ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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デリンジャー

 俺達の正面には4人の男が立っている。

 そして、その姿……、

 端に立っている背の高い細めの男は『テツオ』、その隣の特徴的な天頂の尖った帽子を被っているのは『ササマル』、そして、反対の端で無表情にこちらを見つめているのはニット帽を被った『ダッカー』、それから、全員の中央に立つ、紫のウェアに薄い金属製の胸当てを装備した男は……

 

 間違いなく、『ケイタ』だった。

 

 連中はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。俺の周囲の連中も突然現れて仲間を惨殺したこの4人を声もなく見つめていた。俺は食いしばった口を無理矢理開いて言った。

 

「お前ら……、なんのつもりなんだよ……」

 

 その俺の問いに、目の前の『ケイタ』が不思議そうな視線を向けてきて、そしてポンと手を一度叩くとその口を開いた。

 

「おお、お前が黒の剣士のキリト君かぁ。あはは、やっぱりただのガキだったな。なんだよ、俺に文句でもあんのかよ、ああ?あははは」

 

 俺の正面に立つその男は、その顔を歪ませて俺を見下すように笑う。俺は奥歯が砕けるほど噛み締め、奴をにらんだ。俺にはこいつが心のそこから許せない。

 

「『ケイタ』の口で語ってんじゃねえよ」

 

「え?キリト君、じゃ、じゃあこの人達って……」

 

 そう呟くアスナに、やつらのうちの一人……、『テツオ』の姿をした奴が、急に近づいてその手を掴んだ。

 

「ヒッ……」

 

「うへへ……、あ、あ、あ、アスナさんだぁ。お、俺ずっとあんたのファンだったんだぁ……、柔らかい手、柔らかい手だぁ……ひひひひひひひ……」

 

「やめろっ」

 

 慌てて奴を引き剥がそうと手を伸ばした俺の腕を、やはり急に脇から現れた『ササマル』がぎゅうっと掴んでネジあげている。

 

「おっと、動くんじゃねえよ『黒の剣士』。てめえの『出番』はまだなんだよ。そこで大人しく待ってろ。それと、『テツオ』、お前もだ。アスナは『ケイタ』さんが最初だって言っただろ?」

 

「そんなぁ……、たまには俺だって最初がいいぜぇ、なあ、『ササマル』さん。なら、あの辺の女どもならいいか?なあ、なあ?」

 

 そう言いながら『テツオ』は、リーファやシノンたちを見る。『ササマル』はやれやれと首を振ってから、

 

「好きにしろ、だが、その前に『生け贄』だろ」

 

「そうだった、そうだった、生け贄生け贄、ひひひひひひ……、さっさとヤって、さっさとヤろうぜ、ひひひっひひひひひ」

 

「お、お前ら、いったい何をする気なんだ?」

 

「ふんっ、お前に言う必要はないな。だまって見てろ」

 

 『ササマル』はそれだけ言うと、俺の腕をぐいっとひっぱる。

 そのあまりの膂力にまったく抵抗できず、一瞬で俺は後ろ手に締め上げられ、そのまま拘束錠で固定されてしまった。

 

「くそっ……、何しやがった」

 

「お前はこれを全部見届ける『観客(ギャラリー)』だと決まっている。まあ、そこで楽しんでいるんだな」

 

「なんだと!?」

 

 『ササマル』はそれだけ言うとさっさと俺に背中を見せて歩み去る。

 あまりの手際の良さに、リーファやシノンだけでなく、サクヤさんやユージーン将軍たちでさえ、一歩も動くことが出来なかった。いや、それだけではない。

 さきほど俺に文句を言った多くの連中の誰一人さえも、蛇に睨まれたカエルの様に全く動けなかった。

 俺は咄嗟にさけんだ。

 

「み、みんな!逃げろ、逃げるんだ」

 

 俺はとにかく叫んだ。

 どうしようもない現実に今はそれしか言えない。

 こいつらは普通じゃない。

 俺のレベルは今110だ。少なくともこの中の誰よりも身体レベルは高い。にも関わらず、こいつらの挙動にまったく反応出来なかったばかりか、簡単に素手で取り押さえられてしまった。

 そして、これから始めるであろう、奴らの行為を思い、恐怖した。

 だから、叫んだ。

 

 しかし……

 

