終わらない戦いがある。(今回で決着と言ったな・・・・・・あれは嘘だ!)
何となく変。流石に全てをシリアスなんて無茶だったんだ!
とは言え、ここで変にネタを盛り込んでも悲しいだけ。
轟音が大気を揺らす。
「お姉様頑張って!!」
フラン声援も虚しく、レミリアは常に劣勢だ。攻撃は通らず、防御は出来ない。
「無駄だ無駄。さっさと諦めろ」
「私は、諦めないわっ!!」
「いい加減っ、その気持ちの悪い笑をやめよ!吾輩の娘が被虐趣味だったとか、少しだけ気落ちするだろう」
周囲は抉れ、館は穴だらけ。吸血鬼の喧嘩とはかくも恐ろしいものだった。
破壊。破壊。破壊。破壊。
紅の神槍が誇り高き紅き居城を貫く。無数に放たれるか弱き光が、その神槍すら貫き空へと消える。
何をやろうとも、レミリアに勝ち筋は無かった。
「ゴボッ!?」
「お姉様っ!?」
レミリアの再生能力が完全に消え去った。もはや回復は不可能。穿たれた穴は腕や足、腹にまで及び・・・・・・初めから絶望的であった戦闘は、事後処理にまで到達する。
「ふむ。よく耐えたと褒めて遣わすが・・・・・・控えめに言って無能だな、娘よ。吾輩と戦いを決めたその瞬間にでも平伏し許しを買うべきだったのだ」
コツコツと乾いた音が響く。スカーレット卿は行く、倒れ付すレミリアの元へ。
「そん、な、こと・・・・・・出来るわけ、無いでしょう?私は、あなたに育て、られた、誇り、高、き・・・・・・吸血鬼、なのよ・・・!」
レミリアは依然として笑って見せた。しかしその頬は引き攣り、あまりの痛みに表情の筋肉は痙攣を起こしていた。
レミリアのそんな様子を、まるで可愛げのない羽虫を見るかのように、スカーレット卿は侮蔑の視線を向ける。レミリアの言葉が気に触ったのか、その表情は苛立たしさを感じさせる。
「あぁ、そうだったな。だが、どうだレミリアよ?見てみろ、この高貴なる吸血鬼。その真祖たる吾輩を。傷一つなく、圧倒的なまでの余力を残した姿を。これが、これこそがっ!」
その傷一つ無い姿が。
その他者を見下し蔑む生き様が。
その酷く生臭い血に彩られた歴史が。
その高潔無比で天上天下唯我独尊を誇る魂が。
何よりも雄弁に物語る。
彼こそが吸血鬼。彼こそが真祖。
吸血鬼はこうあるべきなのだと指し示す。
だが、だとしても。
「────私は、貴方の様な
レミリアはこの時初めて目にしたのだ。驚愕に、顔を愉快に歪ませる父の顔を。
「ククッ無様、ね。娘の、
「・・・・・・」
険しい顔をして、スカーレット卿はレミリアを睨む。そして、その目線はフランへと動いた。
レミリアは焦る。フランを守らなければ、と。だがそれはある意味で杞憂に終わった。そう、この瞬間だけは。
「お前はどう思う、フランドール。私の可愛い娘よ」
「わ、私は・・・・・・」
フランはスカーレット卿に従順だった。なにせ、他の世界というものを知らないのだから。スカーレット卿はフランの事をそう認識していた。
けして、それは間違いではない。それしか知らぬのであれば、それは正解だ。父親に従っていればご飯は運ばれてくる。本も読める。遊び相手も来てくれる。
不自由など感じることも出来ないだろう。
だが、今は違うのだ。
「私は」
「フラ、ン」
フランは怯える目で、レミリアを見つめる。フランは決めかねていた。父か、姉か。
分からない。
だから、思い出そう。目をつぶって思い起こせば何かが見えてくる。そう、これは─
───夢を、見た。
───それは暗い昏い夢だ。
───ただひたすらに戦い。ただひたすらに閉じ込められるようにして生きる。
己が死ぬか否かを賭け事とし、
恨みは募る。けれど、これ以外に生きるすべはない。
彼は笑った。何度でもどんな時でも。常に笑顔であった。理不尽など、絶望など恐怖など不安など、何もかも、タダの一笑をもって吹き飛ばす。
───あぁ、今日もまた陰鬱な瞬間が始まる。
熱狂的な観衆、罵声、激励、黄色い悲鳴。
狂いそうなほどのそれらを無視して、眼前の"
餓えた獅子が、牙を剥いている。空腹で兇暴になり、既に三人を食い殺していると聞いた。殺さなければ殺されるのは獣も彼も同じ。
だから、この獣の死は確定していた。
───なんて哀れな。
人を人と思わぬ所業。獣の命を軽視するその頭脳。その全てが恨めしい。
今に見ていろ、圧政者よ。
私が、このスパルタクスが、貴様らに致命傷を与えてやる。
夢は形を崩していく。小さな囁き声となって耳をくすぐる。
私は自由が欲しかった。奴隷という枷を解き放ち、自由になることが。・・・・・・だが違うのだ。私が逃げようと、新たなる奴隷は生まれるだろう。それでは無駄だ。圧政者を殺さねば奴隷は減らない。
私は
故に、私は誰よりも目立ち、誰よりも傷を負い、誰よりも前に出た!私はスパルタクス。圧政者を討ち滅ぼす
だから・・・・・・フラン。笑い給え!!
