【完結】妖精さん大回転!   作:はのじ

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一話一万文字を目標にしてたんですが、拘るともっと遅れそうなので妥協しました。

毎日投稿とかする人いますが、ほんと化物かっ!って思います。
ごいすーですね。とても真似出来ないです。


第一話 無限軌道でいい汗かいたとご満悦も気分は急転直下の紐なしバンジー

 揺蕩う意識。深く浅く。意識は拡散し時に収束する。収束した僅かな時間に自我が芽生え、主観時間でゆっくりと撹拌され、やがて拡散する。拡散した意識は世界へと手を伸ばし数万キロメートルに渡る繊細な太陽フレアの活動から原子を構成する素粒子のダイナミックな活動を余すこと無く把握する。

 

 世界は生と死に満ち溢れている。百万人を惨殺した英雄の死も一千万人を活かした悪党の死も等価であり、世界の有り様からみれば無意味であり未来永劫語り継がれるべき英雄譚である。殺しては生まれ、生まれては死ぬ無限のメビウスの螺旋。

 

 幾億の宇宙。幾千億の銀河。数え切れぬ星々。辺境宇宙のさらに辺境にある小さな銀河の腕にしがみ付くように存在する小さな小さな惑星。水面を疾走する女性。その向かう先には深海棲艦と呼ばれる美しき異形。女性が雄叫びをあげ、深海棲艦が昇華し結晶へと姿を変える。壮絶で可憐な笑みを浮かべる女性は舌なめずりし、次の獲物見定める。全身煤と血と硝煙の香りでまみれた姿はまるで……

 

 ――世界はこんなにも美しく緻密で残酷で愛と暴力と矛盾に満ち溢れている。……あぁ……僕は……

 

 ……僕は……僕?

 

拡散していた意識が収束する。宇宙の鼓動は感じられず、手を伸ばしても世界は那由多の彼方に去っていってしまった。

 

 小さな小さな違和感。呼称一つで緻密な世界は有り様を変え、その余波で彼は自らの生まれた理由を失った。

 

……僕?……俺?……

 

 スイッチが入ったかのように唐突に意識が覚醒する。何者かの恣意的な介入を疑うが世界を失った彼にはそれを感じる事が出来ない。

 

 覚醒直前の一瞬の間、彼にまつわる何か大切なもの、忘れてはならないものの記憶がパチパチと熾きが火花をまき散らすように蘇ろうとしていた。世界ではない。もっと矮小で愛しく悲しく幸せで残酷な記憶。世界より大事で替えの効かない彼だけの物語。糸を手繰るように、現実の手を伸ばすかのように意識上の腕で引き寄せ掴めると思った次の瞬間、無精ひげの男の顔が目の前にあった。

 驚きの余り伸ばした意識上の手は消え失せ、記憶の残滓は僅かも掴む事無く儚くも消えさった。そしてそれは二度と思い出す事が出来ないという事を理解した。理解できてしまった。何故なら自分は……僕は……何?

 

 もう意識上の腕を伸ばす方法すら思い出せない。例え思い出せても何かは永遠に失われている。そもそも僕は誰なのか。ここはどこなのか。目の前の男は何なのか。僕はただ気持ちよく寝ていただけなのに起きたら無精髭の顔が目の前にあるなんて気分が悪くなる。それにこいつのせいで何か損した気分だ。もっと寝れていればきっと幸せに違いなかったはずなんだから。

 

 妖精さんの怒りは有頂天だ!怒髪天を衝く勢いだ!妖精さんやっちゃっていーよー!

 

 この髭面をぶっ飛ばす!でも目は危ないよね。口は涎がつくと嫌だし。出っ張ってる鼻かな?鼻でいいよね。よし!気合!入れて!いきます!

