最カワ☆クラリスちゃんのアプローチ大作戦!   作:征人

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エピローグ

 

「……あああぁぁああああああああ~~~っ!!!!」

 

 聖夜の特別興行《ホーリーナイト・スペシャルマッチ》が行われる会場、その控室にて。

 

 羞恥をも含んだ悲痛な叫び声が、小ざっぱりとした部屋の中で響いていた。ふわふわとした絹生地で出来た大きなソファに顔を埋め、手足をばたばた。埃が経たない程度に身体をごろごろ。そこにはいつもと違う装飾を身に着けたクラリスがいた。

 

 サンタ帽子の下に隠れていた茶のポニーテールは碧の葉をモチーフにしたヘアバンドで纏め上げており、何時ものマントを羽織った下には水着のような布面積のサンタ服を着ている。ぼふぼふとソファに埋めるその顔は赤い。

 彼女が嘆く理由は明白で、胸元できらりと光る翡翠色のネックレスがその答えを静かに物語っていた。

 

「どっどどどどどどうしよどうしよどうしよーー!! う、うううちグランに、グランにチューしちゃった……!! し、しかもファ、ファーストだったし……!! あああ勢いとはいえやっちゃったよー! 次からどうグランと接すればいいのさうちのバカァアアアア!!」

 

 ――あれから。その場の雰囲気に後押しされた形で交わしてしまった口づけを、今更ながら身をもって実感したらしく。頭を抱えて半泣きで喚きながら、クラリスは大きなソファの上で転げまわっていたのである。

 

 多忙もあってグランとまともに会わない日々が続いていたから意識しなかったものの、よくよく考えたらこれが彼との初対面の形になる。

 怪我の治療を優先していた故にグランは部屋で療養、運営のサポートはジータたちと連携してやっていた。

 そして今日、本番となるジュエルリゾート主催、ホーリーナイトスペシャルマッチが行われる。これから開会式が始まるのだが、観客席に居るグランの顔を見て果たして冷静でいられようか。テンパって台詞忘れたりしないだろうか。そんな不安が彼女の中でぐるぐる巡っていたのである。

 

「あらあら、一歩前進どころか十歩くらい進んだみたいね」

 

 そんな彼女の様子に、ファスティバは気にもかけない様子で笑っていた。

 もふもふのソファから顔を上げ、唸り声をあげながらクラリスは言う。

 

「うううう~~! 笑いごとじゃないよファスティバ~~! うちにとっては前代未聞の大事件だよ! やっちゃったよ! 本当にやっちゃったよー!!」

 

「うふふ。でもいいじゃない。キスの一つや二つ。耐性がないのなら今からつけておくのもいいかもしれないわ。何なら開会式が終わった後で挨拶代わりにしてみたらどう? もちろん団長さんにね」

 

「でっででで出来るわけないよそんなのっ!? う、ううううちらまだそういう関係じゃないし、ほかの人に見られるの恥ずいし……」

 

「でも、両想いなんでしょ?」

 

「それは……その、うん……そう、両想い、なんだけどさ……」

 

 ぐぬぬ顔で反論したかと思えば、今度はしおらしく口を噤む。さっきまで溢れていた活力は一体どこへ行ったのか。急転直下したテンションに操られるがまま、クラリスはソファに顔を隠してしまった。クスクス笑うファスティバの声は聞こえない。頭の中に反芻していくのは「両想い」という言葉だけ。

 

 あの告白を経て。恋人同士とは呼べない間柄の二人ではあるが。

 それでもお互いの気持ちを伝えあって、真実を知れた。クラリスはグランのことが好きで、グランもまたクラリスのことが好きだった。今回は彼の命がルリアと繋がっているということと、騎空団団長としての立場を考えた故の結論であった。

 クラリスにとっては、答えの待ち遠しい日々がこれから続くとは思う。

 恋人同士ではない奇妙な間柄に不満や歯がゆさが生まれてくるかもしれない。

 

 それでも。

 

「(……えへへ)」

 

 そんな未来に凹むことはなく、彼女は幸せそうに笑う。

 言いたくても言えなかったその感情を、想い人に吐き出せたこと。

 今まで積み重ねてきた「好き」という想いを伝えることが出来たこと。

 それら全ての問題を解決したクラリスの顔は、充実感に満ちていた。

 胸元にあるネックレスにちょいと触れ、感触を確かめる。冷たい翡翠に相反して心は温かくて。

 緊張で強張っていた身体も、いつの間にか解されていたことにはたと気付いた。

 

 そうだ。恥ずかしがってばかりじゃ居られない。

 グランとの関係は置いといて。今は目の前のことに集中しなきゃ。

 今回行われるスペシャルマッチは前回よりもグレードアップした出来になっている。

 新たなチャレンジャーを仲間に入れた聖夜のイベントだ。先輩である自分がしゃんとしていなければ、場の雰囲気も悪くなってしまうだろう。そう思い――顔を埋めていたソファからバッ!と身体を起き上がらせると、

 

「――ぃよっし! クラリスちゃん、ふっかぁーつ!! こんなところでウジウジしたってしかたないし、テンション上げていかないと! ファスティバ、絶対成功させようね☆」

 

 そう高らかに宣言する。そんな鼓舞を受け、ファスティバも力強く頷く。

 さっきまで揺らいでいた翡翠色の瞳には生気が戻っていて。ファスティバを安心させるだろうやる気が、彼女からしっかり満ち溢れていた。そんな意気込みを見せる傍らで、スペシャルマッチの開会式の時間が訪れた。

 新たなるチャレンジャー……センとアルルメイヤは、既に客席でスタンバイしているだろう。彼女らの努力を無駄にしないよう、全力で盛り上げていかなければいけない。

 

