ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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前話と今回は2つで1セットです。
おかげで前話は文章としてバランスが崩れたように思えますが、色々考えてやはり2つに分けました。

今回は幼女戦記の醍醐味である勘違いと、この話のテーマであるターレルを醸し出すことができたのではないかと思っております。



ターニャとレルゲンの過去話②

 大規模作戦の未完遂という悲報を受けて、レルゲン中佐を含む参謀本部の将校達は大わらわの日々を過ごしていた。

 

 

 検討段階では、勝算は十分と考えられていた。しかし、結局不測の事態によって作戦は中止を余儀なくされた。おかげで、作戦が成功した暁に得るはずだったものが得られず、無くさずに済ませるはずだったものが失われた。その補填をするために彼らは寝食を忘れて頭を悩ませる羽目となった。

 ただ、悪いニュースばかりではなかった。

 作戦は失敗ではなく未完遂だったと参謀本部は表現している。それは、作戦は完全に失敗に終わったわけではなく部分的には成功をおさめていたからだ。その影には、まさしく英雄的と呼ぶに値する獅子奮迅の戦いを繰り広げ、最後には全滅した二〇三航空魔導大隊の活躍があった。

 

 軍事用語として考える場合、全滅や壊滅という言葉は日常的に用いられる時とは異なる意味を持つ。戦闘能力を喪失した部隊は、たとえ人員が残っていたとしても戦力には数えられない。軍隊においてはこの状態を「全滅」「壊滅」と表現するのだ。

 兵科によっては3割程度の人員の損耗でも「全滅」と表現される場合もある。航空魔導大隊においては、部隊人員の半数の喪失が全滅のおおまかな目安である。

 

 魔導師の集団としては当代一の戦上手である二〇三航空魔導大隊は、全滅と表現されるほどの被害の中にあって尚、比較的多くの者が生還した。しかし、余力を残して生還したものは一人も居なかった。前線への復帰が難しいほどの傷を負った者も多い。

 ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐も、その中のひとりだった。

 

 

 常にも増して不夜城と化した参謀本部を後にし、レルゲンは軍病院へと向かっていた。眠気による不快感だけではなく、ついには参謀本部に立ち込める煙草の煙に激しい頭痛と目眩を感じ始めたため、一時撤退を敢行したのだ。

 ろくなものも食べておらず、随分と長いこと寝ていなかった。

 多少の寝不足や疲労程度のことで判断を誤らないように参謀は教育されている。しかし、当然のことながら体調が悪くてはパフォーマンスは落ちる。レルゲンは気分転換のために少しでいいから離れた場所に行きたかった。

 軍病院という選択は、頭痛薬を貰うとでも言えば申し訳も立つだろうとの考えからだ。

 

 しかし、軍病院についてからレルゲンは多少後悔した。病院は薬臭く、そして何より患者で溢れかえっていた。

 

(…参ったな。こんな簡単なことに思い至らなかったとは、相当やられている)

 

 帝国は戦争をしているのだし、先日また厳しい戦いを終えたばかり。病院が盛況なのは当然だ。

 レルゲンは顔をしかめて頭を振った。やはり外に出てきて正解だった。

 そして、ふいに気づいた。

 

(傷痍軍人と言えば、先日、彼女もここに入院したのだったな)

 

 彼女とは、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐のことだ。

 

 「"白銀"ターニャ・デグレチャフ少佐」が意識不明の重体で前線から送り返されてきたと聞いた時の、度肝を抜かれる思いをレルゲンははっきりと覚えている。殺しても死なないと誰もが思っていたあのデグレチャフ少佐が、瀕死の傷を負い、あまつさえ戦線を離脱したというのだ。

 

 デグレチャフ少佐のことを思い出し、興味と言えばあまりにも下世話な表現だが、レルゲンは彼女が今どうしているのか無性に気になり始めた。

 しばし悩んだ結果、レルゲンは自身の頭痛もさておいて院内の受付をしていた者に尋ねた。

 

