動してもらい天龍は妖精さんの隣にドスンと腰を下ろし胡座をかいた。
「聞いてやるよ。何があったか話してみろよ」
躊躇は一瞬。妖精さんは今日あった事を辿々しく天龍に話し始めた。工廠に保管してある全ての艤装が反応しなかった事。明石謹製の資源精製装置を作動させると謎の物体が出来上がった事。艤装を修理すれば爆発し、爆発跡から謎の物体が出てきたこと。入渠に来た金髪碧眼の潜水空母に高速修復剤を使用すると煙と同時に謎の物体が大量に湧き出し、潜水空母がその中に飲み込まれた事。
あぁ……あそこから飛び出てるのは、はちの足かー……
他にも艤装の補給、廃棄、憑依、etc・etc。妖精さん達に連れられ失敗しては移動し、移動しては失敗。驚きはするが誰も失敗を責めず逆に優しく慰められる始末。邪魔な謎の物体を移動させる笑顔の妖精さん達に申し訳なく情けなく。工廠を思わず飛び出してしまったが、神出鬼没の妖精さん達に追いつかれ更に慰められる。そこに天龍が現れた。
「そうか」
天龍は移動中に艤装に潜む妖精さん達に事の顛末を既に聞いていた。話す事で心を整理して楽になることもある。そう思っての事だった。はちの事は聞いてなかったので驚いたが、時折ビクンビクンと跳ねるように動いているので大丈夫だろう。深い海の底まで潜れるのだ。この程度は問題ない。多分。
瞳を閉じ想像する天龍。艦娘として戦えなくなったらどうだろうか。
迫りくる深海棲艦。天龍は艤装を構え射撃体勢に入る。今まさに撃とうとした時、妖精さんがどこにもいない。違和感から頭部に手をやると電探が消えている。たった今手にしていた砲塔もだ。だがこの程度。まだ戦える。腰に手をやる。刀が消えていた。あぁ!指貫グローブが無くなっている!これでは戦えない!提督と
恐怖。星明かり一つ無い暗闇の砂漠にたった一人取り残されたような空前絶後の孤独感。暗闇の中、圧倒的な無力感が心を押し潰しにかかる。
オレを戦場から下げるな!……一人で逝かないでくれ!!
戦えないことが怖いのではない。自分を置いて、提督が死地に向かう事が怖いのだ。自分の知らぬ戦場で盾にすらなれず、死ぬ事も許されない事が怖いのだ。それは自らの存在意義を揺るがす事態でもあった。
ぶるりと身震いが出た。天龍は閉じていた瞳を開く。そして。
「オレの昔話を聞いてくれるか?」
天龍の昔語り。妖精さんも天龍の真剣な様子に聞いてみたいと思い頷く。天龍も妖精さんと同じ経験をして苦しんだ事があるのかもしれない。
「オレがまだ新参者の駆け出しの頃だ。あれは……雨いや風、いや、そう、そうだ、嵐の日だった」
天龍の目はどこか遠くを見ていた。
「酷い嵐でな、十メートル先も見えねぇんだ。風も凄くてな。
雨に紛れての奇襲や撤退は何度もしたことがあった。
「遭遇戦だった」
そう、遭遇戦だった……遭遇戦?
