砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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第九話 幽霊ノ正体・見エ見エズ

 

 

 

「念入りに調査して来い。万一会敵した場合はラッパを吹け! すぐに増援を送ってやる!」

 

 リオはそれだけ言うと一秒でも長くこの場所に居たくないと言った様子でフィリシアとノエルが居る部屋まで駆け出して行った。

 

「……なんで……うう」

「あの、二等兵殿」

「何よ、カナ、あ……二等兵!」

「何だか、ワクワクしますね」

 

 カナタはそう言ってニッコリと笑う。

 

 その時、タイミングを合わせたかのように雷が鳴り、あたり一面をパッと明るくした。

 カナタの笑顔に光があたったためだろうか、それともこの状況を楽しんでいるカナタを不気味に思ったからだろうか。

 クレハの恐怖心メーターはガンガン上がっていく。

 

 しかし、今は後輩の前である。

 それに、基本的に階級で呼ぶことを認めていない第1121小隊において、あえて先任としての敬意をカナタに払わせているクレハにとって、後輩の前で情けない姿を晒すことはあってはならないことであった。

 その一心だけが、今のクレハの足を支えている。

 

 さて、どうしてこのような状況になったのか、少し説明が必要だろう。

 それは二日酔いのヘークローを司令室に運んだフィリシアがダイニングームに戻って来てすぐのことだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そういえば、出た」

 

 最初にそう切り出したのはノエルだった。

 

「出たって何が?」

「幽霊」

 

 主語がなく不明瞭なノエルの情報を正確にするためにフィリシアは尋ねる。

 その結果、ノエルが言った「出た」という言葉の動作主は幽霊という思いもよらない存在であった。

 

「「幽霊!?」」

 

 その言葉に異様に反応した人物が二人。

 クレハとリオである。

 

 リオには苦手なものが三つある。

 料理、ピーマン、怪談話。

 そう、怪談話である。怪談話が嫌いとなれば、その主役ともいえる超自然的存在、通称幽霊と呼ばれる不確定で不明瞭で不自然でよくわからない存在が大嫌いであった。

 

 クレハも幽霊のことが大嫌いである。

 だが、クレハの場合、幽霊が嫌いなのはリオのようによくわからない恐怖からくる苦手意識ではない。

 夜中に金縛りにあったりだとか、一人で居るとピシピシ音が聞こえてきたりだとか、背中に誰かの気配を感じたから振り向いても誰もいないだとか、ずーっと廊下の隅にしゃがんで居る人が見えたりなどの心当たりがあるからだ。あり過ぎるのだ。

 気のせいといわれてしまえば気のせいで終わることかもしれないが、クレハにとっては「幽霊なんて居ない、絶対居ない!」と、自分に暗示をかけてでもその存在を否定したいと思うほどには恐怖の対象であった。

 

 ちなみに、この時点ですでにリオとクレハの二人の顔は少し青い。

 

 

 

 その後、話を進めるうちにカナタも幽霊を見ていたということが判明する。

 

 幽霊らしき影を見たというカナタとノエル。

 そんなものは居るわけがないと言うクレハ。

 

 クレハは科学者のくせに不確かなことを言うノエルに対し科学的に検証せよというが、ノエルは「怖い」という理由から幽霊の調査を拒否する。科学者であるノエルがそう言うこと自体がさらにクレハの恐怖心を煽っていることにノエルは気が付いていない。

 

 幽霊という存在を受け入れており、とくに不思議とは思わないカナタ。

 絶対に絶対に絶対に幽霊なんて居ないと言い張るクレハ。

 

 このままノエルやカナタに自由に発言させては幽霊の存在を否定するどころかさらに「居るかもしれない」という思いに襲われるてしまう。

 そうはさせまいとクレハは机をバンバンと叩いて議論を終わらせようと試みた。

 

「私もお前と同意見だ」

 

 一人でヒートアップしていたために息が切れたクレハの肩に手を置き、クレハにそう言ったのはやはりリオであった。

 ようやく得られた同じ考えの同士、それも尊敬する先輩ということで、クレハを安心させるのには十分であった。

 

「幽霊など居ない!」

 

 リオは言う。

 

「居ません!」

 

 クレハは答える。

 

「絶対に居ない!」

 

 リオは確認する。

 

「絶対の絶対です!」

 

 クレハは宣言する。

 

「よし!」

 

 

 幽霊の存在は絶対に居ないと宣言したクレハなら何も問題はないだろうと信じてリオは彼女を幽霊の目撃現場の調査に行かせた。

 お供にカナタを付けて。

 

 話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あんたが先行、私がバックアップ!」

「はい」

「では、突入!」

 

 こうしてクレハとカナタによる第1121号要塞における霊的存在調査任務が開始された。

 

 

 第1121号要塞、つまり時告げ砦は大断絶以前から存在する建物をヘルベチア陸軍が改修して使用しているものだ。そのため、砦を構成する壁や天井などの材質は長年の雨風にさらされて酷く劣化・風化している部分が多く存在する。

