ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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今日もよいターレルがありますように(挨拶)
ちょっと長いことかかりましたが、まだまだやってないことは多いので続きます


ターニャとレルゲンの温かいお風呂① ウーガ少佐のお見舞い

 若く有望な士官を全軍から選りすぐり、2ヵ年の教育を通して次代の帝国軍を担うべき人材を育てる。それが帝国軍大学である。帝国軍大学を卒業した者達は帝国軍のあらゆる方面、領域へと散らばり、与えられた場所で中枢へと組み込まれる。

 ターニャが軍大学に籍をおいていた頃、既に戦争の本格化をうけてその教育課程は半分にまで圧縮されていたが、その役割は変わらない。

 

 軍大学に所属するにあたって、ターニャは軍大学の真価は士官教育だけではなく、人脈の造成にも役立つという点にもあると考えていた。

 帝国軍を代表する若きホープ達は、卒業後、各々の与えられた場所で躍進を続け、いずれはそれぞれの立場で再会を果たすことになる。その時、相手がどれだけの能力をもったどのような人物であるかということを互いに知っているということは、間違いなく組織運営の上で利点となる。

 参謀本部での勤務を夢見ていたターニャにとって、そのいずれというのはさほど遠くない未来の筈だった。

 ターニャは在学中、有望な同期と、なるべく良好な接触を保つことに腐心した。そして、一部の相手とは卒業後も定期的に交信を取り合っていた。 参謀本部鉄道部に配属されたウーガ少佐はその相手の一人だ。

 ウーガ少佐は帝国軍大学12騎士の一翼として大いに将来を託望され、今では同期一番の出世頭となっている。それなりに偉くなる見込みがあり、しかも人情家で融通のきく彼は、ターニャにとってはとても望ましい知己であったと言える。

 

 

 

 ターニャは自室…つまりレルゲンの家で割り当てられた一室で、ベッドの上に寝そべってぼんやりとしていた。

 時刻は夜。レルゲンも帰宅し、夕食と片付けも済んであとは寝るだけだ。おやすみのキスも済んだ。

 レルゲンはまだ暫く起きて何か作業をするようだが、ターニャは一足先に己の部屋に入った。朝食の準備のために早く起きなければならないため、いつもターニャのほうが早く就寝するのだ。

 自分をコントロールする術に長け、戦場では昼も夜も無く過ごしていたターニャは、その気になればいくらでも夜更かしできる、しかし、せっかく寝ていて問題の無い環境なのだ。ターニャは、しっかり睡眠時間を確保するという贅沢を存分に満喫している。

 軍大学の座学を受講していた時期のようなごく一時の例外を除いて、ターニャは常に寝不足か栄養失調、もしくはその両方で過ごしてきたが、レルゲンの家に来てからは劇的に生活環境が改善した。このごろは肉付きが多少良くなってきたように自分自身でも感じている。

 

 寝ることに関して余裕ができて以来、就寝前の曖昧な時間にターニャは取り留めもなく何事かを思うことが増えた。

 今日の思考は、自分が入院していた頃、ウーガ少佐が見舞いに訪れた時の事だった。

 

 

 ターニャが軍病院に入院し、意識を取り戻してから初めて見舞いに訪れたのはレルゲン中佐だった。そして彼との対話の中で平静を失ったターニャは、その日のあとの面会を全て拒んだ。

 翌日からはぽつぽつと同じく軍病院に入院していた大隊の部下達が病室を訪れたが、それらを除くと、レルゲン中佐の次にターニャの病室に駆けつけたのはウーガ少佐だった。

 

 ウーガ少佐の存在を忘れていたわけではないが、彼の訪れをターニャは意外に思った。

 彼もまた参謀本部に勤めている以上、作戦失敗のあおりを受けて忙しい時間を過ごしていた筈なのだが、ウーガ少佐はいかなる縁でかレルゲン中佐からターニャが目を覚ましたという情報を聞きつけ、仕事の合間を縫って訪れた。彼はターニャが思っているよりもずっとターニャのことに関心を寄せてくれていたらしい。

 

 病室に現れたウーガ少佐は、ターニャの未だ包帯の取れない左半身と、左肘から先の布が垂れ下がった病人服を見るなり、やるせない表情で「ああ、神よ…」と呟いて深くため息をついた。

