第1121小隊の機械整備士兼操縦士であり、階級は伍長。
小隊の配備戦車タケミカヅチの研究や復元を担当しており、それに情熱を注ぐあまり生活のリズムが不安定で常に寝不足。そのため、昼間に突然所構わず眠ってしまうこともしばしば。
普段は寡黙で表情の変化も乏しいが、突発的に冗談も口にしたりと実はとても愉快な少女である。
ヘークローは格納庫でタケミカヅチの修理をしているノエルのもとにやって来ていた。
「おーっすノエルちゃん、調子はどうだい?」
「ん、幸せ」
「そいつは良かった」
中で作業していたであろうノエルがタケミカヅチの
「姐さんの店で追加のボルトとナット貰って来たからな。ここに置いとくぞ」
「おお……。助かる」
ヘークローは手に持っていたボルトが入った箱とナットが入った箱を様々な工具を置いている小さめのテーブルの上に置く。
それを知ったノエルは早速新しいボルトとナットを取ろうとタケミカヅチから出てくる。
「……ノエルちゃん、女の子としてそれはどうなの?」
「無問題」
今の時期は春。
とは言え、夏もすぐに控えている今の時期に熱のこもる戦車の中でずっと作業していたノエルの額には汗が浮かんでいる。
そして、そんなくっそ暑い環境の中で軍服をカッチリ着る訳がない。
作業着ですら着ることを拒んだノエルの今の格好は、下こそズボンを履いているものの、上は黒の薄着姿である。下着姿と言ってもいいかもしれない。
「そんな格好で居たら、時告げ砦のこわーい狼に襲われちゃうぜ?」
「……」
手の五指を第一、第二関節だけ曲げて獣の手のようにして「ガオー」なんて言いながらノエルを脅してみるヘークローであるが、ノエルの表情に変化はない。
渾身のボケに何の反応も示さないノエルに対して、引っ込みがつかなくなり二の句が継げぬまま固まるヘークロー。
もちろん、獣の真似をしたままである。
「……」
「……」
一秒、二秒と格納庫に設置している時計が確実に時を刻む音が聞こえる。
「……」
「……ふっ」
しばらく二人で無言で見つめ合うような形になっていたが、沈黙を破ったのはノエルの嘲るような笑いだった。
「な、なんだよ」
「ヘークローくんが……狼……。ふっ」
「なんだよ!」
ヘークローは相変わらず鼻で笑うノエルに段々と恥ずかしくなって来たようだ。獣の真似をやめてノエルのことを直視できなくなったのか、ノエルから顔を逸らす。
にへらっと笑っていたノエルは顔を真っ赤にしてそっぽを向くヘークローが面白かったのかさらに「ぷぷぷ……」と笑い始めてしまう。
「けっ、どうせ俺にそんな度胸は無いよ」
「それがヘークローくんの、良い所」
「それは褒めてるのか?」
ヘークローは褒めてるのか貶してるのか微妙に判断が付かないノエルの物言いに納得はできないものの、「まあ、いいか」と思うことにした。
自分は度胸がないのではない、紳士故にそういった間違いは犯さないのである、と自分に言い聞かせながらタケミカズチから少し離れた位置にござを敷き始める。
「昼寝?」
「ああ、今日は朝から散歩……ん゛ん゛っ! 街の警邏をして、その後はフィリシアちゃんに捕まって今さっきまで机に縛り付けられてたからな。もう限界だ」
ござをシワなく敷き終えたヘークローはその上に寝転がる。
固い床に薄いござは決して寝心地の良い物ではないが、過去に経験した戦場での寝床のことを考えればヘークローにとって天国みたいなものだった。
「ヘークローくんはよくここで寝てるね。何か理由でもあるの?」
ノエルは新品のボルトを一つずつ手に取って規格外品が混じってないかじっくりと品定めをしながらヘークローに聞いてみた。
ヘークローは仕事が辛くなると、フィリシアの目をかいくぐり、司令室を抜け出しては様々な自身のお気に入りスポットで昼寝をしているのである。まあ、司令室を抜け出すことなく椅子に座ったまま居眠りすることも多々あるのだが……
「そうだなぁ、ここにはタケミカヅチって言う古代技術の産物、その代表みたいな物があるからかな。俺って、大断絶以前から存在してたものが好きでさ。やっぱ遥か昔のオーパーツってのはロマンがあるしなぁ」
「その気持ち、良くわかる」
「うんうん、やっぱノエルちゃんとは……気が合うなぁ……」
ござに寝転がっていると眠気が急に襲ってきたのか、ヘークローの言葉が途切れ途切れになる。
「ここだとノエルちゃんの作業の音も、心地いいし……それに、ここで寝てると…… 動いてるタケミカヅチが……夢の…… 中、で……見られる……」
とうとう我慢の限界にまで到達したのか、ヘークローは夢の世界に旅立ってしまった。
「夢の中での、タケミカヅチ……」
ノエルは品定めしていたボルトを元の箱に戻すと、ヘークローが言った夢の中で動くタケミカヅチに思いをはせる。
現在の人類が自力で作り得る四脚式多脚戦車アラクネー。
そのアラクネーを遥かに上回る機動性、アラクネーの砲撃なんてものともしない装甲、目標を正確に一撃で粉砕する主砲。
人類がかつて到達した技術の最高峰。
録画したビデオを繰り返し繰り返し見るかのように頭の中でその雄姿が再生されている。
「夢の中……。よし」
ノエルは改めて決意する。
タケミカヅチの復元を頑張ろう、と。
誰もが過去の遺物と決めつけたタケミカヅチを復元し、再び縦横無尽に走り回るその姿を見ることはノエルにとってもロマンの追及であった。
ノエルは思う。
第1121号要塞の司令官であるあの男はタケミカヅチの動く姿が見られるだけで満足なのだろう、と。
タケミカヅチが一人でも多くの敵を殺すことを望んでいるわけではなく、願わくはセーズの街に住む人々、そして第1121小隊のみんなを守るために動いて欲しい、と。
「ん、幸せ」
ヘークローの寝息を聞きながら、ノエルは再びボルトの品定めを始めた。
☆
「ノエルちゃん、そろそろ晩御飯の時間ですよー」
タケミカヅチが置かれている格納庫にやって来たのは小隊長のフィリシアであった。
どうやら晩御飯が出来たから格納庫で引きこもって修理をしているノエルを呼びに来たようだ。
そこで、フィリシアはタケミカヅチから少し離れた位置に引かれたござの存在に気が付いた。
「あ、ヘークローさんもいたんですね……あら?」
ござで寝るのはフィリシアのもう一人の探し人であるヘークローであることはすぐに分かった。だが、予想外のことにござで寝ている人物はヘークローの他にもう一人いた。
「本当にしょうがない人達ね」
フィリシアが目にしたのはござの上で大の字になって寝ているヘークローとヘークローの腕を枕にして寝ているノエルの二人の姿である。
「困ったわ…… ヘークローさんだけなら叩き起こすのだけど」
そう言ったフィリシアは格納庫に置いてあるタオルケットを二人にかけて静かにその場を去るのであった。