「敵も味方もどこにいるかわからねぇ。大混乱だった。なんとか撤退に成功したけどよ、その戦闘で大怪我をした」
左目の眼帯を指差す天龍。その指は震えている。
「この目はその時の怪我が原因だ」
ん?左右とも4.6キロ先の水平線の更に向こうまでばっちり見えてるはず。そもそも眼帯はただのファッション……
※1
「あの時の戦闘を思い出すと体が強張って……恐怖で戦えなくなって……」
震えながら俯いたせいで天龍の表情が見えなくなった。次第に小さくなる声は最後まで聞こえない。
あなた今でも余裕がある時、至近弾で止め刺そうとしてますよね。持参の刀でどう切れば格好いいか使わないのに日々研究してますよね。PTSDとは今まで無縁ですよね。あ。オレはそういう暗い過去を持っているんだぜって
「テンリュー」
妖精さんが悲しみの表情を浮かべ、慰めるように天龍の足に抱きついた。幼子が悲嘆に暮れる母に縋り付くように。
「ははっ。すまねぇ。情けねぇ姿見せちまった。でもな、苦しい時はいつでも仲間が助けてくれたんだ。お前はもうオレ達の仲間だ。縋れ。頼れ。いつでも受け止めてやる。もしオレがいなかったら他の奴でもいい。オレ達は絶対に見捨てねぇ。絶対にだ。何も出来ねぇ?新参者のルーキーが何も出来ねぇなんて当たり前だ。これからゆっくりでいい。少しずつ覚えていけばいいんだよ。な?」
そう簡単な話ではない。自らの存在意義を失いかけているのだ。自分に置き換えた時、果たして冷静でいられるか。天龍自身答えを出せない。
「もし。もしもだ。もしもの話だぞ。例え何も出来なかったとしても、何も問題ねぇ。お前はそこにいるだけでオレ達をこんなにも幸せな気分にさせてくれるんだ。わかるか?これって凄い事だぞ?」
周りの妖精さん達もうんうんと頷いている。実際天龍は幸せだった。経験したことは無いが、母というものはこういう気分ではないのか。艦時代に楽しそうに騒ぐ船員を見守っていた時の事を思い出させた。
黒ニーソで覆われてないデルタゾーンにほど近い生足に抱きついていた妖精さんははっきりとした声で天龍の真心に応えた。
「テンリュー。アリガトウ」
僕が情けないから天竜に辛い話をさせてしまった。心を晒してまた僕を救おうとしてくれている。そう思った妖精さんはしかし謝るより感謝の言葉を伝える。
「いいって事よ。気にすんな」
らしくない事をしたとばかりに恥ずかしげに答える天龍。
「デモテンリュー」
「どうした?」
「ウソヨクナイ」
「わりい」
悪びれずカラッと笑う天龍。その周囲にはニコニコ笑う妖精さん達とビクリと跳ねる足が天龍と妖精さんを祝福するように見守っていた。
その後、伊8は妖精さん達に無事救助された。
「……あぁすみませんうとうとしてました。
■
「天龍遅い~。うーちゃん待ち疲れたぴょん」
埠頭に向かうと卯月が手持ち無沙汰に艤装に潜む妖精さんと戯れていた。開口一番に天龍の遅参を
「おう。わりぃ。ちょっとあってな。今日はこいつも連れて行くぞ」
天龍の頭からひょこりと顔を出した妖精さんに卯月の顔が笑顔に輝く。天龍の遅参など頭から消え、急いで駆け寄り妖精さんを見ようとぴょんぴょんと跳ねながら自己紹介を始めた。
「ほぉ~? これが噂の妖精さんぴょん?うーちゃんは卯月でっす! うーちゃんって呼ばれてまっす!。えへん!」
「ヨロシクオネガイシマスピョン」
「よろしくぴょん!びしっ!」
卯月に合わせた妖精さんの挨拶に卯月のテンションは有頂天になる。
睦月型四番艦駆逐艦卯月。
