ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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浮遊城アインクラッドへ

 スマホから流れる音声はそこで途切れた。

 先ほどの雑音も収まり、辺りには静寂が訪れている。

 彼の思考は先ほどの『声』の内容により刹那の時間、混乱を極めていた。だが……

 

「え、エギル! すぐにパソコンを貸してくれ!」

 

「あ、おお」

 

 店のカウンター横のパソコンの前まで移動した彼は端末にログイン画面を表示させ、そして次々に現れるプログラムデータを確認、必要なコマンドを入力し、そして『彼女』を起動した。

 

「ユイ! ユイ! 聞こえるか? 俺だ、キリトだ。どうだ? 分かるか?」

 

 画面にはLoadingの文字が、そして待つこと数秒。

 

『パパ……? パパ、パパっ』

 

 おお、と一同に歓声が上がる。

 先ほどあの『声』により消されていた彼女が再び現れたからだ。彼はすぐに彼女に問いかけた。

 

「どうした、何があった?」

 

 モニター内には彼女の音声波形のみが示され、その波は激しく振れる。

 

『はい……私にも良く分からないです。メインフレーム内の過去のデータを色々探していたら急に動けなくなって、システムに浸食されました。それで、嫌だったのにパパのアドレスに直結させられて……』

 

「乗っ取られたのか?」

 

『うん……そうみたいです』

 

 ユイのそのはっきりしない物言いに彼は背筋に嫌な汗が流れるのを感じていた。

 SAOの旧カーディナルシステムの管理を離れたユイは、膨大な演算処理能力を有する一個の人工知能として独立した存在となっている。通常であれば、何かしらの妨害を受けた際には、即座の判断の上痕跡を消しつつ退避が可能であるはず。にも拘らず、今回は外部からの短時間での干渉でそれをハッキング、無効化されたうえ、コントロールまでされている。

 それを可能としうるのは、彼女の演算処理能力を上回る力量を持ったハッカーか、あるいは旧カーディナルシステムそのものか……。

 そのような思考に陥っていた彼の肩にエギルがポンと手を置いた。

 

「ま、なんにしても、その子が無事でなによりだ。それよりもキリト。これからどうするんだ? 奴の話を信じるなら、今すぐにでもALOにログインしないと間に合わないぞ」

 

 言われて彼は少し思案してからみんなに告げた。

 

「俺はアインクラッドへ行く」

 

「そんな……」

「お兄ちゃん……」

 

 そうこぼすのはシリカと直葉。エギルとシノンは神妙な面持ちで彼を見守った。

 

「もうわかってると思うが、この相手は本気だ。アスナのことも間違いないと思う」

 

「だったら、警察にそのことを言えば」

 

 そう言った直葉にエギルが首を横に振る。

 

「それは厳しいな……。今の会話はうちの防犯システムで録音もされているからすぐに警察には通報するつもりだが、いかんせん時間がない。警察が動くにはまだしばらく時間がかかるだろう。そうなれば、奴の言う『ゲーム』には参加できなくなる」

 

「で、でも、だったら、運営に言って、相手のアカウントとかを探し出してもらって先に手を打ったら……」

 

「いや、それも難しいよ直葉。あいつはユイを無効化するほどのスキルを持ってる。そんな相手が普通の対応で炙り出せるとは思えないな」

 

 そのキリトの言葉に、その場の全員が声を失した。

 そんな中、一人シノンが声を上げた。

 

「いいよ、キリト。私も行く。手伝う」

 

「シノン?」

 

 彼は真っすぐに瞳を向けるその少女に視線を返した。

 

「このままリズとクラインさんを見殺しになんて出来ないよ。それに、どうせ止めたって一人で行っちゃうでしょ」

 

 それを聞いたシリカと直葉の二人も顔を見合わせた。そして続いて言う。

 

「わ、私も行きます。リズさん達を助けたいです」

「私もだよ、お兄ちゃん。できるだけ頑張るから」

 

「お前ら……」

 

 真剣に見つめてくる彼女達に、彼は小さく頷いた。そしてエギルを見る。

 

「エギル、俺達でアインクラッドを攻略する。お前には現実(こっち)の対応を頼みたい」

 

 それを見て、エギルは自分の禿げあがった頭をぺチリと叩いて嘆息した。

 

