【完結】妖精さん大回転!   作:はのじ

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毎回毎回説明ばかりでごめんなさい。
これで最後のはずです。
適当に読み飛ばして下さい。



第二話 彼女のかわいさを知ってる貴方はボクと握手だよっ!かわいいね!でもRJさんの事も忘れないでください

「君が新しい妖精さん?かわいいね!」

 

 少女が二日酔いで頭を抱えながら転げ回る妖精さん達を見つけたのは、遠征前に艤装の換装を行う為、工廠へ入って直ぐの事だった。

 

 膝まで伸びた髪は緩やかに弧を描き、陽光で輝くハニーブロンドの髪を後ろで二つに纏めた様は、少女の幼さを際立たせると同時に活動的な陽の内面を思わせる。白を基調とした改造セーラー服の上からパーカーを纏い、月を象った(かたどった)アクセサリーが襟元の左を飾りアクセントとなっている。

 

 右腕上腕部に結ばれたリボンの色は髪留めと同色の朱色であり金色の髪との対比が、彼女を見る者の心を落ち着かせる。髪の色と同色の金の瞳は神秘的であり 彼女に見つめられた者はそのまま引き込まれるように言葉を失ってしまうだろう。そして何より少女を印象づけるのは改造セーラー服の裾から覗くチラリズム信者が狂喜乱舞するであろうお(へそ)かもしれない。

 

 戦場以外では常に笑顔を絶やさない少女の名前は睦月型駆逐艦五番艦の皐月。後方基地で勤務する司令官旗下の艦娘である。艦隊編成時には防空駆逐艦として深海棲艦艦載機の攻撃から、或いは早期発見による先制攻撃で潜水艦を沈める事で艦隊を護り続けてきた。

 

 後方基地に赴任してからは鳳翔と組む事が多く、護衛艦として鳳翔を護る事で活躍している。常に矢面に立ち続けることで鳳翔をかばい、機動性を活かして被弾を回避し鳳翔の攻撃の起点としての立ち回りを演じている。

 

 火力は決して高いとは言えないが至近弾や魚雷を上手く使う事で多くの深海棲艦を沈めてきた。戦艦や正規空母、重巡洋艦のような華々しい戦果とは無縁であるが、司令官旗下の艦隊にとってなくてはならない存在となっている。そして何より皐月にとって自慢の一つである燃費の低さがある。鳳翔や天龍、卯月や伊8にも同じことが言えるが、このお陰で後方基地に赴任してからの厳しい台所事情を支える大きな力となっていると実感している。かわいいかわいい司令官を支える力に。皐月はそれが何より嬉しい。

 

「へっへ~ん!ボクにまっかせてよ、司令官!」

 

 知らずに出た独り言に気が付かず皐月は工廠の扉を開ける。工廠と言っても三つあるプレハブ建屋の内、比較的大きなものを工廠と呼称しているだけである。工廠では艤装の保管、修理、廃棄、そして艦娘の入渠が最低限行える設備が用意されている。建造や開発、改修といった大型設備が必要なものは艦娘を含む人員の不足もあって当然の事行えない。

 

 艦娘の解体は例外なしに行われない。

 

 艦娘は条件付きの唯一無二(ユニーク)な存在であり、轟沈した後、初めて同一艦の建造が可能となる。しかも確実に建造出来る保証はなく、試行錯誤を幾度も繰り返す必要がある。建造された艦娘は艦時代の記憶を保有するものの、艦娘として存在していた記憶は喪失している。本能として提督を求めるのは変わらないが、最初の艦娘(オリジナル)とは異なり自ら提督を探すことはなく、建造を主導した提督の旗下に収まる事になる。

 

 艦娘が建造可能だと判明した当初、旗下の艦娘を轟沈させてしまった提督は文字通り狂喜した。そして直ぐに思い至る事になった。自分たちが愛した艦娘ではないことに。

 

 性格(パーソナリティ)は変わらない。当たり前だ。艦時代を元に自らの性格(パーソナリティ)を決定づけているのだから。性能(スペック)最初の艦娘(オリジナル)と何ら遜色はない。だが決定的な何かが失われている。この事を知った提督たちは轟沈させてしまった艦娘を建造することを拒否するようになった。代わりに戦力の向上を目的に比較的、縁の薄い提督が建造を行う事になった。これが提督間の戦力差の均衡是正することになる。現在でも提督間の戦力差は当然の如く存在するが開戦初期の混乱期に比べれば随分とましになっている。たった一隻を率いて戦う提督もいたのだから。開戦初期に轟沈した艦娘がこの一助を担っている事は当然の事であった。