「ターニャ・デグレチャフ少佐がこちらに入院しているはずだが、どうしているだろうか」

「デグレチャフ少佐ですか? ええ、つい数時間前に意識を回復されたようですが」

 

 デグレチャフ少佐は院内でも有名人だったのか、受付の者もその動静を知っていた。レルゲンの階級章をちらりと見ると、すぐに答えてくれた。

 

「そうか。…そうだな。もしよければ、面会はできるだろうか」

 

 参謀本部に所属する自分にとって、参謀本部直属の大隊の指揮官はいわば同僚である。その容体を気にするのはおかしなことではない。レルゲンは何かに言い訳するように心中で呟いた。

 

 

 

 デグレチャフ少佐を治療した軍医は、面会の要請を聞いてあまり良い顔はしなかった。

 曰く、「身体に不具を得て動揺していたようだから、あまり刺激しないで欲しい」とのことだった。聞けば、片腕を失い、片目も未だ治療中で治るかわからないという。

 

 レルゲンは軍医の言葉を聞き、心の何処かで「あのデグレチャフが」と懐疑的な思いを抱きつつも、やはり哀れみを感じた。レルゲンにとってデグレチャフ少佐は得体の知れない苦手な人物だったが、最大限いたわってやらなければと素直に思った。なにしろ指の一本や二本が無くなる程度のことではないのだ。

 彼女の大隊の奮戦により、帝国軍は困難な戦局をついに最後まで瓦解させることなく戦うことができた。彼女はまさしく英雄だった。大隊の戦果と、それに対する参謀本部の評価を伝えてやることはせめてもの慰めになるだろう。

 

 

 

 怪我人はそれこそいくらでもいたが、流石に重症の佐官とだけあって、デグレチャフ少佐の病室は個室だった。

 レルゲンはデグレチャフ少佐の病室の扉をノックした。すると、しばしの間をおいて、気の抜けたような声が小さく聞こえた。

 

「……はい」

 

 その声を聴き、レルゲンは違和感を覚えた。一瞬デグレチャフ少佐の声のように聞こえたが、それにしてはあまりに弱々しく張りに欠ける声だった。

 扉を開けてみると、ベッドの上以外に人影はなかった。聞き間違えではなく、先程の声は間違いなくベッドの主のものだった。

 

 部屋をちらりと見まわした後、レルゲンはベッドの上で背を起こした人の姿を目の中に収めた。

 軍服と勲章ではなく、病人服と包帯に身を包まれたその人物は、大人用に誂えられたベッドの大きさとも対比されて意外なほどに小さく見えた。

 そしてレルゲンはしばし瞠目した。

 

 そこには、虚ろな目でぼんやりとどこかを見つめる少女の姿があった。

 

 少女…デグレチャフ少佐は、レルゲンが現れて少ししてからやっと侵入者に気付いたかのようにはっと表情を変えた。

 

「っ…レルゲン中佐殿…」

「…体調はあまり芳しくはないようだな。デグレチャフ少佐」

「…いえ……」

 

 彼女らしくもない切れの悪い返事だった。

 デグレチャフ少佐は慌てて敬礼しようとしたが、すぐに傷が痛んだのか顔をしかめた。

 

「…っ…」

「無理はしなくていい。傷が痛むのだろう」

 

 レルゲンは制したが、デグレチャフ少佐は歯を食いしばって敬礼を続けた。

 敬礼は目上が答礼を終えるまで手を下げることができない。早く終わらせてやろうと手早く答礼をしながら、レルゲンは複雑な思いを覚えた。

 なるほど、確かに彼女は弱っている。しかし、彼女らしい融通の効かなさは健在だとも感じる。彼女が飽くまでも軍人であろうとするならば、己も軍人としてその態度に最大の敬意を払うべきだ。

 

 レルゲンは部屋の隅に置かれた椅子を見つけ、それをベッドの横に置いて腰掛けた。

 デグレチャフ少佐はどこか緊張した面持ちだった。それを見て、レルゲンはつとめて穏やかに語りかけた。少しでも彼女が安心するように。

 彼女と、彼女の大隊の活躍が大いに評価されていることを教えてやろう。大隊の人員の生き残りが多い事も彼女にとっては喜ばしい知らせの筈だった。

 

