憐憫の獣、再び   作:逆真

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あんたがこの世にいる理由なんてきっと
パパとママが思いつきでやったキモチいいことの「ついで」だよ
『外れたみんなの頭のネジ』より


人ヨ、何ヲ思ウ

(思えば、変なところに来たものですね)

 

 時間神殿に設けられた一室で、教会から追放された元聖女アーシア・アルジェントは奇妙な感慨を抱く。

 

 両親の顔も知らず教会で育った彼女は生まれつき不思議な力を持っていた。あらゆる怪我を治癒する緑色の光を出すことができたのだ。

 

 聖書に記された唯一神が人間に与えた力、神器。アーシアの持つ力の正体もそれだ。稀有な治癒系神器、名を『聖母の微笑』。オンリーワンというわけではないが、回復能力を持つ神器の中では上位に入る。無論、聖遺物であり神滅具の聖杯には及ばないが。

 

 教会での生活に不満はなかった。人を助けることは元々好きだったし、神から授かった力が人々の役に立つなら、それでよかった。ただ一つだけ寂しいと思うことがあった。それは、周囲の人が自分のことを便利な道具を見るような目を向けてくることだ。友達がいなかった。心から笑い合える相手がいなかった。

 

 しかし、そんな彼女はある日、過ちを犯してしまう。怪我をした悪魔に出会い、彼を神器の力で治癒してしまったのだ。そして、その場面を教会の関係者に見られてしまう。

 

 ――聖なる光が邪悪な存在を癒やすなど有り得ない。

 

 ――悪魔を癒やす力を持った魔女め。

 

 魔女の烙印を押されたシスターの居場所が教会にあるはずもない。生まれ育った教会から追い出された彼女を欲しがるとしたら、必然的にはぐれ悪魔祓いが集まる組織になる。そして、彼女を拾ったのは日本の地方都市に居を構える堕天使勢力だった。

 

 幸運と言うべきか、何と言うべきか。アーシアが到着する寸前に、その堕天使たちは殲滅されていた。その堕天使たちはアーシアの神器を抜き取る計画を立てていたため、結果的にアーシアは助かったことになる。現在の堕天使の技術では、神器を抜き取った場合、元の所有者は死んでしまうのだ。

 

 必然的に、アーシアの次の居場所は堕天使たちを殲滅させた勢力になる。「魔神」「人王の御使い」を名乗る彼らが何者なのか、アーシアにはいまいちピンときていない。ただ、以前と同じように、この回復の力を他人の傷を治すために役立てるだけだと思っていた。友達が出来たらいいな、と心の片隅で願いながら。

 

 現在は治療室だ。大病院の個室をモチーフにしたようなつくりになっている。部屋の中には大きなベッドがあり、そこにはひとりの少年が死んだように眠っていた。

 

「まだ、起きませんね」

 

 アーシアの呟きに返答はなく、小さな呼吸音が静寂な病室ではやけに大きく聞こえる。

 

 フェニクスが連れてきた、神滅具『獅子王の戦斧』所有者の少年である。

 

 アーシアはちらりと病室の入口を見る。そこには巨大なライオンがいた。『獅子王の戦斧』本体であり、レグルスと呼称されている。『獅子王の戦斧』は本来自律型の神器ではないらしいが、どういうわけか、レグルスは自律できている。魔神たちは、これが彼の禁手なのではないかという推論を出している。

 

 寝そべるような姿勢ではあるが、意識を取り戻さない主人を守る忠実な番犬のように見える。犬どころか獅子なわけだが。

 

 この少年を連れて来た時に、魔神フェニクスは言った。強さを持つという理由だけで、命を奪われるなど間違っている。と。神滅具を持つという理由で狙われ死にかけた彼を示して、自らの死を願う不死身の怪物はそう言った。

 

 

 神器は間違いなのだろうか。主は何のために自分や彼に力を与えたのだろうか。この時間神殿にいるということは聖なる神に敵対するということだ。元々堕天使組織に身を置く予定だったアーシアだが、自ら望んでそうなったわけではない。しかし、ここから逃げる気にはなれない。

 

 アーシアや少年と同じように魔神に救われた人間がこの時間神殿には集まっている。アーシアのように他人を癒すなど魔神の仕事を手伝っている者は少数派だ。そこまで立ち直れていない者の方が多い。

 

 ある者は地獄を見たと言う。ある者は自分の中に地獄が生まれたと言う。この少年は目が覚めたら、何を恨むのだろう。あるいは、何を愛するのか。

 

「……また来ます」

 

 病室から出ると、そこには黒ずくめの怪人がいた。

 

 常人なら腰をぬかすような場面だったが、アーシアに驚きの色はない。ちょっと困ったように眉を動かしたくらいだ。何故ここまで冷静かと言えば、慣れたからだ。

 

「おお、クリスティーヌ!」

「先生、アーシアです」

「クリスティーヌ! クリスティーヌ! クリスティーヌ!」

「だからアーシアですってば」

 

