砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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お久久久久久久久久久久久久久久久しぶりです


第十六話 平九郎ノ休日(休日トハ言ッテイナイ) (後編)

「いつからこの街に潜んでいたんだ……構成人数は……活動内容は……目的は……」

 

 砦に戻ったヘークローは街の地図を司令室の大机に広げて考えていた。部屋には彼以外の人間は誰も居ないが、自身の思ったことををあえて口に出すことによって考えをまとめるのが彼の作戦立案時の癖である。

 散歩中に出会った知り合いのマフィアから得られた情報を基にセーズに潜伏していると思われる女マフィアへの対抗措置を検討する。

 

「機関銃を所有するほどの組織ともなると規模はかなり大きいはず……となると、ボロイあばら家なんかを根城にしているゴロツキ紛いとは考えにくい……ミケーレさんみたいに表の顔を持つ組織か」

 

 ミケーレとは表向きは行商人をしているが、一方でセーズの街を拠点とするマフィアのメンバーである。ヘークローが言った知り合いのそっち系の人とはまさに彼のことである。彼との関係は時告げ砦の軍人であるならば知らない者はいない。いや、最近配属された者に若干一名知らされていない者がいたか。

 とにかく、時告げ砦の軍人とセーズの街のマフィアは持ちつ持たれずの関係をこれまで続けて来ていた。それは表ざたにできることから出来ないことまで……

 

「最近セーズに参入してきた大規模な組織……そういえば数カ月前にトレーズを本拠地とする商会が支店を開いていたな」

 

 ヘークローは思い出した。最近外国のスパイスを主力商品とする商会がセーズにも支店を構えていたことを。スパイスに紛れ込ませて違法な薬物を売りさばいている組織……なんていう想像がヘークローの脳裏に過る。

 

「! 女マフィアのバックは東トレーズ貿易会社! 奴らの支店に乗り込んで詳細を調べる必要がある!」

 

 そうに違いない! と意気込んで机を叩いて椅子から勢いよく立ち上がるヘークロー。しかし……

 

「……出来過ぎか……ということは違う……か」

 

 ヘークローは思いだす。自分の思惑は基本的に当たらないということ。むしろ思惑と真逆の結果になることも多々ある。こういう時にヘークローの考えを利用して結果を出していたのがイリア公女殿下というお方である。

 

「はぁ……俺だけじゃ何も、何も出来ないのか……情けない……」

 

 

 

 公女殿下……また前みたいに俺を導いてくださいよ……

 

 

 

 ふと考えてしまった弱音は口に出すことはなかったが、ヘークローにさっきまでの覇気は無くなっていた。

 

「クソッ……もう一度だ……」

 

 セーズの地図をにらみつけ、再び考えを巡らしていく。

 考えて、考えて、考えた。

 しかし、やはりどれもしっくり来過ぎており、その考えは間違いであると結論付ける。

 

 そんな時、ドアを叩く音が部屋に響いた。

 

「失礼します、報告に……って、あら? 珍しいですね、ヘークローさん。何かありましたか?」

「ん? フィリシアちゃんか。ちょっとな」

 

 普段ならこの時間は必要最低限の仕事だけこなして後は尉官であるフィリシアのサインでも問題のない書類を残して昼寝なり警邏と称して街をほっつき歩いているヘークローが大机に地図を広げて顔をしかめている。その異常事態にフィリシアも気を引き締める。

 

「この街に新興のマフィアが潜伏しているという情報が知り合いから入った」

「マフィア?」

 

 ヘークローの言葉にフィリシアは引っかかるものを感じた。

 

「ああ、それも話を聞く限りとびっきりにイカレた奴ららしい。取引相手を機関銃でミンチにしちまう女マフィアだそうだ」

「それって……」

 

 フィリシアの推測は確信へと変わり始めていた。

 

「それも実行犯はかなり若いらしい。そんな若造共に重火器を持たせるとなると、かなりヤバイ奴らだ」

 

 フィリシアは確信した。

 

「ハイデマン少尉、これよりセーズの街新興反社会勢力掃討作戦を発令する。何より情報が足りない。手伝え」

 

 普段の呼び方ではなく、ファミリーネームと階級での呼称。これはヘークローが軍人として本気になった時の表れである。その本気具合にさしものフィリシアも冷汗が背を伝る。

 

「あのー……ヘークローさん、少しお耳に入れておきたいことが……」

「なんだ」

 

 フィリシアは今日あった出来事を報告する。

 

 

 ☆

 

 

「つーことは、なんだ……そのヤベー奴らはフィリシアちゃん達の事か」

「そういうことになりますね」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ──────……そりゃバックに軍とかいう超巨大組織があれば機関銃くらいもってるわな……」

 

