最カワ☆クラリスちゃんのアプローチ大作戦!   作:征人

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クラリスの葛藤

 

 

 待ち合わせの場所は騎空挺からさほど遠くない位置にあった。どうせならそのまま一緒に行こうと提案したグランに「最カワなうちを見せてあげるから待ち合わせしよっ!」と強引に決めて今に至るのだが、もしこれで寝坊などしてしまったらどうなっていたことか。

 

 少なくとも服を見繕ってくれたコルワや恋愛指南をしてくれたロゼッタたちに申し訳が立たないし、たとえ無事にデートが終わっても二人から窘められることは間違いない。特にコルワの早口で行われる説教には恐怖さえ感じるほどだ。以前スタンとアリーザの関係性を質問した時なんて聞き取れないほどの弁舌で捲し立ててたし、ロミオとジュリエットに至ってはその二人の名前を聞いただけで青筋が走っていたくらいである。

 

 一朝一夕でカジュアルな格好を繕ってくれたコルワだが、その分の見返りも大きい。尾行しない代わりにデート後の報告義務を必ず行うようにと釘を刺され今に至るのだが、果たして彼女のお眼鏡に適うデートになるのかどうか……そればかりは恋愛に疎いクラリスにはどうすることもできない。先行きが不安な一面、それでもグランと二人きりのデートをするという事実に彼女は胸を躍らせていた。

 

 そんなわけで今、クラリスはクリスマス服の受け取りがある行商の街に降り立っている。時刻は午前10時を迎える頃だろうか。恋人たちとの待ち合わせ場所として名高い時計塔の下で待ち合わせている為に、時間の流れはすぐに確認が出来る。約束の時間は10時と決めていたが、かれこれクラリスは待ち合わせの時間より15分早くにこの場で待ち続けていた。冷気が柔肌を突き刺すような冬の空ではあれども、風の属性力が込められたコルワお手製の洋服は防風性にも優れた代物である。

 

 穏やかな温もりに包まれながら改めて彼女に感謝しつつグランを待っていると――ようやく彼の姿が遠方から見えた。グランの姿を見てパァッと顔を輝かせるクラリスだったが、時間ぴったりに到着は少々頂けない。わざとむくれた様子を偽って、クラリスはほんの少しだけ刺々しい声色を含ませながら言った。

 

「おっそーい!」

 

「ご、ごめん! クラリス、遅くなって。ジータたちに説明するのに手間取っちゃってさ」

 

「言い訳しなーいっ! いくら団長と言えども、このうちを待たせるなんて言語道断! たとえ全空が許してもうちは許さないからねっ!」

 

 何時もの調子で元気いっぱいに言うと、その言葉に悪意がないのを気づいてかグランの表情が安堵に変わった。

 にひひ、と笑うクラリスにつられて微笑むグランだが――その彼女の姿を見て、ぴし、と固まった。

 その様子にクラリスははて?と首をかしげる。

 

「あれ、どしたの団長? 急にくわっと目を見開いちゃって。 ……ははーん? まさかいつもと違ううちを見て、可愛さのあまり硬直しちゃった感じ? ふふん、そうだよねそうだよねー。なんてったって、この最カワなうちが着こなす服だもんね! そりゃあ似合うに決まってるでしょー!」

 

「うん」

 

「……へ?」

 

「ごめん、想像してたよりも似合ってて……ちょっとびっくりした。なんていうか、月並みだけど、凄く、可愛い」

 

 そう言って、グランは顔をクラリスから背ける。しばらく呆け顔で翡翠の目を瞬かせていたが、彼から発せられた言葉をゆっくり吟味し噛みしめたその刹那――ボッ、と火の属性力が出る勢いでクラリスの顔が真っ赤に染め上がった。

 慌てて自分も彼から顔を逸らすが――どうしようかこの空気。

 お互いが顔を背けているこの状況、気まずいことこの上ない。

 

 クラリスはいつもの恰好とは違い、今ではリブ生地の灰色インナーに赤のカーディガンを羽織り、藍色のフリルスカートの下には橙のタイツを着こなしている。髪型はいつもと変わらず黒リボンのポニーテール、首元には赤と黒で装飾されたリボンを備えて、いつも装着しているグローブの代わりにモコモコしたグレーの手袋をつけていた。