瞳と同色のやや癖のある緋色の髪は膝まで届き、彼女の女性らしさを強調し、髪先を纏める兎のアクセサリーが幼さも表している。頭部の右側を飾る三日月を模したアクセサリーは姉妹思いの彼女が特に好んで付けるものだ。性格同様ぴょんぴょんと跳ねる髪を纏めるため後ろで一房だけ縛り纏めているが、纏めきれない髪がアホ毛としてぴょこんと飛び出している様は非常に愛らしい。妹の弥生と同じデザインのセーラー服は彼女との絆を大切にしているからだろう。性格は天真爛漫。提督旗下の艦娘部隊のムードメーカーである。彼女もまた見た目と異なり艦時代は歴戦の古強者であった。
「卯月。妖精さんがいるからもう一度説明するぞ」
「了解ぴょん」
「昨夜マルフタサンマル、はちが軽巡洋艦ホ級フラグシップを旗艦とした三隻の深海棲艦を発見。残り二隻は駆逐艦ハ級とロ級」
伊8が遠征をすることは無い。主として深夜の哨戒任務を行っている。夜の潜水艦はその特性から能力を最大限に発揮できる。
「提督に通信後、マルフタゴーマルに交戦開始。先制魚雷攻撃で駆逐艦ハ級を撃墜。反撃を受けたが損害は軽微。ロ級を撃破した所で軽巡ホ級が撤退開始。しばらく追跡して前線の巣に向かう
起こすのは鳳翔の役割である。
「質問は?」
「最近増えたぴょん」
深海棲艦が再攻勢をかけているのか前線の戦いが激化し、はぐれたのか偵察か、少数の深海棲艦の出現が増えてる
。
以前は月に三度もあれば多かった戦闘もここ最近は週に二、三度の頻度で発生していた。通常の戦闘では問題ないが、提督が一定の距離内にいないと全力を出せない艦娘であるため為、最悪に備えて提督が待機する必要がある。深夜でも通信があれば提督専用艦である
余談であるが
政府特別鎮守防衛府に在籍していた頃、複数の提督とローテーションを組み、夜番と呼ばれる夜間勤務も経験している。島に赴任してからは待機は当然提督一人。交戦が増えると提督の負担も増す。注意は促すが反対は出来ない。提督が望んでいないからだ。提督の体調は鳳翔が気を遣っている。人間は弱い。肉体だけではなく簡単に心が壊れる事がある。艦娘達は艦時代に心を壊した人間を多く見てきた。自分たちの為であると分かってはいるが忸怩たる思いが天竜にはある。
「そうだな。前線の撃ち漏らしか斥候か分かんねぇが最近は漁で船を出してる人間も出てきたらしい。そいつら守る為に出来る限りぶっ殺してやんなきゃな」
「うーちゃんやるぴょん!」
「ピョン!」
意味を理解しているのかしていないのか妖精さんも卯月の真似をする。その姿に天龍も卯月も頬が緩む。
「時間だ」
出撃の時間が来た。妖精さん達にお願いし艤装を展開する艦娘二隻。
「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」
「卯月、出撃でぇ~す! がんばるぴょん!」
「シュツゲキピョン!」
■
快晴。本日の天候はこの一言に尽きた。
太陽は中天に程遠く、風が運ぶ空気は塩を含みひやりと肌寒い。一つ一つの波は小さなものだが互いに干渉し合い時に小さく、時に大きくうねり弾け、全身を濡らし、視界を束の間の間覆い尽くす。
「イケー」
艦娘二隻はそんな事など問題ないと言わんばかりに滑らかに水面を疾走する。波を突き破り、晴れた視界の先には照りつける太陽。僅かに見える雲の白は空の青を引き立てる飾りだ。波間に弾けた水滴が強い陽光をきらきらと反射する。
艦娘達は風雨に長時間さらされても体調を崩すことはない。。そうでもなければ爆風一つで水浸しになる戦闘など出来るはずがない。海の上は艦娘の独壇場である。
天龍の頬を湿り気を帯びた、しかし馴染みの深い風が撫でる。距離を置いて追従する卯月の表情も明るい。表情は見えないが天龍の背中に張り付いている妖精さんの楽しげな声も聞こえる。時折大きく跳躍し水平線まで続く海面を確認する。
