ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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真実と現実

「そ、そんな……」

 

 口を押えて呻くようにへたり込むアスナ。

 エギルに見せられたその番組の内容に、アスナだけじゃない、俺達は完全に動けなくなった。

 そこに映っていたのは、いつもとなんら変わらない日常にある番組の姿。慌てる様子も、怯える様子もなく、ただ自然と放送されるその番組には、楽し気な司会の様子や、視聴者からの期待の込められたたくさんのコメントがあふれていた。

 ただ違うのは……

 その『出演者』が俺達であるということ……

 

 番組内で差し込まれる様々なプレイバックシーンは、どれも俺達の記憶に新しいものばかり。

 様々なボスモンスターとの薄氷を踏むようなギリギリのバトルのそれが、そこにあった。

 クラインとリズベットを救うべく戦っている俺達の姿は、当たり前のように一般の視聴者に……、いや、普通の誰もが見ることができていたのだ。

 でもそれは、地獄のデスゲームを戦う俺達のそれではなく、あくまで『娯楽』……、本気でゲームを楽しんでいるだけの姿として公開されているのだろう……、それを思い、俺は唇を激しく噛んだ。

 

『どのテレビ局も、新聞やWEB記事も似たようなもんだ。ゲーム内で死んでも生還できる今回のこのアインクラッド攻略はただのイベントとして扱われているんだ』

 

 そのエギルの言葉は、まさに的を得ているのだろうと思う。

 このゲームは……

 

 『遊び』にされてしまった。

 

「なんということだ……、なぜこんなことをわざわざ……」

 

「それは……、俺達を本気で戦わせるため……そのためだけに俺達を閉じ込めたんだ」

 

 悔しそうに顔を歪めたユージーン将軍のこぼした言葉に俺は即答で返した。

 これは否定しようのない事実だ。

 先ほどの放送の中で、書いたことも言ったこともない俺のコメントが堂々と流されていた。

 アレを聞いた全ての視聴者、いや、今こうして一緒に戦っているプレイヤーであっても、あれを真実と信じることだろう。俺がこのゲームの首謀者とかかわりがある……、いや、俺自身がこのゲームのシナリオを考えたと思われる可能性だって高い。現に、俺やリーファ達以外の連中の目には明らかに不審感が宿っているのが見て取れる。

 

「ここで負けを認めてゲームを終わらせたらどうなるのかなぁ?さすがにこんだけ注目されていいようにピエロにされているのは気分悪いんだけどぉ」

 

「いや、それはまずい。そうなれば、人質の二人になんらかの危害が加えられることは確かだと思う。実際にアスナさんは重傷を負ったのだ」

 

 アリシャさんの言葉にそうサクヤさんが返すも、当のサクヤさん自身もそれほど強くは言い返してはいない。

 やはりというか、この事態にあって、悩んでいるのだと思う。

 そんな募り始める不信感の中ではあったが、俺達にはもっと重要な危急を要する事案があった。

 それは先ほどから声もなくただ項垂れている、リーファ、シノン、シリカの3人を見れば明らかだ。

 

「みんな……、もう一つまずい事態が起こっているんだ、聞いてくれ」

 

「なんだ?とにかく言ってみてくれ」

 

 そのユージーン将軍の言葉を受けて、俺はその場にいる全員を見ながら話した。

 

「さっきのエギルの話が本当だとしたなら、いま、俺達の肉体は『敵』の手の内にある」

 

「ど、どういうことだ?」

 

 俺の言葉にビクリと反応した3人、そして、そんな俺達を見ながら聞いてくるのはサクヤさん。

 

「俺は……、アスナのように命を狙われていた俺達はこのデスゲームに挑戦するにあたって、ダイブするための一番安全な場所を選んだつもりだった。そして選んだのが、俺が今仕事をさせてもらっている、浜松町のTOSCo本社ビルの、パーソナルセキュリティー開発部だったんだ。だから、当然今の俺達全員の生身の身体は……、そこにある」

 

「え?」

 

 小さく声を漏らしたサクヤさんの顔には焦りの表情が見てとれる。

 リーファやシリカに関してはもはや震えが止まらなくなっていた。

 

「まだ確定されたわけではないけど、今回の事件にはあのレッドプレイヤー集団『デリンジャー』が関わっているらしい話は前にした通りだ。そして、もしエギルの話すところの、SAO帰還者(サヴァイバー)であるTOSCoの社長や開発部のスタッフたちの正体がデリンジャーだったとしたら……、今の俺達の命は奴らの手の内にあるってことになる」

 

 そこまで話した時、少しはなれたところに立っていた一人の元青龍連合のアタッカーが、大きな声を張り上げた。

 

「もうたくさんだ。お前の言うことを信じてここまで我慢してきたが、結局お前がこのゲームでポイントを稼ぎたかっただけなんじゃねえか?そのために俺たちを利用しようとしてそんな嘘八百を並べてるんだろう」

 

「ぽ、ポイント……?、お、おい、何を言ってるんだ……、そんなもの」

 

