ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話   作:佐藤9999

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長らくお待たせしました。
今回はなかなか難しくて、やたら時間がかかってしまいました。

(漫画版4巻の発売を受けて今一度注意書き)
・この話の中ではバスタブは高級品で、ターニャは生まれて以来湯船に使ったことは一度もない、あるいは幾度もないという体裁ですすんでいきますのでよろしくお願いいたします…
 



ターニャとレルゲンの温かいお風呂⑥ 夜のデート

 

 

 ついに、ターニャは風呂にたどり着いた。

 

 水の響く音と、立ち込める湯気、湯の香り。念願の浴場を目の前にして、ターニャは堪らない懐かしさを感じていた。

 日本の温泉を知るターニャにとって、帝国の公衆浴場は湯船が浅く、温度もぬるい。しかし、日本人として風呂を好む心はターニャの魂に刻まれている。

 サウナを見向きもせずに、ターニャはひたすら眼前の「風呂」を五感で噛み締めた。

 その傍らには、眉間に皺を寄せたレルゲンが立っていた。

 

 

 

 朝食後、ターニャを連れて公衆浴場に行くなどとレルゲンが言い出した時、ターニャは自分でも理解できないおかしな焦りを覚えた。

 

 レルゲンが風呂を好むという話は聞いたことはない。先日自分が軽はずみに漏らした言葉がレルゲンの提案の根底にあるのは明らかだった。それはターニャにとって、なぜか受け入れがたいことだった。

 だから、レルゲンの言葉を咀嚼し終えたターニャは、思わず尋ねていた。

 

「…それは、先日の私の発言をうけてのご提案でしょうか」

 

 その問を予想していたのか、レルゲンはダイニングの椅子に腰掛けたまま無造作に肯定した。

 

「否定はしない」

「っ……あの時にも言いましたが、ねだるようなつもりでお話ししたわけではありません。それに、私が公衆浴場に行かない理由もお伝えした筈です」

 

 平然と返された簡潔な言葉に、なぜだか苛立ちにも似た感情が湧くのを感じて、ターニャは早口でレルゲンに言い募った。

 しかし、それは決して彼への不満の発露ではない。なぜなら、彼ほどの男がそれでも尚ターニャを連れて行こうと言う以上、それらの問題全てを解決する腹案があるに決まっているからだ。

 彼の提案には何ら不安を抱く必要などないはず。ターニャはそれを理解していた。だというのに、ターニャはなぜか隠しきれないほどの動揺を感じていた。

 しかし、そんな曖昧な感情でレルゲンの提案を曲げることなどできる筈がない。

 

「もし、私のためとお思いになっているのであれば、もっと有意義な…」

「ターニャ」

「っ!」

「私はそんなに気の利かない男に見えるだろうか」

 

 冗談めかした口調だったが、それをレルゲンの口から言わせてしまったことをターニャは後悔した。

 

「っ、決して…そのような…」

 

 焦りのままに迂闊な言葉を口にした。忸怩たる思いにかられるターニャを尻目に、レルゲンは椅子から立ち上がると、立ち尽くすターニャの前で片膝をついて目を合わせた。

 

「ターニャ。もちろん君に可能な限りの配慮をする。だから、今夜、私の気晴らしに付き合ってくれないか」

 

 レルゲンの浮かべた穏やかな表情に、静かな声。

 ターニャは頷くしかなかった。

 

 

 ターニャがレルゲンの提案を受け入れがたいと感じたのは、ある種身勝手な考えからだった。

 そのことにターニャが気づいたのは、二人が会話を終えて、ターニャが食器の片付けをすっかり終えてからだった。

 

 ターニャはレルゲンに大きな借りがあって、彼の身の回りの世話をすることで恩返しをしている。その尽くしようは自分でもよくやっていると思う程だ。

 しかし、恩返しと言えば聞こえはいいが、実際のところ、ターニャが求めていたのは自分がレルゲンの家に居候し養われることを正当化する免罪符である。

 自分は彼に対して貢献できる。だから彼に養われる権利がある。不完全ながらも、無意識のうちにターニャの中ではそう理屈の筋道が立てられていた。

 