 

 

 

 妖精さん渾身の一撃と思われる正拳が提督の鼻梁に突き刺さった。

 

「チョワー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョワー!」

 

「チョワー!」

 

「チョワー!」

 

 妖精さんの連撃が止まらない。ワンツー、ワンツー。フック、アッパー、ストレート。ガゼル、ガゼル、カエル。そしてジャブでタイミングを測った後にまさかのデトロイトスタイル。スナップを効かせたフリッカージャブだ。フリッカー、フリッカー、打ち下ろしのチョッピングライト。おっと、頭が八の字を描いているぞ。これはまさかの無限軌道か。いや。連続攻撃で息が切れてふらついているだけだ。薄紅色の和服の女性がぐい呑にお茶を入れてくれたぞ。汗も拭いてくれたね。ここでちょっと一息。おやもういいのかい?よし第二ラウンドスタートだ!

 

「チョワー!」

 

「……天龍。なんぞこれ」

 

「チョワー!」

 

 鼻柱にデンプシーロールを受けながら提督は天龍に尋ねる。攻撃自体は避ける必要がない程に痛くも痒くもない。元々妖精さんに攻撃力といったものは皆無であり、提督はこれまでの付き合いから熟知している。最初から避けるつもりもない。逆に下手に動くと勢い余った妖精さんが転んでしまう。それで怪我をするとは思えないが、艦娘と想いを同じくして妖精さんは須らく愛すべき存在である。例え妖精さん特性値(Yo-Sei)を持たなかったとしても深海棲艦と戦う者として当然の事だった。

 

 

「チョワー!」

 

「フフ。可愛いだろ」

 

「チョワー!」

 

 天龍の瞳は、愛し子を見守る者特有の慈愛に満ちた優しいものだった。珍しい天龍の様子に仕方ないかと諦め気分となった。ただ、観察するために屈んでいた腰が我慢できないほどではないが少々つらい。だが妖精さんが納得するまで付き合うしかない。

 

 提督の不安は即座に解消された。

 

 これでフィニッシュとばかりにラッシュに入る妖精さん。無限軌道で目を回していた妖精さんの目がキラリと光ると腰、肩、肘、手首が怪しく輝いた。腰の捻りから生まれたエネルギーを肩から肘、手首へと伝達。その上で、肩と手首に捻りを加える事で発生するエネルギーは理論上、元の三倍。さらにいつもの倍の速度のステップで踏み込む事でそのエネルギーはなんと元の六倍。さらにさらに、腰をもう一度クイッっと回すことで倍。さらにさらにさらに発生したエネルギーによる温熱効果で全身の疲労が回復し動作にキレが生まれた事により倍に。さらにさらにさらにさらに無我夢中の無心の心で感謝の一撃をと思う、相反する矛盾思考による相対性精神ツインエネルギーαを加えて倍。最終的に発生したエネルギーは、なんと腰を捻っただけのエネルギーから数えて脅威の四十八倍。これがかの元ミドル級世界王者、キッド・マッコイが世界を制した必殺パンチ。その名もコークスクリュー・ブロー!

 

「チョワー!」

 

 妖精さんの必殺ブローが炸裂した瞬間、提督の鼻がわずかにぷるるんと揺れた。

 

 妖精さんが右手を高々と掲げ勝利の雄叫びを挙げる。

 

「フォー!」

 

 拍手する鳳翔と天龍。一人取り残される提督。ただ第三者として観察していれば提督も二人と同じく拍手する側に回っていたかもしれない。今はただ一言。

 

「なんぞこれ」

 

 一息つけたい提督は腰を休める為、椅子に座ってため息ひとつ。

鳳翔がお疲れさまでした、とお茶と一緒に一声掛ける。

 

「ふふふ。提督。お鼻がツヤツヤしてますよ」

 

「さいで」

 

 どうでもよかった。憮然とする提督をよそに天龍は妖精さんに駆け寄り一人胴上げをしていた。天龍と相性はよさそうだなと思った提督はお茶を一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督が飲み干した湯呑みに鳳翔が熱いお茶を淹れ直した。その湯呑みをじっと眺める提督。いつからか提督が思案にふける時の癖だった。鳳翔は提督が考えを纏めるのを邪魔せずお盆を胸に抱え静かに傍で控える。鳳翔の気配を感じながらも提督は妖精さんの事を考える。