 

 建造は資源を大量に使用する。轟沈させてしまった提督が艦娘の建造を放棄した時、保有する旗下の艦娘が少ない提督数人で建造が行われる。試行錯誤の回数と運の要素が強いが基本早いもの勝ちとされる。管理するのは陸軍と空軍出身の提督達。現在でも多くの提督を率いて効率的に深海棲艦と戦っている。彼らも艦娘を愛していないわけではないが、現実が戦力の低下を許さない。それに感情を極力排除しシステム化する事で罪悪感を薄めているのも事実であった。わだかまりはあるかもしれないが、時間が解決してくれる事もあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日のブリーフィングではどことなく気落ちした司令官から新しい仲間について説明を受けた。男形の妖精さん。勿論皐月は見た事も聞いたこともない。隣で膝を抱えて座っている伊8も姉の卯月も同様だ。はちも卯月もかわいいね!

 

 その上で司令官から新しい妖精さんについて箝口令が敷かれた。当然の処置だ。軍に知られると何をしでかすかわからない。だが、積極的に会いに行くことを禁止されたのは残念だった。少ないとは言えここにも軍の目があるからだ。少し寂しいが、普段の活動で自然に会って話す事は禁止されなかった。その内会える機会もあるだろうと皐月はそう思った。

 

 その機会が目の前にあった。皐月は駆け寄り目線の高さをなるべく合わせるべく膝を曲げ自己紹介をする。

 

「ボクは皐月だよっ。よろしくな!」

 

 皐月の声が頭に響き、二日酔いの妖精さん達が転がるように身悶(みもだえ)た。

 

 そして冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月の『かわいい』は主観の割合が非常に大きい。つまり一般的ではないということだ。皐月の声にびくんびくんと転がり回る妖精さんはかわいいし、手入れのされていない無精髭を生やした司令官も勿論かわいい。出会ったばかりのまだ少年らしさが抜けきっていなかった司令官もかわいかった。司令官のかわいさは今も昔も変わらない。いや。今の方がもっとかわいい。

 

 そんな皐月だから、妖精さんを抱えるように胸元に抱き込んだ。妖精さんは少女特有の甘い香りとナニかの柔らかさに全身を包まれるが、極度の二日酔い状態で、耳元で聞かされる皐月の声と赤子をあやすかのように揺らされる事でそんなものを感じる余裕もない。口を開けばペースト状の(おぞ)ましい(なにか)を吹き出してしまう。抱かれ心地も昨日一日で慣れ親しんだものではない。せめてもの抵抗でいやいやをするように両手を動かし抗議の声とした。

 

「ふわっ、わっ、わぁ~!? く、くすぐったいよぉ~っ」

 

 頭の中の大部分がかわいいを占めている皐月に妖精さんの抗議は伝わらなかった。

 

「皐月さん?」

 

 妖精さんに救いの手が差し伸べられた。いつもなら早めに集合する皐月が現れないので鳳翔が探しに来たのだ。

 

「あ!鳳翔!この子かわいいね!」

 

「そうですね。可愛いですね。でも出撃の準備も大切ですよ」

 

 司令官が苦心して組んでいる出撃のローテーションである。疎かになど出来ない。

 

「あっ!いっけなーい!ごめんね妖精さん。今度ボクと一緒に遊ぼうね!鳳翔!直ぐに準備してくるよ」

 

 皐月は妖精さんを床に優しく横たえると、駆け足で工廠の奥に向かい出撃の準備を始めた。皐月が去ると今まで二日酔いで転げ回っていた妖精さん達がむくりと起き上がり、今にも(なに)しそうな妖精さんを介抱し始めた。銀蝿を繰り返してきた歴戦の妖精さん達がこの程度の酒量で潰れる訳がないのだ。

 

「ハクトイイ。スッキリスルゾ。ナニ。キニスルナ」

 

「ミズダミズー。ミミズジャナイヨー」

 