 小隊が活動するために普段使う施設はそれなりの修復を行い、定期的に手入れもしているが、全く使っていない部屋などでは窓は割れ、物は散らばり、場所によっては壁もないと言った有様であった。

 今日みたいな雨の日は雨漏りも酷い。

 

 戦略的に重要視されていないこの地において、駐在する軍人の数はいつも少なかった。そんな彼ら・彼女らにとって時告げ砦は大き過ぎたのだ。

 結果、今に至るまで全く使わないところの修復は行えず、そのまま放置されているのである。

 

 そして、今回二人が来た場所はそういうところであった。

 

 瓦礫で狭くなった道をくぐって進み、荒れ果てた部屋を一つ一つ調べ、時にねずみの大群に追われながら二人はある部屋にたどり着く。

 

 その部屋には五線譜が引かれた黒板ともはや役目を果たせなくなったピアノが置かれている。

 

「きっとここで音楽も教えてたんだよ!」

「軍隊でもないのに?」

 

 これまでの砦の様子から、かつてこの建物ではカナタ達位の歳の子たちがたくさん集まって一緒に学ぶ場所である学校だったのだろうとカナタは考えていた。

 そして今居る部屋では音楽を教えていたのだろうと。

 

 少し前に訪れた部屋でイデア文字が書き込まれた本を手にしたカナタであるが、彼女にその文字を読むことはできない。

 しかし、ピアノが置いてある部屋に落ちていた楽譜の切れ端。こちらはカナタでも、現在の人でも同じように読むことができる。

 

 それはなんと不思議で素敵なことだろうか。

 生きる時代は違えど、使う文字すら違えど、音はいつでも変わらないということだ。

 

 クラリネットと演奏するクレハ。

 フルートを吹くノエル。

 ピアノをひくフィリシア。

 トランペットを演奏するカナタとリオ。

 そして、指揮棒を横においてソファで寝ているヘークロー。

 柔らかい光が差し込む部屋にそんなみんなが居る。

 

 セーラー服を着た五人の少女たちとワイシャツ姿のヘークローがカナタのまぶたに浮かんでいた。

 

 もしかしたらあったかもしれない未来。

 もしかしたらここであったのかもしれない過去。

 それはとても優しく、温かく……

 

「ちょっと、なに一人で浸ってんのよ」

 

 カナタを空想の世界から引き戻したのは、カナタがなにもしゃべらなくなって心細さを感じ始めたクレハだった。

 目を開くと、そこは変わらず荒れ果てた部屋のなかで壊れたピアノがポツンと置かれていた。

 

「ねえクレハちゃん!」

「な、何?」

「クラリネットやってみない?」

「はあ? 突然何よ」

「いいなって思ったから!」

「バカなこと言ってないで、さっさと次に行くわよ。こんな任務早く終わらせるんだから」

「うん」

 

 バックアップなのにさっさと先に行ってしまうクレハをカナタは急いで追いかける。

 

 その時、カナタはふと思う。

 

「あれ? さっきの服ってなんの服だっけ?」

 

 セーラー服は内陸国のヘルベチアでは採用していない。海に面し、海軍を要するローマ帝国の水兵が着ているものだ。また、水兵が着ると言うことはセーラー服は基本的に男が着る服であり、下はスカートではなくズボンである。

 だが、カナタが思い浮かべた五人の少女は下はスカートのセーラー服を着ていた。これはカナタの常識から言えば非常に不自然なことである。

 しかし、何故かカナタにはセーラー服を着た五人の姿がとても自然に思えた。

 

「カナタ、早く!」

「今行くよ! ……ま、いっか」

 

 軍人のカナタは任務を続行する。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 見回りもほとんど終わり、さまざまな困難をともに乗り越えた二人の間には安い言葉だが、所謂『友情』が芽生え始めていた。

 

 「やはりお化けなんか居なかったんだ」

 二人が思い始めた頃、そいつは雷鳴とともに現れた。

 壊れた壁から侵入して来た何かがバサバサと大きな音を立てている。

 

「え!? わああ! なになになに!?」

「い、いやっ! いやー!!」

 

 突然の事に混乱したクレハは走り出す。それを追いかけるようにカナタも続く。

 しかし、そこは足場が悪い廃屋の中。突然の事にあわてていることもあり、カナタはひび割れたタイルに足を取られて転んでしまう。

 

 転んだカナタを襲おうとしているのか、黒い何かは彼女の真上で留まっている。

 

「カナタッ!」

 

 転んだカナタと彼女を狙う何かに気がついたクレハは咄嗟にライフルを撃つ。

 拳銃とは違う、ライフル特有の重たい破裂音が闇を切り裂く。

 弾丸は目標を外し天井に着弾した。

 

「すごい……」

 

 だが、目的は達成できたようだ。

 大きな銃声に驚いたのか、それは気を失って転がっていた。

 

「あったりまえでしょ!」

 