 

 鳳翔はこの時間が好きであった。本土にいた頃はお茶ではなくお酒。一日の業務を終え、執務室で少々の酒と煙草で一息つく提督。グラスをじっと見て数回に分けて飲む。提督のタイミングに合わせてお酒を注ぐ。その間会話はなく時が静かに刻まれる。

 

 酒も煙草も戦場で覚えた。当時提督は未成年だったが、共闘する提督は大半が成人していた。戦闘が終わり震える指で煙草に火を灯す提督。作戦行動で一週間まともな睡眠を取れない事があった。作戦終了後も緊張と興奮と恐怖で眠れず、大量のお酒で無理矢理意識を落とした。未成年特有の見栄と背伸びで覚えたのではない。成人していた他の提督もお酒で感情をごまかしていた者もいる。鳳翔は悪癖であると窘めはしたが止めることはなかった。それは艦隊を組めるまでに増えた他の艦娘も同じだった。

 

 基地への補給は満足な物ではない。食糧・燃料・弾薬・生活物資。ありとあらゆるものの補給が滞っている。嗜好品も同様で酒は提督自身が赴任当時に持ち込んだ残りが僅かに残っている程度である。煙草などはとうの昔に切らしている。お酒と煙草がお茶に変わった。健康的ではあるが、寂しく感じる事もある。お酒の相伴にと執務室を訪れる理由が一つ減ってしまったから。昔に比べて贅沢な悩みですね、と鳳翔は気持ちを切り替え妖精さんの事を考える。

 

 提督も鳳翔もただ遊んでいた訳ではない。直接触れる事で得られる情報がないかと模索していたのだ。事前に触れてはいたが意識の有無で得られる情報は格段に変わる。

 妖精さんは人間の感情の機微に敏感である。悪意や下心といったものには覿面で触れることはおろか姿を見ることも出来なくなる。極端な話、手作りのお菓子を配ろうとした場合、準備中に頻繁に姿を顕すし、いたずらを注意しようとした途端に一斉に姿を消してしまう。ただこの状態でも必要な場面になると前後の諍い(いさかい)などなかったように力を惜しみ無く貸してくれる。

 

 艦娘でさえこうなのである。人間の場合は言わずもがなである。

 

 悪意を持った人間の前に妖精さんは姿を(あらわ)さない。一部例外はあるが提督の在籍しない軍の施設に妖精さんは姿を見せない。だが人間は時折とんでもないミラクルを引き寄せることがある。艦娘と妖精さんの研究の成果のひとつ。何をどうしてか妖精さんを小さな檻に閉じ込める事に成功したのである。他の妖精さんが気づいて艦娘が救出に向かうまでの三ヶ月間、ありとあらゆる実験が行われた。ただ当時の技術では妖精さんを傷つけることは出来ずにいた。実験の副産物として『妖精さん特性値(Yo-Sei)』の発見があった。一言で説明すると妖精さんとの親和性の高さを表す数値である。妖精さんとの意思疏通には必須となる。艦娘は当然のこと高い。偽装の威力にも関係していた。

 

 軍部は当然の事、色めき立った。

 

 妖精さん特性値(Yo-Sei)を人為的に操作することで突然変異的に現れた提督達に頼らずとも自分達で提督を作り出し、艦娘達を制御できるのではないかと考えた。ただ軍部は勘違いをしていた。妖精さん特性値(Yo-Sei)は妖精さんとの親和性を示すものであり艦娘との繋がりを示すものではなかったのだ。提督のなかには妖精さん特性値(Yo-Sei)を持たない者もいるし逆に一般の人間でも妖精さん特性値(Yo-Sei)を持つ者も存在した。ただ会話が成立しても完全な意思疎通ができるとは限らない。試行錯誤の結果、艦娘の制御には妖精さん特性値(Yo-Sei)とは別のパラメーターがあるのではないか。今はその方向で研究が進められている。現在妖精さん特性値(Yo-Sei)はただの目安程度の扱いに変わってきている。

 