 その声が呼び水だった。

 きっとここまで耐えに耐え続けた憤懣がきっと誰の心にもあったのだ。一気にそれが飛び火して、あちこちから激しい声が湧き上がる。

 

「そうだ、お前のことだ。また俺達に言わないままに俺達を出し抜こうって魂胆なんだろ」

「ラストアタックボーナスと一緒だ。どんなせこい手を使ってんだか分からなかったが、お前はいつも自分で全部を持っていきやがる」

「最初っから、そのTOSCoとかって会社の奴らとツーカーだったんだろ?そうだよな、俺達を出しにして、こんだけの会社の宣伝してんだ。きっといい裏取引でもしたんだろ?」

「なんだ、就活だったのか?ふざけんな、そんなことに俺達を巻き込みやがって」

「くそ、やっぱりてめえは『ビーター』のままだったんじゃねえか、舐めんのもいい加減にしろ」

「どうせ、人質の話も全部でっちあげなんだろ?アスナが刺されたってのも嘘だろ?ぴんぴんしてんじゃねえか」

 

「そ、そんな……酷い」

「やめろ、ええい、やめんかお前達、見苦しい」

 

 一斉に噴出した不満の嵐に、やり玉の一つに挙げられたアスナが、口を手で覆って後ずさった。

 そして、そんな一堂に向かってやはりサクヤさんが声を張り上げる。

 

 が、彼女は、そっと俺の方を向いて冷静に言った。

 

「キリト……、みんなの意見にも一理ある。今のままではお前達を全て手放しに信じることはできない。それに、たとえ信じられたとしてもこの状態(コンディション)ではな……、」

 

 そう言いながら、サクヤさんもそっと目を閉じた。

 周りを見渡せば、そこにいるほとんどは武器を下ろして力なく項垂れている。

 ただでなくとも疲労の限界だったのだ。そこに至って、この現実を突きつけられ、正直俺だってもはや全てを放棄したい自暴自棄の思いに頭の中を支配され始めていた。

 

「キリト君」

「パパ……」

『キリト……』

 

 俺の背中にそっと手を置いてくれるアスナやユイ、それにモニターに映るエギルも声を失してしまっていた。

 でも……

 俺は、俺のことを不安げに見上げてくる、シノン、リーファ、シリカの顔を見た。

 みんな一様にその眼に力はない。当然だ。

 今、この瞬間も自分たちの身体は危険にさらされてしまっているのだ。羞恥や死の恐怖が全身を支配しているのは間違いなかった。 

 この今この身に感じているこの恐怖……

 当然俺も味わったことがあった。

 そう、あの帰ることのできないあのデスゲームの時に。

 

 俺は3人へと近づいた。そして言わなければならないことをまず言った。

 

「みんな……、俺の所為で本当にすまなかった。お前らを危険にさらしたのは全部俺の責任だ。ごめん」

「キリト……」「おにいちゃん」「キリトさん……」

 

 俺がもっと早くあの会社の内情に気が付いていれば……、いや、少なくともあの場所でのダイブさえ考えなければここまで最悪の状況になってはいなかったのではないか……、そんな後悔が確かに俺の中にあった。

 でも、だからといって、諦めていいわけがない。何が何でも絶対にみんなを守って見せる。それが……、それこそが、俺が『彼ら』に……、『彼女』に誓ったことなのだから。

 

 たとえ、この俺の身に変えてでも……

 

「みんな、絶対に俺がお前らを守る。守って見せる。だから、安心していてくれ」

 

 そう言い切った俺を3人が見る。

 しばらくぼーっと俺を見つめていた3人が、ふっと、同時に微笑んだ。

 

「な、なんだよ、なんで笑ってんだよ」

 

 訳が分からない俺に、みんなが言う

 

「相変わらず臭いセリフをいうんだね、キリトは」「もう、いつまでもそんな中二くさいセリフ吐かないでくれるかな」「でもキリトさんらしいですよね、恥ずかしいセリフって」

 

 そんな失礼なことを次々に言われ、なんというか、だんだん自信がなくなってきた。

 

「なあ、アスナ……、俺そんなに恥ずかしいセリフ言ってるか?」

「ま、まあ、結構……、多いかな。私は……、そんなに嫌いじゃないけど」

 

 と、ちょっとそっぽを向いて赤い顔して答えてるし。

 どうやら、俺の発言は普段から相当恥ずかしいらしい。うーむ。

 そんなやり取りのあと、俺はいったんアスナと会話して、彼女の承諾を得てから、サクヤさんや、他の仲間たちのそばへと近寄った。

 そして、二人で決断したことを話す。

 

「ここからは俺達だけで行くよ。色々あって今はこんなになっちゃったけど、ここまで一緒に戦ってくれて本当に……、本当にありがとう」

 