「よっし☆ それじゃ行こう! ファスティバ!」

 

「ええ。頑張って盛り上げましょうね!」

 

 

 淡雪が風に乗って空を舞う。厳しい寒空の下では静粛なる夜の情景が浮かんでいる……わけではなく。

 

 大がかりにセットされた円状の舞台。そこを取り囲むように客席が広がっており、そこに座る人たちは皆――燃え滾るような熱気と有り余るほどの歓喜に包まれていた。夜闇を統べる閑静はいつしか人々の歓声に変わり、寒さすら吹き飛ばしかねない大観衆の熱気の中、舞台の中央に居たクラリスはその人たちに向けて――マイクを片手に声を張り上げた。

 

 

「みんなー! おっまたせー☆ 聖夜を盛り上げるスペシャルデュエルの始まりだよー!」

 

「さあ、今年はどんな熱い戦いが見られるか……胸が高鳴るわ!」

 

 二人の声に同調して、熱狂的な声が周囲を木霊する。熱く、暑く、けれど楽しく。

 控室で抱いていた不安は雲散霧消したか、クラリスの放つ言葉に揺らぎはなかった。

 今を楽しく盛り上げる。このスペシャルマッチを成功させるために、彼女らがやるべきことは一つだった。

 

「さぁー腕に自信のある強者たちよっ! このクラリスちゃんにかかってくるがよーいっ!」

 

 

 空高く指をさして観衆を煽る。しかしその直後――大盛り上がりな開会式の中、その言葉に応じるかのように観客席から一つの影が動いた。それはまるで俊敏な獣のようで、華奢な体躯に似合わない大きな爪が寒空の下で小さく煌いた。

 

「――その言葉、二言はない、ですよね?」

 

 銀色の髪を揺らして、その声が空から届く。上を見上げれば、自分と同じようなサンタ服を来た少女――センの姿がそこにあった。樅ノ木色のフリル付きスカートに大きな鈴付きリボン。サンタフードから覗くエルーン耳に、特有の背中開きの衣装がクラリスの目に映った。何やら見覚えのある衣装に彼女は苦笑いを浮かべながらバックステップ。飛来するセンの一撃を躱して戦闘態勢に移る。まじまじとその衣装を眺めると、

 

「(……あー、やっぱり。この格好、うちがあのマフィアの店で来たサンタ服だよねぇ……)」

 

 そう察し、たははと隠れて笑う。まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかった。あの時はしっかり着ていなかったから分からなかったけれど、まさかエルーン用のサンタ服だとは気が付かなかった。その時点で齟齬が生じていたのに気づけていれば――と思いつつ、いけないと咳払い。今は過去に囚われている余裕なんてない。

 次の一手と台詞を待っているセンに向けて、クラリスは自信に満ちた顔で

 

「――ふっふ~ん! やるね、センちゃん!」

 

「どんな相手も、この爪でばりばり! ……です!」

 

 大きな爪を自由自在に操りながら、センの強力な一撃がクラリスを襲う。けれどもその攻撃に物怖じせず彼女は舞うようにその爪をいなして鍔競り合った。両者互角のその戦いは観客の度肝を抜き、そして喝采を沸かせる。唐突に始まった戦闘に開会式は更なる勢いを増していく。まずまずの反応にクラリスの口角が上がった。

 

 血沸き肉躍る戦いの感覚は身体中を駆け巡り、一息つく間もなく隙を見つけて一撃を放つセンと相対しながらも冷めやらぬ興奮がクラリスに襲い掛かる。腕が、足が、脳を介して呼応するように鋭敏に動き、五感全てが脊髄反射の如く働いて、目の前のセンだけに集中する。順調に進んでいく開会式にクラリスは笑みを隠さぬまま――センにこう言い放った。

 

「――センちゃん!」

 

「――は、はいっ!」

 

「――うち、負けないからねっ☆」

 

「――あっ、はい! わたしも……負けません、にゃ!」

 

 それは果たしてこの戦いのことか。或いはグランのことか。

 当人たちにしか分からない台詞を交わしながらもスペシャルマッチは続く。

 熱気に包まれた会場では誰一人として寒さを感じていないだろう。最高潮まで達した勢いは衰えることを知らず、今も尚観客やクラリスたちによって大盛況を見せていた。

 そして、観客席に座るグランの姿が間近にあったことにクラリスは気づいた。目と目があって、一瞬だけ気が緩む。けれど、引き締めなきゃ。踵を返してセンと向き直ると、クラリスは――とめどなく溢れる感情を胸に宿したまま、彼女の下へ駆け出した。

 

 

 いつか来るべき未来に期待して。

 彼と素敵な未来を描いていくために。

 

 恋に奥手な未完の錬金術師は――満面の笑みで、こう言い放つのだった。

 

 

 

 

「いぇいっ! クラリスちゃん――最カワッ☆」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 最カワ☆クラリスちゃんのアプローチ大作戦!  fin

 

 




読了お疲れ様でした。これからの糧といたしますので、宜しければ感想など頂けると幸いです。

次回作はナルメアさんのシリアスなお話とか、パー様と一緒にイチゴ狩りのお話とか、そのイチゴを使ってのお菓子バトル(ベアメイン)とか、センちゃんとの純愛ラブコメ(グラセンかなぁ)とか……いやはや、書きたい物が多すぎてなんとも。

あ、実はわたくし、グラブル小説はpixivにもマルチ投稿しております。もしかしたらそちらに今回のクラリスのafter story書くかもしれません。気になる方は要チェックです。

そんなこんなで、最後までありがとうございました!
また次回もよろしくお願いいたします!

ではでは!

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