 ちなみに妖精さんに対して親和性を持たない者は、妖精さんの声が聞こえないかノイズ混じりになるという。姿は妖精さん特性値(Yo-Sei)の有無に関わらず誰でも見える。

 

 

 

 閑話休題(話を戻す)

 

 

 

 妖精さんとの接触で鳳翔に分かった事は一つ。

 

 男形というイレギュラーを除けば、他の妖精さんと何ら違いはないという事。

 

 天龍の頭の上ではしゃぐハイテンションな様子は、妖精さんとして少なくはあるがいない訳ではない。物静かな妖精さんもいるしおしゃべり好きもいる。個性があると言える。

 

 あの子の依代はなんでしょうか……

 

 接触して妖精さんが依代とする媒体が分かる訳ではない。気にする必要すらなかったのだから。求めれば必ずそこにいるという信頼感は提督のそれに比肩する。

 

 天龍の証言から発見時にそれらしいものはなかった事は分かっている。妖精さんは依代からある程度離れて行動は可能であるが縁のない場所で顕現は出来ない。

 

 妖精さんが発見されたのは遠征先の海の上である。普通に考えれば妖精さんが単独で存在していたいうのは考え難い。依代は海の底に沈んでしまった可能性がある。だがその場合、この基地に連れて帰る途中で依代との縁から妖精さんは姿を消してしまうだろう。依代は案外ありふれた物なのかもしれない。男形という外見から唯一無二(ユニーク)な物だと思い込んでいたのかもしれない。

 

 意外と12.7cm連装砲君なのかもしれませんね。ふふふ。

 

 提督の旗下に卯月と皐月がいることから、この基地にも予備として12.7cm連装砲も幾つか保管してある。案外その縁を伝って現れたのかもしれない。12.7cm連装砲なら、使用不能となったものが海の底にあってもおかしくはない。つらつらと思うより天龍に振り回されている妖精さんに直接聞けば良いではないか。提督の思索に合わせてつい自分も同じことをしてしまった。と思いつつ鳳翔は冷めてしまったお茶を淹れ直そうとした。

 

「木を隠すにはなんとやらか……」

 

 提督がぽつりと呟く。どうやら鳳翔とは違う事を考えていたようである。

 

「テンリュー、メガマワル-」

 

「そうかそうか。なら逆回転だ」

 

 温くなったお茶をグッと飲むと提督は天龍を呼ぶ。天龍はいつの間にか自己紹介を済ませたようだ。フフ怖をしたのだろうか。

 

「天龍。こっちこい」

 

「お。纏まったか?」

 

 妖精さんをジャグリングしていた手を止めて天龍が振り返った。ドヤ顔からフフ怖したな、フフ怖しましたねと提督と鳳翔が目で語り合った。

 

 妖精さんを机の上に降ろし、天龍は提督の正面に座る。

 

「妖精さん。話をしたいんだがいいかな?」

 

「イイヨー」

 

 笑顔で応える妖精さん。天龍はいい仕事をした。

 

「ここに来る前はどこにいたんだ?」

 

「???」

 

 妖精さんは首を捻る。少し考える提督。

 

「ふむ……では、君は何に宿る妖精さんなんだい?」

 

「ナニニ……」

 

 腕を組み考え込む仕草をした妖精さんだが次の瞬間、血が引いたかのように顔が青ざめた。両腕を回し自らを抱く。体は震えている。

 

「……ボクハ……ボクハ……ナニ?」

 

「!!」

 

 妖精さんの体が透き通る様に薄くなっていく。提督も鳳翔も驚きで声がでない。

 鳳翔の艦載機に宿る妖精さんは、撃墜され鳳翔の下に帰還する際に瞬間移動のように一瞬で姿を消す。そして見ていない場所に顕れる。顕れる瞬間を見ることは出来ない。消える時も同様である。薄くなって消えるなど聞いたことがない。これでは存在自体が消去されるようじゃないか!