 言って二人で頭を下げた。誰一人としてこの行為に対しての言葉はない。だが、それでいい。

 ここまで戦ってくれたのは何も俺達が強制したからではない。みんな自分からここまでの戦いに参加してくれていたのだ。もはや、精神的なお返しだけで済むような話ではない。たとえ今仲違いしてしまっているとしても、この恩は一生をかけて返していくと俺たちは心に誓っていた。

 顔を上げると、アリシャさんとユージーン将軍、それとサクヤさん、それに、ユリエールさんたちや、風林火山の人たちとか、一部の人たちだけが集まってきてくれていた。

 彼らだって思うところはあるだろう。それでもその想いに俺の胸も熱くなっていた。

 

 そんな俺にモニターの中のエギルの声が響く。

 

『いいかキリト……、今お前と話せたのは僥倖だった。奴らはどうもこのゲームをきちんとしたドラマの様に仕立てたい思いがあるようだが、裏ではクラインとリズベットの二人の命を握ったままでいる。普通に考えれば、このままお前たちが順当にクリアしてしまうと、その後に種明かしがされた時に話しに齟齬が起きることになる。これだけの規模のプロモーションを成功させたのに、実は裏で人を誘拐してましたなんて話を表に出すわけがないからな。このままじゃ絶対に終わらねえぞ、キリト。重要なのは奴らがどの時点でこの攻略の方針転換を入れてくるかだ。気をつけろよ』

 

「ああ、わかってる、エギル」

 

 俺はそう答えた後に、TOSCo本社にいるはずの俺達の現実の身体の救出の件を改めて頼んだ。きっとエギルや菊岡さんがなんとかしてくれると、今は信じるほかはない。

 

「キリト君……、私、なんか怖いよ」

 

 そうこぼしたアスナの頭をポンポンと叩いた。

 

「ああ、俺もとっても怖いよ。でも、今は進もう」

 

 振り返れば、銃を構えたシノンと、リーファとシリカの3人も立って俺達に並んでいた。今は進む。それだけだ。たとえ俺達がどんな見世物になってたとしても、きっとこの戦いの勝利への道が何処かにあるはずだ。諦めたら終わり……、だけど、諦めなければ必ず、道は開くはず。

 

 そして、進みだそうとした俺にふっと、サクヤさんの声が聞こえてきた。

 

「そう言えば、先ほど出た先発隊の帰還が遅いのう……、かれこれ20分は経っておるが……」

 

「え?」

 

 その言葉に背中に嫌な汗が流れる。

 まさか……と思う。

 ひょっとしたら、奴らの動き出すタイミングが来てしまったのではないかと……。

 そんな思いを抱いてしまった俺達は、同時にダンジョンの方角へと顔を向けた。

 彼らに何かあったのではないかと、気になったからというだけのことであったが、そっちへ顔を向けて、一様に絶句することになった。

 

 

「……あ……、う……、うぁ……」

「……、た、……、た、たすけ……て……」

「……ぁぁ……ぁぁぁ……」

「…………や……やめ……て……」

 

 

「あ、あれは……」

 

 俺達が見た方向……、そこには4つの人影があった。

 当然NPCではない。なぜなら、あれほど異様な様子のNPCを俺は見たことが無かったからだ。

 その4つの人影は、手に手にあるものを持って、横一列に並んでこちらへと歩み寄ってきていた。

 そして、そんな彼らが手に持っているもの……、それは長尺の『槍』。

 だが、それはただの槍ではなかった。

 彼らが片手で持ち、穂先を直上へと掲げたその先には、何か大きな物が刺し貫かれた状態になっていたのだ。その大きなものは、声を出していた。そう、うめき声を。

 

 そこに刺さっていたのは、まぎれもなく先ほど飛び立った先発隊のプレイヤー達だった。

 身体中に傷を負い、一部を欠損し、槍に刺し貫かれてはいるが、まだ死んではいない。しかし、おかしい。ここは街の中、『圏内』のはず。

 そんな俺の疑問はお構いなしに、彼らを軽々と持ち上げたままのその4人は、俺達のすぐそばまでくるとその槍をぶうんっと振って、刺さっていたプレイヤーを地面へと叩きつけた。

 

「がっ……うあっ……」

「だ、大丈夫か……、あ……」

 

 慌てて駆け寄って治療しようとした俺のすぐ眼前で、光の粒子を煌めかせながらそのプレイヤーは消滅してしまう。

 地面に叩きつけられた衝撃でライフがゼロになってしまったということか。俺は唇を噛んで顔をあげる。

 そんな中、奴らの中の一人がその口角を引き上げて愉快そうに笑いながら話した。

 

「ハハハ……、お前らなんで迎えに来てやらねえんだよ、かわいそうじゃねえか。おかげで退屈しのぎに思わず全員拷問しちまったじゃねえか、へへへ」

 

 4人ともが卑しそうな顔をして俺達を見ていた。

 俺は込み上げてくる激情を必死に抑えながら奴らを睨んだ。 

 許せない。こいつ等だけは絶対に。

 

 俺達の前に立っていたそのプレイヤー達。

 

 彼らは全員『月夜の黒猫団』のメンバーの姿だった。




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