織斑・デュノアの部屋を出たカイジ、千冬のもとへ……!
「おい、なんかデュノアが……俺に女であること明かして……俺の機体の情報取って……再来週にはコア情報持って帰れ……そう指示を受けたって、話してきたぞ……!」
「なんだって……?それにしても再来週とは……ずいぶんと急なことを……」
「国からの正当な要求……断れないんだろ……?」
「さすがに、この学園の成り立ち……それを覆すことになりかねん……くそ、デュノアのタイムリミットか……」
急な予定変更……普通は七月末夏休み……そこで帰国させるのが通例……
だが、捻じ曲げてきた……つまりもう帰すつもり、無し……!処理の予定を早めた……!
「あんたの弟は……学園の特記事項二一さえ使えば……帰国しなくてもいいって……考え……それだけ……空いた口が塞がらなかったぞ……」
「それが一学生にできる……限界だ……」
「なら、限界を悟って……自分の家族……あんたに頼るって選択肢を……取るべきじゃないか……?あいつの優先順位……それがいまいち分からん……人の命よりも……あんたへの迷惑とかそういうもの……実態のない不明なもの……それに執着してる……家族の事に首は突っ込まない……このスタンスは変えない……だから、報告だけしとくぞ……」
「……このような、人の命が関わってくる……そんな世界でなければ……あいつも……」
「それは……分からんでもないがな……平和な世界なら気持ちのいい生き方……だろうよ……それじゃあな……俺はこの件には関わりたくねぇ……」
千冬も悩む……今回の事はそのまま行けば……大きな傷となるだろう……
だが、それだけで済まず……過激な手段に出る可能性……正しく困窮した事態……!
「お前はボーデヴィッヒの件だけでも……十分すぎるほどの働きをしてくれている……私や他の者たちではあの立ち回りは……できなかったと、そう言える……だから、気にしないでくれ……一夏のことは、私が注視しておく……」
自分がカイジと同じ立場だったとして……あのような手段……
交渉を行えるとは……露ほどにも思えない千冬であった……!
そして数日の時が流れた……
これはとある日の晩……千冬の晩酌の記録……!
目下最大の問題と言えたデュノアの件……それが一つの終わりの形を迎えた……!
今思い返しても悔しい……私の力ではどうにもできなかったというのか……!
いや、今は忘れよう……すべてを酒で……押し流すのだ……!
今日はおでん屋、迷亭……!カウンター席しかないこじんまりとした店……
ここもまた寂れた商店街の路地……そこを入っていった先にある……!
基本的には店主1人とパートが1人……そのパートも落ち着いた老女……
若いのが入っているより断然良いものである……!
軒先に暖簾が出ている……中をちらりと窺う千冬……客はまばら……ついている……!
ガラリとドアをスライドさせて中へ入る千冬……あたたかなおでんの香りが出迎える……!
「いらっしゃーい、まだ空いとるけん好きなとこ座ってね!」
齢70くらいになる店主だが、朗らかな好々爺の大将といったところか……
私はこの大将の作る雰囲気が好きである……とても心地よく、居心地が良いのだ……
ここのおでんは無論うまい……うまいが、ここが人気なのは大将の人柄ゆえであろう……
千冬は空いている席に腰掛ける……メニューはどこかと視線を巡らせ……
吊り下げられた木簡を見つける……赤い札が上に掛けられているものは品切れだ……
「お飲み物はどうなさいましょう?」
優しそうな老女がおしぼりを渡しつつ尋ねる……
「なにか、おすすめはありますか?」
「今なら雨後の月のいいのが入っとるよ、お姉さんが日本酒いける口ならオススメだねぇ」
大将がすかさず答えてくれる……雨後の月は呉の地酒……銘酒であると言えよう……
私はここで注文するときは「オススメの冷を」……何が出てくるかはお楽しみだ……!
初恋かつ失恋の人の名前「真澄」が出てきたときは呻いたものであるが……
「では、それをお願いします。あとたまごと大根、こんにゃくを」
千冬にいけない酒はない……酒なら何でも来いである……!
「(酒は竹筒の杯を皿にのせて……しっかり盛りこぼししてくれるようだな……)」
盛りこぼしには賛否両論あるだろう……薄い皿でお得感だけを無駄に出す店や……
升の中にもたっぷり注いでくれるところまで……その様々もあるし……
清潔感というものを気にする……女性客はその考えが強そうだが……
「(ちゃんと深さのある皿……素晴らしい、お得だ……ありがたい……!)」
そんな事を気にするほど細かい女ではなかった……
まずはおでんが出る前から……くいっと一口……
特徴的なさわやかな香り……キレのある飲みやすさ……が、千冬も我慢……
ここで一気に呷ることは簡単……しかし、良い酒は大事に飲んでこそである……!
「はい、大根、たまごにこんにゃく。お待ちどぉ」
大き目な皿に入れられて出てきたおでん……それを見て千冬は目を張る……
「ありがとう、綺麗な盛り付けですね(おでんと言えば串についたものか……頼んだものと汁だけが入っているのが普通……しかし、ここのものは……実に綺麗な盛り付け……凝っている……紅ショウガとカイワレ大根を散らし……あとこれは……煮付けたレタスだろうか……おでんの汁につけたレタスなど初めて食べるな……)」
私は屋台で食べる、何も凝っていない……頼めばサッと出てくるおでんも好きである……
まったりしたいときはこの店に……時間がないときは屋台へ行くようにしている……!
「(大根は実に柔らかな、どちらかといえば甘い味付けだな……そして、このレタス……中々に美味い……!新鮮さを感じるな……そしてこれを、日本酒でサッと流して……)んぐ、っはぁ~」
鼻を抜ける日本酒の独特な香り……これが実に癖になる……今、飲んでいる……
そう、強く感じることができる……!竹杯の匂いもまたいい……!