 

「天龍!!」

 

 何か考えがあった訳ではない。提督は思わず天龍に助けを求めた。もしかしたら先程の慈愛に満ちた目が頭をよぎったからなのかもしれない。

 

 天龍は提督の声が早いか遅いかのタイミングで妖精さんをその胸に抱きかかえていた。

 

「大丈夫だ。大丈夫。訳わかんねぇけどオレがなんとかする。余計な事考えるな。大丈夫。大丈夫」

 

「テンリュー、テンリュー」

 

 妖精さんは天龍の胸に顔を埋め、幼子が絶対的味方である母親に縋り付くように抱きついている。

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 落ち着いたのか妖精さんの体が徐々に色をつけてきた。提督は思わず浮いていた腰を落とし座り直した。煙草が無性に飲みたくなった。

 

「……とりあえずこの話は今後無しの方向で」

 

 頷く天龍と鳳翔。

 

「なぁ妖精さん。今後の事だがな、当たり前の事だが妖精さんらしく自由にしてくれていい。これも当たり前だが制限なんてものはない」

 

 嘘である。当然、目は離さないが妖精さんを護る為である。軍に目をつけられない様こちらが勝手に動くだけだ。妖精さんにはバレバレであろうが、悪意は無いため受け入れてくれると確信している。

 

 妖精さんに反応はないが、天龍が頷いているので意図は伝わっているはずだ。

 

「それと妖精さんに仲間を紹介しようと思うんだが」

 

 妖精さんが僅かに反応した。

 

「いいかな?」

 

 天龍の胸に顔を埋めながら頷く妖精さん。提督は鳳翔に目配せ一つ。ここまで気配が濃厚だと提督の妖精さん特性値(Yo-Sei)でも流石に分かる。

 

「それでは皆さん。お願いしますね」

 

 鳳翔が誰ともなく声を掛けた途端、執務室の安っぽい扉が開き、妖精さん達がなだれ込んできた。

 

「ワーアタラシイナカマー」

「シンザンモノーカンゲイスルゼー」

「ナイチャメーナノー」

「チクワブダイミョウジン」

「ガンクビソロエテキタヨ-」

 

 それぞれが勝手に喋り妖精さん目掛けて集まる。その光景に目を取られ、ふと視線を外すと至る所に妖精さんがいた。

 

机や椅子の上に。

窓に。

壁に。

天井に。

入り口で様子を伺う者もいる。

 

 いつの間に。とは考えない。妖精さんとはそんなものだ。

 

「イタイノ?イタイノポイッポイ」

「テヤンデェ」

「アラアラオネェサンニソウダンシテネ」

「オッサケオッサケ♪ヒャハー」

「イラッシャイマセェ」

「サクラデンブダイミョウジン」

「アッチイコウアッチイコウ」

 

 妖精さん達も新しい仲間が来たのを楽しみにしていたようだ。小さな後方基地で人員は少なくとも、艦娘がいる限り妖精さん達の数は馬鹿にならない。天龍に抱きついた妖精さんを中心にひしめき合うように集合している。全員ではないだろうが、この後方基地に存在する殆どの妖精さんが集まったのではないだろうか。至る所にいるため、提督も迂闊に動けない。提督の頭を齧る妖精さんもいる。

 

 男の妖精さんは集まった妖精さん達の多さに目を見開いて驚いている。その手を引張りお話をしようとする妖精さんもいる。

 

 これなら大丈夫だろうと思いつつ、これ程集まるとは思っていなかった提督は鳳翔に助けを求めるアイコンタクトを送った。

 

「そうですね。皆さん。島の案内をお願いできますか?」

 

 提督が鳳翔に助けを求めたのは提督の妖精さん特性値(Yo-Sei)では意図が曲がって伝わることがあるからだ。数値は高くともあくまで人間の範疇を超えない。

 

 男の妖精さんが天竜に確認の視線を送ると天龍は笑顔で頷く。その途端に幾つもの手が伸びて妖精さんが天龍から引き離された。

 

「イクゼー」

「コッチコッチー」

「オウマカセナー」

 

 口々に騒ぎながら妖精さん達が部屋を出て行く。残っているものもいるが数えられる程度である。提督の頭を齧っている妖精さんは残っていた。痛くはないが涎には配慮していただきたい。

