憐憫の獣、再び   作:逆真

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ぐだぐだになるので前話の続きは意訳でお届けします。
ヴァーリ「コカビエルを回収に来たら、例の肉柱がいた! 俺と戦え!」
魔神グレモリー「今傷心中なので無理です。帰ります」フリードに戻る
フリード「さいなら! あ、そこのおっぱい悪魔覚えておけよ! 次はぶっ殺すからな」
ヴァーリ「……残念。俺も帰るか」
赤い龍「無視か、白いの。ところで、あの肉柱に心当たりは?」
白い龍「起きていたか、赤いの。私も知らん」
中国あたりを移動中のベディ「……なんだか、出遅れた気がします」


議題

 キングゥ。

 

 本来、それはメソポタミア神話に登場する神の名前だ。ただし、あまり高名な神ではない。その神は敗者であり、臆病者であったからだ。十一の怪物の将軍を命じられながら、戦うこともなく戦意喪失で逃げ出した。それで、キングゥという神の神話は終了だ。

 

 そして、なぜか現代日本の京都にて、その神と同じ名前を冠する『妖怪とも魔物とも人間とも違う、奇妙でおかしな存在』が出現した。日本ではメソポタミア神話自体が知名度が低いため、キングゥの名前の由来を知る者は少なく、知っていたとしても結びつけて考える者などいなかった。

 

 現在、彼は京都妖怪の大将八坂の食客になっている。詳しい事情を知らない者からは、「京都の異形=妖怪」という図式から、勝手に妖怪だと思われている。本人はあまり気にしていないし、意味のある違いでもない。そもそも、新人類として作られた彼ではあるが、今の彼は自分をどう定義すべきか分かっていない。

 

 彼の原型ならば自らを『兵器』と割り切っただろう。誰からどのように否定されたとしても、その主張を変えることはない。だが、キングゥはエルキドゥではないのだ。同じ行動はできても、同じ思考はできない。色々考えてしまうのだ。キングゥは長い間、難しいことを考えないようにしていた。母のことだけを考えれば良かった。母のために動くことだけが存在意義だった。

 

 ――だが、それは間違いだった。あの大地には何もなかった。最初から偽者だった。最初から使い捨てだった。未来も、希望も、自分の意思もなかった。

 

 どうやら自分がいた世界と、この世界は違うようだと、キングゥは気づいていた。あの歴史からどう進んだとしても、こうはならないだろう。『原初の女神』は最初からおらず、『天魔の業龍』が今も生きている。神代が終わっているというのに、神々はこの世界を訪れることができる。だが、人間は異形から徐々に離れている。意図的に神秘を隠す努力を異形の側はしているようだが、それが自分たちの存在を否定することだと気づいているのだろうか。

 

 自分の知る常識とはあまりにも乖離したこの世界で、自分がどう生きるべきなのか。それを考えて、決める必要がある。母親も生まれも関係なく、本当に、やりたいと思う事を見つけなければならない。

 

「串刺しだねぇ、分かるとも」

 

 そんなキングゥは現在、実にのんびりと団子を食べていた。傍らには狐妖怪の幼女――九重(くのう)がいるため、平穏さが増している。さらにその九重がキングゥの膝を枕に寝ていて、キングゥ自身もその扱いを受け入れているともなれば、悲痛な空気などどこにもない。

 

 場所は京都の幻影とも言うべき裏京都にある、とある団子屋だ。客は二人だけで、店員は出かけている。

 

 正体不明の食客であるキングゥだが、ほとんど京都妖怪の一員として生活している。大将の娘と二人きりで監視もつけられていない状況が良い証拠だ。本当に信頼している、というよりは信頼をしてもらうための信頼だ。キングゥの能力が桁外れであることは周知の事実である。――他勢力にも噂は流れているが、実際は噂どころの強さではない。京都妖怪とて一つの勢力として、武力は欲しいのだ。キングゥは京都永住を願われていた。

 

「――それで、いつまで隠れているつもりかな?」

 

 振り返ることなく、キングゥは背後の『それ』に問いかけた。

 