「くっくくくくく……」「へへへ……」「いひひ………」

 

 奴らはその顔をひくつかせながら卑しい笑いを浮かべている。

 そして、暫くしてから、コホンと自分で咳ばらいをしてから、中央に立ってた『ケイタ』が話始めた。

 

「えー、プレイヤーの皆さん?お疲れ様です。私は、言ってしまえばこのゲームの『主催者』です。どうぞお見知りおきを」

 

 ゆっくりと頭を下げてお辞儀をする『ケイタ』。その姿にやはり誰も言葉が出なかった。

 『ケイタ』は続ける。

 

「えー、実はですね。ここまで頑張ってプレイしていただいたみなさんには大変申し訳ないのですが、このゲーム、ここからが非常に重要な場面ということになりましてね、ひとつ演出がどうしても必要なんですよ、はい。ということで、皆さんにはここで『全滅』していただきます。いえ、でもご心配なさらずに、このゲームはSAOではありませんのでね、皆さんは死んでも目が覚めるだけ。ですので、一つ、これから死んでください、はい」

 

 にこやかにそう話した『ケイタ』。

 貼りつけたようなその笑顔を見ながら、サクヤさんが声を出した。

 

「『全滅』というからには、ただ『自殺』しただけではだめということか?」

 

 その問いに、ケイタはパチパチと拍手をして応える。

 

「ブラヴォォ!流石はサクヤ様、そうです!自殺ではだめなんです。皆さんには、なるべく壮絶に、そしてなるべく残酷に死んでいただきたいのです、そう、全部この『作品』の演出の為にね‼」

 

 両手を広げてそう奴が叫んだ瞬間、湧き上がる様にその場の面々が吠えた。

 

「何が演出だ、ふざけんなてめえ」

「なんでそんなことに協力しねえといけねえんだ」

「そんなもんどうでもいいから、いい加減俺達を帰せ」

「人質も演出ってんなら、ここにすぐにクラインの奴を出しやがれ、オラ」

「さっさとしねえとてめえをぶち殺すぞ」

 

 物騒な声が上がり続ける中、ついにその声が出てしまった。

 

「てめえがTOSCoのCEOだってことはもうわかってんだよ」

 

 やばい……、と思った時にはもう遅かった。

 にこやかに笑っていた『ケイタ』の顔からは一瞬にして笑顔が消え、代わりに暗く陰鬱なそれが浮かび上がっていた。

 俺は慌てて飛び出そうとするも両手を拘束されていてうまく走れない。

 一瞬『テツオ』に掴まれたままのアスナの絶望に染まった瞳と目が合い、そして近寄ろうと身体の向きを変えた瞬間、冷たい凍るような『ケイタ』の声があたりに響いた。

 

 

「あー、めっちゃ面倒くさくなった。もういいや。全員殺す」

 

 

 その言葉を吐いた瞬間、再び辺りが静まり返った。

 そして、『ケイタ』のそばに『ササマル』が走り寄って言う。

 

「いやそれはまずいですよ『ケイタ』さん。流石に問題がデカくなりすぎますって」

 

「いや、だってお前、こいつらもう全部知ってるみたいだぞ。おっと、ああそうか、『あいつ』か……。あの野郎一昨日からなにかこそこそやってやがったからな。くそ、裏切りやがったってことかよ。おい、『ダッカー』。いますぐ行って、あいつをぶっ殺してこい。いいな、ぁくしろよ」

 

 こくりと頷いた『ダッカー』がそのまま姿を消す。

 そして、その様子を見ていた『ケイタ』がおもむろに自分の正面になにかの画面を広げてそれを操作し始めた。

 そんな中、俺の耳元に声が。

 

「……パパ、パパ。大丈夫ですか?今、この錠を外しますね」

 

「ユイ……」

 

 ユイは俺の背後に周って、さっき嵌められた拘束具の解除を始める。しかし……

 

「だ、ダメですパパ。このロック私では外せません」

 

「なんだぁ?このちんまいのはぁ?」

 

「ああ……」

 

 アスナの手を掴んだままの『テツオ』が俺に近づき、背中のユイをつまみ上げる。そして、

 

「へえ、プライベートピクシーってやつか、どれ、こんど可愛がってやるぜ、いひひ」

 