 しかし、現実はレルゲンの思いとは裏腹だった。

 

「貴官の部隊は、作戦では多大な貢献をしたと聞いている」

「………!」

「参謀本部は……っ、どうした、デグレチャフ少佐!」

 

 いたわるためのレルゲンの言葉。なのにどうしてか、それを聞くにつれて目の前の少女は青褪め、身体を震わせ始めた。

 レルゲンは思わず咄嗟に自分の言葉を思い返した。しかし彼女をこれほどまでに動揺させる何かがあったとは到底思えなかった。まさか彼女に限って、戦場でのことが心的外傷になったなどということも無い筈だ。

 

 デグレチャフ少佐の様子は明らかに尋常ではなかった。何かのはずみで急激に容態が悪化したに違いないと思い、レルゲンは椅子から半ば腰を浮かせた。

 しかし、小さな手がレルゲンの腕を掴み、それを引き止めた。

 

 デグレチャフ少佐が必死の形相でベッドから身を乗り出していた。

 

 

 

 ――このとき、レルゲンはデグレチャフ少佐がどれほど正常な精神状態になかったかまるで理解していなかった。そして、正常ではないデグレチャフ少佐にとって、自分が口にした言葉がいかに曲解され得るものだったかという事に、全く考えが及んでいなかった。

 

 デグレチャフ少佐は、レルゲンがここまで口にした言葉全てが自分に対する叱責だと捉えていた。

 

 体調は、あまり芳しくはないようだな

 …軍務はもう無理そうだな?

 

 無理はしなくていい。傷が痛むのだろう

 …貴様はもはや敬礼などしなくて良い

 

 貴官の部隊は、作戦では多大な貢献をしたらしいな。

 …部隊が全滅するまで果敢に戦った中で、翻って貴様は何をしていたのか。

 …貴様が呑気にもとっとと撃墜され、こうして後方の手を煩わせている間に作戦は失敗に終わった。その責任をどう取る?

 

 追い詰められていたデグレチャフ少佐にとって、突如現れた自分の命運を握る男が口にした言葉は、強烈な皮肉以外のなにものでもなかった。

 レルゲンの知るデグレチャフ少佐は、溢れんばかりの狂気をたたえながらも常に理性の鎧を身にまとっていた。まともな状態のデグレチャフ少佐ならば、これほどまでに深刻に言葉の意味を取り違える事は無かっただろう。

 しかし、痛みと薬物で朦朧とした意識。それに加えて、部隊を全滅させ、自分自身も肢体を失ったという事実は、レルゲンが想像するよりも遥かにデグレチャフ少佐を動揺させていた。

 

 

 

 

「まだ、たたかえます」

 

 レルゲンは、目の前の少女が自分の服の袖を掴みながら言った言葉が信じられなかった。

 

「…なに、を」

「てきを前にのこしながら撃墜されておめおめと戦線をりだつし、あげくの果てに部隊をかいめつさせるなど、恥じ入るしだいです」

 

 その勇ましい言葉とは対照的に、レルゲンの目の前に居るのは、声を震わせ、手を震わせ、必死に言葉を絞り出す満身創痍の少女だった。

 今の彼女の状態を見て戦いに耐えられると思う人間はいるまい。仮に居たとしたらその者は正常な判断力を有していない。

 この期に及んで「戦える」などと嘯くデグレチャフ少佐は、一体何を考えている? レルゲンは心の底から理解できなかった。

 

「つぎこそは、ぐ……っ、ぅ…」

 

 言葉の途中で、耐えかねたように呻きながら崩れ落ちる。レルゲンは咄嗟にデグレチャフ少佐の身体を支えた。支えた瞬間、その思いもよらない程の軽さと薄さにレルゲンは息を呑んだ。

 しばし荒い息を漏らした後、デグレチャフ少佐は呼吸を整えつつ顔をあげた。

 

「…失礼、しました。傷が、痛んだ、だけです」

 