 前世から続く確固たるエリート意識を行動原理とするターニャに、手放しで他者の好意に甘えるという発想は存在しない。つまり、レルゲンから与えられた恩とターニャの奉仕とは、いわば取引なのだ。その視点から考えれば、レルゲンの提案はターニャにとって新たな恩の発生、すなわち負債の増加に他ならなかった。

 そして、その負債を返すあてがターニャにはなかった。現在ターニャにでき得る最大限の奉仕は、養われることに対する対価として既に使われている。

 

 取引の不釣り合いは、自分がレルゲンの庇護下にあることの正当性を揺らがせる。ターニャは無意識のうちにそれを理解し、恐れた。

 もはやターニャにとって今の生活は、いずれ失われるモラトリアムと呼ぶにはあまりに惜しいものとなっていた。それが自分の納得できる基盤の上に無いと思った時、ターニャは「漠然とした」ではなく明確な不安を覚えた。

 

 だが、己の心中とは裏腹に結局ターニャはレルゲンの提案を拒否することができなかった。レルゲンに考えを改めるつもりは無く、申し出を固辞するわけにもいかなかった以上、ターニャには受け入れる以外の選択肢は存在しなかった。

 最終的に「どうせ逃れられないならせいぜい楽しんだほうが精神衛生上良いし、不満げな態度ではそもそもレルゲンに失礼だ」と開き直るまで、日中、ターニャは気をもむような心持ちで時を過ごした。

 

 

 

 多少押し付けがましかったとはいえ、この恩はいずれの機会に必ず返す。そんなターニャの決意を知ってか知らずか、レルゲンは宣言通り日中は家の中でのんびりと過ごし、そして夜にはターニャを見事にエスコートした。

 

 指定した時間になると、いつの間に用意したのか、家の前にはハイヤーが待っていた。そうして連れられるままにたどり着いたのは、それなりに高級そうだがドレスコードは無いレストランだった。

 隻腕のターニャを慮ってのことか、案内された席は店内の奥の個室のような場所で、料理もご丁寧にナイフを使わないで食べられるサイズにまでカットされていた。

 湯気を放つスープに、瑞々しい野菜に、肉汁を滴らせる肉。程よく柔らかそうなパンに、たっぷりのバター。香りを鼻腔に吸いこむまでもなく、視覚に飛び込んでくる情報だけでも十分に食欲を刺激する豪勢な料理にターニャは舌鼓をうった。

 考えてみれば、かつてターニャはライン戦線にて「撃墜スコア50の恩賜休暇を使って存分に美味しいものを食べてゆっくりしてやる」と部下に語ったことがあったが、あれからそれが満足に実現した覚えはついぞ無かった。それに対して、現在ターニャは軍務から解放されているし、当時の夢がついに実現したことになる。ただ一つ問題があるとすれば、それらは己の力で手に入れたものではなく、全てレルゲンによって与えられたものだったということだが。

 

 夕食を終えた後、二人はいつものようにしばし語らったが、普段よりも多少饒舌に会話を交わしたようにターニャには思えた。

 酒精の助けもあった。少なくともターニャの知る限りレルゲンはあまり酒を飲まない人間だが、今日はワインを嗜んでおり、ターニャも食前酒を少しだけ口にしていた。

 なお、この時ターニャは「生まれて初めて」アルコールを味わった。ただ、幼女の舌はコーヒーの味はわかるというのに酒の味は理解できなかったらしく、誠に残念なことに10数年ぶりの酒はあまりうまいとは思わなかった。

 酒を口に含んで思わず僅かに顔をしかめたのをレルゲンに微笑ましそうに観察されたのは、ターニャにとっては一生の不覚だった。

 

 

 そして、本日の主目的たる風呂だった。

 

