砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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第七話 鬼・悪魔・ヘークロー

 

 

 その日、セーズの街に「ありがとう」が溢れた。

 

 「ありがとう」と言いながら、洗えば簡単に落ちる赤褐色の染料を溶かした水を人々はお互いに掛け合うのがセーズの街で行われる水かけ祭りの特徴だろう。

 そこには大人も子供も男も女も関係なく、皆が笑顔で水を掛け合っている。

 

 

 

“ずっと昔、世界が今みたいになるずっと前のこと

 この街の谷底に羽のはえた悪魔が棲みつきました

 悪魔は炎を吐き大地を揺らし人々を苦しめました

 そしてついに砦に住んでいた乙女たちをさらい

 地下の迷宮に閉じ込めますけれど、娘たちはあきらめず

 天主さまから授かった金の角笛で呼び合い迷宮を脱出すると

 巨大な蜘蛛のちからを借りて悪魔を倒しその首を討ち取ります

 するとその首は激しく炎を吹き上げます

 このままでは上にある街は全て燃えてしまう

 娘たちは吹き出る炎をおさえるために順番に悪魔の首を抱き続けました

 燃えさかる悪魔の首と娘たちに村人たちは毎日水をかけ火は一年経ってようやく消えました

 以来村を救った娘たちの霊を慰めるため水かけ祭りを始めたのです”

 

 

 

 これがこの街に伝わる伝説と水かけ祭りの由来。

 この祭りでは誰もが村を救った娘たち、つまり炎の乙女に感謝する日なのである。

 

 今日初めてのこの街にやって来た少女、空深(そらみ)彼方(かなた)もまた祭りを楽しむ一人であった。

 彼女はセルベチア共和国陸軍の軍服を身に纏う、どこから見ても軍人だ。

 本来であれば自身が所属することになる第1121小隊が駐屯する第1121号要塞に向かう予定だったのだが、しっかり祭りに巻き込まれてしまったようである。

 

「えーい! ありがと!」

「わー! ありがとう!」

 

 カナタに一番始めに水をかけた少女に水をかけ返すのはもちろん、周りの人達にも水をかけまくる。

 祭りの中には勝敗を決めるものも多くあるが、セーズの水かけ祭りでは勝ち負けなんて物はない。

 

 そんな勝ち負けも何もない祭りであるが中には謎のこだわりを持ってその祭りに参加するものも居た。

 

「悪魔が来たぞー!」

「奴を狙え!」

「あー! やられちゃったー」

 

 笑い声が満たされていた空間の一部からそんな声が聞こえ始めた。

 

「悪魔?」

 

 この楽しい場に似つかわしくない言葉が聞こえてきた事に不思議に思ったカナタは他とは違う盛り上がり方をしている場所に目を向ける。

 

 騒ぎの中心に居たのは猿(いや、鬼だろうか? とにかく、異形の生き物)の面をつけた人物だった。

 その面をつけた人物は竹で作った簡単な水鉄砲を一挺だけ持ち、住人たちからの集中砲火を前後左右へのステップ、時にしゃがんだりジャンプしたりと無駄に洗練された無駄の無い動きで全て避けていく。

 その合間に若い女性だけを狙って皆と同じ色水を当てていることが見てとれた。

 

「うわぁ、何だろうあの人?」

 

 その呟きが聞こえたのか、悪魔と呼ばれた人物はカナタの方を見る。

 

「なるほど……。砦の乙女だな?」

「え?」

 

 そう言うやいなや、悪魔は素早い動きでカナタの目の前までやって来る。そして、持っている水鉄砲を勢いよくカナタの顔へと向けた。

 

「わっ!」

 

 突然向けられた銃口(水鉄砲)に驚いたカナタは咄嗟に手で顔を守る。

 

 ヒョロロロロ~

 

 あえて言葉にするとしたらこんな感じだろうか?

