ひなたぼっこの研究者 作:たんぽぽ
目を覚まして一番最初に見たものは、淡いクリーム色の天井だった。
私はサイドテーブルの時計を見て、朝食まで一時間ほど時間があるのを確認すると、眠たい目をこすってベッドから出た。
パジャマから制服へ着替え、ネクタイをしめる。しかし、なかなか思うようにネクタイがしめられず、鏡の前で苦戦していると、目を覚ましたらしいスーザンが声を掛けてきた。
「おはよう、リズ。どうしたの?」
「おはようございます、スーザン。ネクタイがしまらなくて……」
髪を手ぐしでとかしながら起き出してきたスーザンは、私が手こずっていたネクタイをいとも簡単にしめてみせた。
「はい、出来上がり」
「ありがとうございます。助かりました」
私は鏡で一応制服姿を確認すると、机に置いてあるカバンの中身をチェックした。うん、大丈夫。
その間に身支度を済ませたスーザンは、私と共に部屋を出て談話室へ向かった。
「おはようございます、リズ、スーザン。よく眠れましたか?」
最初に私達に気が付いたジャスティンが、礼儀正しく私達に尋ねる。
「おはようございます、ジャスティン、ザカリアス。朝までぐっすり眠れました」
「二人は朝からいつもの調子だな……」
ザカリアスが目をこすりながら呟く。スーザンに至っては、
「今日は大音量目覚まし時計のお陰で六時台に起きれたけど……明日からは無理そうだわ」
「目覚まし時計の音なんてしましたっけ?」
「対象者以外には音が聞こえない魔法が掛けてあるのよ」
なるほど。さすが魔法界。便利だな。と思ったものの、後に続いた「でも十分間も丸々それを聞かされたら調子が狂うわね……」という言葉を聞いて、絶対に使用はやめようと考え直した。そうか、他の人に音が聞こえないということは、自分が止めなければ永遠に大音量が鳴り続けているということなのだ。つまり、私が起きた六時ちょうどから、スーザンが起きるまでの十分間、目覚まし時計は精一杯仕事をしていたということ。そりゃ調子も狂う。
「では、まだ初日ですし、早めに大広間へと向かいましょうか?」
昨日だったらスーザンが明るくみんなをまとめてくれるのだが、あいにく今日は調子が狂っていることもあり、必然的にジャスティンにその役がまわった。私達はその言葉に賛成し、談話室の席を立つ。
寮の入り口では、監督生の女子生徒が立っていた。
「おはよう。あなたたちも早めに大広間に向かうのかしら? それなら、この地図を持っていくと良いわよ」
代表してスーザンがお礼の言葉と共に地図を受け取ると、そこには『ハッフルパフ新入生御用達・ホグワーツの主要教室案内図』とあった。主要、ということは全ての教室が書かれている訳ではないのだろう。念のため確認してみると、確かに北塔の最上階には占い学の教室が見当たらなかった。
「大広間はここね。寮と近くて良かったわ。さあ、行きましょう」
いつの間にか調子を取り戻したらしいスーザンに先導され、私達は大広間へと向かった。
大広間のハッフルパフのテーブルには、既に数人の上級生が座っていた。その中で、一年生と思われる二人組を発見すると、私達は彼らに近付いていく。
「おや、君達も一年生かい? 良かったらここにおいでよ。一緒に朝食をとろう」
お言葉に甘えて私達は席に着いた。早速、二人組の男の子の方が話し出す。
「僕はアーニー・マクミラン。こちらはハンナ・アボットだ。君達は?」
「私はスーザン・ボーンズよ」
「僕はザカリアス・スミス」
「ジャスティン・フィンチ=フレッチリーです」
「私はリズ・フォーリーです」
「よろしく。君達は授業の予習は済ませたかい?」
「いいえ。けど、リズとジャスティンはやっているみたいね」
スーザンが答える。
そのまま、初めての授業について話は及び、朝食の時間は流れていった。
「おっと。そろそろ僕達は失礼させて頂くよ」
先に朝食を食べていたこともあり、アーニーとハンナは先に席を立った。
「さあ、私達も行きましょうか」
再び地図を頼りに、呪文学の教室へ向かって歩く。グリフィンドールの最初の授業は変身術だったから、最初は寮監の授業なのかとも思ったが、それならスリザリン生が辻褄が合わない。グリフィンドールの生徒達は、変身術の授業を受けた後、