 返答しようとして、レルゲンは言葉を失う。

 彼女の包帯に覆われていない右目から、一筋の涙が溢れていた。

 それは痛みによる生理現象だったかもしれないが、それでもレルゲンの心をどうしようもなく揺さぶった。

 

「デグレチャフ少佐…貴官は、なぜ戦いを望む」

 

 レルゲンは、デグレチャフ少佐の肩を掴んだ手を離すことも忘れたまま問うていた。

 

 ずっと不思議に思っていた。一体何が彼女をこれほどまでに戦いに駆り立てる。その答えを、今、この場で明らかにしなければならないと思った。

 

 デグレチャフ少佐の反応は、レルゲンが想像だにしないものだった。

 

 レルゲンの言葉を聞き終え、その言葉を咀嚼するに従い、デグレチャフ少佐の表情は違う色に染まっていった。

 デグレチャフ少佐は歯を剥き、きっと目を見開きレルゲンを睨みつけた。その視線に込められた憤怒は迫真のものだった。

 そして、憎悪すらこもる声を叩きつけた。

 

 

「戦いを望んだことなどッ!!…」

 

 

 激昂は一瞬だった。

 デグレチャフ少佐は全てを口にする前に、自分の行動の意味に気づいたかのように言葉を切った。

 しかし、彼女の激情は何よりも雄弁にその言葉の続きを語っていた。

 

 戦いを望んだことなど一度たりともない。

 

 その切実な言葉のもつ意味を認識した瞬間、今度こそレルゲンの頭の中は真っ白になった。

 激昂とともに自分の胸ぐらを掴もうとして空を切り、空中をさまよっているデグレチャフ少佐の手を意識する余裕すらなかった。

 彼女の発した言葉の意味は判る。しかし、それが他ならぬデグレチャフ少佐の口から出てきたことが理解できなかった。

 彼女は、戦いを、戦火を欲していたのではなかったのか?

 

 数瞬、二人は静止したまま見つめ合った。

 狼狽、怯え、苦悩、悲哀、そんな幾つもの感情によって歪められたかのようなデグレチャフ少佐の表情を、レルゲンは間近で見た。

 右目から溢れたもう一筋の涙がその上をつたって落ちるのを、呆然と眺めた。

 

「…っ、うぐ…」

 

 再度俯いたデグレチャフ少佐が漏らした声は、苦痛の呻きか、嗚咽か。

 

 二人が動きを止めてから、10秒か、あるいは20秒かが経った。

 レルゲンが自分の感情を整理しかねているうちに、呼吸を整えたデグレチャフ少佐はレルゲンからそっと身体を離した。

 

 再びデグレチャフ少佐がレルゲンに顔を向けた時、そこには仮面のような無表情が貼り付いていた。

 

「戦いを望んだことなどありません。しかし、ライヒの栄光のためにそれが必要ならば、小官は迷うこと無く身を投じます」

 

 取り繕われたその言葉。

 以前のレルゲンならば、底知れない薄気味悪さと共に受け止めたことだろう。

 しかし、デグレチャフ少佐の見せた激情を知った今、それは違う意味をレルゲンに感じさせた。

 

 仮に、もし本当にデグレチャフ少佐が戦いを望んでいないのだとしたら。だとしたら、それはあまりにも悲壮な言葉だった。

 これまでの経緯を考えればそんなことは到底あり得ない。そう思いつつも、彼女の見せた涙は無視し得ないほどの衝撃をレルゲンに与えた。

 

 この時レルゲンは、自分が初めてターニャ・デグレチャフという人間に対して正面から向き合ったのだということを知った。

 

 

 

 

 

「デグレチャフ少佐。私は…」

 

 

 

 

 




最後、レルゲンがターニャに何を言ったかはお好きにご想像してください。


…銀翼突撃章を持ってるものはたとえ上官が相手だったとしても先に敬礼しなくていいってどこかに書いてあった気がするんだけど、その記述が見つからなかったので今回はこのような形になりました。
まあ、病人服に徽章はついてないので、どちらにせよセーフでしょうか。




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