ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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反攻

「な、なんだ? お前は……ど、どうやって『テツオ』を……」

 

 一瞬でフロストジャイアント……『テツオ』の頭部を切断し倒してしまったアスナ。

 その様子を見つめ、唖然となったデリンジャーがそうこぼすのを、彼女は鋭い眼光で一瞥(いちべつ)した。そして地面へと転がってしまった小さな青い石へとそっと手を伸ばし、それを大切そうに拾い上げてから胸へとそっとおし抱いた。

 この石には、『テツオ』に捕まってしまっていた彼女の大切な娘、ユイが閉じ込められている。彼女はもう二度と離さないとぎゅっとその石を抱いた。

 その一連の動きを呆然と見つめていたデリンジャーは、ハッと我に返り慌ててシステムログイン画面を表示、そして『テツオ』を復活させる為のコマンドを入力しようと慌てて動き出していたが、目の前の彼女はそれを許さなかった。

 ユイの石を落とさないようにインベントリへと収納した彼女は、キッと眼前の相手を再び睨んでから一気に加速して切迫する。

 

「くっ……」

 

 光が差し込んだかのような錯覚を覚える煌めく刃……強烈な長剣の突きを繰り出すアスナの一撃を、システムアシストを使用しているデリンジャーは強引に避けるも、あまりの速度に身体が激しく揺さぶられた。

 そんなデリンジャーがとっさにとった行動は、自分が絶対の信頼を置いているユニークスキルの発現。

 伸ばした右腕のその手の平に小型の拳銃を即座に具現化し、銃口を通りすぎスキル発動後硬直で動けないはずのアスナの頭目掛けて躊躇いなくその引き金を引いた。

 

 パァアアアアン……

 

 甲高い発射音と同時にその銃口からは煙が立ち上る。彼女の後頭部目掛けて発射したことを確信したデリンジャーはその口角を上げ、卑しい笑みを浮かべた。確実に殺すことが出来る急所を狙ったのだから。

 

 だが……

 

「なっ……」

 

 拳銃の先……撃たれ絶命しているはずのアスナに視線を向けて彼は絶句する。

 そこには、大型の白い十字の盾を後ろ手で構え、完全に拳銃の一撃を防いだ彼女の姿があったのだから。彼女は硬直を見越して盾を背後に廻しその上半身を覆うように構えていた。盾の上部に弾丸の接触した箇所があり、そこからキラキラとエフェクトが立ち上っている。

 

「ちぃっ……」

 

 デリンジャーは再び銃口を彼女へと向け、今度は盾で隠れていない腰部に狙いを定め即座に発射。

 しかし、硬直が溶けた彼女が直ぐ様跳躍したことで簡単にかわされてしまう。

 慌てて銃を消した彼は再び剣に手をかけた。

 彼の小銃の弾の装填数は2発のみ。急所への直接攻撃により100%致死させる絶大な威力がある反面、発射後は次弾装填までに時間を要するというデメリットがこの武器(スキル)にはあった。

 今まではこの武器(スキル)を秘匿していたこともあり、かつ使用するのは最後の仕上げ……散々嬲った上での止めの一撃として使用していた為、例え2発しか弾が無かろうがそれが短所にはなり得なかった。気がついた時には相手はもう死亡しているか、自我が崩壊しているかのどちらかであったのだから。

 

 だが、今は違った。

 アスナには手の内を知られている。

 

「遅いっ!」

 

「くぅっ……」

 

 空中で長剣を大きく振りかぶったアスナの高速の一撃……凪ぎ払う様に振るわれたその一閃は、完全にデリンジャーを捉えていた。

 システムアシストを使用している彼は当然のように回避……となるのだが、アスナはそれを読んでの一撃だった。

 大振りのその長剣の刃を避けるべく超高速で強制移動させられたデリンジャーの身体は、アスナの一閃よりも速い挙動で後方へと、まるで何かに弾かれたかのように猛烈な速度で吹っ飛んだ。そのまま背後の石柱へと叩きつけられる。

 

『このアマぁ。調子に乗るんじゃない』

 

 そう声を張り上げるのは、デリンジャーの背後に控えて、再びファイアジャイアントへとその姿を変えた……『ササマル』。彼はその腕に先ほどキリトを叩きつぶした金棒を呼び出し、何かの魔法を詠唱……金棒を含めた全身に炎を纏って、大上段から彼女目掛けて振り下ろした。

 巨大なその得物の一撃は、大地を抉り、その衝撃波だけでも周囲を破壊し尽くせる威力があることはすでに明白。例え俊敏に彼女が避けようにも、更に広範囲を焼き尽くす勢いの炎からは逃れる術はない。

 『ササマル』はこの一撃で確実に彼女を殺すつもりであった。

 

 だが、やはりここでも彼らの想像していなかった事態が発生する。

 

 ッガアァァァァァンッ‼

 

