最カワ☆クラリスちゃんのアプローチ大作戦!   作:征人

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クラリスの決意

 空の旅も順風満帆。行く島々での問題を解決しながらも、グラン達が搭乗する騎空艇グランサイファーは星の島「イスタルシア」を目指していた。

 これは、そんな星の島を目指す傍らで起きた、とある日の出来事である。

 

 

 山岳地帯にたなびく乱層雲を抜けると、激しさを増していた空の機嫌もどうにか落ち着きを取り戻してくれたようだ。先程まで雨風と雷に脅かされていた空模様は一転し、鈍色の雲間を切り裂いた世界では快晴が彼方にまで広がっていた。点々と映える島々を見て、危険空域は超えたのだと安堵する。

 

「団長さん、だんちょーさん、だんちょーさんっ」

 

 しかし、よく目にしていた空の姿、あるべき見慣れた光景だというのに、郷愁の念に駆られてしまうのは何故だろう。流れていく雲を眺め、ふと懐かしい故郷の空が重なっていく。いつも通りに続く日常を生き、そして変わらない日々を過ごしているだろう皆の姿が脳裏に過った。

 

 窓の桟に手を掛け、遠くを見やる。

 果てなき群青が続くこの空の先に、本当に父の待つ島があるのだろうか。

 そんな疑問を胸中に抱きながらも、細めた眼が放つ視線の先で、グランは静かに思いを馳せる。

 

「えへへ、団長さんのおひざ、あったかいです~」

 

 ……さて、そんなノスタルジックな気分に浸っている自分とは相反して、膝に頭を乗せて気持ちよさそうにベッドに寝転がるセンは、八重歯を覗かせながらご満悦な様子でくつろいでいた。

 

 甘えるような猫なで声が耳に届き、銀をうっすら染み込ませたような灰色の髪はグランの膝元にさらりと垂れる。その髪の間からひょこっと出たエルーンの獣耳は風なくふわふわと揺れ、彼のお腹周りを微かにくすぐっていた。

 

 試しに喉元を指先でくすぐれば「にゃ~」と猫のような鳴き声を一つ。

 幸せそうに蕩けるセンに向けて、グランは困ったような笑みを浮かべた。

 

 

 彼女が自分の騎空団に加入してから幾月が過ぎた。少し前までは借りてきた猫のように落ちついていたというのに、近頃のセンは妙に遠慮がなく、特にグランの前ではやたらと懐き甘えてくる仕草が目立つ。

 

 団に慣れてきた、という事実を見れば喜ばしい事なのだが、それにしては臆面のない触れ合いが続いていて怪訝に思う。邪推な感情もない故に、ある程度は彼女の自由にさせていたが――

 

「むむむ……」

 

 それをふくれっ面で眺める少女が隣に座っていることにも気づいて、内心でグランはこの状況をどうすべきか悩み始めていた。長く伸びた蒼色の髪はしなやかにベッドに流れ、部屋の窓から差し込む日差しで純度を増すように輝いている。あどけない童子の影が抜けきっていない少女――ルリアは、センとグランを交互に見て、納得のいかない声でぽつりとつぶやいた。

 

「むむむー……センさん、ずるいです~……」

 

 ぱたぱた。ベッドに腰をかけたルリアがつまらなそうに足を揺らす。しかしそんな嫉妬の思いを感じることなく、センはどこ吹く風のよう。

 グランの膝を独り占めにし、グランの撫でる手の温もりを感じながらものんびりと寝転んでいる。

 

 「ぐーらーんー」と服のすそをちょいと掴んでぐずり始めたルリアをなだめながら脂汗一つ。センが飽きるのを待つしかないものか、そう考えるグランだったが――そんな両手に花状態を見かねてか、呆れた声が彼の耳に届いた。

 そこにはいつから来ていたのか。金髪のショートカットを揺らして気難しい表情でこちらを眺めるジータの姿があった。

 

「ドアノックしても返事がないから開けてみたら……ちょっとセンちゃん、グランが困ってるよ。退いた方がいいんじゃないの?」

 

 天気も良くなったし、稽古の手合わせにと訪問したジータだったが、あまりに見かねた光景だったのでつい声をかけてしまった。

 その言葉に反応して、センがくつろいでいた様子を一転させ、少しばつの悪そうにグランの膝から頭を起こした。

 