 言って、何かの石をユイの頭へと近づける。

 

「や、やめてください……、たすけて!ああ……」

「やめろぉ」「お願い、やめて」

 

「煩いなお前ら。黙って見てろ」

 

 俺とアスナが叫ぶのに文句を言いつつ、光となったユイが奴のその石に吸い込まれるように消えていってしまった。

 

「ユイ……」「ユイちゃん……うう……」

 

「こいつは俺のペットにしてやるぜ、なんだ?文句あんのか?」

 

「てめえええ……、殺す、絶対にぶっ殺す」

 

「おお、こええ、こええ。殺されちゃうー。にゃはは、てめえには後でもっといいもんを見せてやるぜ、いひひ」

 

「ひ……」

 

「この野郎‼」

 

 言いながら、『テツオ』はアスナの手の甲をべろりと舐めた。そして、俺を煽る様に見つめてくる。

 手錠はまったく外れない。ガチャガチャとそれを繰り返しているところで、いきなり『ケイタ』の大きな声が聞こえた。

 

「よーし、でーきた。くはは、お前らにいい事教えてやるぜ。たった今、俺がお前らの設定を弄って、ここで死んだら、現実世界でも死ぬか廃人になるようにしておいたからな」

 

「なに?」

 

 一同にざわめきが走る。

 一様に不安そうな顔をしながら、でも『ケイタ』の言葉を必死に否定し始めた。

 

「いや、そんなわけない。アミュスフィアは安全なはずだ」

「まだ、一度だって事故は起きてないし」

「まさか、そんなこと……」

 

 ザワザワと囁き合うような声が広がる中、完全に態度を変えた『ケイタ』が声を張り上げた。

 

「お前ら、さっきまでは『客』だと思ってたから優しくしてやってたってのに、俺達の秘密まで知ってるってんなら話は別だ。当然全員殺すに決まってんだろ。そうだ、この際だから、全部種明かししてやるよ」

 

 そう大声を張り上げる『ケイタ』は一歩一歩プレイヤー達に近づいていった。そして語りだす。

 それを見て、『ササマル』が額に手を当ててやれやれと首を振っていた。

 

「俺の本業はTOSCoのCEOに間違いはないぜ。なにせこの前、煩い俺の親父をこの手でぶっ殺したからな。おかげで社長の座が空いたからその場に収まったってわけだ。へへ。さて、そうは言ってもな、俺も社長だから実績をつくらなきゃならねえ。つまり金を稼ぐってことだ。この世の中で、一番手っ取り早く金を稼ぐ方法が何か知ってるか?ん?それはな、『女』だ。『女』を売れば、喜んで金を出す奴らはいくらでもいる。俺はあのSAOの中でもそうやって稼いできたんだからな。くはは……。だからな、俺はその商品である女をより効率よく販売するために、新しい装置を作らせた。VRワールドに居ながら、現実の世界とも通信が出来る機器。それを使うことで、安全にVRの中でも女を犯しながら、現実の昏睡状態のその女も犯せるって、同時に二度おいしいという機能なわけだ。女も、まさに身も心も同時に犯されるから相当乱れるしなぁ。当然セキュリティーは有料会員向けに解除可能の上、証拠はまっったく残さない安全設計だ。だけどな、その装置を普及させるにはもう一仕掛け必要だった。『より安全にVRを楽しもう』、くくく……って見出しで売り出すことにしたのはいいが、今はそこまでVRが流行ってはいなかったわけだ。だから、SAOなんだよ」

 

 一気にそこまで話した『ケイタ』が一際大きな声で叫んだ。

 