「いつから気づいていたのか、なんて問うのは滑稽か。君の性能は全盛期の神々を除けば、『個』としては最高峰だ。このような自堕落な生活をしていなければ第一級の警戒対象になっていただろう」

「魔神か。ソロモン王本人ではないのだね」

「ああ。王はこの世界にはいない」

 

 若干の含みがあった発言だったが、お互い、特に深い反応もせずに受け流す。

 

「交渉に来た。結論から言えば、我々は聖書に記された地獄と天国を焼き尽くすことを決定した」

「成程。かつての焼き直しでもしようというわけだ。懲りないね。それで? ボクに魔王殺しでもしろと言うことかな」

「逆だ、逆なのだよ、キングゥ。君には何もしないでもらいたい。我々の計画はすでに骨子が出来上がった。現地の協力者も得た。視点の多角化も十分だ。最大の警戒対象は最初から存在しないことが判明した。つまり、君は我々の計画に一切介入せず、この都市で大人しくしていて欲しい。勿論、天使や魔王の呼びかけにも無視を通してくれ」

「随分と一方的な交渉だ。例えばの話だけど、それをボクが拒否したら、どうするつもりだい?」

「ほう? 意外だ。そんな話をしてくるとは。そうだな。こちらも例えばの話だが、君があの世界でやったことを、そこの少女に教えるというのはどうだろうか」

 

 一瞬、周囲の空気の温度が下がった。あるいは、空間が軋んだのかもしれない。とにかく、神々の最高傑作の後続機は、背後の魔神を本気で破壊しようとした。

 

 泥人形が動くよりも早く、その場にいた魔神は先の発言を撤回する。

 

「……冗談だ。彼女の願いを実現しようとしていた君と同じようでいて、違ったようだ」

「ああ。自分でも戸惑っているよ。自分から弱点を露呈するなんて、油断にも程がある。だからこそ、約束しよう。そちらがこの都市を害さない限り、ボクがそちらの計画に関わることはない」

「感謝する。繰り返すようだが、邪魔はするな。代わりに、この都市には手を出さない。君の助力はあったとしても却って邪魔だ。あと少しなのだ。あと少しで、我々は終わる」

 

 その一言を最後に、気配が消えた。奇妙な口ぶりだったとも思ったが、京都に手出しする気がないのは確かなようだった。

 

「……キングゥ?」

「おや、クノウ。起きたのかい?」

「うむ。それより、誰かそこにおったのか?」

「いや、誰もいないさ」

「そうか」

 

 それだけ言うと、九重は再び眠りに落ちる。その手はキングゥの衣服を掴んで離さなかった。本来ならば、キングゥはこの手を振り払い、この都市から去るべきだ。知られたくない過去を隠したまま、この場にいるのはきっと間違いだ。

 

 ――幸せに

 

 だが、誰かの言葉(ねがい)が頭をよぎる。

 

 ――どうか、幸せに

 ――美しい緑の人

 

 もう少しだけここにいさせて欲しい。そんな風に思いながら、キングゥは空を見上げた。

 

 ――ありがとう

 

「これが、幸せってものなのかな」

 

 

 

 

 

 

「くっ、ひどい目に遭った」

 

 そんな風に、曹操は自分の現状を嘆いた。

 

 不確かな噂を元に看護師をスカウトに行って、病気だと通告されて、理想を根本から否定されて、逃走してしまった。英雄を目指す者として、初見の相手にあそこまで論破されるなど屈辱の極みだった。まして、それに対して逃げ出すなど笑い話にもならない。どうしてこのような屈辱を味わうことになったのか。

 

 おまけに、彼女の弟子らしき少女に追跡されて、先ほどようやく逃げ通せたところだ。こちらは結界系最強と呼ばれる神器まであったのに、どうして追えたのか分からない。何かしら特殊な禁手に目覚めたのだろう。せめて彼女をスカウトすべきだったかと一瞬だけ考えて、その思いつきを放棄した。あれはまともに制御できる部類の人間ではない。

