ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
瞳を開くと、そこにはのどかな田園風景が広がっていた。
なだらかな丘陵は一面の麦畑で、そこで農作業をしている人々がいる。
近くには小川が流れているのかサラサラと川のせせらぎが聞こえてきて、そこで遊んでいるのだろう子供たちの陽気な声が響いていた。
「ここは……」
俺のすぐ脇でそう口にしたのは直葉……いや、シルフのリーファだった。
「ここは59層のダナクだよ。リーファは初めてだったか?」
「あ、うん。なんかすごいね。景色が綺麗すぎてここがVRワールドだって忘れちゃいそうだよ」
視線を遠くで働くNPCたちに向けながらそう呟くリーファを見ながら、俺は答えた。
「そうだな。ディテールは少し変わってるけど、ここはSAOの時から本当にのんびりしていてずっと居たいって思えるところだったんだよ」
そう言いながら俺は、あの日にアスナと二人で木陰で昼寝した日のことを思い出していた。あの時はまだ、彼女のことをなんとも思ってはいなかったんだ。ただ、口答えするムカつくやつだって……。
それでもここで彼女と居られたことは大切な思い出だ。そう思っていた俺に、パッと目の前に現れたその小さな俺達の娘が話しかけてきた。
「おかえりなさい、パパ」
「ああ、ユイ。大丈夫か? なんともないか?」
ついさっき強制的にハッキングされあわや消滅かという状況にいたユイは、いつもとなんら変わらない様子で宙に浮かんでいた。
それにホッと息を吐く。
「はいパパ、大丈夫です。全然動けなかったけど、急に開放されて……ウィルスとかで攻撃された形跡もないし、いったいなんだったんでしょうね」
顎に指を当てるユイに、シノンやシリカが声を掛けた。
「なんにしても良かったよ。ひょっとしてもうユイちゃんに会えないかもって心配だったし」
「そうですよ。ユイちゃんに何かあったらって本当に不安だったんですよ」
「みなさん、心配してくれてありがとうございます。私……とっても嬉しいです」
にこりと微笑むユイ。
柔らかく流れるその穏やかな雰囲気の中、俺は奴の底の知れない恐ろしさを改めて実感していた。
ユイのデータをまったく損傷させずにコントロールすることのあり得なさは、今のユイのプログラムの調整を行っている俺にとっては驚愕の一言だ。
並のエンジニアにこんな芸当が出来るとは思えない。
一瞬、あのケイタの顔が脳裏を
いや、今は悩むのは止めよう。
時間がない、急がなくては。
俺は全員に声をかけ、転移門の前へと移動した。
そこにはすでにたくさんのプレイヤーの姿が……
と、きょろきょろ見回したところでふいに声をかけられた。
「おっそーい、キリトくん」
「待ちくたびれたわえ、本当に」
「キリトさん、我々も手伝わせて頂こう」
そう言われ顔を向ければ、そこにはケットシーとシルフの二人連れの女性と、頑強そうな鎧に身を包んだ、大柄なサラマンダーの男性プレイヤーの姿が。
「アリシャさん、サクヤさん、ユージーン将軍も、来てくれたんですか」
「ああ、エギルさんに呼び掛けられてな。我々だけではなく、たくさんのプレイヤーが来ているぞ」
見上げてみれば多くの妖精が集まってくるところだった。中にはボス攻略で共闘した面々も大勢いる。呆気にとられている中、またもや声を掛けられる。
「キリトさん、私たちも戦います」
「え?」
振り返ってみれば、マントを羽織った一組の男女のウンディーネ。
「ユリエールさん、それにシンカーさんも」
「大した助力はできないだろうが、楯役くらいはできるだろう。あの時君に救ってもらった恩、今こそ返させてもらうよ」
「どうか、私たちを使い潰してください」
「そんな……いえ、本当にありがとうございます」
俺は色々とこみあげてくるものを感じながら、頭を下げた。
こんな嘘か誠か分からないような事態に、すぐに駆けつけてくれたこの
かつて、¥ソロプレイヤーであったこの俺には、心から許せる仲間はほとんどいなかった。それがいつの間にかこんなにもたくさんの仲間と呼べる存在が出来ていたことに、俺自身が信じられないくらいだったのだ。
だが、やはり、足りない。
ここには俺の分身たる、もう一人がいないのだから……。
と、そう思っていた。そう、少なくともその声を聴くまでは。
「キリトくん」
「!?」
それはもっとも聞きたかった彼女の声。
最愛にして、俺の命にも代えられない、俺の全てを捧げた存在……。
驚いて素早く顔を上げた先にいたのは、やはり、にこりと柔らかく微笑む彼女の姿だった。
「アスナ……お前」
「えへへ……エギルさんに聞いて、私も来ちゃった」
少しふざけた感じでそう話す彼女は、いつもと変わらないウンディーネの姿で佇んでいた。
「ママっ」
「アスナさん!?」
「アスナ」「アスナさん」
「ユイちゃん、みんな、ごめんね心配かけて」