 いわゆる『oh my god』 帝国風に言うなら『oh mein Gott』

 

 静かに目頭を抑えるウーガ少佐。

 慣用句だということは分かっているのだが、しかし、ウーガ少佐の言葉を聞いてターニャは思わずにはいられなかった。

 

(おい。私の病室に来ておいて、まず話しかけた相手が『神』か)

 

 だいたい、その「神よ」の後に続く言葉は何なんだ。

 ターニャの感性からすれば、恨み言以外にはあり得ないのだが。

 その時には、目覚めてから数日が経過していた。ウーガ少佐に気づかれないように冷ややかな視線を送れる程度にはターニャは回復していた。

 

 最初こそ首をかしげるような事を言ってくれたが、ウーガ少佐はすぐに正気を取り戻した。ウーガ少佐は流石にターニャの軍大学同期の中でも出世頭とだけあって、ターニャを楽しませる知的な会話を披露してくれた。

 見舞いとは病人を慰めるためにするものだ。自分が慰められるべき立場にあると思うと多少複雑な気分を覚えないでもなかったが、部下たちの見舞いとは違うひとときはターニャにとって良い気晴らしになった。

 

 しばし談笑した後、ウーガ少佐は時間を確認すると腰を上げた。やはり彼も多忙な身分だった。

 去り際に彼が言った言葉がターニャには印象的だった。

 

「…貴官は、まるで憑き物が落ちたようだな」

「……は?」

 

 ターニャは、彼が何を言っているのか理解できなかった。

 憑き物が落ちるなどという形容をされるいわれが自分にあるとは考えもしなかったからだ。

 むしろ、何かに取り憑かれたような心持ちを覚えているくらいだったのだ。

 

 己の行く末に絶望し、レルゲン中佐の前で散々に醜態を晒した事は未だ記憶に新しかった。

 ターニャとて人間だ。人前で取り乱したことくらいある。しかし、あの日ほど無様な姿を他人に見せたことは無いと断言できる。数日もすれば平然とした顔を装えるようになったが、退院してしばらくたった今でもその時の事を思うと胃が締め付けられるような気持ちになる。

 だいたい、当時のターニャは多少未来に希望を持てる心持ちになったところではあったが、それでも一寸先は闇の状態だった。

 客観的に見て、ターニャは間違っても肯定的な表現をされるような精神状態ではあるはずがなかった。ウーガ少佐の言葉は、咄嗟に反駁の言葉が出てこないほどターニャの認識を超えていた。

 

 ターニャの狐につままれたような顔を見て、ウーガ少佐は一滴の苦味が混じったような笑みを浮かべ、「私の手が必要ならばいつでも頼ってくれ。必ず出来る限りの事をすると約束する」と言って去っていった。

 

 

 

 あの時、ウーガ少佐は「憑き物が落ちたような」と言った。

 

 一先ず安心のできる場所に腰を落ち着け、あれこれ考える余裕のできた今更になって、ターニャはその言葉を実感し始めていた。

 

 静かな暗闇の中で、温かい毛布に包まれながらターニャは思う。

 

(憑き物が落ちた、というのは彼の優しさからきた言葉だ。私は、腑抜けているのだ)

 

 撃墜、目覚め、そしてレルゲンとの邂逅。一連の出来事はターニャの精神に変化を与えていた。

 絶望のあまり心が歪んだ、とは思っていない。そうだったとして、それを素直に認められるほどターニャという人間のプライドは低くない。

 ただ、立場や身体を含めた環境の変化は、軍人としてのターニャの行動原理を消極的な方向へと歪めたことは明らかだった。

 ウーガ少佐は、当時ターニャ自身も自覚していなかったそれを察して「憑き物が落ちた」と表現したのだ。

 精神の変容と言えば、かつてターニャはそれをウーガ少佐の中に認め、利用してやろうかと考えたものだが、今度はターニャのほうがウーガ少佐からそれを指摘されようとは、皮肉なものである。

 

 

 ターニャはごろんと寝返りをうち、うつ伏せになって枕に顔を埋めた。

 清潔な石鹸の香りが鼻腔を満たした。

 

 自動洗濯機も洗濯用洗剤もなく、電気式アイロンも存在しないこの時代では、洗濯は家事の中でも突出した重労働だ。レルゲンは当然のごとく全てを洗濯屋にまかせており、ターニャもそれに習っていた。