 迷惑とまでは言わないが、困っていた。嫌とまで感じないが、困っている。本来ならばもっと嫌悪感や恐怖を抱くべきなのだろうが、アーシアはそのあたりの情緒が薄かった。生来というよりは、教会内での教育が失敗だったと言うべきだろう。

 

 そんな彼女だからこそ、シスターでありながら傷ついた悪魔を癒すという暴挙を犯してしまった。忌むべきものを忌むように育てられなかった。慈悲と慈愛を第一とする、聖女として相応しいように育てられた結果が、この魔女だ。

 

 この神秘の薄れた時代に正当な聖女を作り出そうとした結果、怪人の狂気をおぞましいと認識できず、癒しの力以外に向けられた自分への関心を嬉しいとさえ感じてしまうような女が出来上がった。

 

「それで、アサシン先生。何か御用でしょうか?」

 

 アサシンというのはクラス名(この言葉の意味はよく分かっていない)で本名(魔神たちは『真名』という言い方を好む)は別にあるのだという。アーシアは真名を教えてはもらっていないが、あまり気にしていない。

 

 クリスティーヌという女性の名前。仮面で顔を隠し、ミュージカルにでも登場するような恰好。そして、歌の指導者としての才覚。

 

 その出生故にアーシアには学があるわけではないが、これだけのヒントがあれば正体は分かる。というか、あまり隠す気がないように思える。

 

 もっともアサシンが分かり易いだけで他のサーヴァントはよく分からない。交流が少ないという点もあるが、ピンポイントの情報が足りない。『ランサー』と『アーチャー』に関しては、候補はある程度絞れているが決定打に欠けている。『キャスター』に限っては本当に分からない。というか、あれは他の四人と同じカテゴリーに含めて良いのだろうか。ひとりだけ世界観が違い過ぎる気がする。

 

「決まっている。レッスンの時間だ」

 

 どうも、アサシンはアーシアの声が気に入ったらしい。そして、彼の願いは『自分が指導した歌姫が世界一の栄誉を受けること』。彼はそれを何よりも重視しており、魔神との協力もそれが条件らしい。よくアサシンと契約関係にあるバアルから文句と謝罪を言われる。『何で私はこいつを選んでしまったのだろう』と昨日言っていた。

 

「いずれ魔神たちは世界を作り変えるだろう。ああ、その世界で、おまえは最高の歌姫になるのだ」

 

 魔神たちは世界を作り変えるという。具体的にどうするのかは彼らの中では決まっているようだが、アーシアは漠然としたことを教えてもらっていない。アサシンに気に入られているだけで、回復が他者より達者なだけで、アーシアは助けてもらっただけの女なのだ。当然だ。

 

「そして――私と唄おう もう一度 もう一度 クリスティーヌ クリスティーヌ 私の歌姫」

 

 教会から追放された時、これは主から与えられた試練だと思っていた。

 

 誰も守ってくれなかったのは自分の祈りが足りなかったせいだと。

 

 だけど、この時間神殿に来て、魔神やアサシンとの交流が気づかせた。

 

 自分に足りなかったのは祈りでも慈愛でも運でもない。

 

 きっと――自分は空っぽだったのだ。人と悪魔の価値を区別できないほどに、「人間」の意味を見出していなかった。

 

 今もあまり変わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、わからないもんでござんすねー」

「何がだ?」

「教会側からの刺客でござんすよ、バアルの旦那。エクスカリバー使いの小娘二人だぜ? 俺としては話に聞いたシグルド機関の成功作――ジークフリートが来ると思ってたんだ」

「教会……いや、当代一の魔剣使いだったか」

「そうそう。噂じゃ神器所有者でもあって、禁手を使うと六刀流になるとか何とか」

「魔帝剣グラムの所有者らしいな。エクスカリバーがあの程度であった以上、グラムの程度も知れたものではあるのだが……」

「だってセンセたちが知っているのは七分の一でしょう? 数々の伝説を作ってきた聖剣なんだから、オリジナルはもうちっとマシでしょうよ。センセたちの予想を超えられるかは別として。ま、この町にあるエクスカリバーを全部くっつければ七分の五のエクスカリバーができあがるんで期待しないで待っていてくだせえ」

「そうさせてもらう。……だが、おまえは知らないようなので一つ情報を更新してやろう」

「何です?」

「ジークフリートは協会を裏切っている」

「はい?」

「情報が公になるのはしばらく先だろう。何せ教会の最強戦力の一角だからな。魔剣ごと抜けられたのはどう考えても失態だ。現在は世界最強の龍神オーフィスを頭目とする組織『禍の団』の英雄派という派閥に属しているようだ」

「はあ……」

「反応がないな」

「そりゃそうですぜ、旦那。これでこっそりジークフリートが出てくる可能性はなくなったんだ。いや、待てよ。天候野郎のデュリオくらいなら出てくるか? 流石に『ミスター・デュランダル』は無理だろうけど」