 白磁のような透き通る乳白色の肌にはほんのり甘い香水をつけており、口元にはうっすらと桜色のリップ、目元にはけばけばしくならない程度にマスカラを使ってナチュラルなメイクを施していた。

 

 あまりに気合を入れすぎた手前、引かれてしまうかもといった懸念はあったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。実際、顔を背けて頬を赤らめるグランには効果てきめんだったようで、クラリスは心の中で盛大なガッツポーズをかました。

 恰好を褒められたことは勿論だし、何より意中の異性に「可愛い」と言って貰えたことがこの上なくうれしかった。クラリスは口元を手で押さえて黙っていたが、隠されたその下では――わなわなと感情が震えていた。

 

「(やば……うれしすぎて、顔、戻んないよ。どうしよ、このままニヤついたままいるのも不自然だし、かと言ってこのままでもヤバいし……うぅう……ずるい、不意打ちずるいしグラン……」

 

 朱色に染まるその表情は喜びに満ち溢れていて。

 先程の彼の言葉を頭の中で繰り返す度に、一定のリズムを刻んでいた鼓動がどんどん早くなっていくのが分かる。

 たった一言。けれども本心から発せられた何気ない一言は、クラリスの理性を無に帰すほどの絶大なる破壊力を秘めていた。

 どうしよう、いやほんと、どうしよう。

 このまま黙ってても進まんないし自分から切り出さないとデートの意味が――。

 

「――クラリス?」

 

「ふぇあっ!?」

 

 急に現実に呼び戻されて、裏返った声が出てしまった。

 わたわたと慌てながらも振り返ると、少しばかり首を傾げたグランがこちらを覗き込んでいた。

 

「な、な、なにかな!?」

 

「えっと、そろそろ行こうか?」

 

 そう言われて、押し黙ってから結構な時間が流れていたことに気づいた。

 まずい。まだまだ始まってすらいないのに、こんなところで時間を費やしてはいけない。

 デートはこれからなのだ。こんな初歩的な段階で真っ赤になっていては、バレンタインの時と何ら変わらないままで終わってしまう。こんな機会、そうそう無いはずだ。

 

 無駄にしてはいけない、だから――いつもの調子に、いつものクラリスちゃんに戻らなきゃ。

 

「あっ――あ、うん。そだね、いこういこう! ご、ごめんね何か、はっきりとは言われ慣れてなくってさ! ……たはー! それにしてもグランってばダイタンだねー☆ そういうことはあんまり女の子にズバっと言うもんじゃないよー?」

 

 女殺しだよこのこのー!と言ってグランの背中をバシバシ叩くが、実際のところ未だに心臓がバクバクなクラリスである。この天然ジゴロ団長の無自覚な発言で、一体何人の女騎空士が勘違いをしかけたことだろうか。もしこの恋が成就したら、迂闊な発言をしないよう、しっかり手綱をつけておかないといけないかも――と言った新たな悩みを膨らませつつ――クラリスは気を取り直して、グランにこういった。

 

「さ、行こう! 今日はいっぱい食べて、いっぱい遊ぶよ!!」

 

 

 ひゅうと吹き抜ける風と共に、雪の結晶が軌跡を走らせながら空を舞っていく。

 雑多なメインストリートに相反して、閑静な路地裏は人気もなく街の闇をうっすらと現している。

 しかし、そんな静謐な空間の中で、二人の様子を監視している者の姿がそこにはあった。

 

「は――はっ――ぶえっくしっ! ――あークソ、可愛くねぇくしゃみが出ちまった。

こんなことなら感度も切っとけばよかったぜ」

 

 ずず、と鼻下を啜りながらおっさん臭いくしゃみを放った少女――もとい錬金術師の開祖カリオストロは、仲睦まじげに連れだって歩くグランとクラリスを観察していた。路地裏で気配を消してその二人の動向を探っているところ、何やら思う事が彼(女)にはあるようだ。

 

 ひらひらとしたミニスカートと紅のマントを風に遊ばせながら、首元には寒さ対策のためのマフラーを巻いて、ただひたすら、じっと眺めている。眺めていたのだが――。

 

