ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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月夜の黒猫団

「われらが月夜の黒猫団へようこそ、キリトさん」

「いやあ、本当にキリトさんのお陰で助かったよ」

「だよね、私もう怖くて」

「サチはもうちょっと度胸つけて欲しいけどな」

「だな、あはははは」

「もう、それは言わないでよ」

 

 そのギルドはみんな仲が良くて、そして楽しそうに見えた。

 このデスゲームを生き残るために、ひたすらにソロで戦いに明け暮れていた俺にとって、そんな彼らは本当に眩しかったんだ。だから、そのときの俺は彼らと共にいることを選んだ。

 ひとつだけ嘘をついて……

 

 俺は自分のレベルを偽った。

 

 すでに最前線で階層攻略を生業にしていた俺は彼らよりも遥かに高いレベルに到達していた。でも、俺はそれを彼らに自ら伝えることを躊躇ってしまった。

 理由は簡単だ。 

 強すぎる俺のレベルのせいで、彼らは俺を特別視するのではないか、俺という存在を彼らの『仲間』として見なしてはくれないのではなかろうか。

 そんな傲慢な思いを俺は抱いていたんだと、今の俺ははっきり理解していた。

 ただ……、その時の俺にとっては、この安らげる仲間たちとの場所に居続けることの方が大事だったんだ。

 それがいかに愚かで、最悪な選択であったかを全く理解しないままに。

 

「キリトォ……!」

 

「サチッ‼」

 

 あの日……

 あのトラップルームで俺は大切なものをすべて失った。

 俺を癒し続けてくれた仲間たちを、俺は間接的に全員殺してしまった。

 

『ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ』

 

 心の拠り所であった仲間を全員失い、絶望の表情のままに憎しみを俺へとぶつけたリーダーのケイタの最後の言葉。

 彼が俺の目の前で浮遊城から飛び降りることすら、俺は止めることができなかった。

 俺は自分の愚かさに、自分の醜さに憎悪した。

 

 もし俺が、自分の本当のレベルをみんなに告げていれば。

 もし俺が、ダンジョン探索の危険性をもっとみんなに伝えられていれば。

 そして、もし俺が、みんなと一緒にいることを選びさえしなければ。

 

 きっと、彼らは今だって、笑顔で生きていられたのではないか……

 

 死んだ人間は帰らない。

 その事実を理解していてなお、足掻き続けた。

 そしてずっと苦しみ続けた。

 

 半年後のクリスマスの夜。俺は、サチから贈られたメッセージを聞いた。

 彼女は俺の隠しているほとんどのことを知っていた。知っていてなお、彼女は俺を許してくれた。

 自分が死ぬのは自分の弱さが原因なのだと、俺には責任はないのだと。

 それでも俺は自分が許せなかった。

 

 俺のことをこんなにも考えてくれた仲間たちを、俺は殺した。

 

 俺にとってそれは自身を焦がすほどの確かな呪いへとその姿を変えていったのだ。

 

 もう二度と……、もう二度と仲間を死なせはしない。もう二度と、誰も見捨てたりはしない。俺は必ず救って見せる……、必ず生き残らせてみせる……と。

 

「……ありがとう……さようなら……」

 

 笑顔の彼女の……、最期の言葉が俺の心に刻まれ、そしてそれが俺の戦う意味へと変わっていった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「冗談ではないんだな」

 

「その通りだよ、キリト君」

 

 表情を強ばらせた彼は、まっすぐに菊岡をにらむ。

 菊岡はそれを予期していたのだろう、まったく様子を変えずに言葉を続けた。

 

「被害者からの個別に集まった聞き取りの記録には、いずれもこのギルド名が記載されている。そして、そのいずれの場合も、クエスト攻略パーティの欠員補充の為に一人加わって欲しいと申し込まれるとあるね。これは普通のことなのかな?」

 

 その菊岡の問いに、彼は小さく頷く。

 

「ええ、別におかしなことではないですよ。SAOのデスゲームと違って、ALOはあくまで個人が楽しむためのゲーム。当然ソロプレイヤーも多いんです。でも所詮は一人分の戦力しかないから、レイドボス戦や期間限定クエストなんかでは、すでにパーティを組まれたところに入れてもらって攻略するってことになります」

 

 なるほどと、今度は菊岡がうなずく。

 

「ということは、パーティに誘われても別段おかしいというわけではないのかい?」

 

「そうなりますね」

 

「ふむ……やれやれ、せっかく仲間になったところで、ゲーム内で襲われ、しかも現実の生身も犯されるとか酷いにもほどがあるね……、おっと軽々しく言うことではなかったね。実はね、被害者が遭遇した犯人はそのギルド名を名乗るのだけど、基本男性3、4人で誘ってくるけど、そのギルド名以外は見た目も装備もまったく異なっているんだよ、つまり……」