「ああ、わかった、警察とか運営とかとの連絡は俺に任せてくれ。だが、まだ問題があるだろう……お前ら4人分のアミュスフィアはここにはないぞ。これから家に戻るっていっても、一時間じゃ間に合わないだろうし、それに、ただでなくても命を狙われてるんだ。ダイブ中の身体の安全を確保する必要があるぞ」

 

 言われて一気に青ざめる彼女たち。だがそんな中、彼だけははっきりと目に光を宿して語った。

 

「俺に考えがある」

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 キリト達四人はすぐさま御徒町のエギルの店を飛び出し、駅へと走った。

 そして、飛び乗った山手線で向かったのは浜松町。

 そこから、すぐさま海岸沿いに(そび)え立つ真新しい大きなビルに向かって再び駆けた。

 そのビルの入り口まで来た時、ぜぇぜぇと息を切らせながら、直葉が上の方を見上げながら呟いた。

 

「はぁ、はぁ、ここがそうなの? お兄ちゃん」

 

「ああ、そうだよ。ここが俺が今手伝いに来ている日本最大のセキュリティー会社、『TOSCo(トス・コーポレーション)』の本社ビルだよ」

 

「ほえぇ~」「す、すごいとこだね……」

 

 見上げる彼女達3人はそのあまりの巨大さに目を奪われている。

 

「なんか、世界樹を見上げてるみたいです」

「ううん、こっちの方がずっとすごいよ。これ、本当に人が作ったものなんだよね?」

「近未来のVRワールドに入っちゃったみたい」

 

 口々にそう感想を述べるも、それは仕方がないのかもしれない。

 

「……確かに、ここなら安全そうだね」

 

 そうこぼしたシノンに、他の二人も頷いた。

 

 50000㎡の敷地面積は東京ドームにも匹敵し、そこに聳える方錐型のビルは全高で250mにも達する。

 ホームセキュリティーのみならず、警察、自衛隊など官公庁との取引も多いこの会社は、自他ともに認める国内最大手のセキュリティー会社であった。

 そんな巨大企業を前にして、彼女達3人は息を飲んでいても仕方がないことだった。

 

「……ああ、わかった。ありがとうな。じゃあ、俺達はこれから入る」

 

 スマホで誰かと話をしていた彼が彼女達を振り返り、声を掛けた。

 

「エギルも出来る範囲で声を掛けてまわってくれているようだが、やっぱり警察はまだ動き出せてないみたいだ。とにかく俺達だ。急ぐぞ」

 

 彼が先頭に立ってビルの中へと入っていった。

 彼女達もそれに続く。

 

 大きなロビーで受付嬢のいるカウンターで入館処理を済ませ、一路上層階へとエレベーターで向かう。

 彼らが向かうのは、『パーソナルセキュリティーシステム開発部』。要は、先日ALOで紹介されたVRワールド内と現実との双方でのセキュリティーシステムの開発がメインで行われているこの部署であった。

 

「失礼します」

 

「あれ? 桐ケ谷君……今日来る日だったっけ?」

 

 扉を開けて入った途端に、近くでモニターを眺めていた眼鏡をかけた男性が立ち上がりながら声をかけてきた。

 

「すいません、今井さん。詳しくは後で話しますが、モニタールームのVRマシンを今すぐに4機貸していただけませんか?」

 

 彼はすぐさま用件を伝え、他の3人も中へと入れた。

 

「あ、ああ……、ちょ、ちょっと待ってね」

 

 それを見た今井は、慌てた様子で奥へと走る。

 周りにいる他の社員たちも仕事の手を止めて、彼らに視線を送ってきていた。

 そんななか、奥の部屋から現れたのは……

 

「やあ、桐ケ谷君。急にどうした? ん? みなさんもおそろいでしたか」

 

「あ、たぐたぐさん」

 

 そこに立っていたのは、青い作業衣を纏った壮年の長身の男性。あのときモニターで見た田口に間違いなかった。

 

「今日はなにかご予定があるんじゃなかったんですか?」

 

 昨日ALO内で別れ際に今夜の予定を尋ねて断られたことを思い出し、彼はそのことを聞いた。それにたいして、田口は頭をかきながら答える。

 

