憐憫の獣、再び   作:逆真

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今年の配布はエリちゃんじゃないけど、ガチャの方で☆5エリちゃんとかあるんじゃない?
配布の方も、ビジュアルは出しているのに名前とクラスを伏せてあるのがめちゃくちゃ怖いわ。


番外編 夢の果てに死すとも・中の下

 絶霧によって展開された結界空間の中、凄まじい光の砲撃によって周囲は砂塵が舞っていた。

 

「××ってさ」

 

 巨大な盾を持った少女の後ろで、オレンジ色の髪をした少女がぽつりと呟く。言葉に込められた感情の内訳は、主人として叱責半分、友人として揶揄半分といったところか。

 

「感情的になってそれ使うと、派手に外すよね」

「ちゃんと当てられたのはラフムの群れだけでしたね」

 

 盾の少女も周囲を注意深く警戒しながら続く。

 

「言うな。生来の得物は槍なんだ。いや、言い訳するわけじゃないんだが狙ったら当たるんだよ。ただ、落ち着いて使わないと暴発するっていうか」

 

 対神奥義『偽・焼却式ⅩⅢ』。聖槍を起点に、宝具『覆すべき終末のⅠ』に収納されたあらゆる武具や神器を連動させて放つ光の一撃。有体に言えばレーザービームである。

 

 欠陥としては、そもそも××の戦闘能力と噛み合っていない。長年槍を利用してきた××としては長物の刃物の方が扱いやすいのだ。だが、この技を開発した当時は『群れ』との戦いが多発していたため、殺傷能力よりも殲滅力が重視する必要があったのだ。下手な砲撃でも的が多いため、特に練習の必要はなかった。

 

 苦手なのに思わず使っちゃう理由? この技が最高にかっこいいからだ!

 

「駄目じゃん!」

「××さんのそういうところ、本当に治した方が良いと思いますよ?」

「ぐふっ」

 

 本気で呆れたようなふたりの発言に再度吐血しかける××。

 

「いやー、とんでもない一撃だ」

 

 槍の一振りが砂塵を吹き飛ばし、英雄派たちの姿が露わになった。

 

 余波によって怪我人は出ているようだが、直撃したものはいないようだ。知っている顔が多いが、いるはずの顔もない。この世界線ではすでに死亡しているのか、英雄派を抜けているのか、この場にいないだけか。あるいは、最初から出会っていないのか。

 

 鋼鉄の看護師に心を折られることもなく、犯罪の天才を師と仰ぐこともなく、恥ずかしげもなく槍を振り回す餓鬼を見る。こいつは仲間を庇わないのだな、と憤る己を自嘲しながら。

 

「聖王剣を持っているから剣士だと思ったんだが。神器とも違うようだし、その棺桶は一体どういう武器なんだ? 堕天使の総督殿や赤龍帝と戦いに来たが思わぬ強者がいたものだ」

「曹操、僕も手を貸そうか? あの男がどうして聖王剣を持っているのか問い質したいしね」

「いや、俺ひとりでやろう。未知の強者との戦いも心躍るものだ。この程度の想定外も解決できないようでは、この槍を持つ資格なんてない」

「ごほっ!」

「だから何で吐血するんだ! 俺たちは何もしていないぞ?」

「自覚なしか。おまえたちの馬鹿さ加減は他人に吐き気を催すレベルなんだよ」

 

 頭をガリガリと掻き毟り、ストレスを隠そうともしない。英雄派に見せつけるように吐き出される深い溜め息。癇に障る態度だが、曹操たちは飛び出せない。その男は強い。先の攻撃もそうだが、いまこうして立っているだけの姿に隙がない。

 

 そんな曹操たちを見て、男は強く目頭を押さえた。

 

「八坂の大将をさっさと返してアジトでゲームしながら反省会をやれ。アイスとかポテチ食いながらでいいから。落ち着いたら中東の紛争地域にでも行って『本物の戦場』を見て来い。さもなくば……」

「さもなくば、なんだ?」

「心をへし折るぞ」

 

 それを聞いて英雄派は臨戦態勢に入る。

 

「ほう? いまのをもう一度放つってことかな?」

 

 身構える英雄を、××は鼻で笑った。かつての己――フローレンス・ナイチンゲールに心を潰される前の己がどれだけ浅はかだったのかを思い知らされる。

 

「のぼせ上がるな。おまえら如きにあれを何度も使うか。武器など不要。真の英雄は目で殺すというが、俺は半端者だからな。言葉で殺すとしよう」

「言葉?」

「では手始めに――おまえたちが貸してもらっている最強の龍殺しの毒はグレートレッドには通じない」

 