遊んでいるわけではない。遠征を兼ねた哨戒任務だ。後方基地運営の今後を左右する大事な任務だ。だが艦娘として海の上に在ることは喜びである。抑えようとして抑えられるものではない。自然と浮かぶ笑み。電探には深海棲艦の反応はない。役得だ。海っていいよねぇー、海って。
今は速度を抑えているが、天龍が本気を出せば時速六十キロを超える速度で海上を移動できる。封印されし力を開放すれば音速を優に超えるが、自らの肉体を破壊する諸刃の剣になりかねない為、今後も封印は解かれることはないという
ねぇな。外れか。この先も望み薄そうだな。
哨戒任務であるが、可能な限り資源も見つけたい。天龍は立ち止まり卯月に通信を繋げた。
「卯月。予定変更だ。
「…了解…ょん……」
ノイズ混じりの声が無線から聞こえた。無線に憑く妖精さんが申し訳なさそうにしていた。海域が開放されて一年近く経つが通信状態は悪い。本土では解消されるまで三年かかった。
「おぉ。そうだ」
天龍は何か思いついたように懐からある物を取り出した。それは直径二〇センチ程の丸い円盤に見える。表面にはアルファベットが四方八方に刻まれ、中央には赤と黒で塗られた指針が水に浮いている。羅針盤だった。
羅針盤に憑いている妖精さんが顔を出し、「デバン?デハン?ハヤクハヤク-!」と張り切っている。
「テンリュー。コレハ?」
「羅針盤だ」
「ラシンバン?」
「エイエイエーイッ」
羅針盤。
深海棲艦の棲みついた海域や巣の攻略に必須の道具である。羅針盤と呼んでいるが通常の羅針盤と異なり、特定の方位を示さない。妖精さんの憑く道具は摩訶不思議で原理不明な謎のものが多いがこれもその一つである。指針ではなく盤面が回るのだ。
「トマレーッ」
見ると盤面がくるくると廻り続けている。深海棲艦が占拠する海域ではないので正しく動作していない。必死に止めようとしている羅針盤妖精が愛らしい。
羅針盤登場以前は霧が攻略を邪魔していた。艦娘といえど方向感覚を狂わされ、酷い場合そのまま帰投することなく消息を絶っていたのだ。勘違いしがちだが、羅針盤は深海棲艦のいる方向を示す道具ではない。『何か』と『海域の安全な脱出経路』どちらかを指し示すのである。この『何か』が曲者だった。資源である場合もあるし、深海棲艦の集団であることもあった。特定の条件下では常に同じ方向を指し示す事もある。ただ確実に海域から安全に撤退可能になるという羅針盤は海域、または巣の攻略に必要不可欠となった。使い勝手は良いとは言えないが有ると無いとでは命運を左右する、まさにチートアイテムである。羅針盤は工廠には置いておらず、旗艦を務める天龍と鳳翔の二人が所持していた。予備はない。
「どうだ?何か感じるか?」
恐る恐る羅針盤に触った妖精さんはしばらくして首を横に振った。
「そうか。ま。気にすんな」
そう言って妖精さんを優しく撫でる天龍。
妖精さんの発見場所から後方基地まで妖精さんが顕現し続ける程近くにあったもの。艤装は全て違っていたので、後は消去法で羅針盤が残っただけだ。もしかしたらという思いはあったが天龍もそれ程期待していた訳ではない。念の為といった部分の方が大きい。そうしている間に卯月が合流した。
「うーちゃん。到着ぴょん!」
「おう来たか。
天龍と卯月は経験と勘、過去の発見場所から可能性の高い
羅針盤はくるくる、くるくると回転している。
妖精さんは廻り続ける羅針盤から視線を外し空の一点を見つめる。やがて四方の水平線に目を移す。
「テンリュー。アッチガイイ」
「ん?」
妖精さんが指差す方角は卯月との相談で候補には挙がっていたが、可能性が低いと除外されたものだ。
「うーちゃんは構わないぴょん」
あくまで可能性の話である。天龍にも確信がある訳ではない。
「テンリュー」
しばし悩んだ天龍であったが、元より
「よしわかった。あっちだな」
「アリガトウテンリュー」
