ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
その時私は、『彼女』を見た。
立ち上がったキリト君の胸に剣を突き刺したデリンジャー。
その喜悦に表情を歪めた奴の高笑いを聴いた私は絶望のどん底に落とされた。
彼がどうやって回復したのかは分からなかったけど、立ち上がったそこを再び剣で襲われてしまった。私の思考はすでに悲しみで埋め尽くされてしまっていた。
けど、そんな時、『声』が聞こえた。
──彼は大丈夫。あなたもだよ。
え?
心に直接語り掛けてくるような微かなささやき……でもそれははっきりと私の内に響いていた。
その声はとても優しくて温かで……
──アスナさん。彼を……キリトをお願い。
あなたは……
そう問いかけたとき、『彼女』はその姿を私に見せてくれた。
白い……真っ白いその空間。そこに優しく微笑んで彼女が立っていた。
その姿は、いつか彼と二人で迷宮内で遭遇した彼女と同じもの。でも、あの時のとげとげしさは微塵もない。彼女はにこりと優しく笑いかけてくれた。そして私に近づいて、そっと手を触れる……温かくて……とても優しい……
眩い光がその手から発せられたように感じ、その途端に身体を縛っていた重い気配が一気に晴れた。
彼女はそのまま静かに消えていく。
「待って、お願い、もう少しだけ待って」
慌ててそう声を掛けるも、彼女はやがて輪郭だけとなり、そして次第と薄れていった。
──また……会おうね……
そう彼女の声が聞こえたような気がした。
× × ×
「い、今のは……」
意識がしっかりとしてきた私は、その不思議な体験の中ハッと我に返る。
いつの間に立ち上がったのか、私はほぼ全裸の格好でそこに立っていた。でも、今はそんなことを気にしている間はなかった。目の前ではキリト君がデリンジャーの猛攻を受けていたのだから。
「キリト君!」
思わず叫んだ私の正面で、彼は仁王立ちのままデリンジャーの必殺のソードスキルをその身に受け続けていた。
このままじゃ……キリト君が死んでしまう……
私は慌てて武器を拾い、『神聖剣』のソードスキルの体勢をとった。
でも……
デリンジャーは全ての攻撃を回避してしまう。
この『神聖剣』がどれほどの威力があろうとも、当たらなければどうしようもない。
そして、キリト君の命の灯火はどう見ても残りわずかでしかなかった。
今しかない。
今、ここでデリンジャーを葬らなければ、全てが失われる。
奇跡は何度も起きはしない。
勝利は自分の手で掴まなくては……
そう、念じたその時、私は彼の強い決意の瞳を見た。
彼は諦めてなんかいない。今この瞬間も、決して……
なら、私のすることはただ一つ……
一瞬の煌めきの中、時間にすればほんの瞬き程度の間しかなかっただろう、その時……
私は走り出していた。彼を支えるために。
それは刹那の攻防だった。
デリンジャーの放つ高速の剣の連撃の最後、その止めの一撃を彼はかいくぐる。そして、手にしていた黄金の剣を突き出していた。しかし……
やはり身体を捻り、挙動を小さくしていたデリンジャーの身体は遠い……。
その胸目がけて放たれた必殺の突きは完全に逸れるかと思われたその時、その金色の輝きが漏れた。
そう、それは紛れもなく一太刀を浴びせたという証。
今まで、数百の斬撃を躱し続けてきたその身についに届いたたった一つの僅かな一撃。でも、たとえそれが相手を掠るだけのものであったとしても、それは私たちにとって確実な勝利への確かな道筋の始まりの一手。
その時、背後の私を全く見ていないはずの彼が、小さな声で囁いた。
『スイッチ』
うん、後は任せて、キリト君‼
私はその瞬間に踏み込んで眩く輝く長剣を振りかざして彼の前へと飛び出した。
「なんだ……と」
そこには目を見開いたデリンジャーの顔。
彼はダメージを受けた状態のまま僅かな硬直状態にあった。
そう、まだ攻撃は終わっていない。
全てのソードスキルはその激しいモーションと威力の為に『使用後硬直』が設定されている。
だから、SAOではソロプレイヤーはほとんど存在しなかった。ひとりでは硬直状態に陥ると為す術がなかったから。必殺の一撃を躱され、逆に必殺されるという事態がかつて多々発生したことは笑えない事実だった。
でも、これが二人以上であればどうか……。
ソードスキルには硬直という危機的なリスクと共に、それを補って余りある大きなメリットが存在していた。
それこそが、『スイッチ』からの『連撃』。
基本ソードスキルは一連の挙動の後に硬直に入ってしまうため、そこで連続攻撃は終了してしまう。
しかし、パーティーメンバーがすかさずそこに次のソードスキルを発動させると、その一連の攻撃は『継続』と見なされ、一人目の攻撃数+二人目の攻撃数は加算され、その攻撃は『継続した一つの攻撃』となる。
つまり……
キリト君が当てたあの一撃は、始まりの一撃目。次に私が放つ攻撃は……
『必中する』。
私は止まってしまったかのようなその時間の中で、切に願った。
どうか彼を助けて欲しいと。
どうかこの凶悪な敵をここで倒させて欲しいと。
そして私の中には、『あの娘』への謝罪の言葉があふれた。
ごめん……ごめんね。あなたの大事なこの技を、血にまみれさせてしまうことをどうか許して……私に力を貸して。本当にごめんなさい。
高慢な考えであると思った。
でも、今はそれしかなかった。そう、これこそが今私の出来る最高の選択なのだから。
元気な彼女が優しい笑顔で振り向いてくれたような気がした。
ごめんね……『ユウキ』……
そしてお願い……『神聖剣』……私たちを勝たせて……
右手の長剣と左手の大盾が激しく白く輝き出す。私は、その迸る光をそのままにその大切な技の名前を叫んだ。
「マザーズ・ロザリオッ‼」
一際激しく煌めく法の剣。全ての軛から今開放され、その必殺の『絶剣』がここに現れる。
繰り出される刺突の嵐は相手の身体を十字に抉って行く。
「ぐぅおおおおおおおおおお」
凄まじい衝撃に吹き飛ばされながら呻くデリンジャー。一瞬にしかならないその刻の中、一撃一撃ごとに確かに私はユウキとの懐かしく切ない記憶を思い出し辿っていた。
死のその瞬間まで私たちと生きることを何より願った彼女。
誰よりも必死に、誰よりも真剣にこの世界を駆けた彼女。
そんな彼女が愛したこの世界を、これ以上汚させはしない。
もうあなたの好きにはさせない!
「はああああああああああああああっ‼」
11連撃目の最後の一撃……煌めく十字架を象る長剣を、その胸の中心目掛けて突きこんだ。
そこに拡がるのは十字に刻まれた刺突痕。それはまるで
まるで吸い込まれる様に刺さり行く長剣は、デリンジャーの身体を音もなく容易に貫いた。
苦渋の顔で声にならない悲鳴を上げつつデリンジャーは、ついにそのLIFEの全てを失った。
アスナの今の身体について触れておきます。デリンジャーに破壊されたのはスカート以外の上半身のほぼ全て。なお、手袋、タイツ、靴などはそのままの模様。以上。
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