そんなことを考えているうちに教室に到着し、既に最前列に座っていたアーニーとハンナの隣の列に私とスーザンが、そしてその後ろにジャスティンとザカリアスが座った。
しばらくすると、全てのハッフルパフ生の一年生が席に着席し、先生を待っていた。教師はフリットウィック先生。若い頃は決闘チャンピオンであったことから、魔法の腕はかなり高いと見える。
「はいはい、皆さん、静かにして下さい。私が呪文学の教師、フリットウィックです。さあ皆さん、教科書と羽ペンを出して下さい。まずは呪文の基礎の基礎から教えたいと思います」
そして話し始めたフリットウィック先生の話は、とても興味深いものだった。
まずは、魔法は杖を振って呪文を唱えれば簡単に使えるものでは無いということ。変身術ほど複雑でも難しくも無いが、キチンと理論を学び、正しく杖を振ることが必要不可欠だと言えるのだ。
そこで私はふと考えた。何故『無言呪文』が存在するのに、呪文を唱えなければいけないのか。深く考えてみるのもいいが、今は授業中だ。素朴な疑問を教師にぶつけてみるのも悪くはないだろう。
そう考えた私が静かに挙手をすると、すぐに先生は気が付いた。
「質問ですか、ミス・フォーリー?」
「はい。今先生は魔法には呪文が必要不可欠だとおっしゃっていましたが、この世には無言呪文というものが存在します。無言呪文は呪文を必要としていませんが、何故呪文を言わずに魔法を使うことが出来るのでしょうか」
フリットウィック先生は、私が無言呪文について知っているのに驚いたようだが、逆に聞き返してきた。
「ミス・フォーリー、無言呪文についての説明は出来ますか?」
「はい。無言呪文とは、声を発さずに魔法が使うことが出来ます。そのメリットは、呪文を唱えなくていい分発動が早いこと、決闘などでは相手に何の呪文を使うのか悟らせずに済むこと。デメリットは、声を発さずに魔法を使うため、威力が落ちることです。普通はベテランの魔法使いが使用します」
「その通り。ハッフルパフに五点。無言呪文は、本来の声に出して呪文を唱える魔法が出来ないと使えません。何故なら、使う魔法のイメージが出来ていないからです。そもそも呪文とは———」
フリットウィック先生の話が長くなってしまったのでまとめると、
・そもそも呪文とは、使用する魔法に集中出来るよう古代に編み出されたもの。
・それが改良され、呪文を唱えれば比較的簡単に魔法を使うことが出来、更にその精度が上がった。
・無言呪文とは、古代に使われていた呪文を用いない魔法である。
ということだった。
「とても良い質問でした、ハッフルパフに更に五点あげましょう。それでは、まずは一番簡単な呪文から試してみましょう。呪文はこうです。『ルーモス、光よ』」
フリットウィック先生が呪文を唱えると、その杖先にポッと光がともった。
「これは、杖を振ることのないとても簡単な呪文です。さあ、やってみましょう」
「『ルーモス、光よ』」
まず先陣を切ったのは、私の斜め後ろに座っているザカリアスだった。呪文を唱えたにも関わらず、魔法の光はともっていない。
「ザカリアス、先ほどの私の質問を思い出してみて下さい。魔法に集中し、イメージすることが大切なんです」
「リズは出来るのか?」
「はい。『ルーモス』」
私の杖先に、小さな光がともった。
「魔法というものは、変幻自在なものです。イメージ次第で、呪文を用いた魔法も少しずつ変えることが出来ます。例えば———」
私は光を強くしたり弱くしたりしてみせた。また、杖を少し大きめに振るうと、光が杖先から空中へと離れていく。
「こんな感じに、イメージしてやってみて下さい」
「難易度高くないか?」
「僕もそう思います。先ほどの話から察するに、それは無言呪文というもののようですし」
「キチンと練習さえ積めば、このくらいなら誰にでも出来ます」
「そうなのね。私もやってみなきゃ。『ルーモス、光よ』!」
私の発言のお陰かはわからないが、授業が終わるまでに、全員がこの魔法を習得することに成功した。