「いや、じつはプライベートで人と会う約束があったんだが、どうも行っても会えないようでね。だから今夜も君たちのところにお邪魔しようかと思ってたところだったのだよ」

 

 田口は彼らに微笑みかけながら話を続けた。

 

「それでマシンを使いたいということだけど、まさかみんなで遊びたいだけなんてことはないよね?」

 

「いや、違います。ただ、信じてもらえるかは微妙なところなんですが……」

 

「ふむ……なら、奥で話を聞かせてもらおうか」

 

「はい」

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 一連の事件についてをかいつまんで話し、さらに、(さら)われたらしいリズベッドとクラインの二人を救うべく、『リヴェンジャー』と名乗る謎の存在の持ちかけてきた『ゲーム』に参加する旨を伝えた彼に、田口は腕を組んでうーんと唸った。

 

「話は分かった。時間がないことも理解した。でもね、その上で言わせてもらうと、この誘いに乗るのは危険ではないかね? ALOを完全に乗っ取るとなるとあのSAO事件の再来とも呼べるほどの大事件になるわけだし、完全に相手の土俵で戦うことになる。こちらの手札がどれだけあろうと、相手がGM(ゲームマスター)であるならば、いいようにあしらわれて敗北するだけではないかね?」

 

 そう言われ、彼は即答した。

 

「もとよりそれは覚悟の上です。でも奴が俺に恨みを持っている以上、何もしなかった場合、人質の二人にどんな制裁を加えられるかわかりません。それに、なんとなくですが奴には茅場晶彦と同じような感じを受けるんです。ゲームのプレイヤーとしてこちらを招待した以上、アンフェアな行動には出ない……そう思えるんですよ」

 

 それを聞いた田口はもう一度頭を掻いてから、ふうっと大きくため息をついてから立ち上がった。

 

「どうやら、もう覚悟はとっくにできているようだね。来たまえ、君たちにマシンを貸そう」

 

 言われて全員でその隣の部屋へと移動した。

 そこには様々な機器が取り付けられた椅子が全部で10基ほど据え付けられており、それと向き合うようにガラスで仕切られた先の部屋に大きなモニターや計測機器が並んでいた。田口はそちら側の部屋へと入り、キリト達4人は、今井や他のスタッフと共にその椅子へと座った。

 リクライニングになっているその椅子の上部にはアミュスフィアが取り付けられているが、彼はそれを外し、あのヘッドギアをとりつけさせた。

 

「え? き、キリト、ナーヴギアでダイブするの?」

 

 驚いた声でそう声をかけるのはシノン。

 あの事件で高出力パルスによって人を死に至らしめ続けたこの装置は、『悪魔の機械』とまで呼ばれていたのだ。だが、そんな彼女に彼は答える。

 

「ああ、アミュスフィアの出力じゃ俺の全力を反映できないんだ。今回は時間がないし、俺だけでも吶喊できるようにする必要がある」

 

「でも、それじゃ、もしもの時キリトは……」

 

『それは大丈夫ですよ、シノンさん』

 

 答えたのはガラス窓越しにマイクに話しかける田口。

 彼は説明を始める。

 

『このテスト用ナーヴギアのパルス管理はうちのシステムで行ってますから、SAO事件のようなことにはなりませんよ。それと、これを……』

 

 全員が手元のコンソールにログイン情報を入力しているその脇で、スタッフたちが次々に例の機械のセットアップを行っていく。

 

『みなさんのアバターに昨日お見せした開発中のセキュリティーシステムをインストールしておきます。今回実際に使用できるかは疑問ですが、一応外部と連絡をとれるようにしておきましょう』

 

「助かります、田口さん」

 

『いえいえ、私にはこれくらいしかできませんからね…………よし、じゃあ始めようか……システムを起動してくれ』

 

 田口はそう言いながら、周囲のスタッフに指示を出しつつ、システムを立ち上げていく。

 ヘッドセットを装着した彼らの耳には、いつものパルスの振動音と共に、周囲の機器類の稼働音が響き始める。

 暫くして、準備が完了した段になって田口の音声がスピーカーから流れた。

 

『それでは始めます。ご武運を』

 

 その言葉が合図となって、彼らの視覚が一気に切り替わった。

 

 さあ……リンクスタートだ。




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