ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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今回は少々退屈かもしれません
テーマの導入はどうしてもこうなってしまう…

ところでアニメ版帝国軍の階級章は上向きの肩章しかないから、ターニャの身長だと目の前の人間の階級が全くわからないんじゃないかと思っているのは自分だけでしょうか
 
 


レルゲンの不在② コーヒーブレイク

 

 

 食料の買い出しに行く必要がある。

 レルゲンが家を出て3日目。朝食の片づけを終えたターニャは、右手を顎に添えながらすっかり寂しくなった食料庫を眺めていた。

 

 

 生鮮食品とはつまり魚や肉や野菜のことだが、その備蓄が底をついた。

 というのも、冷蔵庫が満足に普及していないこの時代、生鮮食品の保存方法は、加工してしまうか、さもなければ「涼しくて虫やネズミのたからない場所に置いておく」という原始的な手段しか無く、あまり買い置きすることができないのだ。

 それらを食卓に並べたければ基本的には逐一市場で入手しなければならないわけだが、3日間家に閉じこもっていたターニャは順当にそれらを使い切った。

 

 およそ一週間に及ぶレルゲンの不在中、外出は必要最低限にとどめるべきだとターニャは考えている。しかし同時に、生鮮食品を手に入れるために一度だけ外出することも当初から心に決めていた。それは、ターニャが生鮮食品の摂取にこだわっていたからだ。

 

 レルゲンが帰ってくるまでターニャが一歩たりとも家から離れずに過ごすことは、実は可能である。

 日持ちのする、野菜の漬物と腸詰の燻製、すなわち帝国自慢の保存食ザワークラウトとヴルスト(ソーセージ)さえ食べていれば人間簡単には死なない。どこの文化でも伝統食と呼ばれるものは伝統になりえるだけの素養というものがあるのだ。他にも発酵食品や、缶詰、瓶詰め、油漬けなどの保存を目的とした加工食品は沢山流通している。

 にも拘わらず生鮮食品にこだわるのは、一言でいえば栄養のためだ。

 軍で生活していた頃は不摂生も仕方なしと諦めていたが、今は食事を選べるのだから、思う存分体によいものを摂取しようというわけだ。

 ターニャは前線から退いて以来、栄養というものについて並々ならぬ関心を寄せていた。

 

 そもそもターニャは元より己の体格に大きな不満を感じていた。

 演算宝珠の補助があればよく鍛えられた軍人とも比肩できるだけの身体能力が得られたから、任務で苦労することは無かった。だが、それでもやはり体格を理由に侮られることはあったし、身長が足りずに不自由することも多かった。

 翻って今、ターニャは身体に欠損を負い、演算宝珠を取り上げられた。超一流の魔導師とはいえ、演算宝珠を持たないターニャは「少女という枠組みの中で言えば多少優れている」程度にすぎなかった。その上で身体のことを加味すれば、ターニャの運動力は己の理想である健康な成人男性などとはもはや比較自体が成り立たないほどに劣る。

 年齢的に女子の身長が最も伸びる時期もいつのまにやら過ぎようとしているのだ。いまさら前世と同程度の体格になりたいなどとは言わないが、せめて同性の中で中柄程度にはなりたい。ターニャは真剣に悩んでいた。

 これからの人生をどう生きるにせよ、可能な限り体格には恵まれていたほうがいいにきまっているのだから。

 

 

 

 

 市場は小さな店舗が林立し、活気のなくなっている帝都の中でも多少は人気があった。

 

 店舗と人の間を縫うように歩き、ターニャは複数ある目的の店を廻っていった。

 ターニャは市場があまり好きではない。市場の雑然とした雰囲気自体元々好まなかったが、今となってはますます得意じゃなかった。現在の立場になって以来、市場に来るたびに必ず何かしらの不満を抱いた。この日もそうだった。

 