 それを聞いて、曹操は一瞬だけ動揺してしまった。彼以外の英雄派の構成員たちにも動揺が走る。

 

 計画がバレている。グレートレッドを召喚し打倒する。名分はオーフィスの要望を叶えるためだ。勿論、伝説の真龍を滅ぼした名誉を得るというのが本題だが。龍殺しの毒とはサマエルのことだ。『貸してもらっている』なんて言い方をしている点から考えても、この男はそれを知っている。サマエルの封印を管理しているハーデスの側から情報が漏れたのだろうか。

 

 だとしたら、男の発言は余計に聞き逃せない。

 

「どういう意味だ? 俺たちが何をしようとしているか知っているなら、俺たちが何を使おうと分かっているなら、どうしてそんな言葉が出てくる?」

「大前提が間違っているんだよ。根本的に思考が足りないんだよ。おまえら、どうしてグレートレッドがドラゴンだと認識しているんだ?」

 

 意味の分からない質問だった。そんなもの、太陽や月が星かと問うのと同義のはずだ。

 

「魔王や主神と並んで、龍王クラスとは一種の強さのラインとして扱われている。言わば伝説級だ。そんな龍王級ですら歯牙にもかけないのがグレートレッドだぞ? インド神話最強の破壊神シヴァですら圧倒的な開きがある。そんな例外中の例外。ランキングに乗せる意味もないほどの絶対。無限の龍神たるオーフィスさえ次元の狭間から追い出せるほどの力がある」

 

 グレートレッドの概要を、かの真龍がどれだけ常識外にいるかを再確認するように述べた後、男は意味深に肩を竦めた。

 

「そんな存在が、どうして俺たち程度を騙していないと思い上がっている? あれがドラゴンに擬態していたとして、おまえは気づける自信はあるのか? まして、あれは『夢幻』なんて曖昧な性質を持っているんだぞ?」

 

 一瞬だけ呆けて納得しそうになった自分を振り払い、曹操は反論する。

 

「ぐ、グレートレッドがドラゴンではないなんて、そんな馬鹿な話があるものか! 大体、何のためにそんなことをしている!」

「理由? なんとなく、とかじゃないか? 何も予定がない休日の服なんて適当に選ぶだろう? 当然、証拠などない。だが、グレートレッドがドラゴンであるという証拠なんてないんだよ。あの星の如き龍に対して俺たちの五感が正しく機能しているという証明は、不可能だ。グレートレッドがドラゴンであるか否かは、最強の龍殺しでも使わなければ証明できない」

 

 シュレーディンガーの猫というやつだな、と嘯く包帯男に曹操は反論が出て来ない。

 

 男の言う通り、証明は今回の実験で可能ではある。だが、もしもこの男の推論が正しかったら?

 

「有り得ない。有り得ない! グレートレッドは真龍だ。ドラゴンの中のドラゴン、『D×D』だろう!」

「逆に聞くが、グレートレッドがそう名乗ったのか? あれより弱い俺たちが勝手にそう呼んでいるだけだろうが。あれを最初に真龍と呼び出したのは誰なのかは分からないがな」

「お、オーフィスはどうなる!」

「個人的にはオーフィスの方が怪しい。あいつは言っちゃ何だが、頭も心も餓鬼だ。おまえたちにさえ騙せるくらい純粋だ。グレートレッドがドラゴンだから自分もドラゴンだと思い込んでいるなんて馬鹿な展開、十分に有り得るぞ。突然思いついたように『我、実はドラゴンじゃなかった』なんて言い出しても俺は全く驚かない」

 

 日本には思い込みで龍になった少女の逸話がある。恐るべきことに、この少女には異形の血など入っていなかったし、特別な異能など持ち合わせていなかった。ならば、神の次元さえ超えているオーフィスが思い込みでドラゴンになっているとしても不思議ではない。

 

「英雄なんてのはな、頭の螺子が外れていないと辿り着けないんだよ。英雄になるには偉業を為さねばならない。万人と同じ考え方をするような奴は万人と同じようなことしかできない。だったら、普通のことしか考えられない奴は絶対に英雄にはなれない」

 

 例えば、大西洋からインドを目指した航海。例えば、崖を馬で降りるという奇襲。例えば、大河から水を流した馬小屋掃除。例えば、世界の果てを目指した大遠征。例えば、大地を埋め尽くす串刺しの原。

 

 常人には理解できない発想があったからこそ、彼らは偉業を為した。狂気と紙一重。故に、特別なのだ。

 

「『グレートレッドはドラゴンではない』。この程度の発想も出ない奴のどこに英雄の素質があるんだ? 教えてくれよ、凡人ども。従来の常識に縛られているおまえたちが、誰も立ったことのない場所に立つなんて可能性は皆無だ」

 