「ファー。ニジガデタヨー」

 

 鳳翔が言い含めた事を実践してくれているのだろう。妖精さんに単独行動をさせず、常に複数の妖精さん達で囲う手筈になっていた。工廠まで人間が来ることは滅多にないが用心に越したことはない。

 

「ふふふ。ありがとうございます。この後もお願いしますね」

 

「マカセローバリバリー」

 

「オシゴトデスネ!」

 

「マジメンドクセェー」

 

 妖精さんに後を頼むと鳳翔は出撃の為埠頭に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃提督は書類を睨みながら電卓を叩きつつ悲嘆の声をあげていた。

 

「同情するなら資源くれ」

 

「なんだよいきなり」

 

 提督の突然のぼやきに天龍が反応した。天龍は遠征を終え、帰還報告を済ませた後、そのまま執務室に居座り提督の書類整理を手伝っていた。本来ならば秘書さんの役割なのだが、不在であることと彼女は元々仕事をしない人間であったので、提督の執務の補助は手の空いた艦娘たちが交代で行っていた。

 

「ほれこれ見てみろ」

 

 提督が乱暴に投げたノートらしきものを片手で器用に受けとり中身を確認した。

 

「資源の管理台帳じゃねぇか」

 

「ブブー!ただの台帳じゃありませんー。裏台帳ですぅー」

 

 艦娘に心置きなく戦って貰えるよう、しっかりと兵站を管理する事も提督の仕事である。裏台帳という割には以前見た事のある改竄済みであろう表台帳と記憶を照らし合わせても殆ど数字は変わっていない。

 

「軍が意地悪するので資源をちょろまかそうとしたけど、ちょろまかす資源自体がなかったでござる」

 

「馬鹿だろお前!つける意味ねぇじゃねぇか!」

 

「言うな。名案だと思ったんだよ」

 

 貧すれば鈍するを地で行く提督だった。それにしても。天龍は台帳をめくって行く。久しぶりに見るが数字がまずい事になっていた。

 

「このままだと十日と保たないんじゃねぇか?」

 

「鳳翔達も空振りが続いてるんだわ」

 

 天龍の指摘を否定せず、提督は机に上体を投げ出し()れ提督となる。天龍が行う遠征もここのところ資源獲得の失敗が続いていた。

 

 遠征ルートは提督と旗艦を務める鳳翔と天龍のチーム体制で決定している。過去の発見ポイントから予測を立て、哨戒を兼ねての遠征である。艦娘の勘というのも馬鹿にできないものなので現場の裁量で経路(ルート)を変更することは認められている。だが見つかるまで探すのは燃料の兼ね合いから無駄が多すぎる。何も見つけられず帰還というのも十分にあり得るからだ。ギャンブルと同じでまだ行けるあと少しはもうアウトである。

 

 効率を考えると必要と思われる数の艦娘と機材を揃え、ローテーションを組み哨戒範囲を広げる事で確実な獲得を狙うのが一番だ。実際以前はそうしていたし、提督同士艦隊を組み遠征を行うのは日常的に行われている。

 

「燃料は俺の()から抜くとしても、他がなぁ……よし天龍。妖精さんに燃料の雨降らしてもらって、地面からボーキと弾丸と鋼材生やすよう頼んでこい」

 

「馬鹿を(こじ)らせて阿呆にでもなったのか?」

 

 勿論妖精さんにそんな事は出来ない。不思議な力で協力してくれる妖精さん達が資源関連で出来ることは、燃料の精製、各艦娘の規格に合わせた弾薬の生成、鋼材等を使用しての艦娘修復、ボーキサイトを使用しての艦載機の補充等である。これらは妖精さん主導の下作られた設備でしか行えない。政府特別鎮守防衛府が提供する資源も遠征で得た資源も妖精さんを間に挟まないと使用できない。資源は貴重であるが、妖精さんがいないと活用すら出来ないのである。妖精さんマジ妖精さんである。

 

「ここまで締め上げてくるとはちょっと予想外です」

 

 資源の供給が滞り遠征でなんとか誤魔化しているが限界が近い。

 

海軍(あいつら)何がしたいんだよ」

 

 嫌がらせ徹底してるよなぁ。でも心当たりあるんだよなぁ。

 