「教会最強の戦士と司祭枢機卿か。確かに、前者はともかく後者は政治的な問題で出てくる可能性は低いだろうな」

「でしょうねー。戦争したいとか言っているくせに、微妙にそのへんの仕込みが甘いよね、コカビエルのやつ。本気で戦争を起こすつもりなら、せめてエヴァルドのクソオヤジくらいは引っ張り出さないと。やっぱり堕天使はダメだわ。旦那たちに拾われて正解だぜ、やったー!」

「本当に白々しいな、おまえは。……そろそろコカビエルが戻ってくる頃だ。上手くやれ、フリード。いざとなれば、アーチャーとランサーの援護がある。この段階で戦争を起こされては計画に支障が出るどころではない。無駄に燃料を消費されてたまるか」

「はいはい、分かってますよ、バアルの旦那」

「……教会の者がコカビエルの潜伏先に気づく前に消せていれば色々と都合は良かったのだが。まさか自分の縄張りに堕天使幹部が侵入してきたことにリアス・グレモリーが気づいていなかったとは思わなかった。あれが知っていると思っていたばかりに、判断を誤ってしまった」

「旦那、召喚するサーヴァント間違えたんじゃねえの? 話を聞く限り、もっと真っ当な暗殺者いたでしょうに」

「言うな。コカビエルの件が片付いたら、新たに英霊を召喚する予定だ」

「ほーん。それは初耳ですな。てか、アサシンのセンセはアーシアちゃんに押し付けたままなんです?」

「そうだが?」

「うわ、ひでえ。何がひどいって、あの娘もセンセのことを嫌っていないどころか気味悪がっている部分が薄いところなんだよな……悪魔を治療しちまった聖女様は、やっぱりどっかズレてやがる」

 

 

 

 

 

 

「曹操。オーフィスを知らないか? 実験用の『蛇』が少なくなったから補充したいんだが」

「何? 誰か知らないか?」

「さあ?」

「旧魔王派の連中のところじゃないのか?」

「其方にも確認したんだが違うようでね。となると、魔法使いの派閥のところか?」

「困ったスポンサーだ」

「全くだ。まあ、下手に知恵があっても扱いに困るだけだ。傀儡としてはあのくらいがちょうどいいだろう」

「それもそうか」

「オーフィスの蛇と言えば、その実験は上手くいっているのか?」

「まあまあ、と言ったところかな。実用にはもう少し時間が欲しいところだ。準備が整えば、洗脳した神器使いたちを各神話の拠点に特攻させて、あとは運次第だね」

「それで禁手使いが増えればいいけどよ」

「ああ、そういえば、曹操。例の『剣豪英霊』とかいうやつのことを聞いたか?」

「いや知らないな。詳しく聞かせてくれ」

「何でも『セイバー・無間地獄』『宮本武蔵』を名乗る謎の剣士がいるらしい。どうも教会の部隊が意図せぬ接触で交戦になったらしんだが、壊滅させられたそうだ」

「ほう?」

「その部隊というのもそれなりに名がある連中がいたんだけどね。死亡したエージェントが残した手がかりが、その名前だけ。それと、死体の傷から、武器が日本刀であることは分かっている」

「宮本武蔵……日本で有名な剣士だったか? 具体的にどういう逸話があるかまでは知らないが」

「転生体か子孫、それとも自称かしら?」

「セイバー・無間地獄ってのは、どういう意味があるんだ?」

「それは何とも」

「三大勢力の各所で、正体不明の襲撃が断続的にあるみたいだが、ひょっとしたらそっちとも関係しているかもしれないな」

「理解した。各自、それらしい情報があれば教えてくれ。その宮本武蔵とかいう剣士、可能ならばスカウトしたい。最悪でも何かしらの情報は欲しい」

「了解、リーダー」

「……もうすぐだ。もうすぐ、俺たち『禍の団』は活動を本格的に開始する」

「サーゼクス・ルシファーの妹が縄張りにしている町に、エクスカリバーを盗んだコカビエルが潜伏しているという情報がある。ひょっとしたら、これで世界が大きく動くかもしれない」

「そうなったら、私たちの動きも早まるかしら」

「そして、いずれは神や魔王に挑み、勝利するんだ。人間がどこまでやれるかを証明する。激動が約束されたこの時代に俺たちが生まれたということは、そういう意味があるはずだ」

「ああ。人間の力を見せてやろうじゃないか」

「……それはそれとして、本当にオーフィスはどこにいったんだ。一応、グレートレッドを倒す約束は果たすつもりなんだからちゃんと協力して欲しいんだが」




アサシンとアーチャーで気付いた人も多いでしょうが、今回の魔神陣営のサーヴァントはFGOのフレポ鯖縛りなのね。武蔵ちゃんは色んな意味で例外。
そして、公式でサービス開始以来のフレポ鯖追加があった以上、このルートもちょっと予定を変えてお送りしたい欲が発生したのだった。
ちなみに、新フレポで弊カルデアに最初に来たのはガレスちゃんでした。

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