「(全体的に薄味目の味付けなのだ、ここは……たまごの色もそこまで濃くついているわけでもない……だが、淡泊すぎるということはない……優しい味付けとはこういうものを言うのだろう……やはり、大根、たまご、こんにゃく……王道だな……)」
ここでの私のお気に入りは……かき、山芋、たこ……この三品である……!
無論、大根もたまごもこんにゃくも好きではあるのだが……
このお気に入りは呉の屋台のどこを見てもないメニューなのだ……!
「(さて、こんにゃくをもぐもぐしながら……次は何を頼んだものか……たこに山芋、かき……ほかでは見ないメニューだな……既に外れはないと確信している……どうせなら頼むとしよう……!)ごくっ、すいません、たこと山芋を」
「あいよー、どれも少し時間がかかるよぉ。いまからつけるからね」
これら3品は元から浸かっているものではない……注文を受けてからなのだ……!
山芋はどろどろになり……たこは固くなり……かきは新鮮さが損なわれる……!
「あ、ではがんもどきとちくわをお願いします」
「はいよ」
ほどなくして、またも同じように綺麗に盛り付けられたお皿で出てくる……
「(む、そう言えば杯が乾いているな……さっきと違う、おすすめを頼むか……)すいません、冷のお代わりをおすすめで」
「ん、それじゃあこれ。新潟のお酒、八海山!辛味のあるピリッとしていい酒だよ」
またも並々と注がれた竹杯をこぼさぬよう口へ持っていく千冬……
化粧っ気はあまりなく唇には薄い紅を塗っている……
そんな女性が杯へ唇をゆっくりと持っていく様にはえも言われぬ艶を感じられる……
私の趣向はさておいて……八海山は辛味のあるさっぱりとした酒という印象だ……
そこまで特徴がある、といった感じはあまりない……飲みやすい酒である……
ひとつ前に飲んだ雨後の月……相当似たものを出されない限りは利き酒できる自信がある……!
「(すっきりして飲みやすい……そしてこのがんもどき……実に柔らかい……今まで食べたことがない……)」
「そのがんもどきはうちのお手製でねぇ。そのせいでたまにやたら柔らかくなったりもするんだけど、今日はいい具合だねぇ」
ここのお手製、具沢山のがんもどきは……絶対に食べて欲しい一品……!
たしかにやたらと柔らかいときはあるが……それもまたおいしいのである……!
「実に優しい味ですね」
「少し疲れた顔しとるねぇ、お仕事が大変ですか」
「えぇ、教師をしているのですが……生徒の事でちょっとね」
流石に事態が事態であるため……詳しいことは濁すしかない……
「あら、勘が外れたなぁ。出来るOL、キャリアウーマンって感じだったんだけどねぇ」
「そう言われるのは嬉しいものがありますが、ただのしがない公務員ですよ。自分の力じゃ生徒一人満足に救えないんですから」
「うーん、何があったのかはとんと分からないけども、手を差し伸べ続けることですねぇ。例え掴みきれなくても、滑り落ちてしまっても……きっとあなたの助けの手を求めている子はいるし、手をあげてしまっては全て見逃すことになるからねぇ」
「(実に辛い道を歩けと言われる御仁だな……)辛く険しい道のりですね。私に、そんなことが、できるでしょうか」
「それは分からないねぇ。でも諦めないこと。そして自分を助けてくれる、自分に手を差し伸べてくれる相手を、あなたも探しなさい。あなたが手を差し伸べる限り、あなたにも誰かが手を差し伸べてくれる。この世は助け合い、だから助けない者は助けてもらえない。だから、誰かを助ける手を、失っちゃいけないんだ」
「助ける者は助けてもらえる、ですか……今回私の力ではどうにも出来なかった。でも、私を助けてくれた者がいました。だからこそ、私は助ける手を失うことはできませんね」
「そう、重く考えなくてもいいけどねぇ。とかく、優しくあることさね。そうすればおのずと道は開けてくるからね。そして、笑顔!来た時よりいい顔になったね」
「ありがとうございます、また頑張れそうです」
「おっと、話に夢中になりすぎて、上げそこなうとこだった。山芋もタコもできたから、すぐ出すよ!」
山芋は乱切りにして……梅肉がたっぷりと載せられている……!
この梅肉の塩加減と山芋の淡泊さ……厚手に切られていることで得られるほど良い食感……
これが堪らないのだ……!これを食べ終わるまでに1杯2杯の杯は乾いてしまう……!
タコは丸々とでかいのが厨房の奥……水切りの中に入っているのを見ることができる……!
やたらと沿った包丁で……私は包丁には明るくない……ぶつ切りにする様は見応えがある……!
このタコの薬味には山椒が実に合う……どこが、と言われると難しいのだが……
「(どんどん、酒が進んでしまうな……実にうまい、うますぎる……)」
「はい、お冷。ごくごく飲んでおられるから、ちょっとね」
ここのお冷には薄切りにしたレモンが浮いている……
こういった洒落たものは好きなのだが……私は水はただの水で頂きたかったりもする……
大した問題ではないのだが……レモンの風味でさっぱりすることは確かだ……!
「わざわざお気遣いいただいてありがとうございます」
さて、もうずいぶん飲んでしまったし、十分に食べれたな……
腹具合もほど良いし……そろそろお暇させてもらうか……
残りのものを平らげ……会計を頼む千冬……!
頑張れ千冬……!めげるな千冬……!
手を差し伸べれば、自らにも差し伸べられる……その手を掴め、千冬……!
全てを一人が背負うことなどないのだ……!