 艦娘には伝えてないがこれにはちょっとした理由()があった。話は一年前まで遡る。

 

 提督は当時海軍から出向という形をとり政府特別鎮守防衛府で他の提督と連合艦隊を組みながら戦っていた。政府特別鎮守防衛府は首相の強い意向の下、政治生命を掛け組織され、首相直轄の執務官を責任者に、軍部の横槍を許さない体制が取られていた。しかし時の国防大臣の女性スキャンダルを皮切りに内閣関係者の汚職が次々と発覚。内閣の大改造で乗り切ろうとした与党だったが、政府特別鎮守防衛府設立に当たり、首相の強引なやり方を独裁主義であると野党が批判。争点を変えながら世論を巧妙に誘導した野党の戦略により国会は紛糾、解散に追いやられる。即座に行われた国政選挙では連合を組み世論を味方につけた野党が僅差で勝利した。三軍はこの時既に野党と手を組んでいたと言われている。

 

 政府特別鎮守防衛府の執務官は、いち早く野党と接触していた空軍の意向が反映し、航空官僚から選出された。海軍は臍を噛んだが陸軍よりましとばかりに振り上げた手を降ろした。傀儡の執務官を得、人事権を掌握した軍部は政府特別鎮守防衛府の『改革』にとりかかる。

 

 意思決定は三軍で合議制を取った。混乱はこの時点で始まっていた。

 

 陸軍は兎に角海軍の意見に反対。空軍は唯我独尊。海軍の発言力は薄い。

 

 波乱のスタートだった。

 

 艦娘を支配下に置きたかった軍部であったが、法律で提督の私的占有物と定められている。つまり物である。深海棲艦と無償で戦う艦娘を支援しようとする団体が艦娘達に人権をと活動していたが深海棲艦と艦娘というパラダイムシフトを起こした存在の発覚から時が足りておらず、また開戦初期に顔を潰された軍部が艦娘の優遇を認めず各所で妨害を行い実現は難しかった。一連の軍部の横暴に大多数を占める民間徴用提督達の印象は良くない。彼らが軍部の意向に従うとは思えない。目をつけたのは軍出身の六人の提督達であった。

 

 陸軍から三人。空軍が二人。海軍は一人。内、陸軍と空軍の提督は多くの民間出身の提督を指揮して作戦行動を展開していた。海軍提督は海軍の意向で自由に戦いたい残りの提督と組んで戦っていた。間接といえど他軍の指揮の下で戦う事を海軍が認めなかったのだ。書類の上で共闘という形式を取る煩雑な作業を経て作戦行動をともにすることは何度もあった。

 

 提督たちを纏める軍出身の提督達は現場と上層部の立場の違いに板挟みになっていた。当初は調整役として上層部の意向を受けつつ極力現場に影響が出ないように配慮していた。だが執務官を通して届く軍部の意向が次第に矛盾しはじめ朝令暮改が続く。ここに来て軍出身の提督達は現場を最優先に意向を無視するようになった。戦いながら無用な手間をかける余裕が尽きていたのだ。現場の提督たちは元々資源の供給を目的に組織に在籍していた為終始我関せずを通し、軍部の意向と思われる無駄な伝達は最初から無視していた。命のやり取りの中彼らも余裕があった訳でばなかったのだ。

 

 思うように進まぬ『改革』に三軍上層部は苛立った。無能な執務官を短期間で更迭、子飼いの勲章持ち将官を政府特別鎮守防衛府の執行部に送り込むも上手くいかず、それぞれが独自に思惑を伝えていた事で混乱が発生し『改革』が進まないのだとお互いを糾弾し始める。最後の手段にと資源を人質に脅す形で提督達を動かそうとしたが、提督と艦娘を支える現場スタッフの猛反対を受けることになった。彼らは提督と艦娘に普段から接しており、彼らの奮戦を知っていた。何より最前線で戦う彼らの支えの一助になることは誇りでもあり、提督と艦娘を通して深海棲艦の脅威を何より理解していた。こうして政府特別鎮守防衛府は上層部が罵り合いを続け、現場はそれを尻目に独自に活動を続ける歪な組織へと変貌していった。

 