「うーちゃんは?うーちゃんは?」
「アリガトピョン」
「うぅ~ちゃん~、感激~!」
「馬鹿言ってねぇで行くぞ」
騒がしいこって。苦笑いしつつ天龍は妖精さんを頭に乗せ海上を走り始めた。
■
「よっしゃぁっ!」
「うれしいぴょん!」
果たして資源は発見された。久しぶりの発見に艦娘二隻は知らず声が上がる。喜ぶ二隻は妖精さんをワシャワシャとムツゴロウ。
「お前やるじゃねぇか。偶然にしちゃあ出来過ぎだけどな」
艤装から妖精さん達が現れぱちぱちと拍手をしている。帰ったら皆に報告するつもりなのだろう。
「資源も見つかった事だし今日はこの
「テンリューソッチチガウ」
「あ?」
「テンリューアッチ」
進もうとした方角と異なる方角を指差す妖精さん。天龍と卯月の二隻は、まじまじと妖精さんを見てしまう。
妖精さんは一度空を見上げ、
「テンリュー。アッチニモ」
確信に満ちた声を上げた。
■
「これで一息つけるな。よくやった天龍」
天龍の報告を聞きながら資源台帳を嬉々として付ける提督。あ゛ぁ゛~裏台帳が捗るわぁ~。
「オレじゃねぇよ」
憮然とした声を上げる天龍。妖精さんが活躍出来たのは嬉しい。資源が見つかったのも嬉しい。だが自分の手柄でもないのに褒められるのは納得いかない。
「そう言うな。妖精さんを連れて行ったのはお前だし資源を持ち帰ったのもお前たちだ。感謝してる」
「ふんっ」
遠征を終え天龍は結果を報告に来ていた。獲得した資源の総量は驚くほど多かった。一息つけると言った提督の言葉に嘘はない。
「それにしても……羅針盤じゃなかったか」
手を頭の後ろで組み、体重を後ろにかけた。安物のパイプ椅子がギシギシと鳴る。
「オレも思ったんだけどな」
「ま。なんだかわからんけど、これで妖精さんも安心するんじゃね?」
まだまだ分からない部分の多い妖精さんだが、艦娘の役に立てると分かった妖精さんは遠征中、終始ご機嫌で、そのまま交代で任務についた鳳翔に着いて行ってしまった。なんで分かるんだ?と聞いても妖精さん自身が理解していない。愚問だった。基地にいる妖精さん達も自分が何故摩訶不思議な活動が出来るか理解しているものはいない。妖精さん達は在るべくしてただそこに在るだけなのだから。きっと鳳翔も大量の資源を持ち帰ってくることだろう。
「あぁ~酒飲みてぇ……煙草吸いてぇ~……」
喫緊の問題が解決され、安心した途端に提督個人の問題が浮上する。
「ばーか」
小さな問題に一喜一憂出来る。そんな毎日が続くのも悪かねぇな、とらしくもなく天龍は思った。
水平線が赤く燃え始める少し前、鳳翔と皐月は妖精さんと一緒に戻ってきた。鳳翔の表情は少し興奮しているのか赤みが刺している。皐月はいつもの笑顔で妖精さんとじゃれ合っての帰投だった。二隻は大量の資源を持ち帰っていた。
鳳翔の報告を聞きつつ天龍と似たような会話になったが、提督のぼやきに鳳翔がお艦らしく返事を返そうとした時に無線の通信が割り込んだ。提督が動く前に無線機を操作すべく動く鳳翔。通信状態が悪いため、途切れ途切れにやり取りを繰り返す。どうやら誰かが来るらしいと提督は無線を操作する鳳翔の背中を見ながらぼんやりとしていた。
「あの提督。おじさまが来られるそうです」
鳳翔の言葉は激動の一週間の始まりを告げる始まりの始まりだった。
■
旗下の艦娘全員を伴い埠頭へ移動した提督は人を待っていた。提督、艦娘達から"おっさん”と親しみを込めて呼ばれる提督の一人である。鳳翔含む一部の艦娘は馴染まないらしく”おじさま”と呼んでいる。
島の夜は暗闇である。施設周辺には常備灯で多少の光はあるが、埠頭周辺に灯りと呼べるものは一切ない。深海棲艦対策でもあり、海軍がそこまで親切にしてくれるはずもないというのが理由であった。