 大柄な男がぼんやりと周囲を見回しながら前から歩いてくる。何か探しものでもしているのか、ターニャのことが視界に入っていないらしく避ける素振りはない。

 男をするりと避け、ターニャは肩からかけた鞄の位置を直しながら口の中で舌打ちをした。

 

 ここが戦場であれが私の部下なら、死ぬ前に殺してやっているところだ。

 

 「………」

 

 まあ、戦場に赴くことなど、もう二度とないのだが。

 ターニャは、ふんとため息をついた。

 死ぬだの殺すだの、他者と暴力を交わすことを誰かに命じられることも無い。

 

 今更のように思う。ターニャは軍隊が嫌いだったが、同時に好ましくも感じる部分があった。

 なにしろ軍隊は何もかもが整然としていた。所属する者はすべからく選別と訓練を経ており、共通した流儀を持っていた。何より、厳格な規律と、その規律を守らせる強制力があった。もちろん例外はあったが、人間を歯車にしてできている組織をシステマティックに運営するのには限界がある以上、多少は許容しよう。

 己の命の危険さえなければ、もしかしたら軍隊はターニャにとって天職だったのかもしれない。

 それに引き換え、この市場の混沌たるや。

 

 ターニャの目の前で、肉屋の店主が注文された品を取り出し、取り分け、包装し、会計をしている。その手際はそれなりに良かったが、それでも前世のスーパーマーケットに比べればなんとも遅々とした買い物風景だった。

 ほとんど売り場ごとに数人の店員が居て、そのくせ手間は多くしかも遅い。なんという無駄の多さか。

 これが気に入らないのだ。ターニャは顔をしかめる思いだった。

 

 スーパーマーケットでは、品物は全て既に包装が済んだ状態で陳列されていた。さらに、野菜でも肉でも、すべての会計を一つの会計所(レジ)で済ませることができた。その気になれば一度も口を開かずに買い物を終えることができたというのも、今となっては人と接するのが億劫なターニャにとってはいささか羨ましいことだった。

 

 帝国には未だスーパーマーケットは存在しない。ターニャの知る限り合衆国や連邦でも同様だった。

 ならば新たな小売の形態を世界に先駆けて開発してやれば、と考えた事も当然ある。軍を離れて以来このような種類の知識もこっそりと論文にまとめていた。しかし、これは未だにレルゲンにも教えていない、ターニャの最高機密だった。

 前世を持つターニャにとって知識は非常に重要なアドバンテージだが、知識とは形がないものであるが故にたやすく奪われ、しかも取り返せない。己がまとめた論文が悪意ある誰かの肥やしになるくらいならば暖炉にくべたほうが遥かにマシだと確信しているターニャは、誰にもその存在を伝えていない。

 …まあ、たとえ形あるものだったとしても今のターニャにそれを守る力は無いのだが。

 いずれにせよ、ターニャは書いた論文を死蔵していた。

 次世代の小売業に関する概念はうまく活用することができれば億万長者にもなれる値千金の知識なのだが、ターニャにはそれを実現するために必要な元手も後ろ盾も無かった。軍を離れるまでこの類の情報を論文にまとめることすらしなかったのは、どうせ無駄だと考えていたからに他ならない。

 レルゲンに相談しようかと考えたこともこのごろ何度かあったが、どうしても踏み出せなかった。彼の人格や能力にはそれなり以上の信用を感じていたが、軍人と経営者では必要な知識が全く違うし、何より現時点ではどう工夫しようともターニャが矢面に立てない。ターニャにとって、自分が主体となって計画を運営できないというのはそれだけで到底許容できないリスクだった。 

 今更というにもあまりに遅すぎるが、参謀本部の兵站部あたりでそれなりの立場についていれば終戦後にそのような手も十分考えられたのだが…

 

 

 とりとめのない思考がウーガ少佐にまで及んだ頃、ようやくターニャの買い物は終わった。

 