 海軍上層部の焦りは非常に大きかった。開戦初期では醜態をさらし、政府特別鎮守防衛府設立後も戦果は空軍、陸軍に大きく水を開けられる。『改革』を決定する合議制の会議でも発言力は低い。何もかも上手くいかない。ここで海軍は起死回生の名案を思い浮かぶ。それは提督が左遷される原因となったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんや自分。ここ出ていくんか?寂しゅうなるけどさよならなだけが人生って奴やね。なんつってー、なんつってー。あんじょう頑張りや」

 

 提督が海軍から出向帰任の連絡を受け、お世話になった各所に挨拶に回っている最中に話を聞きつけた女性が声を掛けたのだ。

 

 鳳翔と異なり小柄であるため一見頼りなさ気であるが艦時代の戦歴は凄まじいものがある。

 

 龍驤型一番艦軽空母龍驤。

 

 小さな体を誤魔化すためか厚底のブーツで嵩上げしているが目線は提督に遠く届かない。綺麗なこげ茶色(ダークブラン)の髪をツインテールと呼ばれる髪型で纏め頭には艦首を模したバイザーを装着。紅色の水干風の上衣を纏い、首元には紅い三つの勾玉と龍の宝珠を模した球状の紅い首飾りで女性らしさをダウンさせている。下は黒いミニの吊りスカートというアンバランスな出で立ちで、胡散臭さに溢れた陰陽師といった風体であったが、小柄で愛嬌に溢れた彼女とセットで並べると非常によく似合っていた。

 

 彼女の周囲をふよふよと浮かんでいる(しゅ)が込められた航空式鬼神召喚法陣龍驤大符(巻物)は、戦闘になると人形(ひとがた)をした式符に妖精さんを召喚し艦載機(式神)へと変貌させる事で、味方(艦娘)には安心を、(深海棲艦)には絶望を与え続けてきた。提督とも何度も作戦を共にし、お互いよく見知った間柄であった。

 

「あれ?これだけ?他の艦娘()らは?」

 

 龍驤は関係部署の人員(スタッフ)にそれぞれのやり方で別れの挨拶をしている提督旗下の艦娘の数が少ない事に疑問を覚えた。

 

「世話になった提督に預けてきた」

 

 提督の返事はそっけないものであり、且つ納得いかないものであった。

 

「え?何やそれ」

 

 作戦で別行動をするなら兎も角、護衛を兼ねる艦娘(彼女達)が異動する提督の側を離れるとは到底思えない。少なくとも龍驤はそうだ。しかも理由が理由だ。一蓮托生である艦娘を他人に預けるとはどういう事か。しかし龍驤はティンと来た。胸元の勾玉がキラリと光る。

 

「ほっほー」

 

 目を眇める龍驤。そして。

 

「そう言やさぁ。この前深海棲艦の巣らしきものが見つかったのは知ってるんよねぇ?」

 

 疑問形の形をとっているが知らない訳がない。深海棲艦から沿岸部を取り戻し、破竹の勢いで近海の奪取に成功したがそこから先が進まなかった。倒しても倒しても次から次へと湧いて来るように顕れる深海棲艦に提督たちも手を焼いていた。巣のようなものがあるのではないかと囁かれ続けていたが一週間前、未探査海域の偵察に成功した艦娘が出たのだ。当然政府特別鎮守防衛府でもその話題でもちきりだった。深海棲艦の出現海域から考えるに巣は一つではあり得ないが、新しい展望が開けた事に畏れと共に希望が見えてきた。

 

「へぇー」

 

 提督は否定も肯定もしない。

 

「そんで大規模な連合艦隊組んで攻略するって話が上がってたんやけどね」

 

 龍驤が自らの司令官に直接聞いた話だ。噂程度の話であるはずがない。

 

 龍驤は提督に一歩近づき視線を合わせた。

 

「なんかストップがかかってるって話」

 

「……」

 

「聞いた事は?」

 

 更に一歩、もう一歩近づき提督の瞳を覗き込む。提督の心を覗き見るように。腰に当てた手が問い詰めるようであった。笑顔だが目が笑っていない。

 

「で、このタイミングでここを離れて海軍にもどるんやね?」

 

「せやね」

 

 色々と察せられてる提督は諦めて空気を変えるよう発音のおかしい関西弁で答えた。そしてそれは龍驤の話す似非関西弁の発音によく似ていた。

 

「そかそか」

 