───暖かな声が、微笑みが私の身体を包み込んだようでとても心地が良かった。
───そうだ、私は
「────スパルタクス・・・」
フランは小さく呟いた。その呟きは本当に小さくレミリアもスカーレット卿も聞き取ることは出来なかった。
「どうなんだフラン?」
「っ!!私はっ!私は外に出たい!色んなところに行ってみたい!!」
スパルタクスは語って見せた。外の世界がどれだけ素晴らしいかを。自由とはどのようなものなのか、それを持っていないフランが如何に酷い圧政を受けているかを。
「・・・・・・はぁ、まだ狂気は抜けぬか」
呆れるスカーレット卿。今の今まで何をしていたか、覚えていないのだろうか?目の前で姉が虐げられる様子を。
フランは目を輝かせて笑っていた。思い焦がれる少女は元気に話す。自身の夢を。
「色んな人と遊びたい!お話したい!色んなものを食べてみたい!色んな遊びもしてみたい!お姉様と一緒にお出かけしたい!いろんなお洋服を着てみたい!」
「・・・・・・もうよい」
「だから────────!」
「!」
狂気は無い。冷静な頭が能力を発動させた。手のひらを向けて実の父に向ける。
父を殺す覚悟はできた。
自らを閉じ込めたこと、虐げたことに対する恨みなんてない。でも、自分は外に出てみたいんだ。
そんな思いで、握りしめる。「目」は捉えた。
「きゅっとして──!!」
対象の何もかもを今この瞬間、握りつぶす。
「ドカーンッ!!」
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力は完璧にスカーレット卿に命中した。
しかし。
「その
爆発すら起きない。
「あ、あれ?」
「では、罰を与える」
「!?」
「フラン!!」
スカーレット卿の手から弾幕が放たれる。それを防げるものは最早いない。レミリアは言うまでもなく、パチュリーは魔法が使えそうにない。フラン本人は驚きのあまり固まっている。
「避けてぇぇええええええ!!!!」
絶望が背骨を這い上がる様な感覚。弾幕がフランの顔の前まで迫った。
「ぁぁぁあああああああああッッッ!!!!!」
「「!?」」
レミリアが全力で叫ぶ。そしてそれに応える声が一つ。高く、美しく、力強い声。
紅の長髪が舞った。
フランが宙を吹き飛んでいた。光の弾丸はフランを掠めるに留まる。
「がっ、はっ!?」
「美鈴!?」
「・・・・・・はぁ。貴様もか紅美鈴。ここまでコケにされると怒りすら湧かんよ」
紅を纏い、胸に大きな穴を開けて荒い息をしながら美鈴は立ち上がる。その目には深き決意。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
「あぁ、滑稽だ。なぜ逆らう?このような愚行を犯してまで死にたいのかお前達は」
「生きます。あなたを、殺してでも」
スカーレット卿は心底理解に苦しむ。と額に手を当て首を横に振る。
「それが主人への言葉使いか?」
「私の主は本来レミリアお嬢様だ」
「おっと、そうだったか。では──勝てると思っているのか?」
「さて、ね。勝利条件というのは時と場合で違うと思われますが。っ!」
美鈴が疾走する。極彩色の気を練り合わせ、その瞬間だけはスカーレット卿すら上回る速度で動いた。
「!」
瞬きの刹那、スカーレット卿の真後ろを取った美鈴の全力の一撃。当たれば最後、体内で美鈴の気が暴れ周り対象を破壊する。