 鳴り響いたのは地面を抉るはずの衝撃音でも爆発音でもないものだった。

 甲高いその音は、金属と金属がかち合う音……

 

 その光景はまさに異様そのものだった。

 

『ばッ……ばかなっ……』

 

 唖然とするのは炎の巨人。その一撃は地面に届かず、その手前で盾を構えた少女によって完全に防がれてしまっていた。

 自分の身体の数倍はするその巨大な塊を、片手だけで受け切ったアスナ。しかも、グッと一度足に力を溜めた彼女は、勢いをつけてその金棒を弾き返した。

 

『く……くそっ‼』

 

 赤い巨人は再び金棒を振り上げると、今度は連続で彼女に叩きつけ始める。太鼓やドラムを乱打するかのような凄まじい連打は、周囲に突風を巻き起こし、家やNPCや様々な物を吹き飛ばした。しかし、彼女は揺らがない。

 その場でただ盾を構え、全ての打撃を完全に受けきりそして、間隙をついてその右手の長剣をまるで自身が慣れ親しんだ細剣(レイピア)の如く凄まじい速さで繰り出した。ソードスキルの輝きを放ったその一撃は、金棒を握る巨人の右腕部に到達後一瞬でそれを切断。振り下ろす勢いのままに切り離された腕が彼方へと飛んでいく。

 

『まだだぁっ‼』

 

 叫びながら、残された左腕で彼女の側面を殴りつけるファイアジャイアント。

 彼女は、攻撃後その一連の挙動のままにくるりと一回転し、自分の身体と巨人の拳の間の地面に盾を突き刺したところで硬直した。

 

 渾身の力で殴りつけたファイアジャイアント……盾もろとも彼女を殺す勢いで放ったその剛拳。だが、破壊されたのは拳の方であった。

 盾に接触すると同時に真っ赤なエフェクトをまき散らせながら巨人の左腕が爆散する。

 

『ぎゃあああああああああ、お、俺の……俺の腕がああああ、貴様ぁあああああああああ‼』

 

 腕を見ながら絶叫するファイアジャイアント。そんな彼を、硬直から解放された彼女は静かに見上げ、そして、再びソードスキルのエフェクトを身体に纏わせた。

 振るうのは彼女必殺のソードスキル、『フラッシング・ペネトレイター』。腰を落とし踏み込んだ彼女が巨人に飛び掛かりながら無数の剣を放つ。

 まるで光の乱舞。その輝きが納まった時、巨人は肉塊となってその場に崩れ落ちていた。

 

「ふう……」

 

 彼女は光となって消えていく巨人を見ずに、その場で大きく息を吐いた。そして剣を握った自分の腕に視線を落とす。その腕はがくがくと震えていた。

 モンスターのような姿になっていたとはいえ、あの巨人達はプレイヤーであった。

 その相手を彼女は殺意を持って殺したのだ。

 それが出来てしまったことが何より彼女には恐ろしかった。みんなの為……愛する人の為ならば殺人も行えてしまう。それが人間本来の根源的な欲求から来るものであることを彼女はまだ理解はしていないが為に、ただただ自分に恐怖した。

 慰めであったのは、この相手は多分死んではいないということ。

 GM(ゲームマスター)である彼らは、自分たちの都合の良いようにアバターを弄っているはず。彼らがアミュスフィアのパルスを操作しているとしても自分達には適応させないはず。そう判断出来るからこそ、とにかく今は急がなくてならなかった。

 

 彼らがこのゲームを始めた理由を彼女はある程度理解していた。

 一つは、パーソナルセキュリティーシステム販売促進のためのVRMMOのプロモーションの為。これはデリンジャー達自身が表明したことでもあり、そして現実世界ではまるでお祭り騒ぎになっていることを彼女も確認している。

 もう一つは、それに伴う犯罪行為。彼らはクライン、リズベットだけでなく、キリトやリーファ達の身体も確保している可能性が高く、現実世界でどのような凶行に及ぶか、それを最も懸念していた。

 

 『神聖剣』のソードスキルの獲得によって、この世界での彼らの圧倒的なアドバンテージが消滅した今、彼女には全員を助けられるかもしれないという微かな可能性が見えていた。

 そのためには、まだ死んではいないはずの相手……デリンジャーと交渉する必要がある。

 彼らに彼女たち全員の命を保証させる交渉……。

 その為に何が必要なのか、少ない時間の中で必死に考えた。

 彼女は心を落ち着かせて呼吸を整えてからそっと顔を上げる。

 

 進む先はあのデリンジャーの元。

 普通の会話が成立する相手だとは到底思えない。しかし、それでもそれをしなくては、彼女は仲間達を救うことが出来ない。

 そのように、覚悟を固めた時であった。

 

「もう大丈夫ですよ、アスナさん。ここまで本当にありがとう」

 

「え?」

 

 急に声がして彼女は振り返る。

 そこには、黒の長髪に青いローブを纏った背の高いスプリガンの男性が立っていた。




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