 ターニャはこの期に及んで「人が居ては落ち着けない」という要望がどう取り扱われるのかを知らなかったが、その疑問を敢えて尋ねることはせず、黙ってレルゲンについていった。開き直ったターニャは、レルゲンが如何にしてその問題を解決するのか、ある意味期待すら抱いていた。

 

 結論から言えば、レルゲンは営業時間後の公衆浴場を貸し切ることによって状況を達成した。

 

 いつの間にそんなことをしていたのか、レルゲンは事前に、営業時間の後に利用できるように浴場の管理者と交渉をしていたのだ。しかも、入浴代金は通常の金額で構わないという。

 それは、あまり多くない選択肢の中でも最もスマートな部類の解答だった。

 家にバスタブを設置するのは当然論外。

 帝都内のそこそこのホテルに行けばバスタブも置いてあるだろうが、旅行でもないのに大人の男が少女をホテルに連れ込むという絵面はよく考えてみれば明らかにまずい。

 ターニャはレルゲンに金を使わせることも厭うているが、その点、レルゲンの選択は多少の手間に目を瞑れば使う金銭も少なくて良い。むしろ、これ以上の方法は考えられなかった。

 燃料の節約のためもあり、休日とはいえ浴場はあまり遅くまでは営業していないらしかった。夕食で時間を潰して浴場の営業終了を待つという計画も悪くない。

 自分が逆の立場であったとして、同じことができたかは定かではない。改めて、ターニャはレルゲンという男が至って有能であることを認識した。

 

「お待ちしておりました。中佐殿」

「世話になります。この度は無理な願いを聞いて頂き、ありがたく思います」

「いえ、中佐殿たち軍の方々が日々ライヒのために戦って下さっているのを思えば、この程度のことはお安い御用ですとも」

 

 レルゲンといくらか会話を交わし、ターニャに向かってニコリと笑みを見せて去っていく浴場の主人を見て、やはり無理に断らなくてよかったとターニャは思った。

 ハイヤーに始まり、レストランも、浴場も、考えるまでもなく全て事前に予約や交渉をしていたに違いなかった。それを無に帰したとしたら、レルゲンをどれだけ落胆させたことか。

 

 

 ただ、いざ風呂に入ろうという段になって、一悶着あった。

 

 脱衣所の前まで来る頃には、ターニャは自制しながらもどこか浮足立っていた。

 そんなターニャに対して、レルゲンは微笑みながら声をかけた。

 

「ゆっくりしてくるといい」

 

 それに「はい」と応えて、しかし、ターニャは若干の違和感を覚えた。

 

「…エーリッヒさんは入られないのですか?」

「ん? 私も少しサウナを使おうと思うが」

 

 レルゲンはなんでもないことのように言ったが、ターニャは思わず呆気にとられた。「気晴らしに付き合え」と言って公衆浴場に連れてきておいて、自分はサウナを少ししか使わないというのか。

 気晴らしという言葉がターニャを連れ出すための言い訳だということは明らかだったが、だからといってそれを隠そうともしないのは彼らしくもない事だった。もしかすると、彼は風呂が嫌いだったのだろうか。だとしたら…

 雲行きの怪しくなりつつあるターニャの心中を察したのか、レルゲンは難しい表情を浮かべた。

 

「君は……いや、君は、自分の身体を見られることを厭うのだろう? 幸い浴場はサウナと湯船に分かれている。君の目的は湯船ということだから、私はサウナに行こう。そうすれば君も安心できるだろう」

 

 レルゲンの言葉にターニャは納得した。確かにそのような表現をした記憶があった。だが、いくらか解釈に違いがあった。

 実際には嫌だというよりは「そのような状況ではリラックスできないから風呂に入るメリットが無くなる」という程度のことである。身体を晒すのも、不特定多数の人間ではなくレルゲンだけならさほど気にはならない。進んで見せたいものでは決してないが、どうせ見られて減るものでもないのだ。

 レルゲンが小児性愛者だというならば話は全く異なってくるが、そんなこともない。

 だいたい、早々にあがったレルゲンを待たせながら長風呂を楽しめるほどターニャは無神経ではなかった。

 

