とある休日……カイジの元を訪れる千冬……用件は先日のシャルロットの……
「伊藤よ、前の謝礼の件だがな」
「謝礼……?」
「デュノアの事だ。忘れたのか……?」
「あ、いや……冷静に考えれば、考えなくても……さすがにあんたも立場的にまずいかと思ってな……」
あの時、打ち上げとしてもう一度飲む……!と、誘ったところではあるが……
バレれば類が及ぶのはなにも千冬だけではない……互いに破滅である……
「(完全に墓穴を掘ったか……妙なところで礼儀正しいのだな……)で、前飲んだもので何か気に入ったものはあったか……?」
千冬としては、心の底から助けられたと思っている……デュノアの件だけでなくラウラの事も……
命というかけがえのないものを救ってもらった……何らかの謝礼の形は当然必要……
しかし、カイジが喜ぶことなど……先日の飲酒以外全く分からない……
「あぁ、あれだ……あんたの秘蔵の冷たい奴……あれは良かった……!」
「(西條鶴の神髄か……あれは桐箱入りの、値からして違うものだから当然と言えば当然か……)そうか、まぁ似たような物を買っておくとしようか……さて、西條まで行ってくるとするか……」
「あ、なに?今から買いに行くの……?たしか西條って言えば広島とか、遠くねぇか……?」
IS学園があるのは東日本……横浜の東京湾沿いに作られた人工島……
飛行機を使っても日帰りは当然厳しい……唯一日帰りでも楽々行ける手段と言えば……
「そうだ、西條は遠いが……ISを使って音速で向かえばすぐだ……」
ISを使えば航路、直線距離……横浜―東広島間は直線距離にして約650km……
音速で向かえばたったの30分……往復一時間の距離なのであった……!
「それ、許されんの……?わざわざ西條まで行く必要あるわけ……?」
蔵元限定酒ではない神髄は西條以外でも購入可能……しかし彼女は蔵元での購入にこだわる……!
「新型ブースターのテストをするついでだから問題ない……それに酒はやはり蔵元で買ってこそだ……!」
専用機を持たない彼女がISを使うのにはそれなりの理由がいる……
彼女は外出時の口実に使うため……いくつかのテストを自分の手元にプールしていた……
「ほーん、そうなの……それ、俺もちょっとついて行くかな……!」
「なん……だと?」
「いや、あんたが買って帰ったら……またあんたの部屋で飲むことになるだろ……?他の生徒や山田先生とかに知られたら……致命的……教師生命も、俺自身も……」
平然と千冬の部屋で飲むこと自体……この現状の世の中を見ればまず出来ないことだが……
そのことを臆することもなくやってのけるのは……カイジだからこそであろうか……
「それは、たしかにそうだが……ま、いいだろう。あっちにはお気に入りの料亭もある……そこで食べて帰るとしようか……」
「お、話が分かるじゃねぇか……!」
かくして二人は西條へと旅立つのであった……!そして、その影を追うISが一機……
波乱……とはならない、旅の幕開け……!
空中を並んで飛ぶIS……数の制限がある故に価格など付けられない超兵器が二機……
それがただの交通手段として使われているなど……その片割れがブリュンヒルデなどと……
誰も想定がつくことではなかった……
「ほんと、高速や新幹線じゃ日帰りなんて到底無理だが……」
「IS様様といったところだな……沖縄の泡盛から北海道の地酒まで、日帰りで買えるのだから……!」
「あんた、そのために毎度IS展開してるんだな……」
千冬の言葉から推察できること……確実にこれは初犯ではないということ……
「ISの軍事利用は禁止されているが……これは平和的利用、つまり許される……合法だ……!」
「(いつしかあの天才に暴走させられるんじゃねぇのか、こいつのIS……)まぁその御相伴に預かろうってんだから……俺から文句の出ようもないけどな……で、まずはどうするんだ……?」
「うむ、新型ブースターの性能は中々に良いようだな……打鉄でもここまでスピードが出せるとは……しかし、そのおかげか予想外に早くついてしまったな……そこのカフェで軽くコーヒーでも飲んで、時間を潰すとしよう……」
流石に使用許諾書、試験項目に書いてあるだけのこと……それはしなければならない……
新型ブースターのレポートのことにも思考を巡らす千冬であった……!
「まだ酒蔵は開いてないってんなら……それが妥当だな……」
すでに開いている酒蔵がない訳でもない……だが、すべてが開いてからのほうが回りやすい……
そして、千冬たちの入ったカフェ……くぐり門珈琲店……筆者も何度か立ち寄っている店……
一階は珈琲豆やお土産の販売所……二階がカフェとなっている……!