「SAOは最高の舞台だ。4000人もの人間が死んだってのに、その内情は秘匿されて、帰還者の俺達だってなかなか全貌はつかめない。だから、この舞台を用意してもらった(・・・・・・・・)ってわけだ。この世界の攻略を間近で見れるとなれば、誰もが興奮して、熱狂して、またこの世界を体感したいと思うだろう。そこへ、この装置ってわけだ。セキュリティーがしっかりしてるってことになれば、頭の弱い利用者の数はウナギ上りだからな。これを売るだけでも相当に儲かる。そうそう、これだけ聞けば、いずれは事件が発覚して俺達が捕まるって思うやつもいるだろうが、それもクリアしてるんだ。それが、このアミュスフィアの出力変換操作だ。もともと出力の弱いアミュスフィアでも、一点集中放射さえすれば虫眼鏡で集めた太陽光のように素晴らしい威力を発揮できる。今、お前らには、延髄に危機的な電磁パルスを当てる設定にしてるから、良くて植物人間、悪くて呼吸困難からの死亡ってことになるんだが、これを大脳新皮質辺りに当ててやれば、一時的な記憶障害を起こせるんだよ。つまり、自分が犯されたってことも良く思い出せなくなるわけだ。さあ、どうだ?まさに完璧だろう、俺の商売は。だから、まあ、さっさとお前らを皆殺しにして、そのあとはアスナとかキリトの仲間の女たちとかを犯して楽しむことにしてんだよ。さあて、じゃあ、そういうことだから、とりあえず全員死んでもらおうか」

 

 そう笑う『ケイタ』の両隣りに、『ササマル』と『テツオ』の二人が立つ。

 そして、その二人の身体が激しく輝いた。

 

 見れば、みるみるその身体が膨れ上がり、そこに炎を全身に纏った赤の巨人と氷で全身を覆われた青の巨人の二体が立っていた。

 そして『ケイタ』が言う。

 

「お前らは突如現れたこの『ファイアジャイアント』と『フロストジャイアント』の2体になすすべもなく蹂躙されて全員死亡するって、設定の『演技』をしてもらう。おっと、本当に死ぬから演技は必要ないか。あ、それと、ここは今『圏内』の設定解除してあるからな。普通に死んじゃうから。あはははは」

 

「狂ってる……」

 

 ポツリとそうこぼしたのはサクヤさん。

 表情を引きつらせながら、そう呟き、奴を睨みつけた。

 

 そんなサクヤさんに向かって、『ケイタ』がツカツカと歩みよる。そして近づきながら言った。

 

「そんな言い方は嫌だなあ、サクヤさん。俺はこれでもあなたのこと結構好きなんですよ。全部会社の為にやってるだけなのに、傷つくなあ。あ、そうか、俺がこんなしょぼい奴の顔してるから、そんなこと言ったんですね?くく……、だーいじょうぶ、俺もずっとこの顔じゃないですからね。次はこんな顔にしますし」

 

 そう言った直後、奴の姿は一瞬で変化した。

 それを見て、その場の全員が凍り付く。それは俺も同様だった。なぜなら……

 

「どうです?サクヤさん。そっくりでしょう?『キリト君』に」

 

 そう、奴は完全に俺と同じ姿になっていた。

 黒のボディスーツに、背中に装備しているのは、『エリュシデータ』と『エクスキャリバー』の2本の剣。

 そんな奴は、動けないでいるサクヤさんの胸にそっと手を伸ばして、言った。

 

「それと、もうひとつ教えてあげますよ。俺の『異名』の理由をね……、それはね」

 

 

 

 パンッ‼

 

 

 

 突然乾いた音が辺りに響いた。

 何が起きたのか全く分からなかった。

 急変するあまりの事態にどこに目を向けていいのか分からない。ただ、そんな俺達の目の前で、ゆっくりと後ろに背中から倒れていくサクヤさんの姿が目に入り、そして、そんな彼女の胸から激しいダメージエフェクトの輝きが迸るのが見えた。

 腕を伸ばしたままの『俺』の姿をしている奴が、サクヤさんにむかって語り掛けるように話した。

 

「知ってます?リンカーン大統領?彼が殺された時に使われた『銃』って、小さいものだったんだって。で、その時の銃の名前が『デリンジャー』。ふふふ、あのSAOで弱っちかったこの俺が女を犯しまくって、女を売って商売できたのも、ぜーんぶこの『ユニークスキル』のおかげだったんだよね。この『銃』のスキルのね」

 

 そう言った奴の手には小さな拳銃が握られていて、その銃口から煙のようなエフェクトが立ち上り続けていた。

 

 それをふうっと息で吹き消しながら、奴は倒れて瞳に涙を湛えて震えているサクヤさんに向かって言った。

 

「ばいばいサクヤさん。いい夢を」

 

 頭が真っ白になって、何かを叫びつつ彼女の身体に走り寄ろうとしていたこの俺の目の前で……

 

 

 

 彼女は光となって、消滅した。




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