「いいえ。エーリッヒさんなら大丈夫です」

 

 ターニャは1から説明する手間を省いて要点を一言で言い表した。

 

「っ…そうか…」

 

 それを聞いたレルゲンはなぜか僅かに動揺を見せたような気がしたが、ターニャとしてもこの一線は引くつもりはなかった。

 ここまで来た以上はレルゲンにも風呂に入って欲しい。そうでなければ困るのだ。ターニャはレルゲンを押し切って脱衣場に飛び込んだ。

 

 浴場は共用でも、さすがに脱衣所は男女別だった。レルゲンの目の届かない場所に来ると、ターニャは自分の頬が緩むのを我慢できなかった。

 脱衣所特有の湿り気のある空気を感じながら手早く服を脱ぐと、浴場へと続く扉を開けた。それと同時にゆったりとした湯気が立ち込め、ターニャの身体を包む。ターニャは一つ深呼吸をして湯気と湯の香りで鼻腔を満たした。

 ほのかにランプで照らされた浴場は石造りで、日本の銭湯とさほどかけ離れていない雰囲気だった。

 

 しばしその場に佇んでいると、ターニャが出てきたのとは別の脱衣所の扉が開く音がした。音の方向を見やると、少し顔を背けながら、ひたひたとターニャへと歩み寄ってくるレルゲンの姿が見えた。

 あまりターニャのほうに顔を向けないようにしようという紳士な心遣いを感じつつも、ターニャは何のてらいもなくレルゲンを視界の中央に据えた。

 ヴァイス中尉達のような鍛え抜かれた前線の兵士には流石に及ばないものの、ひたすらデスクワークで不健康な生活をしている参謀本部にしてはなかなか筋肉質な体つきをしていた。しかし、その目元に険しい表情が浮かんでいるのに気づくと、ターニャはたじろいだ。

 なぜかレルゲンは眉間に皺を寄せ、目を細めていた。

 

「…どうした?」

「い、いえ…」

 

 ターニャは彼の機嫌を損ねただろうかと必死な思いを巡らせかけたが、彼の声はあまりに普段通りだった。ならば何が、と考えて、すぐにターニャはレルゲンが眼鏡をかけていないことに気づいた。

 

 航空魔導師に相応しく抜群の視力を持って生まれたターニャだったが、前世では眼鏡を愛用していた。湯気と明かりの加減で視界不良の浴場である。このような環境で眼鏡の人間がどのように振る舞うか、ターニャは思い出した。

 目が悪いというのなら視線を気にする必要が無いからなお都合が良い。それだけのことだ。嫌な動悸を刻む心臓をなだめながらターニャは己に言い聞かせた。

 レルゲンはそんなターニャの胸の内に気づいた様子はなく、同じ表情のまま一通り浴場を見回した。

 

「私はしばしサウナに行ってくるとしよう」

「はい。ごゆっくり」

「ああ。君も存分にゆっくりするといい」

 

 去っていくその背中を眺めながら、いくらか冷静になったターニャはちくりと胸に引っかかるものを感じた。

 

(…やはり多少は気を使わせてしまうか)

 

 しかし、すぐに一つ頭を振りって考えることをやめる。あの目つきのせいで余計に気になるだけだ。

 

 気を取り直して、ターニャは丁寧に髪と身体を洗い流してから湯船に入った。それが帝国のマナーに即しているかは知らない。どうせ見ている者は居ないのだから構わなかった。

 湯船は多少ぬるかったが、全身を包む湯の心地よさを感じてターニャはため息をついた。不本意ながら、水かさは低かったものの、幼女の身には十分な水量があった。

 

「…はぁ~」

 

 …やはり風呂はいい。

 

 目を閉じて、ターニャはその温もりと、懐かしい水の圧迫感に身を委ねた。

 

 

 

 




 
 
(お風呂はもうちっとだけ続くんじゃ)
 

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