 悪魔の水鉄砲から放たれた水はカナタのガードの隙間から顔面に命中する。

 ただし、水の勢いは水鉄砲を向けられた勢いとは反してとても弱いものだった。

 カナタに水をかけて満足したからか、はたまた住民の追撃が激しくなったからか、悪魔はカナタの傍から離れて再び若い女性を狙い撃ちにする作業に戻っていった。

 

「なんだったんだろう……」

「ははは! 災難だったな嬢ちゃん。悪魔に食われちまうたーな」

 

 呆然としているカナタの横まで歩いてきたおじさんが声をかける。もちろん、この男も例に漏れずびしょ濡れだ。

 

「悪魔ってなんなんですか?」

「ん? もしかして新人の軍人さんか」

 

 この街の住民ならほとんど誰でも、それこそ砦の乙女なら必ず知っているであろう事を知らないカナタをこの街に来たばかりの新人であると男は判断した。

 

「はい! 今日セーズの街に到着しました!」

「そうかそうか、あいつも意地の悪い奴だな」

「あいつ?」

「なーに、すぐにわかるだろうさ」

 

 男はニヤニヤと面白がるようにカナタに言う。その場を立ち去ろうとした男は「あっ」と何かを思い出したかのようにこう付け加えた。

 

「そうだ。悪魔に食われるなんて今年一番の災難に襲われたからな、少なくとも今年中はそれより酷いことは起きないだろうぜ」

 

 男は「じゃーな、風邪引くなよー」と言いながら今度こそ立ち去っていく。

 

「さよーならー! 悪魔……かぁ」

 

 去っていくおじさんに対して手を大きく振って別れの挨拶を告げたカナタはポツリと呟く。

 カナタの水かけ祭りはこの後、ラッパ手の先輩少女の目に留まるまで続いたのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ここ、セーズの街を初めて訪れた人は必ずこう感じるだろう。

 

 ここは迷路であると。

 

 所狭しと建てられた家々によって数多くの通路が形成され、また土地柄から坂道や階段等による上下移動も多い。

 その結果、方向感覚を失いがちになり、土地勘の有る者でも入り組んだ小路に入ってしまうと迷子になることもしばしばあるという。

 

「誘われたか……」

 

 面を被った男、ヘークローは堪らず面の下で顔をしかめる。

 

 街中で若い女性に水をかけまくっていたヘークローは、また同時に街の男達から追いかけ回されていた。

 行き止まりの通路には入らないように気を付けていたヘークローであるが、夢中になって逃げ回っている内に追い込まれてしまったようだ。

 

 左右、後ろは壁のため行き止まり。

 唯一の出口である前方には水鉄砲を持った五人の男達が立ちふさがっている。

 上に逃げようにも周りを囲む壁は高く、登ることは不可能。

 

「これまでだな、悪魔よ」

「残念だったな、今年もしっかりやられてくれ」

 

 二人の男がヘークローに通告する。だが、そんなこと知ったことかと言わんとばかりにヘークローはニヤリと笑う(面で見えないが)。

 

「ふん、この程度で俺を追い詰めたなどと思ってもらっては困るな」

 

 ヘークローは言う。

 それはまるで壇上に立つ演劇者のように、芝居がかった様子で。

 これぞまさしく深夜テンションの賜物だろうか。

 

「訓練を受けたこの俺が、最近お腹周りが気になり始めたおっちゃんたち五人に遅れを取るわけなかろうなのだ!」

 

 ヘークローはだらんと下げていた腕をあげ、水鉄砲を五人の男たちに向ける。それに反応した男たちも油断なくヘークローへと銃口を向ける。

 お互いに銃口を向けあったまま、どちらも動かない。理論上で考えれば、数の利をもって五人の男達が一挙にヘークローへ攻撃を仕掛ければそれで事は終わるだろう。

 だが、ヘークローが発する強者特有の気のようなものが、彼らの行動を抑制する。

 

「なんだ? 来ないのなら、こちらから行かせてもらうッ」

 

 ヘークローが突撃を敢行しようとしたその時、事態は急変する。

 

「ごぼぼぼぼぼぼぼ…… ンガッ!?」

 

 ヘークローが攻撃を想定していなかった方向。

 そう、真上から大量の色水とついでとばかりに水をそこに貯めていたのであろう金だらいが彼の頭頂部にクリーンヒット!