「――何してんだ、あの恋愛クソザコ娘。デートなんだから手くらい繋げよ。自分から誘う度胸はあるくせに、何だあの微妙な距離感は」

 

 一向にアプローチを掛けようとしないクラリスの挙動に苛立ちを覚え、今度は静かに毒づき始めた。

 昨日、何やらファスティバと面白そうな話をしているのを耳にして、野次馬根性丸出しで尾行したのはいいものの――これではデートどころか、普通の買い出しと何ら変わらないではないか。

 

「うう……しっかし寒ぃな。エリクシール、っと」

 

 懐に隠し持っていたエリクシール(副団長ジータ管理下の物)の蓋を開け、間髪入れずに一気に呷る。

 口に含み、喉元を通り過ぎたその刹那――肉体を形成する細胞群が一斉に活性化され、熱量を生み出すエネルギーが全身を駆け巡った。凍るような寒さで低下した体温が急上昇する。

 エクリシールは瀕死時に飲用することで窮地を脱することも出来る稀有な総合治療薬のため、本来はこういう時に使用する物ではないのだが――我の強いカリオストロはさも関せずといった様子で、腰に備えていたウエストポーチの中にエリクシールの空瓶を仕舞った。

 

「しかし、ジータに断りを入れずにエリクシールをくすねてきたのは拙かったかもしれんな。まあ、後でオレ様が調合したものをこっそり置いておけば問題ないだろう」

 

 なんてったって、オレ様は天才で世界一カワイイからな。と自負しつつ、カリオストロは火照った身体を揺らして監視を続行した。そんな折、グランが何かを提案している様子が目に映った。どうやら、飲食店に誘っているようだ。

 何やら挙動のおかしいクラリスはぎこちなくもそれを了承すると、そのままグランは彼女の手を取ってカフェに入っていった。いつもとは違う、振り回されっぱなしなクラリスの様子を見て、カリオストロは辟易交じりの溜息を吐く。

 

「――ったく。アイツ、本当にデートする気あんのかよ」

 

 仮にもオレ様の末裔である錬金術師だというのに。

 あんなへなちょこのままなら、こっちから何かしら嗾けた方がいいかもしれん。と言った過保護にも似た奇妙な感情を抱かせつつも、カリオストロは二人が入店したカフェに忍びこむように入っていった。

 

 黄金色に光るカリオストロの髪が、ふわふわと音なく靡いていく。

 

 

 グランと一緒に入ったカフェは地元の原産食材を主に使った老舗の店だった。

 行商の街とは言えども流通商品だけを展開しているわけではなく、湾港付近で獲れる新鮮な魚介類から平地で農耕される有用作物、山岳地帯で収穫できる落葉物まで、その数は果てしないほど存在する。

 自然の恵みを有効利用し独自の開発路線を掲げているこの街の噂は瞬く間に広がり、その情報はあちこちの空域に伝播した。わざわざ遠方の島々から騎空挺を飛ばして来訪する人も少なくはない。中でもグランが誘ったこのカフェは偶然にも地元民だけが知りえる秘密のスポットだったらしく、他とは群を抜いて高品質な食材を取り扱っているのは後々になって知ることになった。

 向かい合って席に座った二人はメニュー表を見て何にしようかと歓談していたが――その内心でクラリスの心は浮足立っていた。

 

「(……へへ、グランと手、握っちゃった)」

 

 微妙にもどかしい距離でまごついていたのだが、何気ない動作でグランと手を握って歩けたことが嬉しかったのだ。

 別段それは意識しなければ何の変哲もない、些細なことだったのかもしれない。けれども、包み込まれるような手の温もりと、男の人らしく硬くて頼りがいのある掌がグランの優しさと強さを物語っているように思えて、少しばかり恋人のような雰囲気を味わうことが出来た。

 ほんのりと流れる店内のお洒落なBGMと相まって、和やかな気持ちが心を覆っていく。

 

「それにしても、意外とお洒落だよねこのお店……あ、店員さーん! うち、パフェくださーい!」

 

「うん。適当に入ったお店だけど、雰囲気が良いよね。あ、僕はココアでお願いします」

 