対・生物に対する殺傷力で言えばフランにも迫る一撃。
「はぁああ!!」
だがフランに迫る、ではどうやっても勝てない。美鈴はそんなことわかっていた。だからこそ、自分だからこそ気がつけたソレに全てを賭けた。
紅美鈴、その能力は「気を使う程度の能力」。自身の気を練り合わせ攻撃もとい防御を可能とする能力。そして、他人の気を感じ取ることも可能な力だ。
美鈴は気を確かめる。パチュリーが生み出した結界の中、暴れ狂う魔力の奔流の中で、確かに
あの調子なら魔法はやがて消えるだろう。結界を破るだけの力があるのに、なぜ破らないのかは分からないが、気を伺っているのなら納得できる。
いささか遅いが、それでも勝てるとしたら彼しかいない。
そう確信していた。
「ふん」
つまらなそうなため息。腕に感じる痛み。まるで鉄の杭に自ら拳を打ち込んだかのように、引き裂ける。
激痛に顔を歪めるが、まだ。
「っ!はっ!」
無事な手と足を使い、スカーレット卿そのものに触れないように気を飛ばして牽制しつつ、体内で練った気を周囲に放出。レミリアとフラン、パチュリーの傷が癒えていく。
この中に気を感知できるものは美鈴だけだ。
これが美鈴にできる最大限の
「やめろ、小賢しい。貴様の攻撃など効かん」
美鈴の攻撃全てがスカーレット卿の前に霧散する。対してスカーレット卿の攻撃は美鈴の身体を無慈悲なまでに撃ち抜いていく。
「────がはっ!」
美鈴が膝をついた。荒い息、定まらない視線。動かない身体。ニヤついた、けれども悲壮感漂う顔。
──────もう、だめなのか。
誰もが絶望を見た。諦めた。レミリアもフランも笑顔を失った。
レミリアは涙を流す。終わりだった。反抗期はこれで終わりなのだ。これまでの計画も、度重なる幸運も無駄。何もかも失敗した。
スカーレット卿は何かを考えるように顎をさすり・・・・・・ニヤリと笑う。
「ふむ、捨て時が来たようだ。貴様もフランもここで死ね」
彼の中でピースがハマった。パズルが完成したのだ。なぜ、娘は自分に八雲紫を当てなかったのか。それは、八雲紫では自分に勝てないと、そう運命に出たからだろう。
ならば、狂気に飲まれた破壊の力も、反抗する従者も要らないではないか。
「くっくっくっ。では、さらばだ」
スカーレット卿の掌に光が収束する。当たればおそらく能力を貫かれ死亡する。
「や、やめ」
命乞いをする暇もなく、フランに向けて放たれる。
「やめてぇえええええええええ!!」
硬質な音が響く。
それはフランの骨を撃ち抜く弾幕の音だろうか。レミリアは目を瞑った。妹を守れない非力な情けない私を恨んでくれ、と。その夢を叶えられない無様な私を蔑んでくれと。
涙を流し、これではダメだと目を開ける。血の海に沈むフランは───居ない。
「ぇ?」
「ケホッ、ゴホッ、成、功ね。」
「間に合い、ましたか」
パチュリーの呟き。倒れる美鈴。
自分に、自分の隣に倒れるフランに覆いかぶさるような大きな影。
暗がりからでもよく分かる白い歯。青白い肌。
──あぁまさか、そんな。
「良くぞ戦った小さな
「ぁ、あぁ」
「安心したまえ」
こちらに背を向けるように立ち上がる巨躯。逞しく余りにも頼りがいのある筋骨隆々な傷だらけの背中。
館に空いた穴から吹き込む風が男の髪を揺らす。
「────────これより、叛逆を行う」