成層破戒録カイジ   作:URIERU

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鮮紅霧纏の淑女編
楯無の過去 上


 生徒会の部屋に設置されている一室、そこは楯無が更識としての仕事をする際にこもる部屋である。今はここの主と言える楯無が椅子に腰かけて、資料を眺めていた。

 

「ん?なんでこんな事件が私のところへ運ばれてくるのよ」

 

 更識家の情報部から送られてきた一枚の資料。そこには数日前に発生した行方不明の少女の情報が記載されていた。その内容は孤児院「箱庭の希望」から少女が一人行方不明となっているというものであった。まだ、事件という訳でもない。家出とも誘拐ともつかないものである。楯無としても義憤のようなものは感じるが、自らの仕事の領分ではない。これは警察の仕事である。大臣の娘が行方不明、ともなればテロ対策として自分たちが動くことになるかもしれないが、今回の内容は自分の職分に特に関連があるものとも思えなかった。

 

「でも、送られてきたからには何かがあるってことよねぇ。それにこの孤児院の名前、記憶に引っかかるものがあるのよねぇ」

 

 何だったかしら、と首をかしげつつも先へと読み進めていく。そこで気になる文字が出てくる。クレア・コリンズが週末によくこの孤児院を訪れていた、という記載。クレア・コリンズはIS学園二年生でアメリカ代表候補生、専用機持ち(ヘルハウンドver2.0)の学生である。

 

「IS学園2年生のクレア・コリンズさんが、と……通りで聞き覚えがあるはずだわ」

 

 更識家の役目としての日本に対するテロや破壊工作の対策部隊でもあるが、現在ではIS学園に関連した仕事が主になっている。その業務にはIS学園生徒でも特に重要性の高い専用機持ちの学外での護衛、監視といった内容のものがある。自国の候補生、コアではないにしても日本国内でそのコアが消えたとなれば、真っ先に疑われるのは日本である。その防止という観点でもあった。楯無自身がわざわざ彼女の外出の護衛・監視についたことはないが、資料に目を通すことはあり、その時にこの孤児院の名前を見ていたのである。

 

「ん~、なるほどねぇ。確かに嫌な事件ではあるわね。孤児院の子を誘拐したところで身代金目的にはならない。あるいは単純に元親が勝手に引き取って行ったか、それはないか……」

 

 元親とはいえ勝手に引き取れば誘拐になってしまうのだが、自分のところに持ち込まれた時点でこの線は消えていると見てもいいだろう。

 

「つまりこの子の身柄を使ってコリンズさんを呼び出す、脅迫するなりしてコアをどうにかしようっていうのかしら。うーん、それでコアを渡す、とも思えないけど何とも言えないわね」

 

 クレア・コリンズは腕も確かで後輩への当たりもいい先輩で人気も高い。自分自身模擬戦は何とか勝利を収めたものの、次も勝てるとは言えない相手である。そして、代表候補生としてその名に恥じぬ努力たゆまぬ人間である。

 

「過去の外出時の監視記録は、っとあったあった。うーん、確かに週末の外出はほぼこの孤児院への訪問。帰りに買い物したりはあるけど、外出の目的はこの孤児院ね」

 

 自身が入学する前からのコリンズの習慣であり、その思い入れは相当なものであることがうかがえた。その孤児院より一人、少女が消えた。この少女が特にコリンズが思い入れのある少女であったなら、どう行動するかは分からないものである。代表候補生として当然厳しい教育や関門を潜り抜けてきたとはいえ、多感な年頃である。

 

「これは動いておいたほうがいいわね。で、コリンズさんは今週末も外出予定はあり、確実にこの孤児院へ行くと思うけど……誘拐犯がいたとしたらその前になんらかのアクションがあるとみたほうがいいかしら」

 

 その少女の生死は不明であるが、取引に使うつもりなら当然生きてなければ意味がない。そして監禁の時間は長ければ長いほど暴露の危険性は増していく。ならば、早めに仕掛けてくる可能性も十分にありうる。平日にこの学校から出る方法がない訳ではない。

 

「ひとまずコリンズさんの学園内、というよりは学園外へ出ることに注意しとかないとね。そして一枚嚙んでいるとしたら亡国企業あたりかしら」

 

 亡国機業、裏の世界で活躍する秘密結社。設立は第二次世界大戦中、すでに半世紀を超える息の長い組織である。近年では各国でISの強奪などを行っており、国際的なテロリスト集団として裏の世界では名を馳せている。そしてそれらを転売するでもなく、自分達で利用していることを考えればその組織力、資金力は高い水準にあることが分かる。

 

「亡国機業が相手ならISが出てくる、か。私自身が動かざるを得ないわね」

 