 

 妖精さんを頭に乗せたまま軽く放心状態の提督は天龍を見て一言。

 

「天龍。お前凄いな」

 

「まぁな。伊達に世界水準軽く超えてねぇよ」

 

 ニヤリと攻撃的な笑みを浮かべた天龍だが、天龍にもどうしていいかわからなかったのだ。ただ一心に消えないで欲しいと願っていただけだ。それが伝わったのかわからない。分からないが心を晒す程度で妖精さんが救われたとするならそれは天龍にとって誇りとなる。

 

 新しいお茶を淹れ直す鳳翔を横目に提督は二人に妖精さんの事を確認する。

 

「どうだ?」

 

 端的な言葉であるが過不足なく意図は通じる。艦娘として妖精さんをどう感じた?程度のニュアンスである。

 

「わかりません」

 

「同じく」

 

 勿論問題はあった。存在を抹消するように消えていくなど見たことも聞いたこともない。だがそれは提督も目の前で見ている。提督が聞きたいのはそこではない。

 

「普通なのです。感情が豊かであるようですが、その他は他の妖精さんとなんら違いを感じ取れませんでした」

 

「右に同じ。感じたのは普通の妖精さんだってことだけだな」

 

 異口同音に答えた二人は、しかし違和感を払拭出来ない。どこにでもいる普通の妖精さんにも関わらず姿は男形。そして歴戦の艦娘二人をして初めて見る現象。

 

「他の所属の艦娘に聞いてみますか?」

 

 鳳翔が提案するが提督は却下する。

 

「いや。やめとこう。どこから話が漏れるかわからんからな」

 

 艦娘から漏れる心配はしていない。だが不要なリクスは避けたい。最良の防諜は存在を知られないことである。今は存在を秘匿して守れれば良い。

 

「鳳翔は妖精さん達に言い含めておいてくれ。紛れてたらわからんだろ。天龍は目を掛けておいてくれ。卯月達には俺から言っておく」

 

「おう」

 

 鳳翔は頷き、天龍は男らしい声を上げた。

 

 提督は天井を見上げ、

 

「もうわかんねぇなぁ」

 

 頭をガリッと掻いた。色々あって気疲れが凄い。

 

「もう今日は飲むぞ。三人を呼んでくれ。はちに夜の哨戒は中止と言っといてくれ」

 

「はい。ご相伴に預かりますね」

 

 鳳翔が準備のために腰を上げた。

 

「いいのかよ。もう残り少ねぇんだろ?」

 

「三日後に秘書さんが帰ってくる予定だ。一応嗜好品を頼んでおいた」

 

 提督が苦虫を噛み潰した様に顔を歪めた。

 

「駄目元かよ」

 

「いや。今度こそ!今度こそは!」

 

「無理だっつーの」

 

 提督も天龍も秘書さんには期待してないようだ。

 

 戸棚を探していた鳳翔が困り顔で戻ってきた。

 

「提督。お酒、戸棚に置いてありましたよね」

 

「そうだが?あるだろ?ZAKIYAMAの鼾が」

 

 ここ最近はちびちび飲むことも控え、今となってはとっておきの一本である。

 

「あの、どこにも見当たらないので」

 

 提督は慌てて戸棚を確認した。念のため、もしかして、記憶違い、あるいはと思い全ての棚を確認するも見つからない。これは間違いない。

 

「やられた!」

 

 提督の頭に居座った妖精さんがかぷりと頭をかじった。

 

 

 

 

 

 

「コンヤバカリハノマセテモラオー」

 

「トクベツナヒー!イイサケデヒャハーダゼー」

 

 その日、歓迎会と称して男形の妖精さんに無理矢理お酒を飲ませる妖精さんがいたとかいなかったとか。

 

 

 




伏線と思われる描写ありますが、四話程度で終わらせる予定なので殆ど意味なかったりします。
プロットと脳内設定を死蔵するのが寂しいのでちょこっと書いただけの自己満足です。

次は一週間以内を目処に。


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