 市場を抜け出してターニャは一息ついた。大した運動ではなかったはずだが、全身に疲労感があった。歩きだしてすぐに視界の端に喫茶店を見つけてしまうのは、きっとそれと無関係ではないはずだ。

 

(ああ、ここでコーヒーの一杯に軽食でもつまめたらどれほど良かっただろうか)

 

 詮無きことと知りつつも、もやもやとした気分を抱えながらターニャは喫茶店の前を通り過ぎる。レルゲンが家を出て以来コーヒーを飲んでいないターニャは、コーヒーに飢えていた。

 しかし仕方がない。コーヒーは嗜好品なのだ。普段はレルゲンが居るからこそ申し訳もたつが、彼が飲む訳でもないのに淹れるわけにはいかない…

 

「………いや、待てよ…?」

 

 そこまで考えて、ふいにターニャは足を止めた。

 『なぜ今、目の前のカフェに入ってはいけないのか?』ひとつの疑問がターニャの脳裏をよぎった。

 

 普段ターニャが外食をしない理由は明快だ。レルゲンの夕食の準備をしなくてはならないし、受け取った金で生活している以上節約しなければならないからだ。

 しかし今、そのレルゲンが不在である以上、料理を用意する必要はない。

 そして何より、軍人として数年間働いてきたターニャはちゃんと己の貯金をもっている。

 ターニャがレルゲンから生活費を受け取って生活しているのは、それがレルゲンたっての要望だからにすぎない。彼が居ないならば、義理立てすることもなく好きに自分の金を使って食事をすればいいのではないか?

 

 自分がカフェに入ることがどれだけ目立つか。先程買った食材でただちに持ち帰らなければならない食材は無かったか。

 数秒間立ち止まって考えた後、ターニャは踵を返した。

 

(…豆もそろそろ品薄になってきているし、いずれはカフェからも姿を消すかもしれない。そうなる前にプロの淹れたコーヒーの飲み納めをしておかなければな)

 

 そう考えればこの機会は絶妙なタイミングだったのかもしれない。

 前線で飲んだことのある、タンポポか何かの根っこを煮て作られた代用コーヒーは全くもって度し難い。今日のコーヒーはよく味わって飲んでおこう。

 

 自分に言い訳をするようなつもりは無かったが、ターニャは胸中で肯定的な言葉を並べたてた。

 その足取りは軽く、ここ数日燻っていた欝々とした気分はすっかりどこかへと消え去っていた。

 早い話が、ターニャは浮かれていたのだ。

 しかし、

 

 

「あ、あの」

 

 

 その声が自分に対してかけられているものだとターニャは理解すると同時に視線を動かし…そしてここ数年のうちにすっかり見慣れてしまった深緑色を捉えた瞬間、自分でも意外なほど機敏に体を動かした。

 それは見まごうはずもない帝国軍の軍服だった。

 

「っ」

「やっぱり、デグレチャフ少佐殿…」

 

 ターニャに声をかけたのは、航空魔導士徽章を身につけた女性士官だった。

 

「セレブリャコーフ…中尉」

 

 久方ぶりに見る、長らく戦場を共にしたターニャの副官だった。

 ちらりとその肩章に目配せをし、それが己の記憶しているものとは異なっていることをターニャは認識した。

 ターニャの声を聞くと、セレブリャコーフはあいまいな表情で敬礼をしてきた。僅かに考えて、ターニャも答礼をする。

 

「………」

「………」

 

 敬礼を終えた二人は、しばし見つめ合った。

 思いがけない人物に出会った。互いにそう思っているのは明らかだった。

 

 セレブリャコーフは何かを言いたげな表情で、しかし何も口にはしなかった。道行く街の人間が、二人を振り返りながら歩いていく。

 様々な情報がターニャの頭の中を駆け巡った。

 

 最後にちらりとカフェを横目に見て、そしてターニャは口を開いた。

 

「…中尉、時間はあるか?」

 

 

 

 




 
  
夫が出張に行っている間、こっそり外食しちゃう新妻です。

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