 跳ねるように提督を距離を置き、一転提督のよく知る笑顔になる龍驤。天龍が龍驤を見つけ挨拶に来たのだ。天龍様のお通りだぁ。

 

「おう龍驤。それじゃあな」

 

「え?それだけ?」

 

「他に何言えってんだよ」

 

 ほらあるでしょ天龍様。感謝の気持ちとか、自愛の言葉とか、思い出話とか。

 

 湿っぽいのは天龍は苦手だ。一言に全ての想いを込めたつもりだった。あっさりと別れ、もし戦場で出逢えば別れなどなかったように今まで通り接すればよい。

 

 鳳翔、卯月、皐月、伊8と順に龍驤と別れの言葉を交わしていく。その言葉はそれぞれ違ったが、感謝の気持ちが十分伝わってくるものだった。龍驤も暗くならないよう努めて明るく接している。

 

「天龍。あれだよあれ」

 

「うっせーよ」

 

 そんなことは分かっている。照れくさいだけですよね天龍さん。

 

 機を見て提督が切りを出した。

 

「じゃあ行くな。体に気をつけてって言うのも変だが元気でな」

 

「ほっほー……ウチのこと、大切に思ってくれてるん? それはちょっち嬉しいなぁ」

 

 龍驤はふざけるように応えた。龍驤も湿っぽいのは嫌いだ。

 

 自らの司令官に抱く敬愛とは違う感情を他の司令官には感じている。それは肯定的なものだ。特に彼とは何度も戦場を共にしてきた。自分の司令官が勿論一番であるが、特別に二番目くらいにしてやってもいい。龍驤は離れていく提督に聞こえるよう大きな声を上げた。

 

「なぁキミィ。なんかあったらうちを頼ってもいいんよ。忘れんといてな」

 

 

 

 

 

 

 

海軍(あいつら)何がしたいんだよ」

 

 嫌がらせ徹底してるよなぁ。でも心当たりあるんだよなぁ。

 

「さぁな。何がしたいんだろな」

 

 提督は韜晦する。定期的に顔を見せる(いなづま)達が持参する情報がなければ世間に取り残された状態になる。後方基地のある海は開放された海域なので無線は通じるが、それでも深海棲艦が棲みついていた影響か距離が離れると通信が出来なくなる。海底ケーブルなど通っていないのである。

 

 あれから一年。大規模な連合艦隊が幾つかの海域を開放した。大破した艦娘が続出したらしいが轟沈は出ていない。未来への希望となっているがそれでも先は遠いと感じる。

 

「他の提督に頼めねぇのか?」

 

「予算を計上してがっちがちに縛ってるらしい。」

 

 『改革』の一つとして予算の節約が上げられた。遠征で獲得する資源も予算として計上され、半ばノルマと化しているらしい。全ての提督は無視を決め込んでいるが、毎日顔を出す会計監査担当の人間が口うるさくノルマ達成を詰る姿に皆うんざりしているそうだ。軍出身の提督の遣り繰りで今の所作戦行動に支障は出てないそうだが、大規模な艦隊運営を続けていればいずれ破綻するに違いない。

 

「なんだそりゃ?交通安全対策特別交付金勘定みたいだな」

 

 生まれは古いのに妙に現代社会に詳しかった。

 

 馴染みの提督に資源の融通を頼もうものなら、横領の罪を被せられ背任罪に問われかれない。そして特赦でも与え、恩に着せる事で手綱を握ろうとするのであろう。そんなもの艦娘擁する提督達には無意味である。

 

 昔は強引に資材集積所を接収し、ゲリラ戦を繰り返して転戦していたのだ。当然犯罪行為だが特別法の制定と同時に恩赦を受けている。我慢出来なくなれば政府特別鎮守防衛府を飛び出して昔と同じ事を繰り返すだけだ。

 

「ちょっと余裕がでるとこれだ。また勝ってもいねぇのに」

 

「戦後復興の利権ってでかいそうだし今の内に主導権握りたいんじゃね?」

 

 艦娘の功績を以って軍の戦果とする。陸軍と空軍の戦果は絶大である。将来の政界入りを狙って今の内に根回しをしているとも、既に政界で活動している元将官もいると聞いている。

 

 ()れ提督は体を起こし頬杖をつく。

 

