ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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後書きに執筆状況載せました。


世界崩壊

「『クリスマスの惨劇』の話を知っていますか?」

 

 話続けていた山形にそう聞かれ、キリトとアスナは一度顔を見合わせた後、コクりと頷いた。そして言う。

 

「確か……俺たちがSAOに囚われて1年目のクリスマスの日に、300人を超えるプレイヤーが急に死んでしまった時のことをそう呼んでいたはずです」

 

 この話は攻略組であったキリト達には被害者が出なかったことと、キリト本人はクリスマス限定の蘇生アイテムを求めた戦いをしていたため、当時はあまり詳しく知らなかったが、確かに突然に消滅したプレイヤーが続出したという話を聞いてもいたし、帰還後には学校でもその話は教わっていた。

 実際にこれだけの人数が死亡したのはSAO開始直後以来であり、一日の死亡人数だけでいえば、攻略期間中最多であったことは間違いなかった。

 山形はまっすぐにキリトを見つめて口を開く。

 

「そうです。その惨劇を発生させた原因こそ、私たちが開発した『セイヴィアシステム』そのものであり、それを起動させたのが『ケイタ』君本人でした」

 

「そんな……」

 

 これまでの話を聞いてきたキリトとアスナには正直耐えられないくらい厳しい内容。二人はぎゅっと手をつなぎ、山形の言葉を待った。

 

「あの日、あの『セイヴィアシステム』が完成した日……私はその報告と今後の方針についての打ち合わせのために重村先生の所へ赴いていました。それについては圭太君にも伝えてありましたが、私は圭太君が隠していたある事実に全く気がついていませんでした。彼が隠れて行っていたこと、それは『SAO被害者の会』への情報の横流しでした」

 

 山形は一度自分の胸を強く押さえた。その表情には暗い哀愁の影が走っている。

 

「当時は解決の糸口さえほとんどなく、我々技術者も手探り状態でしたから、救出計画に関わっていない一般の被害者の家族などは更に何も分からない状況でした。そんな中、圭太くんは対策本部の行動のあらましや、自分も関わっていたこのセイヴィアシステムなどの救出のための施策についてを被害者家族へと逐次内緒で知らせていたのです。彼はみんなの力になりたいと、いつも悩んでいましたから、こうすることで御家族の気持ちを和らげたいと彼なりに考えてのことだったのでしょう。しかし……」

 

 そこまで聞いたアスナはその後の展開を予測し思わず目を瞑る。キリトはそんなアスナの肩をしっかりと抱いた。

 

「システムが完成したあの日、彼からその話を聞いた会の人たちは彼へと詰め寄ったのです。今すぐに助けて欲しいと、今すぐに解放してくれと。私に止められていた彼はそれでももう少し待って欲しいと頼んだ様ですが、結局は押しきられ、彼はついに独断でシステムを起動してしまったのです」

 

 山形は呼吸を落ち着かせるように一度俯いた。

 

「起動後、セイヴィアシステムはカーディナルシステムの通信を阻害しつつ、各ナーヴギアへ偽のアカウント接続情報を流し始めましたが、この時、最悪の事態が起きてしまった様です。カーディナルシステムがセイヴィアシステムへ干渉侵食し、システムを乗っ取りました。そして、その時すでに通信接続中だったおよそ300人のプレイヤーに対して、一斉に電磁パルスが照射されました。これで、間違いないわよね? 茅場君」

 

 そう言いつつ、茅場を見る山形。茅場は顔色一つ変えずに答えた。

 

『あれはカーディナルシステムの『自己防衛プログラム』が引き起こした不幸な事故だった……私の口からはそうとしか言えませんよ』

 

「結構よ。この先はどのような展開があったか、あなたたちにももう分かるでしょう? システムの異常に気がついた私が外部から強制的に止めた際にはすでに全国で300人の人命が失われた後だった。そして、それを為してしまったセイヴィアシステムは凍結、私も罪には問われなかったけれど対策本部を追われました。そして、引き金を引いてしまった圭太君は身心喪失となり、そのまま一時行方をくらませてしまったの。実際は彼の身の安全を確保するために、『田口』氏が匿っていたようなのだけれどね」

 

 田口の名前を上げたとき、山形は当然のようにキリトを見た。全て知っているということかと、キリトは理解する。

 悲しげな表情になってしまった山形の後をついで、キリトが口を開いた。

 

「あとはなんとなくわかりますよ。あなたたちは俺たちがSAOをクリアーするまで何も手を打つことが出来なくなったんだ。そしてやっとあの地獄が終わっても、人殺しをしてしまったあなたとケイタの心は救われることはなかった。それどころか、田口さんやケイタの前に今度はSAOから帰還した『デリンジャー』達が現れてしまった。それで……それで、またケイタは大事なモノをきっと失ってしまったんだと思う。これがあなたたちの復讐の『動機』なんじゃないですか?」

 

 山形は頷くでもなく首を振るでもなくただ微笑んでいた。

 それは自分の考えを予測したキリトに対して感謝してでもいるかのようなそんな柔和な顔で。

 