「で、その前に……そこに隠れている小娘……出てくるなら今の内だぞ……!」
「う……や、やはりばれておりましたか……?」
「当たり前だ、この私が気付かないとでも思ったか……で、何故ついてきたんだ……?」
「っは、師匠あるところに弟子あり、です!教官と師の元にご同行させてもらおうかと……」
最後の方はしりすぼみになりつつ答えるラウラ……勝手に付いてきたのでばつが悪い様子……
「(ラウラがいたら酒を飲むわけにもいかなくなる、が……さすがにここで帰させるのも可哀想か……)まぁ、来ちまったもんはしょうがねぇだろ……今日は3人で西條巡りだな……」
「っふ、3人で集ったことがあるといえば……放課後に私とラウラが話をしていて……そこに貴様が通りがかった時、か……」
「合縁奇縁も多生の縁……あの時俺があそこを通らなけりゃ、今この瞬間もなかったか……そう考えると感慨深いものがあるな……」
あの時、あそこを一夏が通りがかっていたなら……あの時、カイジが千冬を挑発しなければ……
今この場は生まれることなく……そして、ラウラが学園にいることもなかったであろう……
「その節のことは、教官にも師匠にも全く頭が上がらないことだ。生粋の軍人であった私がこのような生活を送るなど、考えてもみなかったことだ」
ラウラの言う生粋とは他とは重みが違った……正真正銘の生粋である……
「それがそもそもおかしかったんだけどな……で、こんな話はやめにしてさっさとカフェに入ろうぜ……」
「あぁ、そうするとしよう……」
そういい、3人は古くからあるくぐり門が目印のカフェへと入っていく……ちなみにこのすぐ近くに観光協会の施設がある……初めて訪れる人はそこで観光MAPを仕入れてから、カフェでくつろぎつつどこを巡るか考えてみるのがいいだろう……ちなみに筆者が初めて西條を訪れた際に行った割烹料理の店「本庄」は、観光協会の人に聞いてオススメしてもらった店である……今日、3人がいく店もそこにするとしよう……
「俺はこの酒かす饅頭とくぐり門ブレンドのビターで……」
「私は酒かすチーズトーストとくぐり門ブレンドのビターだ……」
「(教官も師匠も酒かすのものを頼むのか……?私はケーキにしておこう……)チーズケーキとくぐり門ブレンドのマイルドを頼む」
注文を終えた3人……当然、その後の予定の話し合いに入る……!
「で、今日はどういう風に巡る予定なんだ……?」
ここはこの地に慣れている千冬へと尋ねるカイジ……
「昼食をとる前にいくつか観光地を回るとしようか……」
千冬もラウラが居なければ酒蔵……酒蔵……酒蔵……と行く予定であった……
しかし、それではラウラがつまらない……なので観光地も巡ることにした千冬であった……
「酒蔵は後回しか……?」
「瓶を買うと重いからな……後で量子変換はするにしてもやはり鮮度……管理する温度が命だからな……」
酒蔵探訪だけが目当て……それなら初手に酒蔵を巡ってもいいし、購入もありだが……
日本酒は温度管理が重要である……少しでも劣化させたくないなら後回し……
更には一升瓶で購入……そうなると持ち運びが重く、実に大変でもある……!
「は……?え、いま量子変換って言った……?酒瓶って量子変換できるものなの……?」
「……一応酒瓶も武器にはなる……武器なら量子変換をしてもおかしいことはないだろう……?」
屁理屈どころではない……暴論、かろうじてすら繋がっていない糸……!
「(教官相手だと酒瓶だけでも落とされそうだ……酒瓶一本でやられる世界最強兵器か……)」
千冬はそんじょそこらの技術者よりも……ISに対する知識造詣は深い……
酒瓶を量子変換するくらい容易いことであった……!
「あんたにはもうなにも突っ込まねぇよ……じゃあ、酒蔵以外をまずは巡るってことでいいか……」
「そうなるな……まぁ酒蔵そのものも古い建造物だから、それだけでも見応えはあるが……何か見てみたいものはあるか、ラウラ……?」
ここは特に観光に興味のなさそうなカイジではなくラウラへ尋ねる……
ラウラも日本の、観光地巡りなど……まずしたことはないと踏んだ千冬である……!
「私はこの瓦葺きの町屋などがある通りが気になります。日本の古い時代の家屋というのを見たことがありません。その、酒蔵の古い建造物自体も興味がありますが」
「関東の都市部にはもうほとんど残っていないからな……そこらを見て歩いて小腹を空かせた後に料亭へ行くとしようか……」
「いいんじゃねぇか、そんなもんで……ずっと日本に住んでる俺でも、あんまり馴染みがねぇからな……」
ISの世界は我々が済む世界よりも……よっぽど近代化していることだろう……
その世界の若者は……都市部に住み続けた若者は日本の古い家屋のことなど……
映像の断片以外で見ることはまずないと言ってもいいだろう……
「全て新しいもの、海外のもの、効率のいいもの……それらが流れ込み、取り込まれているからな……人口が増加し、集中する都市部だからこその……仕方のないことかもしれんが……日本独自の文化というものは……失われていきつつあるのかもしれんな……」
「まぁそれがいいことなのか、悪いことなのか……それはわからねぇけどな……この饅頭、中々うまいじゃねぇか」
「この喫茶で軽くはらごなしをすることはおススメだな……ちなみに屋外のテラスでなら、すぐそこで買った焼きたてパンを食べることもできる……珈琲をテイクアウトして、陽気の良い日に食べるのも中々気分が良いぞ……!」
西條はどちらかといえば山間に位置するため……故に名水が湧き出るのだろうが……
晴れ間にても少し肌寒さを覚えることがある……そんな肌寒い土地……
それをコーヒーで温めつつ、出来立てのパンを頬張ることが……いかに幸せで贅沢な事か……
「そいつはまたの機会にお楽しみってことだな……ラウラを連れて行けば……断る気はねぇよな……?」
「(こいつ、私がそれなり以上にラウラに弱いことを……しかし、それでは結局お前が飲めないことに……いや、こいつが飲めない前で……うまそうに酒を飲んでやるのも実に気分が良いではないか……!)ふん、その時は冷たいものは……でないかもしれないがな……」
「温かい季節になってますから、アイスコーヒーも悪くはないと思うのですが」
千冬とカイジのやり取りは分からぬラウラ……頓珍漢な返答であるが……
「大人ってのは薄汚くなっちまうからいけねぇな……えぇ?織斑先生……」
「そうだな、いくら年若くてもそれ以上に……薄汚くなってしまうやつもいるようだがな……誰とは言わないけどな……!」
互いに暗黒微笑を湛えつつ……睨みあう二人と、置いてけぼりにされたラウラであった……!
メインストーリーすすまんちん