砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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第十五話 平九郎ノ休日(休日トハ言ッテイナイ) (前編)

『ヘークロー、相手はどう出てくると思う?』

『そうですね……敵が戦力を配置するとしたら、こことここ、それと……ここですかね』

 

 そこではイリア公女殿下と藤堂平九郎……つまり俺が一枚の地図を挟んで話し合っていた。俺は地図の三か所に赤ペンで丸を付けていく。そこは俺が戦力を配置していると予測した地点だ。

 

 そんな様子を俺が第三者の視点で横から眺めている。

 

(ああ、夢だなこりゃ)

 

 自分を三人称視点で見ているということ。

 今見ている場面は過去の一場面であるということ。

 そして、何よりイリア公女が生きているということ。

 それは決してあり得ないことであり、今この時点を夢と判断するには充分であった。

 

(この間昔話をしたからだろうな、こんな夢を見るのは)

 

『なるほど……敵はこの地点に戦力を集中させて待ち伏せをしてくる。隠れている場所が分かれば後は簡単な話ね』

 

 そう言ってイリア公女が指し示した地点は俺が最後に丸を付けた地点だ。

 

『じゃあそういうことで、攻撃開始は2時間後。部隊の配置は任せました』

『了解しました』

 

 俺はイリア公女殿下に敬礼してから部隊に決定事項を伝えに行く。

 

 

 

 

 その戦いは、敵からの大した反撃を受けることもなく勝利で終えた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「む……」

 

 ヘークローはぼんやりとした頭でなんとかベッドから這い出る。

 太陽がもうすぐ頂点に至ろうかという時間だ。

 

 ヘークローはいつも通りの時間にいつものように軍服へと着替えていく。もうこの頃には先ほどまで見ていた夢の記憶も薄れ始めていた。

 とても強烈な印象を受ける夢であろうといつの間にかその夢の内容を全く思い出せなくなっている。

 夢というのはそういうものだ。

 

 今日はどんな夢を見たんだったか、なんとなくそんな考え事をしながらヘークローはリビングスペースのドアを開ける。

 

「おはよう諸君……って、誰も居ないのか」

 

 訓練でもなければいつも誰か一人はいるはずのその場所に今日は珍しく誰も居なかった。

 時間的にはカナタや他の誰かが昼食の準備をしている頃である。そこでヘークローはあることを思い出した。

 

「そうか、カナタちゃんは今日休みか」

 

 第1121小隊のが誇る新人ちゃんである空深彼方二等兵は初の給料日を迎え、そのお金を握りしめて街へ繰り出しているのである。

 

「しかし、他のみんなはどこだ? タケミカヅチで訓練をしてるのかな。まいっか。散歩、もとい警邏のために街を巡回しますかね」

 

 お目付け役であるフィリシアの目が無いのを良いことにヘークローは仕事をサボることにしたようだ。

 

 ヘークローは知らない。

 今砦にいるのはヘークローだけであるということを。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 リビングスペースに誰も居らず、またヘークローのための作り置きのご飯が無かったために、遅い朝飯を食べ損ねたヘークローはお腹を満たすためにセーズの街で評判高いカフェで食事をとることにしたようだ。

 

「BLTサンドと紅茶お待ちどう様。まったく、時告げ砦の一番偉い人がこんなところで油売ってていいのかい?」

「お、待ってました。んー、大丈夫っしょ。ウチには自慢の部下たちが俺より上手く砦の運営をしてくれるし、本当にヤバイ嫌な予感もしないから緊急事態なんて起きないさ」

「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」

「心配しなさんな。俺の勘は基本当たらないが、本当にヤバイ時の嫌な予感を外したことはない」

「本当に大丈夫かそれ……まあ、ほどほどにな」

「はいよー」

 

 そう言ってカフェの店員は自身の仕事へと戻っていった。

 

「……うん、旨いねぇ」

 