 

 神器を全力で使用したため、ゲオルグもひどく疲労していた。

 

「曹操。今後のスカウトはジャンヌやヘラクレスあたりに任せた方がいいんじゃないか?」

「そうだな……いや、ダメだ。あの二人に勧誘ができるはずがないし、下級構成員の信頼は俺に集まっていなければ意味がない」

 

 偉大なる血を継ぎ、強大な武器を生まれ持った自分たちは英雄になれるはずだ。英雄になるべきだ。英雄にならなければならない。

 

 それは夢想であり、虚像であり、強迫観念だった。ある看護師は、それを見抜いて『病気』と評したのだ。当然ではあるが、曹操たちはそれを認めるわけにはいかない。精神的な病気の場合、本人にそれを自覚させるのは難しいというのはよく聞く話だが、彼らもそれだった。

 

 すでに彼らにとっては、自分たちの人生は英雄になるためだけに存在しているようなものなのだから。――その在り方が滑稽であると理解できれば、早く治ることができるというのに。

 

「少々、お時間よいかな?」

 

 背後から話しかけられることにトラウマができたばかりの曹操とゲオルグは、勢いよく背後を振り向いた。普段の彼らならばもう少し用心しただろうが、何の防御もなく不用心に振り向いてしまった。

 

 だが、そこに恐れていた看護師はいなかった。彼女の弟子らしい少女もいなかった。あの不思議な白い毛玉生物もいなかった。

 

 英国の老紳士を絵に描いたような、五十代前後と思われる男性がそこにいた。

 

「何者だ?」

 

 露骨に警戒する曹操を見て、紳士は身の上を述べる。身の上と言っても、それは不確かで曖昧なものだったが。

 

「君への協力を願い出ようとしている者だよ、英雄派の曹操君」

 

 その言葉を正面から信用できるほど、曹操も楽観的ではない。神殺しの槍を出現させ、戦闘態勢に入る。ゲオルグも霧を出して、いつでも対応できる姿勢だ。だが、その紳士は態度を崩さない。二人がどのような存在か分かった上での態度だとしたら、余程の馬鹿か手練れである。

 

 わざとらしく優雅な動きで一歩、また一歩と近づいてくる紳士に対して、曹操は苛立ちと焦燥を覚える。苛立ちは自分たちの力に動じないことに対しての癇癪に近い怒り。焦燥は――先ほどまでの敗走も関係しているが――自分たちの力など本当は大したことはないのかもしれないという不安。

 

「名前はそうだな……」

 

 紳士は悪戯を思いついたように小さく微笑んだ。紳士然とした微笑みではあったが、同時に悪そうな影のある顔だった。

 

「『ナポレオン』と呼んでくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

「以上でグレモリーからの報告を終了する」

「…………」

「………………」

「……………………」

「マルバスより要請。グレモリーは機能に異常が見られる。迅速な修復が必要だ」

「アスタロスより追従。魔神の機能異常など前例がない。我らの知識では対応し切れぬ可能性がある。管制塔の担当はフローレンス・ナイチンゲールを呼び戻せ」

「ベレトより了承。すぐに手配しよう」

「グレモリーより抗議。先の報告には一切の虚偽、誇張、欠損、歪曲などない。まして、私の機能に異常などない」

「ハーゲンティより同意。人間や英霊は時に我らの想定を超える」

「アスモダイより主張。色欲は人間の精神にとって重要な構成要素だ。それを理由に我らからの提案を拒否しても何ら不思議ではない」

「フォルネウスより補足。我らの知る眷属悪魔とは事情が異なったのだ。肉体と引き換えの忠誠と推測される。異形との情事は一部の人間にとって価値がある。だが、そのような低俗など不認である。我らの救済対象ではない。今後はそれらを考慮した上で『悪魔の駒』を摘出する転生悪魔を吟味すべきだ」

「ガミジンより反論。単純に契約関係があるならば女性の胸について熱く語る必要などない。人間の心理からすれば、外聞の悪い本音は隠すはずだ。彼の本心ではなく、偽りの動機だったのではないか。人質を取られているなどの事情を隠すために、突拍子もない虚偽を言った可能性を提示する」