一斉にアスナを囲むメンバーたち。彼女たちにアスナはいろいろと声を掛けていたが、俺はすぐに大事な話を切り出した。
「アスナ、傷は……痛みは大丈夫なのか?」
アスナの意識が戻ったことでここにログインしてきたことは簡単に想像がついた。でも、刃物で刺されたのだ。いくら覚醒したと言っても、身体に残る痛みは彼女を蝕んでいるはずなのだ。
VRマシンとは言っても、身体と意識を完全に切り離せるわけではない。あのナーヴギアでさえせいぜい5割程度しかカバーできない。当然完全に身体の痛みを消すこともかなわないわけだ。しかもダウングレードされたアミュスフィアでは尚のことである。そう思って問いかけたそれに、彼女は薄く微笑んで返した。
「うん、本当に大丈夫だよ。だってユウキの身体を借りたんだもの」
「ユウキ? じゃあ、今アスナは『メディキュボイド』に?」
その俺の言葉に彼女はコクリと頷いた。
『メディキュボイド』
それはVR技術を医療用に転用した世界初の医療用フルダイブ機器であり、身体の自由が効かない患者に対してVRワールド内でのカウンセリングや体感療法などに用いられている。この機器の最大の特徴は、そのアバターとのシンクロ率の高さにある。通常のVRマシンが脳に作用させるのに対し、この機器は脳および脊椎までを完全にカバーし、全身の神経系を網羅したうえでVRワールドに五感を反映させる。そのため、寝た切りの状態であっても健全な身体での体感を得ることが出来るのだ。
アスナがこれを使用しているというのなら、痛みに苦しまずにここに居られることも納得がいく。
「入院していた病院にこの機械が導入されていたの。それで、今のキリト君たちの状況を聞いて居てもたってもいられなくなって、お父さんと先生たちに頼み込んでこれを使わせて貰ってるの。ちょっとセットアップに時間が掛かっちゃったけどね」
「そうだったのか」
彼女に近づきそっと抱きしめる。
「良かった、意識が戻って」
「うん、私も会えてうれしい、キリト君」
肌に感じる彼女の温かさに、改めて彼女が生きているということを実感する。これが仮想のモノであると理解しつつも、素直に無事を喜んだ。
暫くそうしてから、今度は犯人の心当たりについてを彼女に問いかける。しかし静かに首を横に振った彼女の答えは簡単なもの。相手の顔も身体もまったく見ることが出来なかったということだけだった。
でも、彼女の聞いた『一人目』という言葉。それから察するに、『二人目、三人目』としてリズとクラインを攫ったと考えることが妥当だと推測出来た。つまり犯人は同一犯か、もしくは状況を理解できる立場の第三者。いずれにしても『リヴェンジャー』と名乗った奴が絡んでいるのは間違いなさそうだ。
そんなことを考えていた脇で、アスナがみんなに振り返った。
「ええとね、お母さん達からみんなに渡してくれって頼まれたものがあるの。昨日『浮遊大陸』のイベントで手に入れたモノだって。だから遠慮しないでもらってね」
言いながら手元にコンソールを呼び出して、アイテムを選択していく。そして、シノンとシリカとリーファにそれぞれアイテムを譲渡していった。
それを見て、まずシノンが驚いた顔で声を上げた。
「ね、ねえ、これってひょっとして『銃』じゃないの?」
「うん、そうみたいだよ」
そんな会話が聞こえて慌ててシノンのアイテム欄を覗く。するとそこに書いてあったのは、
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『シュトルム』
銃自身が意思を持った特殊な銃。銃が持ち手を選ぶ。
付加アビリティー
『The state of the anger』
『Return blade』
『Double return』
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「な、なんだこれ?」
完全に『銃』だ。いや、まいった。いつの間にこんなの実装されたんだよ。慌ててアスナにそのことを聞いてみると、一応この武器はカテゴリーとしては『弓』系統に加えられているらしく、浮遊大陸での戦争イベントでのレアドロップアイテムなのだそうだ。弾に関してはMP消費で自動装填されるらしいのだが……。
「でも、これ『銃が持ち手を選ぶ』って書いてあるぞ。確かにシノンは
「あ、装備できた。やった!」
うん、装備できちゃったね。
「えーとね、『弓』と『錬金』のスキルが高いと装備できるみたいだよ。シノンさん、錬金も上げてたもんね」
そういや自分で矢を製錬するとかって錬金スキル上げてたな、確か。
「見た目は古風だけど、やっぱり銃は萌えるね。キリト達のこと守ってあげるからね」
そう言って構えて照準を合わせるシノンはやっぱりさまになっている。これは相当喜んでるな。
次に見に行ったのはシリカ。
彼女は自分のアイテム欄を眺めながら肩に乗った使い魔ドラゴンのピナと一緒に首を捻っている。
どれどれ?