埠頭といっても自然の岸壁を天龍達が形だけでもと、艦娘ならではの力で簡易的に整えただけのものであった。月に一度来るはずの補給艦は停泊できず、沖合で小型のボートを利用して荷物の受け渡しをする。その程度の施設である。
しばらくすると沖合にぽつりと光が灯った。天龍が手に持ったサーチライトをくるりと回す。沖合の光がそれに反応するように円を描く。サーチライトの光を落としさらに暫く待つ。
艦娘に背負われ一人の男性が近づいてきた。艦娘は男性に負担がかからないよう普段より入念に丁寧に水面を滑っている。吹雪型九番艦、駆逐艦の磯波だった。磯波の背後には大破寸前の戦艦と空母の二隻。
おっさん提督からの援軍要請。
鳳翔が告げた内容だった。通信状態が悪いため詳細は基地で話すと簡単に済ませ通信は切れた。
埠頭に上がった磯波は、おっさん提督を優しく丁寧に背中から降ろした。一瞬よろけるが磯波が支える。
両足義足の提督。磯波と大破寸前の比叡と加賀。この男の艦隊としては艦娘の数が全く足りていない。
眼光鋭く総髪にした半分以上の髪は白くなっている。服の下は、顔と一緒で至る所に古傷がある。見た目は六十歳前後。実際には四〇に届いていない。度重なる戦いの経験が男の見た目を急速に変貌させた。開戦から常に最前線に立ち続けている民間提督の一人である。後方基地の提督とは開戦初期から、そして政府特別鎮守防衛府設立後も共に戦った仲間であり、数少ない軍出身の提督の旗下に収まらない人物でもあった。お互い決して口には出さないが、開戦初期には共に血反吐を吐いて、共にチビった仲でもある。旗下の艦娘は数、火力、共にトップクラス。演習と称する訓練では勝率九割以上を誇り、残りの一割は不戦敗。深海棲艦の占拠する海域や巣の攻略にはその殆どに参加している。性格は傲岸不遜。不退転。だがこの男がわざとそう演じているのを提督は知っていた。
開口一番、おっさん提督。
「ドック借りるぞ」
「卯月。案内頼む。急速剤使っていい」
おっさん提督の物言いを提督は特に気にしない。付き合いは長い。
「補給も頼む」
「おっさん。悪いが戦艦、空母の全員分は無理だ。こっちの分がなくなる」
「なんだ。話には聞いておったが本当に貧乏所帯だったか。まぁいい。出せる分だけでいい」
資源を大量回収したと言っても自艦隊の環境に合わせた話である。大食いの艦船に自由に補給させれば文字通りあっという間に無くなる。
卯月が比叡と加賀を工廠に連れ行く。二隻は提督に会釈をする。馬鹿明るい性格の比叡と内面を表に出すことが珍しい加賀が苦しそうに卯月についていく様子を見て戦闘の厳しさを予感した。
「おっさん。何があった?」
「
破顔しての最後の言葉は鳳翔に向けてのものだった。
■
「うまー」
「うまー」
提督の執務室に案内されるなり、「プレハブかっ!」「安物かっ!」「パイプ椅子なんぞ十年ぶりに見たわ!」と散々突っ込みをいれていた提督を鳳翔のお茶で黙らした。
「で?」
お茶を
「白雪を本土に向かわせておる。援軍と追加の燃料・弾薬を頼んどるから遅くとも五日程で戻ってこよう」
海図を磯波が机に広げた。
「ここだ」
指差した位置は基地から南西に五百キロの距離にある海域だった。
「近く大規模攻略する予定があってな、調査がてら軽くつついてみた」
そんな事はおっさん提督含む片手の指に満たない数少ない提督しか出来ない。軽くと言ってはいるが深度の浅い部分ではないはずだ。
「奴ら巣から溢れてきおった。正確な数はわからん。少なくともは百は超えておろう」
提督は攻略に参加したことがない。それが多いのか少ないのかわからないが、おっさんの話振りから多いのだろうと判断する。普通に考えても百を超える深海棲艦の集団とは戦った事はない。