 おまえたちに英雄の素質などない。

 

 そう断じてくる包帯男に、曹操たちは言葉が返せない。反論できるだけの知恵がない。神殺しの聖槍が、三国志の英雄の血が、それに従って集まった英雄を志す仲間が、何の役にも立たない。男の言葉を否定しようと懸命に考えるが、頭がぐちゃぐちゃになっていく。

 

 だって、そんな可能性は微塵も考えたことがなかったから。

 

「大体な、京都の土地質はグレートレッドを呼ぶのに適しているとは言い難いんだよ。グレートレッドを呼びたいならイタリアやイギリスでやった方がちょっとは可能性が上がったろうに」

 

 それは知っていた。だが、実のところは本当に僅かな誤差だ。グレートレッドを召喚するにあたって、この土地を選んだのには理由がある。おそらく、この男はどんな理由を言ったところで鼻で笑いそうな気がするが。

 

「それこそ、無理やりにでもこの土地でグレートレッドを呼ぼうとしたら魔力がいる。土地に由来するものではなく、外的な魔力が。人間如きに用意できない量の、莫大な魔力が。それだけの魔力が込められた魔道具があれば最善だな」

 

 男が何気なく言った言葉に、曹操は活路を見出した。

 

「だが、ないだろう? 神話の大物に協力者がいるんだろうが、おまえたちみたいな使い捨ての鉄砲玉にそんな貴重品を渡す馬鹿はいない。神々は狡猾だ。おまえたちにくれるものなんて、自爆用の手榴弾が精々だ。かと言って、偶然そんなラッキーアイテムを拾うほどの幸運などおまえたちにはあるまい。だっておまえら『ただの人間』だからな。天だの神だの運命だの時代だの、そんな大層なものに選ばれた英雄じゃな――」

「いや、ある」

 

 そう、あるのだ。英雄派にはそれがある。

 

「つい先日だ。俺たちは偶然、『それ』を手に入れた。途轍もない魔力を秘めた謎の魔道具を。黄金に輝く神秘の杯を」

 

 絶句している包帯男に、曹操はこれまでのお返しとばかりに畳みかける。

 

「確かに、京都でグレートレッドが召喚できる可能性が絶対とは言い難かった。だが、あれがあれば確実に呼び出せる。いや、そもそもだ。グレートレッドがドラゴンではないというなら大発見じゃないか。ああ、求めていたものとは違うがそれはそれで価値がある。勿論、俺たちはグレートレッドの正体がドラゴンであると疑っていないが」

 

 バケモノを倒すのはいつだって人間だ。人間でなければならない。そして、それは俺たちでなければならない。伝説の武器を生まれ持ち、伝説の英雄の血や魂を受け継いだ俺たちであるべきだ。そうでなければいけないはずだ。

 

「あの杯の存在がグレートレッド召喚を確実にしてくれた。これは俺たちが運命に選ばれているからに違いない。グレートレッドを倒し、俺たちが英雄だと証明してみせよう!」

 

 曹操は勇ましく宣言し、ゲオルグに一時撤退の合図を出す。認めたくはないが、この場にいてはこの奇妙な男にペースを崩されそうな気がしたのだ。事実上の遁走だが、曹操にその自覚はない。

 

 だから、最後に包帯男が送った言葉など届かなかった。

 

「そんなものに特別性はないんだ。おまえたちは……いや、俺たちはどの時代、どの地域、どの民族にもごく普通にいた『ただの人間』だったんだ。それに気づけないのなら、おまえは凡庸以下だよ」

 

 

 

 

 

 

 英雄派が撤退した後、一同は人目につかない森の中へと移動する。××の恰好が目立つこともあるが、一般人の耳がある場所でする内容でもないからだ。

 

 苛立ちながら、××が言う。

 

「これでやることははっきりしたな。あの馬鹿どものアジト突き止めて八坂殿を救出して聖杯を回収しておしまいだ。目当てのものが一か所にあったのは有り難い。手間が省けた。この地が特異点化しているのは聖杯が原因と考えていいだろう」

「葬儀屋。吾、もうちょっと遊びたかったのだが」

「言うな。俺だってな、最悪の想定が現実となって泣きそうなんだよ。何でよりによってあいつらが持っているんだ。あと、さっき見たことは忘れてくださいお願いします」

「でも何でここに聖杯が?」

「理由を考えるのは不毛かもしれないぞ? ハロウィンを思い出せ」

「エリちゃん、チェイテ城、ライブ、ピ……うっ、頭が」

「り、立香殿がすごい顔をしておる……。修羅にでも出くわした経験があるのか?」

 

 思い出し笑いならぬ思い出し頭痛に襲われる立香と、それを見て戦慄する九重。

 