「あ、ご迷惑でしたか。ごめんなさいグランさん。直ぐに退けますね」

 

「いや、迷惑ってほどじゃないけど……まあ、そうして貰えるとありがたいかな」

 

 実際、お腹周りにセンのふわふわ耳が何度も当たって、くすぐったくてしょうがなかったし。

 そんな思いを孕みつつ口には出さずにいたグランの思惑とは裏腹に、センは次なる居場所を求めて、目先に居る人物――ジータに視線を向け、その目を猫のように光らせた。

 

「というわけで、今度はジータさんにくっつきますー」

 

「え、私? 私はグランに用事があって――って、ひゃあっ!?」

 

 ぴょん、っと。ベッドから跳ねたセンはジータにふわりと飛びかかる。危なげにその身体をキャッチしたジータは体勢を整えながらグランのベッドになだれた。くんずほずれずの様子で二人の服がベッドの上で乱れる。そんな二人を見て、グランは慌てて視界を明後日の方向に向けた。

 

「ちょ、ちょっとセンちゃん~!」

 

「わ~、ジータさんもあったかいです~」

 

 隣でバタバタとせわしなく動く音と服の着崩れる音が聞こえる。これは絶対に見てはいけないヤツだ。そう自分に言い聞かせ、グランはきつく目を閉じた。しかしそんな彼の膝に、今度はふわりとした重みが静かに伝わった。

 

 なんだろう、そう思いうっすらと瞳を開けてみれば――そこには自分の膝にちょこんと座り、上目づかいでこっちを見つめるルリアが居た。

 

「えへへ、確かにグランのお膝、あったかいです」

 

 そう告げ、ルリアはグランに身体をぽふっと預けた。

 センが退いたと思えば今度はルリアが。口元を猫のように丸めて、ニコニコ微笑みながらも膝に座る彼女にグランはかける言葉を飲み込んだ。

 

 ようやく一仕事が終えたのだから、もう少しゆっくりしたいんだけど。そんな心内を察してくれる人はどうにもこの部屋にはいない。マイペースな団員たちにやれやれと嘆息を吐くが、心身に感じていたストレスも緩和されていくのをはたと感じ、それは心に平穏が訪れてきた証拠でもあった。

 

 

 ――だがしかし、その平穏に納得しない者もいるわけで。

 

 

「ぐぬぬ……」

 

 キィ、と木目で編まれたドアが微かに開く。その隙間から聞こえる声は憤怒に満ちていた。

 碧の瞳は確かにグランを見据え、大きな黒リボンに纏められた橙色のポニーテールはその胸に宿る激動と共に逆立っている。放置しておけば稲妻さえ全身に迸りかねないほどの嫉妬心を燃やす少女――クラリスは、苦虫を噛み潰したような表情でグランの部屋を覗き見ていたのだ。

 

「ぐぬぬぬぬー……!」

 

 それは先程のルリアの嫉妬が可愛く思えるほどの勢いで、ドス黒く染まった感情はむき出しの刃となって部屋中にフェルトロナンの如く突き刺さる。その気配を察したジータだけ背筋に凍る何かを強く感じたのだけれど――それも一瞬のこと。目先でじゃれついてくるセンの対処に追われた故か、自らの錯覚と勘違いしたのである。

 

 二つの眼から放つ視線は、思い思いの感情を静かに募らせていく。

 このままではいけない。このままで終わらせてはいけない。

 ぎゅっと握りしめた拳からは、強い想いの現れを見せていた。

 

 

 

 それから時が過ぎ、夕刻。黄金色に浸っていた空は次第に薄暗く染まり、昏昏とした夜の帳が下りてゆく。

 しかし、その包み込んだ闇を切り払うかのように、天井に備え付けられた蛍光灯は薄暗い部屋をゆっくり照らし始め、瞬く間にその全貌を露にさせていった。

 光に満ちたその部屋には――樫でできた木製のテーブルに顔を突っ伏せて、小さくうなだれているクラリスの姿があった。そしてテーブルの目前、彼女の前には大柄の漢女(おとめ)――ファスティバが座っている。

 