 更識家の中でISを持っているのは自分のみである。妹の簪も代表候補生ではあるが、まだ専用機を所有はしていなかった。

 

 

楯無が情報を得た翌日、早速動きが見られた。ここは市街地にあるビルの一室。そこにはコリンズと女の影があった。

 

「由紀ちゃんはどこにいるの!?」

 

呼び出されたビルの一室へとやって来たコリンズ。その表情は焦りとも悲しみともとれる、そんな悲痛な面持ちであった。

 

「そう焦るなって。先に言っておくけどここにはいねぇんだ」

 

「そんな、ここへ来たら彼女を返してくれるって」

 

当然由紀ちゃん、行方不明の少女である……がいると思ってやってきたコリンズは愕然とした表情になる。

 

「返す、そりゃあ返すさ。目的の物を手に入れたらな」

 

「私の専用機、ですか?」

 

わざわざ自分のような一学生を呼び出しておいて、お金だのその体だのはあり得ない。目的の物となれば、自身が持つ最も高価なもの。そもそも値がつけられるものでもないのだが……

 

「ご明察。大人しく渡してくれれば彼女は無事解放する。抵抗するなら、ちょっと可哀想な目にあってもらわないといけない。分かるだろ?」

 

「私も代表候補生、専用機持ちです。そのような脅しに屈すると?」

 

「屈するさ、ほらそこのノートパソコンを開けて中を見なよ」

 

そう言われてコリンズはすぐそばにある電源の入ったノートパソコンへと目を向ける。カバーは閉じられており、中の様子は見えない。

 

「……?っ、由紀ちゃん!?」

 

恐る恐るそのカバーを開けるコリンズ。そのディスプレイに映されていたのは目隠しをされ、椅子に縛られた少女の姿であった……それを見たコリンズは当然目を剝き、口に手を当てる。

 

「さぁ、面白いものが映るぞ。そろそろな」

 

そう言うや目出し帽を被った大男が画面に現れ、椅子に縛られた少女の周りをゆっくりと歩いて回り始める。当然少女は突如聞こえてきた足音にびくりと体を震わせる。少女が恐る恐るかけた声がパソコンから流れてくる。

 

「ライブ音声付きだ、臨場感抜群だろ?さぁ、彼女を開放してやれるのはお前だけだ。その男は人を甚振るのを生きがいにしているクソ野郎でな。それはそれはひどい目にあうことになる。未成年は見ちゃいけない、X指定ってやつだ」

 

醜悪な笑みを浮かべながらコリンズの反応を窺う女。

 

「どこまで卑劣な真似をすれば気が済むのですか!関係ない少女を巻き込んでこんなことをして、恥を知りなさい!」

 

「っははは、関係ないってことはないだろう、毎週通っといてよぉ。おっと言い忘れてた。ちなみにこっちの声もあっちに送れるんだ」

 

手に持った機器をひらひらと振って見せる女。コリンズの反応を窺っている。

 

「!?」

 

『今の声……クレアお姉ちゃん?お姉ちゃんなの!?』

 

女の言っていることはどうやら本当なようである。コリンズの声に反応した少女が声をあげる。

 

「そうそう、君の大好きな優しい優しいクレアお姉ちゃんですよ。ほら、助けを求めたら、きっと助けに来てくれるよぉ?」

 

『だ、だれ!?お、お姉ちゃんはそこにいるの!?』

 

優しい、自分の尊敬しているお姉ちゃんの声が聞こえたかと思いきや、次にはどこか恐ろしい女の声が聞こえてくる。当然怯えてコリンズを求めるように声をあげる。

 

「あぁ、いるよ、いるとも。お姉ちゃんは君を助けられるのに、どうにも渋ってねぇ。助けるかどうか迷ってるんだ!」

 

女はコリンズの表情の変化を楽しみながら、少女へと語りかける。明らかにコリンズの事を煽っている女であった。

 

「黙りなさい……!」

 

『ど、どういうことなの?お、お姉ちゃんは由紀を見捨てたりなんてしないよね?パパやママみたいに由紀の事捨てたりしないよね……?』

 

少女が孤児院に入った理由、それは両親のネグレクトによるものであった。にやにやとその女は笑いながら手に持っている機器をコリンズへと向けた。

 

「っ……!大丈夫よ、由紀ちゃん。決して私はあなたを見捨てたりはしないわ」

 

「さぁ、観念したかな?そりゃ見捨てらんないよなぁ。親にも見捨てられて、信頼していたお姉ちゃんにまで見捨てられたら、一生人間不信から立ち直れないだろうしなぁ。結局私たちは手を汚さず済むってわけだ」

 