 

「つまり、犯人は『捨てアカ』で入り直しているか、もしくは大人数の複数犯で、その名乗りあげだけを共通にしているとか、そんなとこかな」

 

「ご明察」

 

 微笑んでパンと手を叩いた菊岡は人差し指を立てながら彼を見る。

 

「そのどちらにしてもだよ、実際問題何者かが意図して指示を出しているのはまちがいないと思うんだ。そしてその誰かが、今回に関してはアスナ君を狙わせた(・・・・)

 

 試すように彼を見つめる菊岡。それに視線だけを上げた彼が返答をする。

 

「その心当たりを聞きたいと思っているのでしょうけどムダですよ。知りたいのは俺の方なんですから」

 

「知って君はどうするのかね? 復讐でもするつもりなのかな」

 

「え?」

 

 彼は一瞬何も話せなくなった。

 そこまでのことを考えていたわけではなかったから。しかし、実際に相手を正面にすれば、きっと彼は沸き上がる憎悪のままに行動することだろう。それを感じつつ沈黙を貫いた。

 

「ふむ」

 

 菊岡は顎をふたたび撫でながら、タブレットの画面を撫でていく。そして、ある写真入りのファイルを呼び出して、それを彼へと見せた。

 

「さて、君には少し辛いかもしれないが、この写真を見てもらえるかな?」

 

 言われて彼が覗きこんでみれば、そこに写っていたのは……

 

「て、テツオ……!? ササマル……、ダッカー……」

 

 そこにあったのは、あのギルドのメンバーの顔。しかし、それはゲーム内での見ていた姿とは違っていた。どことなくあのときよりも幼く見える彼らは、ハイキング中の写真であったり、卒業式の写真であったりと、それは現実世界のものだった。そして、その写真のプロフィールの欄には本名などとそして、『死亡』の文字。全身の血の気が引いていくのを感じながら、彼は次のファイルを開こうとして、そしてそこに置いた指が止まってしまった。かすかに開きかかったその次のページには、私服姿で微笑みを浮かべるショートカットの彼女の写真が。

 だが、彼はそのページを開いた。

 そして、すべてを見た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本名:雪谷美幸(ユキガヤミユキ)

プレイヤーネーム:サチ

所属ギルド:月夜の黒猫団

スキル:………………

………………………

……………

………

現住所など:死亡の為未記載

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『死亡の為』

 

 その文字が胸に刺さった。

 それは紛れもなく彼女であった。

 あの世界で彼に救いの言葉を残して消えていった少女。その彼女の真実を彼は目の当たりにしてしまった。

 

「サチ……、うぅ、おぷ」

 

 次々と頭に現れてくる彼らの顔に。唐突に吐き気に襲われた彼は、それでもすんでのところで吐くのをこらえた。

 彼自身を襲ったもの。それは紛れもない恐怖。見ないようにしていたその現実に彼自身の心が苛まれていく。しかし彼は耐えた。

 今この瞬間、真実から目を反らしてはならないと決めていたから。

 

「俺は大丈夫だ。続けてくれ」

 

 そんな耐える彼に、菊岡は追い討ちをかけるように続けた。

 

「彼らは全員、2023年6月12日に、ナーヴギアの電磁パルスの放射によって脳を焼かれて死亡している。残念ながらね」

 

 その言葉に、彼は拳をぎゅっと握りしめた。

 

 彼はあのとき、必死になって蘇生アイテムを求めた。それは死なせてしまった彼らへの懺悔の気持ちであり、そして、自ら救われたいと欲した自己弁護のそれであった。

 果たしてその半年後、彼は念願だった蘇生アイテムを手に入れることになったのだが、しかし、それによってかつての仲間たちを蘇生することは叶わなかった。

 無駄な努力であったとは思わない。しかし、誰も救われなかった事実は変わりはしなかった。

 

 そこまで想い、彼は大きく深呼吸をする。そして、見なければならない最後の一人のページをめくろうとした。

 

 しかし、

 

 画面にいくら指を滑らせても、次のページが現れてこない。そんな彼に菊岡は言った。

 

「その資料は、死亡した『月夜の黒猫団』のメンバーのものだけだ。そうでないものはそこにはない」

 

「え? じゃ、じゃあ」

 

 呆気にとられている彼に、菊岡は静かに言った。

 

「そのギルドのリーダー、ケイタ……五十嵐圭太は、そのとき生き残ったんだよ」

 

 彼の胸中に言い様のない感情が渦巻いていた。




作中の『サチ』と『ケイタ』の設定はオリジナルとなりますことをここに記載させて頂きます。
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