「出て来るそばから霧を吐き出しおる。狙いもまともにつけられん。向こうの攻撃は当たりよる。話にならんからケツ捲って逃げてきたわ」
互いに霧に囲まれているなら問題ない。練度を上げた艦娘の砲弾は超能力と言われても不思議では無いほどの直感と僅かな電探の反応で深海棲艦の気配を探し当てる。回避も同様だ。しかし一方的に姿を晒すような戦闘では回避に重点を置かざるを得ないため攻撃にまで手が回らなくなる場合がある。だがおっさんの艦隊は演習で倍する艦隊を相手にしても負けた事がない。
要するに数の問題か。
相手が多過ぎたのである。
「援軍が到着するまで時間稼ぎが必要だ。お前にも協力してもらう。嫌とは言わせん。海軍には事後になるが儂から言っておく」
「他の艦娘はどうしてる?」
「殿をしておったが、数が数だ。付かず離れず距離を取って偵察をしておる。
「分かった」
中破はいないようである。小破以下の艦娘が残って一部突出する深海棲艦を牽制、観測をしているらしい。比叡と加賀は他の艦娘を庇って被害が拡大したようだった。それでも素早い撤退の判断で被害は最小限に抑えられている。
「ちなみにおっさんの船は?」
「沈んだ。ル級の直撃三発まで耐えたぞ。相変わらず明石はいい仕事をする。悪いが明日以降はお前の船に乗せてもらう」
「俺のはおっさんの船ほど改修してないから耐えても二発だぞ」
「構わん。一発耐えればいい。磯波が担いでくれる」
「…うぅ…が、頑張ります!」
おっさんの期待に磯波が気合を入れた。
一段落ついたところでおっさんが話を切り上げる。
「さて今日はちと疲れたわ。明日から忙しくなる。少し休ませてもらうぞ。部屋を用意してくれ」
「客用の部屋なんてねぇよ。俺の部屋を使ってくれ。出て左だ」
「なんだ。いやらしい奴め。まぁいい。磯波、寝床まで運んでくれるか」
「あの……はい……」
磯波が次第に小さくなる声を出し表情を隠すためうつむいた。しかしセーラー服からはみ出る首元から
「やっぱ止め!テント持ってくるからそこで寝てくれ!!」
「年寄りを虐めるな。テントなんかで寝れるか」
「まだ若いくせに何言ってんだよ!」
「若いな。そんなだからいつまで経っても素人童貞辞められんのだ。鳳翔に頼めば直ぐだろうに。ほれ、磯波行くぞ」
「お、おま、おっさん!!」
おっさん提督が磯波に支えられながら、かんらかんらと笑いながら出ていく。
「素人童貞だってよ」
くくく、と天龍の口から笑いが出る。
「うるさい」
「
じろりと睨む提督に、くわばらくわばらと天龍がおどけるように呟く。その横では鳳翔が顔を赤くしていた。
■
「出撃準備。俺も出るぞ」
本土には向かわせん。ここが最終防衛ラインだ。
※1)天龍の身長がわからないので艤装込みで165センチメートルと仮定して計算、四捨五入した数字です。水平線って案外近くにあるんですね。
【悲報】俺氏、天龍さんの一人称が『俺』じゃなくて『オレ』だった事に気づく【大チョンボ】
そしてきっとそんな細かい所、誰も見てないに一万DMMペソ。
修正しました。そしてこっそり前話の最後の当たりをこっそり追加修正。内容は何も変わってません。
そんでもって、伏線色々張りつつ、全て投げ捨てるスタイル。伏線回収はありませぬ。ここ大事。脳内設定という妄想が捗るわぁ~
次がラストの予定。文字数が膨らんで収まらなければもう一話の予定ですが、ラストで文字数足りなければ、構成上ボツった恋愛っぽい話を追加してお茶濁す予定。収まるように頑張ります。
え?チート?知らない子ですね……。
次回は人生初めての戦闘描写に挑戦。書けるのか自分でも分からないので、敵母港空襲作戦に三連続成功するくらい時間頂きます。
更新なかったら自分で上げた難易度に負けて現実逃避していると思われます。