 

「今だ! 全員で囲んでボコボコだー!」

「「「「おー!」」」」

「ちょちょちょっ、やめ、やめろー! 口の中に、がぼぼぼぼ…… 」

 

 金だらいが頭に落ちてきたとき特有のなんとも言えない音を合図に、五人の男たちは持っている水鉄砲でヘークローに攻撃を仕掛けたのだった。

 総攻撃が終わった後、そこには頭の先からつま先まで余すところなくびしょ濡れになったヘークローが打ち捨てられていた。

 

「みなさーん、悪魔の討伐お疲れさまでーす。後の処理は私に任せてください」

「おうよ! 夜の主役は炎の乙女だが、昼の主役は俺達だからな」

「そんじゃ、僕たちはこれから悪魔討伐の報告に行ってきますんで」

「お願いしまーす」

 

 役目を終えた五人の男たちは悪魔の討伐を広場に居る皆に知らせるべくこの場を立ち去る。

 地面に打ち捨てられていたヘークローは仰向けになり、まっすぐ空を見上げると予想通りの人物がそこに居た。

 

「やっぱり、おっちゃんたちを動かしてたのはフィリシアちゃんか」

「ヘークローさんが無駄に強すぎるのがいけないのですよ」

 

 ヘークローに向けて水と金だらいのコンビ攻撃をかましたのはフィリシアだったのだ。また、街の男たちにヘークローをこの路地に追い込むように指示したのもフィリシアである。

 

「それにしても、金だらいも落とすことは無いんじゃない?」

「それについてはごめんなさい。手が滑ってしまったの」

「……本当だろうな?」

「ええ」

「……信じるぞ」

 

 フィリシア真剣な表情で謝っているようなので、ヘークローも許すことにする。しかし、言葉ではそう言ったもののいまいちフィリシアの言葉が信じられないヘークローだった。

 勿論彼とて部下の言葉は信じたいのだ! 信じたい……。信じたいのである。

 

「もうすぐでヘークローさんの出番も始まりますから、準備してください」

「わかった……って、新人ちゃんはどうした?」

 

 今頃今日来る新人の歓迎をしてるはずのフィリシアがヘークローを迎えに来ていることを不思議に思う。

 

「それがね、時間になっても来なかったのよ。それでしばらく待っても来なかったから留守番はクレハちゃんに任せて先にあなたを迎えに迎えに来たの」

「ふーん、迷子かね。そいつはちと面倒なことになったか?」

「砦は遠くからでもよく見えるし、人に聞けばすぐ来られると思うわ」

「それもそうだな。となると、来られない理由が別にあるのか……」

 

 ヘークローは「参ったねぇ」と言いながら頭をかく。

 ここで悩んでもどうにもならないと悟ったのか、炎の乙女に奉納する舞の敵役を演じるヘークローは立ち上がり集合場所へ赴こうとする。

 そんな時、ふと思い付いたことがあった。

 

「フィリシアちゃん」

「はい?」

「俺の代わりに司令官やんない? 俺より才能有ると思うよ」

「丁重にお断りさせていただきます」

「ああ、そう……」

 

 特別期待していたわけではなかったが、フィリシアちゃんが司令官を代わってくれたなら楽が出来るな、などということを考えていたヘークローは結構残念そうである。

 

 

 

 その後、悪魔の首はしっかり落とされ(斬首的な意味で)、今年も祭りはつつがなく終わった。

 

 ……かのように思われた。

 

 遭難レベルの迷子になった未来の砦の乙女が自身の居場所を伝えるために吹いたラッパの音を住民の一部が「すわ伝説の金の角笛か!?」などと勘違いを起こし、ちょっとした騒ぎになったとかなんとか。

 

 なお、その後無事に少女の救出も完了し、今度こそ水かけ祭りは終了を迎えた。


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