その辺を歩いていた店員を捕まえて各々の注文を頼む。早速パフェとは飛ばすねーとグランに野次られながらもてへへと笑うクラリス。しばらくメニュー表を眺めて上機嫌にふんふんと鼻歌を歌っていた彼女だが、ふっと思い出したようにこう尋ねた。

 

「そういえばグランってさー、よくジータと一緒に居るよね」

 

「うん? ……そうだな。ジータは幼馴染だからね。この騎空団を立ち上げてから一緒に頑張ってきた相棒だし……気づけば隣に居ることが多いかな」

 

「グランが団の方針や今後の計画を立てたり、依頼の書類整理している傍らでジータは団員の管理や経費の支出計算とかしてるもんねー。……本当、凄いよね彼女。しかも暇があれば鍛錬してるみたいだし、その割に武骨じゃないし肌も綺麗だし可愛いし……」

 

「クラリス?」

 

「ああ、ごめんごめん☆ なんかさー、うちには出来そうにないことやってのけてるなーって思ってさ☆ ってか、ムリムリ! 自分のことでいっぱいいっぱいなのに、ほかの人のことなんてできないよー」

 

「あはは、それは僕も同じかな。目先にあるものをやり遂げることで精いっぱいだし、ほかを気にかけてる余裕はなかなかないよ。だから、ジータは凄いんだ。昔からそうなんだよ。ジータはいつも僕の先に立って行動して、踏ん切りのつかない僕の背中を押してくれていた。……まあ、若干スパルタな感じはあるけどね」

 

「あ、それ分かるかも。魔物討伐で遅刻した時なんて、もー火のつく勢いで怒られたことあったし」

 

「朝ごはんの時も寝過ごしてたら布団持っていかれて、そのままたたき起こされたことがあったなぁ」

 

 うんうん、と過去の所業を思い返して頷きあう二人である。

 なお巷では「昼行燈の団長」ことグランと「鬼の副団長」ジータという二つ名が団員間で流れていたりする。

 鬼の副団による団内統制は秩序の騎空士も絶賛する程であり、それに異を唱えていた者ですら団長であるグランに上手いこと懐柔されるので隙がない。とは言えジータもガチガチに規律を遵守しているわけではないので別段団員に毛嫌いもされておらず、団長副団長ともに好印象を与えている。足りない部分を補いあって行動してきた二人だから出来る芸当であり――それはクラリスにとって一つの心残りでもあった。

 

 グランにとってジータは長い間ともに旅をしてきた仲間であり、幼馴染。

 加えて家事も出来れば団の資金管理も出来、少々口うるささはあれども優しく面倒味も良い。

 戦闘になれば我先と先陣に立ち、グランとのコンビネーションで強敵を打ち倒していく。

 傍から見ればそれは互いの背中を預け合う理想的な関係で、お似合いの二人にも見えた。

 見えたからこそ――浮かび上がってきた疑念を、解消したかった。

 

「……あのさ。グランって、もしかしてジータのこと……」

 

「――木苺のホワイトソースパフェとホットココア、お待たせいたしましたー!」

 

 ――好きだったりする?と聞いてみたかったが。店員さんの溌剌な声で、クラリスの疑問は途中でかき消されてしまった。

 

「おっと、来たね。それじゃ頂いちゃおっか」

 

「う、うん」

 

どこか釈然としない想いを抱えたまま頷く。木苺をたくさん盛られたパフェが目の前に置かれるが、美味しそうな見た目に相反して彼女の心は喜びよりも複雑な心意気に浸る。完全に尋ねる機会を失ったクラリスはしばらくの間パフェを眺めていたが、流石に手を動かさないとグランに怪訝に思われるかもしれない。そう考え、スプーンを手に一口含んでみると――瑞々しい果肉と絡まるホワイトソースが口の中で広がった。薄切りにカットされた苺の程よい酸味と薄く張り巡らされたソースのまろやかな甘みは濃厚過ぎるホイップクリームの重さを綺麗に消している。

 

 美味しい。今まで食べたことのない新鮮な感覚に一瞬だけ幸せな気分に浸ったが、すぐさま現実は目先にある感情を揺さぶってくる。

 