「ハルファスより提起。第五特異点では、数多の英霊が愛で動いた。呪いに抗い妻に会おうとした少年がいた。妻を寝取った部下と再び肩を並べた青年がいた。宿敵と戦うためだけに世界を壊そうとした戦士がいた。淫らな女の願いを肯定した狂王がいた。人間は愛と欲で動く生命だ。戦いの理由など、総じて低俗なものだ。性行為が目的で悪魔に成り下がる人間もいるのだろう」

「ヴィネより疑問。そも、悪魔に転生した影響で精神に異常を起こした可能性はないか。魂を改変させる道具ならば、精神を変質させても不思議はない」

「シトリーより否定。英霊ならざる人間の欲望などそのようなものだ。犯し、嬲り、貪る。世に言う『一般人』ほど欲望の塊はない。だからこそ、『俗物』と言うのだからな」

「バアルより否定。我らが復讐対象である藤丸立香も、元は魔道を知らぬ一般人だったはずだ。もしもグレモリーの言う転生悪魔が一般的な人間であった場合、藤丸立香も同じことになる。時間神殿が煩悩に突破されたとでも言うのか」

「アスモダイより反論。人間にとって愛とは欠けてはならぬ機能だが、すべてではない。藤丸立香も性的欲求の高い年頃だった。マシュ・キリエライトに対して欲情していたと推測する方が妥当である。我らが観測していないだけで、あの二人が肉体関係を結んでいた可能性も否定できない。むしろマスターとサーヴァントという関係上、していないと仮定する方が不自然ではないか」

「ベリアルより推測。状況や時期を考慮すると、時間神殿突入前の可能性が高い」

「シトリーより否定。我らの呼びかけと対応した時間を合わせて考えると時間が短すぎる。第一特異点の段階で肉体関係があった可能性もある。当時の彼らからすれば、果てのない旅の始まりだ。恐怖や不安を紛らわせ、信頼関係も形成できる」

「ブエルより追及。議題が脱線している」

「フラウロスより提案。ベリアル、アスモダイ、シトリーの三柱には永久的沈黙を推奨する」

「ゲーティア、乳で仲間割れ?」

「……オーフィス。我々(わたし)はある男に対して『なぜ言ってくれなかったのか』という憤りをずっと感じている。だが今、おまえに正反対のことを言いたくなった。頼むから黙ってくれ。それと、いつまでここにいる。固有結界の中にでも引きこもったらどうだ」

「我、ゲーティアに興味ある。我、ゲーティアをじーっと見る」

「そうか。邪魔だけはするな。あと少しなのだ」

「ナベリウスより報告。冥府との交渉に成功した。これでギリシャも手出し無用となった」

「ゲーティアより全魔神柱に通達。バアルとフラウロスの作戦が終了次第、作戦を次の段階に移行する。光帯を重ね、地獄を焼く。聖書焼却式(わたし)を終わらせよう」




グレモリーの報告を聞いて
→信じない
「あなた疲れているのよ」
→信じる
「人間ってそんなもんだって」
→別のことを連想する
「ところで、藤丸くんとマシュってどこまでいったの?」

キングゥ→京都妖怪 京都での生活はカルチャーショックの連続。色んな意味で。あと、将来的に九重とくっつけさせようとするのはやめて欲しい。でも居心地は悪くない。
京都妖怪→キングゥ なんか不憫な身の上っぽい流れ者。めちゃくちゃ強い。九重も懐いているみたいだし、上手くいけば京都の未来は安泰だな!
作者的に、ゲーティアは「今度こそ何かやり遂げさせたい」けど、キングゥには「幸せになって欲しい」感じ。
キングゥが『あの人』から言われた「どうか幸せに」は、FGOでもかなり上位の名場面だと思う。作者はあそこで『あの人』の正体に気づいたので、感動と同時に心が折れそうになったけどな!


曹操はまあ、うん。お察しの感じですね。

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