「正解……と言ってあげたいけれど、それでは50点なのよ、桐ケ谷さん。美幸の最後の話……あなたが語った内容を書いたレポートも読ませてもらったわ。美幸は自分が死んでしまうことを予期していた。そして支えてくれた貴方に深く感謝していた。それは間違いではないと私も確信してる。だから、そのことで貴方を糾弾しようなんてこれっぽっちも思ってはいないの。ケイタ君のこともそう。彼も自分の過ちを悔いているの、悔いてそして立ち直ろうとして……『デリンジャー』に全てを壊された」

 

 山形の目にはうっすらと涙が溜まっていた。嗚咽混じりのその声は震えながら想いを吐き出していく。

 

「これはね……この『復讐』は……私たち全員が自分に対して、復讐しているの。何も出来なくて、助けられなくて、どうしようも出来なくて、気がつくことすら出来なくて……ただ酷い後悔と苦しみの中で生きている自分を殺すための復讐なの。ふふ……可笑しな話でしょう? でも、そう決めたの、『私達』は」

 

 山形が誰のことを指してそう言っているのかは一目瞭然。キリトもアスナもあまりのその悲しみに胸がいっぱいになってしまっていた。

 助けることができない……今、こうして目の前に立ち、全てを為してここまで進んで来てしまっているこの人を……いや、それだけではなく、すでにその手を血で染め復讐を遂げてしまったあの人物のこともまた助けることが出来ないのだと、キリトは理解してしまった。

 

 この人は死ぬつもりなのだと。

 

 でも、それでも彼は死なせたくなかった。

 

「もう……ここまでにしましょう、山形さん。俺はあなたにも、田口さんにも死んで欲しくはない」

「そうです! 生きましょう! 生きて一緒に生きていきましょう! 私たちじゃ美幸さんの代わりにはなれないけど、思いあっていけるはずです!」

 

 キリトに続いてアスナも泣きながら叫ぶ。その言葉は拙いものではあったが、確かに山形の心を揺さぶっていた。

 

「ありがとう……桐ケ谷さん、お嬢様……その言葉だけでも私はここまで生きてきた意味があったと、本当に思えます。でも、もう決めたことなのです。この『復讐』を最後に私は全てを終えると……だから、今回は最後まで……最後まで私が戦います! これで御仕舞いにしましょう。待たせたわね、茅場君!」

 

 茅場へと向き直った彼女の瞳は、再び怜悧に研ぎ澄まされたものになっていた。

 

「時間をくれて本当にありがとう。私が何をしようとしているか……貴方にはもう説明はいらないわね」

 

『そうですね先輩。でも、先ほども申しましたが、それをすることになんの意味もありませんよ。むしろ貴女はただ無駄死になるだけだ。できれば私は先輩を失いたくはない』

 

「それはひょっとして私を口説いてくれているのかしら?」

 

『どうとでも』

 

「ふふ……でもおあいにく様、私の両手はもう愛する人でいっぱいなの。もうこれ以上気を割けないのよ、ごめんなさい。だから……貴方にはやはり『死』んでもらいます」

 

 その直後、山形の全身から黄金色の輝きが漏れ出す。あまりの眩しさに目を覆うキリトとアスナ。キリトは茅場へ向かって叫んだ。

 

「どうなっているんだ、茅場! 山形さんはいったい何をしようとしている」

 

 言われて振り向いた茅場は悲しげな眼差しを向けてきた。

 

『彼女は、この『セイヴィアシステム』に自分の脳を接続している。そして、このシステムの持つ『大破滅(カタストロフィ)プログラム』を使用して、この『電脳世界』全てと共に、そこに存在しているこの私を殺そうとしているんだ』

 

「なっ? で、電脳世界全てって、それはどういう……」

 

『そのままさ。彼女は全世界の全てのサーバー、全ての端末の全データを『破壊』しようとしているのさ』

 

「全世界って、そんなばかな……! 世界にいったいどれだけコンピュータがあると思ってるんだ。セキュリティひとつとっても強固な上に、ウィルス対策は当然されているはず……それに当然オフラインで守られているマシンやスタンドアロンの物だってあるわけで……」

 

『だからこその『セイヴィアシステム』なのだよ。ふむ、まずは見た方が早いか……ならば君達に『この世界』の『真の姿』を見せよう。足元を見ていたまえ』

 

「わ」「きゃ」

 

 キリトとアスナの足元が急に消える。いや、それだけではなく、周囲全てのこのフィールドが消滅した。

 そこに広がるのは一面の雲海。

 周囲360度その全てが空の景色であって、彼方の雲に今にも沈み込もうとしている夕日が輝いているこの景色は、まるであのSAOをクリアーした日に見た物と似ていて二人は声を失った。

 

『周りを見るために、この浮遊城『ツヴァイクラッド』の外観を全て透過させた。見たまえ、これがこの世界の『真実の姿』だ』

 

「真実の姿って……ただ、雲海が広がってるだけじゃないか……」

 