 ベーコンのうま味、レタスの瑞々しさ、トマトの酸味。

 それらが放つ絶妙なコンビネーションをヘークローはとても好んでいた。

 片手で食事をとることが出来るという機能性も高く評価しているのは、彼が長い間最前線で休む暇すらない日々を過ごしていたからというのもあるのだろうか。

 

「ん?」

 

 ヘークローが紅茶を口に含みながら街行く人々の様子を眺めていると、見慣れない二人組が目に入ってきた。

 夏の暑さからかワイシャツを腕まくりして、下は黒のスーツ。頭にボーラーハットを載せているその様は田舎町であるセーズには似つかわしくないエリートサラリーマンか、はたまたその手の危ない人か。

 だが、ヘークローはその二人に見覚えがあった。

 

「ジャン、お前こんなところで何やってんだ」

「あん? てっ、ヘ藤堂さん!? お疲れ様です!」

「? お、お疲れ様です!」

 

 ヘークローにジャンと呼ばれたのはアッシュブラウンの髪をオールバックにした男だ。ジャンと呼ばれた男と一緒に居たもう一人の男は自身の上司が突然挨拶をしたことに驚きながらも自分も合わせてヘークローに挨拶をしていた。

 

(かしら)、このお方はどういった?」

「藤堂さんは親分のご友人だ。失礼の無いようにな」

「あー、別にそんなの良いから良いから」

 

 さて、ヘークローが声をかけた二人は一体何者なのか?その正体はヘルベチア共和国の首都を縄張りとするマフィアの構成員である。

 

 ヘークローがイリア公女の副官をやっていた時、彼は公女と戦場を転々としていたが、拠点は首都であった。そんな彼が首都のラーメン屋で偶然隣に居合わせたマフィアの親分と塩と豚骨のどちらがうまいかの論争となり、殴り合いの果てに友人の契りを交わしたのはどうでもいいことだ。

 

「で、あんた等こんな田舎町で何やってんの? なんかそっち系のやばい話でもあるのか?」

「あ、いえ、まあちょっとした仕事で。そんな危険な仕事ではない……と、思ってたんですがね……」

「何かあったのか」

「ええ、実は……」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はあ? 交渉決裂した取引相手に機関銃ブッ放すだぁ? 正気かそいつら」

「そうなんですよ。俺たちの今回の仕事はそいつらの取引に一枚噛むことだったんですがね。まさか、あんなヤバイ奴らだったとは……」

 

 ヘークローはジャンからこれまでの経緯を聞いていた。

 ジャンによると、このセーズの街で定期的に何らかの取引が行われているらしい。そして、今回その交渉は決裂。交渉相手を全員もれなく機関銃でコロコロしてしまったらしい。

 

「この街のそっち系の人たちとは知り合いだが、そんなとんでもないことをしでかすような人達では無いんだがな。新興の組織か? となると、ちょっと警戒しなきゃならんな。んで、そのヤベー奴らはどんな奴らなんだ?」

「それが聞いてくださいよ。全員年若い女で、中には十代前半位の子供も居たように見えましたね」

「……マジ?」

「マジです」

 

 ヘークローは考える。

 この街に害を及ぼすかもしれない存在が現れたことについて。

 セーズの街を根城とする既存のマフィアとはそれなりの付き合いがある。ちょっと公にできないような協力関係にもあったりするわけだが、それ故に色々と抑えてもらうこともできる。

 しかし、何の繋がりもない反社会集団が何をやらかすのか分かったものではない。しかも、聞くところによると構成員はほとんど女らしい。

 

 女という生き物は怖い生き物だ。一度ヒステリーを起こしたらそれこそ何をするのかわからない。その片鱗はすでに現れている。

 

「わかった。その組織についての対応は俺たちが考えておこう」

「ありがとうございます、藤堂さん」

 

 こうして、ヘークローは基地に戻って新たな脅威に備えて対策を練ることにした。

 

 


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