 ジュエルリゾート主催のホーリーナイト・スペシャルマッチが間近に控えた今日、クリスティーナやテレーズたちと議論を交わし、あれやこれやと聖夜の特別デュエルが形作られてきた矢先のことだった。

 魂が抜けたような風貌で沈んでいるクラリスを見て、ファスティバが不思議そうな顔で彼女に訊ねる。

 

「あらあら、どうしたのクラリスちゃん。しょげた顔しちゃって。可愛い顔が台無しよ。ほら、スマイルスマイル!」

 

「うー……ふぁーすーてぃーばー……」

 

 快活に笑うファスティバとは相反して、クラリスの声に覇気はない。

 先程まで扉越しで意気込んでいた激情は一体どこへ行ったのやら。机に突っ伏したままで、その調子が変わる様子は全く見られない。

 この時期になると嬉々としてイベントを盛り上げる彼女であったが、その盛り上げ役のクラリスがこの状況では周囲の志気も下がりかねない。何か失敗事でもしたのかしら、と思い馳せるファスティバに対して

 

「うちってさー、魅力ないのかなー……?」

 

テーブルに指で円を描きながら、クラリスがぽつりとつぶやいた。突然のカミングアウトにぽかんとした彼(女)だが、いじいじと楕円を描くクラリスの姿に、ファスティバはふっと笑ってこう言った。

 

「そんなことはないわ。アタシが知る限りでは、クラリスちゃんはとっても可愛い女の子だもの。魅力がないなんて思っちゃダメ。ずっと思い続けてると本当にそうだって思い込んじゃうわ。だから、ね? そんな落ち込んでちゃダメよ」

 

 優しく肩をさすりながらそう諭す。力強く、けれどもどこか慈しみのある口調は頼れる母のようで。心の内を明かしてもよいと思えるような、そんな包容力がファスティバにはあった。

 

「で、実際のところ何かあったんでしょ? アタシで良かったら相談に乗るわよ」

 

 その言葉を耳にして、クラリスは沈んでいた様相をふっとあげた。

 口角を下げたむっつりへの字口が、彼女の機嫌を物語っている。

 そしてしばらくの無言の後、クラリスは自分の胸中をぽつぽつと語り始めた。

 

「……なんかねー……最近、すっごくモヤモヤするんだ。団長――グランがね、ほかの女の子と楽しくしてたりするのを見ると、急に胸がズキっときてさ、モヤモヤして、ムカムカするの」

 

 自らの胸に手を当てて、先程の光景を思い返す。

 グランの周りで楽しそうに笑っている団員たちを見て、本当ならば微笑ましい気持ちになれるはずなのに。

 それとは相反して自分が抱いた感情は、マイナスで苛立ちが募るだけのそれだった。

 どうして負に満ちた感情が生まれてしまっているのか。それは誰に言われずともクラリス自身が分かっている。

 分かっているから――尚のこと煩わしい気持ちが胸の内をめぐってしまう。

 

「うちってさ、今までずーっと回りくどいことばっかりしてグランのこと振り回してたけど、結局のところそれが祟って前進できてないんだよね。何とかしないとなぁって思っているんだけど、実のところ、そんなきっかけもなくって、どうすればいいのか自分でもよく分からないんだ。

 

 まずいよねー……こんな気持ちじゃ。スペシャルマッチまでに切り替えないといけないのに」

 

 はー、と盛大にため息をついて再び突っ伏す。

 喉元までこみ上げてくる感情は、出かかっているはずなのに出てこない。

 自分の至らなさと不甲斐なさに辟易しつつ、変わる手だてがないものかと模索しても、生まれるのは悲しきかな黒く淀んだ劣等感ばかり。悪循環を繰り返す心の変容にうぐうぐと唸っていたクラリスだったが――その折で、ファスティバは聖母のような笑みでこう言い放った。

 

「なるほどねぇ……クラリスちゃんは、団長さんのことが大好きなのね」

 

「だっ、だいすっ――! ……うん、きっと……いや、好き……なん、だと、思う」

 

 ファスティバから出た直球の言葉に顔を赤くさせるが、小さくなりがちな声は否定ではなく肯定の言葉を返している。普段なら力強く否定してお茶を濁しているだろうが、それをしたところで彼女に何も利は生じない。

 

 素直に朱色に頬を染めたクラリスを見て、ファスティバはあらあらと頬に手を当てた。

 