手を汚さず、というのはその手を血に染めなくて済むという意味であるが、最早血に染まる以上に汚いことをしているともいえるのであった。

 

「いつか、いつか地獄に送ってやるわ……」

 

コリンズは観念したように、ヘルハウンドの待機形態である首輪を模したチョーカーを外す。コアと少女一人の命、比べるまでもないことだが、コリンズに少女を見捨てるという選択肢を選べはしなかった。

 

「……」

 

「どうした、決心したんじゃなかったのか?さっさと渡せよ」

 

チョーカーを目の前に差出しつつも、女が手を伸ばす前にそれを引っ込めて後ずさるコリンズ。

 

「まだ、まだあなたがあの子を開放するとは限らないわ……私にしてもあの子にしても、あなたたちのことを知っている人間を生かして帰すとも思えないわ」

 

「おいおい安心しろよ。あの餓鬼を攫う時はだれにも姿は見られてねぇ。解放したところでなんら痛手にもならねぇよ」

 

「私に顔を晒してるあなたは、私のことを生かして帰す気はない、っていうわけね?」

 

ISを扱っているほどの犯罪組織である。当然その構成員の情報はトップシークレットのはずである。

 

「っはは、これは一本取られたなぁ。って言ってもこれは私の素顔じゃない。ほら、見てみな。ここの部分剥がれるようになってるだろ?この顔はマスクさ」

 

「……そう。約束してね、あの子を開放することだけは。私の安全は、実際どうでもいいの。コアを渡した逆賊として国からどんな処分が下されるか、分かったもんじゃないしね」

 

「まぁそいつは御気の毒ってことで。そら、渡しなよ」

 

コリンズは躊躇いながらも再び女に近づき、ISを渡そうとした瞬間、その一室に飛び込んでくる影があった。

 

 

楯無は監視をしていた者からコリンズがISを纏って深夜に出ていったという報告を受けて、その後を隠密裏に追跡した。そして、コリンズがビルへと入っていくのを見届けた後に、楯無は向かいのビルへと身を潜めて、コリンズと誘拐犯の女の様子を監視していた。幸いにも彼女たちの様子は窓越しに見ることができ、ハイパーセンサーで強化した視力で女の口元の動きを追っていた。

 

「なんて卑劣な真似を、地獄に送るだけじゃ済まさないわよ……とはいって、迂闊に出て行ける状態でもないわね。どうにか傍受して逆探はかけてるけど、間に合うかどうか……」

 

少女の安全を確保しないままに自身が出ていけば、その身は確実にただでは済まないだろう。付近の電波を傍受してどうにか、彼らが少女を監禁している地点の発信元をトレースさせている。発信源が探知できて、更識の手の者が制圧するまでの時間差もある……それまで持ってくれればいいが、コリンズと女の会話は先へ先へと進んでいく。

 

「っく、早いってば!もう少し渋ってくれないと、こっちも時間が足らないわよ」

 

相手も専用機持ちに監視がついていることや、ここへコリンズ一人で来たわけではないということは分かっているのだろう。コリンズ自身は一人で来たと思っているはずだが……下手に時間をかけて取れる選択肢を増やさせたくはないのだろう。

 

『楯無よ、現状を報告したまえ。コリンズと犯人の動きはどうなってる?』

 

更識家の情報部の長より通信が入る。

 

『逆探知をかけさせてるけど、間に合わないわ。コリンズはコアを犯人へ渡そうとしている』

 

『正気か、たかだか小娘一人とコアを取引するなど……このような事例を作ってしまえば奴らは味を占める。いいかね、楯無。国際社会はテロには決して屈さない。強制的に突入してでも取引を成立させるな。当然その犯人の女も捕まえるんだ』

 

『しかし、少女の安全がまだ……!』

 

自身の突入により犯人一味がどういう行動に出るとも分からない。即座に少女を害することはないだろうが、それでも少女にとって受け入れがたい事態がその身を襲うことは明白である。

 

『君までまさかそんな甘いことを言うつもりかね?我々は暗部用の暗部なのだぞ。少女の安否を気にするのは我々の直接の仕事ではない。この取引を成立させれば模倣犯が出ないとも限らない。そしてアメリカからも苦情どころでは済まなくなる。例え自国の生徒の失態であろうともな』

 

『(失態、ですって?そりゃ、コアと一人の少女、そんなもの比べるまでもないことは分かってるわよ!でも、それでも私たちは人間なのよ……!彼女の選択肢は、人としては決して間違ってなんかいない。人として尊ばれるべきことなのよ!でも、それでも私は楯無として、刀奈ではない……楯無として生きなくてはならない……なら、私が取れる選択肢は)分かりました、突入します……』

 


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