 ――違う。いや、違わなくはないけども、何か落ち着かない。

 さっきまではこれを求めていたんだけれど、機を逃したせいか完全に違う方向にベクトルが向いてしまって仕方がない。

 

「(うぅう~~~!)」

 

 やり場のないモヤモヤは何時まで経っても雲散霧消せずクラリスの中でぐるぐると廻っていく。

 呑気にホットココアを仰ぐグランはそんな彼女の胸中など察するわけもなく何時もの調子で座っている。

 そして――とうとう業を煮やしたクラリスはと言えば、

 

「あ、あのさ! グラン!」

 

「うん?」

 

「あ、あの――あ、あーん! あーん、しよっ! うちのパフェ、食べさせてあげる!」

 

 何を思ったか、こんなことを言い始めた。

 

「へ? あ、あーん?」

 

「そ、そう! なんかね、ムードって大事じゃん! 見ればここ結構カップルが多いみたいだし――ってああ違う!違うの! べ、別にカップルみたいなことがしたいとかじゃなくって、何かそういうことしないとお店的にも失礼かな!?ってクラリスちゃんは思っちゃったんですよー、はい!」

 

 勢いよく、しかししどろもどろに返事をする――ものの、目は泳いでいてその視点は定まっていない。

 自分でも半分何を言っているのか分からなくなりかけたクラリスだが、その返事にグランは少しだけ驚きながら

 

「え、で、でも。恥ずかしくない?」

 

「だっだだだだいじょーぶ! ほら、みんなやってることだし! っていうかやってないのうちらだけだし! ……その、グランが嫌なら、やんないけど」

 

「ぼ、僕は別に嫌とかじゃないよ。ただ……いや、いいや。大丈夫。クラリスがそれでいいなら、僕は構わないよ」

 

「そ、そう? それじゃ……」

 

 スプーンでパフェを少しだけ抄い取り、落とさないように手を添える。

 上体を乗り出してグランの口元にあてると、クラリスは恥ずかしさで半分引きつったような表情で

 

「あ、あーん」

 

「……あ、あーん」

 

 そう言って小さく口を開けたグランにパフェを運んだ。

 銀色に光るスプーンがグランの柔らかな唇に触れた瞬間、クラリスの心臓がどくんと跳ねた。

 傍から見れば一瞬に過ぎない行為であったが、スプーン越しに伝わる口元の動きが衝撃的すぎて。

 得体の知れない感覚に全身が脈を打った。言葉では言い表せない多幸感がクラリスを包んでいく。

 

「(うわ……なにこれ、すっごいドキっとする)」

 

 ただ食べ物を口に運んであげる。

 それだけのはずなのに、こんな気持ちになってしまうのは何故だろうか。

 幸せだけとは言い難い、愛情や特別感が入り混じった奇妙な感覚が彼女を襲う。

 そんなクラリスに対し、同じように顔を赤くさせたグランが笑ってこう言った。

 

「お、美味しいな。これ」

 

「そ、そだね。……あ、あはははー! いやー、こうしてみると案外恥ずかしいものだったね! 顔から火が出るかと思っちゃった!」

 

「や、やらせてから実感するなよ! こっちだって恥ずかしかったんだから!」

 

「ごめんごめん! こういう事したことなくてさー!

 でも……凄くドキドキしちゃった。ほんと、恋人同士みたいだった」

 

 前半は笑いながらグランに伝え、後半は彼に聞こえないよう自分に向けて。

 咄嗟に思いついたアプローチだったけれど、やってよかったと本心から思える行動だった。

 胸の高鳴りは未だに抑えられず、聞こえてはいないかと勘ぐってしまうけれども。

 おそらく、この様子を見てグランも同じような気持ちを共有しているはずだ。

 

「(……えへへ。なんか、幸せかも)」

 

 恥ずかしいなあもうと赤くしながらココアを呷るグランを見つめながら。

 ドキドキと続く鼓動と共に、また新たな感情が芽生えつつあるのを、クラリスは実感していくのであった。

 デートは続く。不器用ながらも恋を成就させようとする未熟な錬金術師の手によって――

 

 

 

「……はぁ。もう見てらんねぇ。そろそろ『動く』か」

 




続きます。次回は4月中投稿予定。

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