 二人はキョロキョロとその広大な景色を見やるもただ雲があるばかり……後は天上に瞬き始めた星の輝きがあるばかりか……

 そんな二人へ諭すかのように茅場は口を開いた。

 

『目に映るもの……知覚できるものがこの世の全てではないということだよ、キリト君、アスナ君。よく見るんだ、この世界を……先輩が作り上げたのは私の『SAO(ソードアート・オンライン)』程度の物ではないのだよ』

 

「え……」

 

 言われて二人が見た先……遥か彼方の雲海の先は海と宇宙の境目、そこは二人には湾曲して見えた。そうそれは紛れもなく『水平線』。

 と、それに気がついたその時、二人に電流が走った。

 

「ま、まさか……」

 

『そのまさかさ……』

 

 キリト達は改めて周囲に視線を送る。見渡す限りのそれは雲と海と……そして、遠目に見えた陸地には光が灯っているようにも見える。それは紛れもない彼の知る『世界』の姿だった。

 

「まさか、あれは『背景(テクスチャ)』じゃないのか? ぜ、全部が『本物』……山形さんは『地球』を作ったとでも言うのか?」

 

 そのキリトの言に茅場は一つ頷いてみせた。 

 

『正確には『世界中の端末情報を可視化』させただがね。今この瞬間、この世界は、『軍事』、『政府』、『企業』、『個人』など……地球上のあらゆる端末と接続されている状態だ。その世界のその上にこのツヴァイクラッドはポツンと浮かんでいる。そして先輩の開発したカタストロフィプログラムはすでに起動している。言うなれば先輩は世界をその手にしているわけだ』

 

「それは……そんなことが可能なのか?」

 

『そうだな……可能だということだろう。だがそんな生易しい話しではない。このシステムは『救世(セイヴィア)』とは名ばかりの、完全な『破壊(デストロイ)』システムだ。彼女が産み出したのは『侵食型』の『自律破壊増殖プログラム(バグ)』。あらゆる防壁を食い破りシステムそのものを乗っ取った上で破壊していく。場合によってはコンピュータ本体の電圧をも操作させ端末自体を焼き壊すこともしてのける。このバグに有効な対策プログラム《ワクチン》は今現在存在していないし、彼女の作り出したそれを抑えるだけのレベルの物を用意することは至難の技だ。それを準備し終える前に電脳世界は一度、終焉を迎えることになるだろう、私の存在もろともにね』

 

「そんなことをすれば世界中大混乱になるじゃないか! 山形さんだってただじゃすまない。なぜ止めない! 茅場! お前なら止められるんだろ?」

 

『君は何か重大な勘違いをしているようだ、キリト君。彼女……山形先輩は今まで不可能と言われていた脳神経接続(ニューロリンク)によるVRダイブを実現しただけに留まらず、小宇宙とも呼ばれている脳の使用領域拡張をも可能とした本当の天才だ。現に彼女は自身の脳を使用して複数のスーパーコンピューターをダイレクトに操作し続け、この世界を操作している。彼女こそ『本物の魔法使い』さ……私程度ではどうにも出来ないよ』

 

「なっ……」

 

 その茅場の言葉にキリトは絶句する。

 SAOを創世した茅場にして天才と言わしめる存在。まさかそれほどの人物だとは思いもよらなかったことではあったが、重要なのはそこではなかった。

 

「か、茅場……このまま続けたら、山形さんはどうなる?」

 

 その問いに茅場は視線すら動かさずに簡潔に答えた。

 

『最初に言った通りだ。システムの補助があるとはいえ、これだけの情報を人の脳で処理し続けることはいくら何でも無茶だ。遠からず彼女の脳は焼き切れて死亡することになる』

 

「そんな」「く、くそっ」

 

 焦るキリトとアスナの前で、山形はそっと静かに瞳を開いて薄く微笑んだ。そして口を開く。

 

「桐ケ谷君……君が理想としたもう一つの世界……肉体から解放された楽園を私はまだ許容できないの……だから一度リセットします。君が愛したこのVR世界(ヴァーチャルリアリティワールド)とここにある全ての存在を私は壊します。あなたの大切なモノを全てね」

 

「そ、そんなことをしても人はきっとまたこの世界を作ります。茅場の言う通り無駄になってしまいます。お願いですからもうやめてください」

 

 キリトの声は悲痛な叫びとなっていた。

 目の前のこの存在をどうしても救いたかったから。

 

「最後にあなたに酷いことをたくさん言ってしまったことを謝ります。どうかお嬢様とともに……幸せになって……」

 

「山形さん!」

 

 叫ぶキリトの前で、その全身を光の内へと消した山形。その眩い輝きはやがて眼下の世界中全てに移り、足元の世界全体が輝き始めた。それはとても美しく、そして絶望を予感させる残酷な輝き。

 

『バグが動き始めてしまった。これで彼女は……』

 

 目を瞑りながらそうこぼした茅場のつぶやきが、虚しくその空間に響いた。




6/3最終話の投稿にはもう一週間程度かかりそうです。
身内の不幸のために執筆時間がとれてません。もう少しお待ちいただけたら幸いです。
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