 フィリシアから事情を聴いたヘークローは肺の中の空気を全て出し切る勢いでため息をつく。肺の空気が抜けたと同時に彼の張りつめた気配は何時ものように緩んだものへと変わる。

 

「そんで、中央のマフィアに俺らの取引に噛みつかせないために一芝居うったと」

「ご心配かけて申し訳ありません……」

 

 今回ばかりはヘークローに話を通さなかったばかりに迷惑をかけてしまったフィリシアは真摯に謝罪をする。

 

「先に言ってくれれば俺からジャンたちに話を通しておいたのに。ああ、ジャンっていうのはその中央から来たっていうマフィアな。二人組で細い奴がいただろ、あいつな」

「え!? ヘークローさん中央のマフィアにも伝手があるんですか!?」

「まあな、昔色々会ってあいつらの親分とはラーメン友達だ」

「あなたの交友関係は一体どうなってるんですか……」

 

 フィリシアはヘークローの広すぎる人脈に驚きを通り越して呆れるしかなかった。

 

「まあそれは良いだろ。しかし、カルヴァドスか……軍法会議どころか国の法律にまで背くようなまねして欲しくないんだが」

「それでも、カルヴァドスの製造に反対はなされないんでしょ?」

「……」

 

 カルヴァドスはリンゴが主原料の蒸留酒であり、それを時告げ砦の乙女たちはかねてより造り続けて来た。カルヴァドスの製造の当初の目的はセーズのお荷物部隊とまで呼ばれ、十分な資金を割り振られなかった部隊員たちが資金獲得のために始めたものだ。

 だが、ヘークローが司令官となってからは無駄に手広い人脈から必要十分の資金を得ることが出来ているため、わざわざこんな危ない橋を渡る必要はない(ただし、物資に関しては物流の問題で未だに不安定)。普段は規律に緩いヘークローだが、本当に守らなければならない規律、規則、法律などはきっちりと遵守する彼がこんな国家反逆罪まで適用されかねない悪事に目を瞑っているのには理由があった。

 

「知らんな、俺は知らん。軍隊という組織は、末端になればなるほど軍の規律が行き届かなくなっていくもんだ。そして、俺らみたいな末端軍隊はそうやって回っている。嘆かわしいな、本当に」

「ふふ……」

 

 今となっては資金獲得の意味は薄くなったカルヴァドスの販売は地域住民との交流、地域密着型マフィアとの円滑な関係構築を主目的としていると言っても過言ではない。

 そして何より……

 

「この酒造りをやめたら、リオちゃんが悲しむだろうしな」

「知っていたんですか? リオのお母様の好物だったこと」

「ああ、イリア公女殿下に付き添ってリオちゃんの家に訪ねたことが何度か有って、その時にな」

「そして、そうやってリオに嫌われていったと?」

「……大好きな姉ちゃんの傍にいつも居る男なんて、それはもう目障りだっただろうさ」

 

 ヘークローは幼いリオの自分を刺し殺すかのような鋭い視線を思い出して思わず身震いした。

 

「思えばリオちゃんはあの頃から迫力満点だったなぁ。おお、怖い怖い」

「またそんなこと言って。リオに聞かれでもしたらまた追い掛け回されますよ?」

「……」

 

 ヘークローは口を閉じた。

 

「と、大分話が逸れちまったが、何事もなかったようで何よりだ。出来れば次何か問題が起こったら俺にも一報入れて欲しいな」

「そうですね、ヘークローさんが必ずこの部屋に居て頂ければ確実に報告が出来るんですけどね」

「あー……ははははははは」

 

 普段から砦を抜け出して部屋を開けることが多いヘークローは何も言い返すことが出来ず、ただ笑うしかなかった。

 

「それでは失礼します。これからヘークローさんはちゃんと部屋に常駐するように、出かける際は誰かに伝えてから出るようにしてくださいね」

「はい……すみません」

 

 それだけ言うとフィリシアは司令室を後にした。

 

「あれ? 最初はフィリシアちゃんの立場が弱い感じだったのにいつの間にか全部俺が悪いみたいになってたな。ちょっと納得いかないぞ」

 

 そうは思ったものの、やはり自分にも否があるので大きな声で言うことは出来ないヘークローは文句を胸の内に引っ込めた。

 

 

 

……

 

 

 

 

 今回は何事もなかったが、次はどうだ? その次も何事もなく笑い話に終わることが出来るか? 

 もし万が一、有事があったら俺の力で彼女たちを、街のみんなを守りきることが出来るのか? 

 

 ヘークローの胸の内にはそんな思いがモヤモヤとした不快感を漂わせながら渦巻いていた。

 

 

 




フィリシア達の芝居をガチモンのマフィアだと誤解したヘークロー君をどうやって動かせばいいか全く思い浮かばずここまで放置してしまいました(テヘペロ

追記
フィリシアがいつの間にかフィリスになってたのを修整
誰やねん…

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