砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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第二話 平九郎ノ日常・飲ム、寝ル、働ク

 

 

 藤堂平九郎は第1121号要塞、通称『時告げ砦』の司令官である。

 

 司令官の仕事は、簡単に言ってしまえば平時は諸々の書類にサインをして、有事の際には部隊の全体指揮を採ることだ。

 しかし、第1121号要塞には壊れた戦車を一両有するだけの第1121小隊しか存在しない。

 さらに、小隊と銘打っては居るが隊員の数は現在欠員が出ているため三名のみと、分隊並の人数しかいない。

 さらにさらに、小隊が有する戦車は旧時代の技術の遺物であり、ヘルベチア共和国内に十輌と残っていない高性能多脚戦車であるものの、唯一の戦力は現在修復中であり、自走も精密射撃も出来ない状態。

 整備マニュアルも残っていない過去のオーパーツを修理することのなんと難しいことか……

 

 と、話が逸れた。

 まあとにかく、この基地が戦略的に重視されていないことがよくわかるだろう。

 全戦力が壊れた戦車一両では全体の指揮もなにもないのが実情である。

 

 それでは、基地の司令官として諸々のデスクワークに励んで居るのかと言うと……

 

「ヘークローさん、お茶でも飲んで一息入れ……」

「ぐぅ……すやぁ……」

 

 寝ていた。

 

「全く、またですか。私がちょっと目を離したらこれなんですから」

 

 フィリシアは困った人を見る目でヘークローを見る。

 彼女が司令室に入っても起きる気配を示さないヘークローに対し、思わずため息がもれる。

 

「はぁ…… 仕方がないですね」

 

 フィリシアは持っていたトレーを一旦横の机の上に置き、キッチンから冷水で濡らしたタオルを持ってくる。

 これで準備は完了。

 

 彼女は机に置いたトレーに目をやる。

 トレーの上に載っているものは紅茶が注がれたカップ、ミルクピッチャー、砂糖が入った小瓶、ティースプーンである。

 ヘークローは紅茶を飲むときにはミルクと砂糖が必須であるため、それらをかき混ぜるためのティースプーンも一緒に持ってきているのだ。

 フィリシアはそのティースプーンで先ほど自分が淹れたばかりの熱々の紅茶を一杯すくい、それを寝ているヘークローの首もとまで持っていく。

 

「えい」

「……ヴェッ!?!? あッづ!?」

 

 掛け声と共に投下された紅茶はヘークローのうなじに集中攻撃!

 その圧倒的攻撃力は、さっきまでぐっすり寝ていたヘークローも堪らず飛び起きるほどである。

 

「おはようございます、ヘークローさん。これをどうぞ」

「あちち…… ほんとフィリシアちゃんは容赦ないよなぁ」

 

 ヘークローはまだ若干ヒリヒリする首もとに、受け取った冷たいタオルをあてがう。

 

「あ゛~、冷たくて気持ちいぃ」

「目は覚めましたか?」

「おかげさまでね」

 

 口をへの字に曲げながらそう言うヘークローにフィリシアは何時ものようにニコニコとしている。

 

「それはよかったです」

「いや、よかないんだが。下手すると首に水ぶくれができるんだが……」

「それで、書類の処理はちゃんと進んでいるんですか?」

 

 ヘークローのせめてもの反抗はフィリシアによってスルーされる。

 

「ああ、今日やらないといけない分はもうこれだけだ」

 

 だが、そんな小言など聞こえないとばかりに対応するフィリシアにヘークローも慣れたもので、さっきまでの不満たらたらな態度は改め仕事モードに切り換えていく。

 

「補充要員の申請書ですか」

「タケミカヅチの修復も早ければ今年中に終わるみたいだしな。砲手と装填手、後は操縦士も居てくれたら助かるな」

「そうですね。ノエルちゃんの負担を少しでも減らせられたらいいのですが……」

 

 ノエルは、この部隊の機械整備士兼操縦士の寒凪乃絵留伍長の事である。幼少ながらも軍のアカデミーに在籍し、史上屈指の天才少女である。

 また、タケミカヅチとは前述した壊れた戦車のことであり、そのタケミカヅチの修復を行っているのが天才少女ノエルである。

 

 ヘークローは要塞の格納庫に転がっていたタケミカヅチを修復するために自身のコネを使ってこの天才少女を引き抜いてきたのだ。

 

「それに、場合によっては通信士も必要になるか?」

「……その可能性はあまり考えたくは無いですね」

 

 二人は第1121小隊に所属するラッパ手兼通信士の少女のことを思い浮かべる。

 

「なーに、未来のことを今考えたって仕方がない。とりあえず、必要な人員を十分に連れてくりゃ良いんだ」

 

 静寂が包みかけていた部屋にヘークローの明るい声が満ちる。

 

「ふふ、そうですね。それでは、やはり藤堂司令には頑張って頂かなくてはなりませんね」

「……」

 

 フィリシアにイイ笑顔でそう言われたヘークローは「墓穴を掘った……」と心の中で嘯く。

 

 その時、彼女が持ってきてくれた紅茶を飲み干したヘークローの頭に仕事を抜け出すための名案が思い付いた。

 

「紅茶を飲んだら体が温まって眠たくなってきてしまったなー。このままでは作業効率が落ちてしまうなー。そうだ、今の時間ならノエルちゃんはタケミカヅチの格納庫で昼寝中のはずだから付き合って上げよう。そうしよう!」

 

 名案と言ったが、実際にはガバガバも良いところの適当な言い訳であった。

 

 そう言うや否や、ヘークローはフィリシアの死角から横をすり抜け司令室を飛び出して行ってしまう。

 

「あ、こら! ……本当にしょうがない人なんだから 」

 

 フィリシアは空になったカップを片付けようと手を伸ばしたとき、カップの下にメモが挟んであることに気がついた。

 そのメモには「こちそうさま。今日も美味しかった」と、書かれている。

 

「ふぅ…… こんなものを書く暇があるならさっさと書類を片付けてしまえば良いのに」

 

 そう言いながらも、メモを手にしたフィリシアの表情は穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 フィリシアはカップを片付け終わり、仕方のない上司の代わりに書類を片付けてしまおうとした矢先にヘークローは司令室に戻ってきた。

 

「あら、随分お早いお帰りですね」

「……ノエルちゃんに昼寝拒否された。「イヤ」って言われた……」

 

 しょんぼりとした雰囲気を漂わせ、所在無げにしているこの基地の一番偉い人がそこに居た。

 

「それじゃあ、諦めてお仕事しましょうか」

「……はい」

 

 何だかんだ紆余曲折ありながらも今日も自身の仕事をこなす司令官なのであった。


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