 精一杯の意地を張って絞り出したクレハの声は、震えていた。

 

「フクロウ、だね?」

「幽霊ってもしかしてこいつのこと?」

 

 クレハが放った銃弾によって気を失い落ちたのはフクロウだった。

 正式な名称は彼女たちには分からないが、鳥類の中でも特徴的な容姿をしているその鳥は誰が見てもフクロウと言うだろう。

 

「全く人騒がせなんだから……。ね、カナタ」

「……」

 

 正体不明の幽霊がただのフクロウだったとわかったクレハは元気を取り戻したようだ。カナタに向けて声をかけるクレハであったが、カナタは返事をしない。

 

「カナタ?」

「……人……魂」

「え?」

 

 カナタはクレハのさらに向こう側、はるか後方に視線を向けている。

 クレハはゆっくりと首をまわす。それはもうゆっくりと。その様は油の切れたロボットが首を回転させるかのようにぎこちない。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!!」

 

 クレハは確かに見た。

 空中に浮かぶ橙色の火を。

 ガンナーとしての意地が人魂に向けて銃口を向ける。

 

「バ、バカ! そんなもんこっちに向けるな!」

「え?」

「ヘークローさん!」

 

 人魂に見えたものはヘークローが持つ蝋燭の火である。

 ランタンを使わずに古き良き手燭を彼は使っていたのだ。

 

「銃声が聞こえてきたから何かと思って来てみれば、なんだ? 今日は焼き鳥か。しかし、フクロウなんて食って美味いのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

「実は幽霊調査に来てて、その正体がたぶんこの子だと」

「ふーん、幽霊ね」

 

 ヘークローは未だ気を失っているフクロウに近づいてしげしげと眺めている。

 

「で、なんでヘークローさんはこんなところに居るんですか! 安静にしていなくて良いんですか!」

「ん? ああ、ちょっとこっちに用事があってな。それに大分休んだからもうどうってことないぞ」

 

 ヘークローの言うように、蝋燭の火に照らされる彼の顔色はダイニングルームで見たときとは比べ物に成らないほど良いものだった。

 そして、ヘークローにビビらされたクレハは弱冠キレ気味である。

 

「そんなに時間は経ってないと思うんですけど……あれ? ヘークローさん、それは何ですか?」

 

 カナタはヘークローが左手に持っている紙の束に気がついた。

 

「あー、これはな……まあ、なんだ。後のお楽しみだ」

「えー、気になりますよ!」

「まあ、それは良いだろ。幽霊の正体も分かったことだし戻るか、二人とも」

「はーい」

「……」

 

 ヘークローの呼び掛けに答えるカナタ。

 一方で、クレハは無言のままうつむいている。

 

「クレハちゃん、どうかしたか」

「……腰が……腰が抜けて立てません……」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら。

 ヘークローとカナタが移動すると知ったクレハはとうとうその事を隠しきれなくなった。

 

「しゃーなしだな。ほれ」

 

 ヘークローは持っている紙の束をカナタに渡し、クレハの前にしゃがみこむ。そして、クレハにおぶさるように促した。

 

「えっと……でも……」

「いいから、早く乗れ」

「……失礼します」

 

 おずおずとヘークローの首に腕を回す。

 クレハの上半身が固定されたことを確認すると、ヘークローは前傾姿勢で立ち上がる。しっかりとクレハの太ももの部分を持ち、落ちないようにする。

 

「カナタちゃんはそいつも運んでくれるか?」

「はい! 任せてください」

 

 カナタはヘークローに持たされた紙の束は手で掴み、フクロウを腕全体で抱えるようにして運ぶ。

 

「まさか、こんなに幽霊嫌いだとは……。クレハちゃん、先に謝っとくわ。ごめん」

「え、なんですかそれ。なんなんですか!」

 

 こうして三人は無事にフィリシア達が待つ部屋に帰還した。

 

 

 

 

 その後、ヘークローが持っていた紙の束はそのままカナタの物になった。

 内容はトランペットを含む金管に関する旧時代の教本を翻訳したものだ。

 ヘークロー曰く、基地に残された過去の本を自分で翻訳したらしい。専門の学者か本当に真面目な教会関係者でもなければ読むことが出来ないイデア文字を読むことが出来るのはヘークローの密かな自慢だ。

 しかし、丸々一冊分内容が鮮明に残っている物はこの基地には無いはずである。それどころか、国内どこを探してもそうは無いだろう。いくらかつての印刷技術が優れていようと長い長い時が経てば読めない部分も当然出てくる。

 また、運良く状態が良いものが有っても、旧時代の書籍は教会が保護の名目で独占しているのだ。

 

 その本の出所を疑い尋ねたフィリシアにヘークローはこう返した。

 

「幽霊との取引だ」、と。

 

 

 後日、幽霊に体を乗っ取られたクレハにリオが告白されると言う事件があったのだが、それはまた別のお話。




原作とは少し違うところも有りますが、仕様です。

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