「そうねえ……まずは自分の気持ちに素直になることが大切だと思うんだけど、きっかけ、ねぇ……」

 

 明後日の方向に向いて思慮を巡らせる。しばらくの間神妙な顔つきで考え込むファスティバだったが、

 

「……そうだ。クラリスちゃん、明後日って空いてるかしら?」

 

「あさって? 明後日ならうち、フリーだけど。どしたの?」

 

「実はね、シェロちゃんに頼んで新しいコスチュームを注文しておいたのよ。それが今行商の街にあるみたいでね、受け取りをお願いしたいの。団長さんと一緒にね」

 

「ああ、それくらいなら大丈夫だよ――って、え? 団長って……ぐ、グランと!? なんで!?」

 

「だってクラリスちゃん、きっかけがないって言ったじゃない? だから団長さんと一緒に街に行ってほしいの。建前は服の回収、本音はそれを踏まえたデートって感じでどう?」

 

「で、デート……」

 

「それに団長さん、最近依頼の山に頭を悩ませてるみたいだから、いい気分転換になると思うわ。お互いの為になるだろうから引き受けてほしいんだけど、どうかしら?」

 

 そう持ち掛けられ、クラリスは気難しい顔で伏せた。新規の団員も増え、何をするにしてもグランの周りにはほかの団員が居る。大所帯となりつつある我が団で、二人きりになれる機会などそうそうない。ファスティバからの申し出はクラリスにとっても願ってない提案だった。

 

 しかしそれ故に不安もあった。いつもあくせくと働きづめの毎日を送っているグランだ。分け隔てなく団員たちと接してくれるが為、可能性は限りなく低いが、やんわりと交遊を断られてしまうかもしれない。

 

 自分に向けられる善意には過敏に反応するグランだが、好意にはてんで疎い一面を持つ。

 自分のアプローチも、彼にとっては友人のそれにしか感じないのかもしれない。

 

 けれども――

 

「で、デート用の服とか、新調した方がいいかな?」

 

 そんな不安とは裏腹に、うっすらと淡い期待をしてしまう自分もいるわけで。

 彼と街に繰り出して、美味しい物を食べ歩きながら、他愛のない世間話に花を咲かせて。

 そうして良い雰囲気になって手を繋いで、もどかしい距離でいたクラリスの心が一気に縮まれば、きっとグランにも自分の想いが届くような気がして。あわよくば、これからも二人きりになれる時間を作ることが出来ればと願う自分も、確かにそこに居た。

 

「そうね。折角だから可愛いクラリスちゃんを見せた方がいいわ。コルワちゃんやクロエちゃんなら、そういうのに詳しいんじゃないのかしら。まあ、何はともあれ頑張ってちょうだいね!」

 

「う、うん。がんばる」

 

 そうと決めたら有言実行。きゅっと掌を丸めて意気込む。スペシャルマッチも間近に控えた今日だ、欝々した気持ちのままでは盛り上がるどころか大失敗の可能性もあり得る。その為にも、今の感情を払拭して清々しい気持ちのままで当日を迎えなければならない。

 吉と出るか凶と出るかは分からない。分からないけれど――やらなければ変わらないし、進まない。

 

 一度は揺らいだ決意だが、今度こそ確固たる思いに変貌した。

 

「(よし――よし。うち、団長に――グランに、告白する。好きって、告白するんだ――!)」

 

 

 そうして始まったクラリスのアプローチ作戦。あれこれと先人にアドバイスしてもらう手間はあれども、それ以上にグランとのデートに胸を躍らせる自分もいて、次第にやる気が満ち溢れてきた。

 

 そうだ。考えたって仕方ない。どうせなら全力で楽しもう、いつもの自分みたいに、めいっぱいグランと一緒に楽しんでいこう――!

 

 

 

 

 ――しかし、クラリスは気づかなかった。

 

「……ふーん? 何やら、面白そうな話をしてんじゃねェか」

 

 二人が話す部屋の外で、下卑た笑みを浮かべる不埒な錬金術師がいたことに。

 思い思いの感情が交錯したまま、新月の昇る夜は更けていく。

 恋い慕う未完の錬金術師がたどる結末は――未来を見通す魔女だけが知っていた。

 




続きます。

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