「まぁなんとかするさ」

 

 考えるのは提督の仕事である。天龍は提督を支え信頼して戦うのみ。天龍はこの件について考えるのを止めた。すると何故か府特別鎮守防衛府を去った時の事を思い出した

 

龍驤達(みんな)元気かな?」

 

「だと思うよ」

 

 艦娘は轟沈しなければ資源と時間が許す限り何度でも戦線復帰出来る。でなければ片腕片足が吹き飛んだ状態で撤退戦など出来ない。便りがないのは元気な証拠。艦娘(彼女)達は今日も世界のどこかで提督と共に戦い続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ども、恐縮です、青葉ですぅ!」

 

「青葉見ちゃいました」

 

 

 

 

 ―― 何故儂らがこれほど苦労せねばならんのだ!

 

 ―― おのれ陸軍め。でかい面しおってからに!

 

 ―― 儂らほど組織運営の為に血の滲む努力をしている者はいないと言うのに!

 

 ―― このままではこの国は益々悪くなってしまうぞ。

 

 ―― 何故海の戦いで陸軍に負けねばならぬのだ!

 

 ―― これもあの提督とか言われていい気になってる若造()のせいだ。

 

 ―― 目をつけてやった恩を忘れているようだ。言うことを全く聞かん。

 

 ―― 艦娘(やつら)など死んでもいくらでも復活するのだ。何故もっと戦わんのだ。

 

 ―― そういえば深海棲艦(化物)の巣が見つかったらしい。

 

 ―― 聞いたわ。陸軍主導で艦隊を組む準備をしてるらしい。

 

 ―― 成功すれば益々陸軍がでかい顔をするぞ。

 

 ―― ……

 

 ―― 作戦開始は十日後らしい。

 

 ―― なに、一週間程度作戦を遅らせるくらいの工作はできる

 

 ―― 若造()を呼び戻せ。海軍の栄光を取り戻す戦いだ。

 

 ―― しかし若造()単独の部隊では無理ではないですか?

 

 ―― 一度で無理なら二度三度。勝つまで繰り返せばいい。

 

 ―― 左様。若造()にとっても名誉な話だ。艦娘(やつら)を生き返らす資源などいくらでもくれてやるわ。

 

 ―― ……

 

 ―― ……

 

 ―― 海軍単独ノ力ヲ以ッテシテ深海棲艦ノ震源タル巣ヲ撃滅ス

 

 

 

 

 

 

 提督が旗下の軽空母と潜水艦、水雷戦隊を除く艦娘を別の提督に預け海軍本部に出頭したのはこれより三日後。単独で水上打撃部隊を組める提督の火力を期待していた海軍上層部は失望の後激しく怒り、無期の謹慎を言い渡す。一月(ひとつき)で謹慎は解かれたが、既に巣の攻略は終わっており、開放された後方海域の安定と前線の支援を目的として、後方基地に配属されたのは直ぐの事であった。

 

 

 

 




龍驤さんの関西弁って生粋の関西弁じゃないですよね?
ところどころ標準語が入ってるといいますか、がっちがちの関西弁で会話させると違和感が出る不具合が発生。

語尾に『でぇ~』とか一人称が『うち』なので大阪でも濃い地域の言葉を主として使用していると思われるのに、母港/詳細閲覧のセリフで

『あのさぁ、なんなのさっきから。まぁいいんだけどさ。艦載機の整備手伝ってよ。』

え?関西弁は?
これ地域的な関西弁を考慮に入れると

『あんなぁ、なんなんさっきから。まぁええんやけど。艦載機の整備手伝ってや』

ぐらいになるのかな?
龍驤さんの自然な話し言葉てどんなだ?

これに悩むこと半日。こういう時のWiki参照。便利ですよね。

で、ありました。


『うさんくさい関西弁なのは横浜生まれの横須賀育ちという生粋の関東人だからである。』

出典
龍驤 - 艦隊これくしょん -艦これ- 攻略 Wiki*
http://wikiwiki.jp/kancolle/?%CE%B6%F1%E8



あぁ。なるほど。どうりで違和感あったわけだ。
スタッフの拘りも声優さんの演技力も凄いなとおもいました。

……え?
なんで関西弁しゃべってんの?


次回は話をたたみに入るので二週間くらい?



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