 おかげでターニャも少女の細腕一本でひととおりの家事をこなし、さらにいくらかのゆとりを得ることができるというものである。

 自分が明日こなすべき仕事と、それを処理する算段を無意識の内に心のなかに思い浮かべ、ターニャは満足感を覚えた。

 

 

「………」

 

 

 しばし無心の時が流れる。

 数秒ほど心身の動きを止めてから、枕から顔を剥がしターニャは横を向く。そして大きくため息をついた。

 

 ターニャとレルゲンの共同生活が始まってからまだそれほど長くは経っていないのだが、ターニャはもうこの生活が気に入っていた。

 

 敢えて明言する。正直なところ、ターニャは今の穏やかな日々がずっと続けばいいと真面目に思っている。

 しかし、軍との関わりや将来への不安を一切棚上げした状態の上に今の生活が成り立っている以上、それは到底叶わない望みだということもターニャは理解している。

 

 いずれ遠くないうちに決断を迫られる日が来る。

 だが、ターニャは未だに明確な行動の方針をたてられていなかった。

 

 それは、良く言えば様子見。悪く言えば…

 

(怠惰。私としたことが…なんたる腑抜けか)

 

 ターニャはもう一度ため息をついた。

 

 苦境ゆえの停滞だ。

 

 以前のターニャには、目的に向かって脇目もふらず進んでいくようなある種の必死さがあったが、目的を見失ったターニャにはそれが無かった。

 かといって、焦ってもどうにもならないと知っているから、焦るわけでもない。

 今、ターニャには不思議な余裕と暇があった。

 その状態をウーガ少佐は「憑き物が落ちた」と肯定的に表現し、ターニャは「腑抜け」と否定的に表現した。

 

 ターニャは何かをしなければならないことはわかっていたが、目の前に用意された道はどれも正解であるようには思えなかった。

 復帰、退役、あるいは亡命。いずれにしても乗り越えることが可能かわからないほどの苦難が待ち受けている。

 

 軍に復帰することそれ自体は難しいことではないだろう。レルゲンもそれは保証してくれているし、現在までターニャが軍籍を維持していられることそのものが復帰の可能性の証明に他ならない。

 しかし、今のターニャには軍への決定的な不信感があった。

 より具体的に言えば、ターニャは今更軍に戻ったところで、ターニャの望むような扱いをうけられるとは思えなかったのだ。

 

 復帰に対して、退役することも比較的容易なはずだ。

 志願兵であること、いくつもの機密を知る身であること、練達の魔導師であること。ターニャを軍に縛り付けようとする材料はいくつかあった。だが、かつてターニャの部下には食中毒で退役した者が居たくらいなのだ。それを考えれば、ここまでの傷を負ったターニャが退役を妨げられることは流石にないだろう。

 おそらく、監視をうけた上ではあるが、ターニャは普通の一般人としての生活を送れるはずだ。

 しかし、その後の展望が無かった。

 ターニャはもともと己の才覚を信じていない。才能に乏しく、努力も得意とは言えないし、人格に至っては全く劣っていると己を評価している。それが事実であるか否かはさておき、ただでさえ敗戦の気配の漂うこの国で、しかも不具の少女。ターニャは少しも希望を見いだせなかった。

 

 だからといって、亡命しようかと思うとこれはそもそも難しい。

 天涯孤独のターニャが他国で頼れる相手など当然おらず、軍の機密を知る身で国外への脱出など許されるはずもない。相手国に保護を求めるのに十分なだけの手土産は用意できないことはないとは思うが、実行は命がけだ。

 …何より、それはここまでしてくれたレルゲンへの裏切りになる。

 真に命に危機が迫るときが来ればターニャは迷わないだろうが、しかし今はその時ではなかった。 

 

 結局、結論は出ない。

 ひとつため息をつく。

 

「ああ…温かい風呂に浸かりたい」

 

 ターニャは堂々巡りの思考をやめて意識を闇へと投げた。

 




ターニャの当初の予想を裏切って軍大学12騎士に残留した挙句、出世頭にまでなってしまった出来る男のウーガさんですが、アニメ版だとそれなりのおっさんで、漫画版だとイケメンです。
このお話で彼がどちらの容姿かは皆さんのお好きなご想像におまかせします。

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