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『神竜石』
装備者を本来の姿に変える。
ソードスキル(3フェイズ有効)
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これまた良く分からないアイテムだ。
アスナに聞いてみれば、これも浮遊大陸の別のイベントでお義父さんたちが手に入れたものだそうだ。なんでもアカネイ……なんとかって城の攻防戦で出現したドラゴンが落としたものらしい。これも装備者が限定されているらしいのだが。
「あ、私も装備できました」
そう……シリカも装備できたのね……。
でも、これは何のアイテムなんだ? 石でどうやってソードスキルを使うんだか……。
まあ、後でわかるかな。
と、最後にリーファのところへ。
いったい何を貰ったのかと見てみれば、
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『Ultima book』
白魔術最終奥義の書かれた本
魔法(白系魔法の熟練度に威力比例)
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リーファのは魔法か……白魔術ってのはどんなカテゴリなんだろう。これも浮遊大陸のイベントでNPCのミン……なんとかってキャラが命と引き換えに授けてくれたものらしいのだけど……そもそもお義父さんたちはいったいいくつイベントをこなしてきたんだ、昨日一晩で。
いや、考えるのはやめよう。ゲームから起きてみればそこにアスナが倒れてたわけだしな。ショックも大きいだろうし、やっぱり。
リーファも無事に装備できたようだ。
大勢の知り合いが来てくれたことと、新しいアイテムに心を奪われたこと、なによりアスナがここに来てくれたことで俺の緊張は一気にほぐれていた。
これからデスゲームが始まるというのにも拘らず……。
だがやはり、そんなのんびりとした余裕は一瞬で消えることになった。
ゴーーーーーーン……ゴーーーーーーン……ゴーーーーーーン……
突然に鳴り響いたのは大きな鐘の音。それを不思議そうに見上げて聞くものと、一気に表情を曇らせるものとに、この場のプレイヤーは分かれることになった。
この鐘の音は、まさにあのSAOで地獄のゲームの開始を知らせる合図であった。
俺はこの音を聴きながらそっと自分のコンソールを呼び出して、そしてログアウトボタンを探した。
だが、案の定パネルからそれは消滅していた。
顔を上げれば、アスナも厳しい表情に変わっている。
俺は彼女と並んで立ち、ジッとその時を待った。
暫くして鐘が鳴り止むと同時に、この空間に大きな揺らぎが走った。
それは彼方の空から順にこちらへ向かって迫り、周囲の景色を飲み込みながらそして、それ自体を描き換えていく。その新たに上書きされた周囲の景色に俺達は息を飲んだ。なぜならそれは……
「お、おい、まさかここは……」
「くっそ、また俺達はここに来ちまったってのか……」
周囲で息を飲んでそう語る声があがっている。
そう、まさに彼らの言葉は俺達の想いそのものであった。
周囲に見えるのは第59層主街区ダナクの景色。ただし、それはALOとして再構築されたそれではなく、まさしくSAO時代のそれであったのだ。
「お、おい。見ろ」
「え?」
「あれ?」
周囲で上がる驚きの声に、俺達も慌てて周りを確認する。
するとそこかしこでプレイヤーの身体からエフェクトが立ち上り、次々にその姿が変わっていった。
さっき会ったシンカーさんとユリエールさんも、シリカもだ。そして、アスナも、俺も。
「キリト君、その恰好……」
「アスナ……君もだ……」
俺が見たその光景。目の前に立ち尽くしているのはウンディーネの少女ではなかった。
赤と白の特徴的なその軽鎧に身を包んだその姿は、かつて共に最前線で戦い、そしてあのヒースクリフとの最後の戦いで散っていった、血盟騎士団副団長……『閃光のアスナ』のそれであった。
そして、俺も……
黒の全身スーツ姿の俺の右手に握るのはかつての漆黒の愛剣『エリュシデータ』。そして、左手に握られていたのは……
「お兄ちゃん……その恰好って、まさかSAOの……」
「シリカもアスナも……これはどういう……」
疑問符交じりに話すリーファとシノンの言葉が終わるその前に、この空間にその『声』が響き渡った。
地の底から湧き上がるような悍ましいその声を忘れるわけがない。
この『声』こそがこのゲームの主なのだから。
『ヨウコソ、諸君。ソードアート・オンラインのセカイへ……ククク……』
今回懐かしのゲームの小ネタがいくつかはさまれてます。元ネタがなにかお分かりになりましたか?
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