「九重姫。すでにお察しかと思いますが、今回の件の解決はおおよその目処が立ちました。八坂様はあの連中に拉致されています。九尾の力と京都の力場、そして我々が探していた聖杯を利用して、真龍グレートレッドを召喚する模様です。貴女の口からも妖怪たちに説明してもらえますか?」

「うむ。母上が京都から連れ出されたら異変が起こるはずじゃから、母上は京都のどこかにおられる。あの者共の隠れ家もあるはずじゃ」

「しかし、今日まで見つかっていないことを考えると今から人手を増やしても難しいですね」

 

 マシュの言う通り、京都中の妖怪が血眼になっても手がかりさえ見つかっていないのだ。おそらく絶霧などを利用して必死に隠れているのだろう。

 

「こうして姿を見せたということは、間違いなく準備が整っている。おそらく今晩にでも実験を開始するつもりなんだろうが……。ちっ。簡単に予想できるのが腹立つ」

「おいおい、俺たちのことは無視か?」

「……何だ、堕天使の総督アザゼル。高校教師に扮して修学旅行の引率中だと聞いているが? 生徒たちの安全でも確認したらどうだ? 嫌がらせとして一般生徒が襲撃されている可能性はゼロではないぞ?」

 

 アザゼルへの毒舌に見せたようでいて、立香やマシュへの解説だ。先程九重も言っていたが、この人間にしか見えない男が本当に聖書に記された堕天使の総督らしい。そんな大物の異形が一介の高校教師に扮しているというのは、神秘の素人である立香にとっても意味不明だ。

 

 昨晩聞いた話では、この世界の聖書の勢力――神が崩御した天界陣営、初代四大魔王を失った悪魔陣営、幹部以外の大多数が死んだ堕天使陣営は同盟を結んでおり、その同盟は魔王のひとりが運営に関わっている日本の学園で行われたらしい。アザゼルが高校の教師をしているのはその学園。その性質上、件の学園には魔王の縁者が多く通っているため、その者たちの教育係としているのだという。

 

 この話を聞いたカルデアの者達はめちゃくちゃ混乱したが。文字通り世界観が違うのだ。

 

「それは追々な。それよりも優先しないといけないことがある。まず聞いておきたいんだが、おまえたちはどこの誰だ? 京都の姫さんと一緒ってことは、どうも禍の団じゃないみたいだが……。さっきそこの嬢ちゃんたちはカルデアって名乗ったが『星見』って意味だろう? 聞いたことがないが、ギリシャかどっかの戦闘部隊か?」

「答える義理はないな、総督」

 

 アザゼル。神に力を与えられた者。ああ、殺したい。殺してしまいたい。この世界線では聖書の神は未だに復活していないようだが、許せないことをした。

 

 しかし、この世界の人間でもないのにそれは八つ当たりでしかない。この堕天使を殺す権利があるのは、この男を憎むこの世界の人間だろう。それに、流石に総督を殺したとなれば『神の子を見張る者』全体が出てくる。下手に騒ぎを大きくするべきではない。

 

 今回の件は、愚かな妄想を抱いた若者が傍迷惑な実験に失敗したという範囲で終わらせる必要がある。そこに奇妙な魔道具があったことや、それを探していた集団の事実など記録されるとしても無視されるレベルでなければならないのだ。

 

「今回の事件はあくまで京都の問題だ。協力を要請されているわけでもないのに、正式に同盟を結んでいない三大勢力が首を出すのは越権行為だろう?」

「だからこそだ。大事な会談を成功させたいんでね。それに、グレートレッドを京都と九尾の力で呼び出すなんて話聞いて、黙って見ているわけにはいかねえな。そうでなくても禍の団絡みの事件なんだ。堕天使の長として、京都に力を貸したい」

「だ、そうだが、どうします? 九重姫。俺としてはこの場で三大勢力の力を借りたら、間違いなく不利な条件で同盟を結ぶことになりますからやめておいた方が良いと思うのですが」

 

 九重は××の言葉を重く受け止める。

 

「う、うむ……。そうじゃな……。母上がいないいま、私が決めねばならぬのだろうが……」

「この包帯野郎! アザゼル先生やサーゼクス様がそんなことするわけねえだろうが! 純粋にその娘のお母さんを心配しているからこう言ってくれているんだぞ!」

 

 そう口を挟んできたのは兵藤一誠。今代の赤い龍。ソロモンにアーチャーとして召喚された世界線の彼とは違って、××の歩いた歴史とほぼ同じ人格のようだった。

 

 彼の周囲を見れば、見知った顔があった。アーシア・アルジェント。ゼノヴィア・クァルタ。紫藤イリナ。彼女たちから感じる悪魔や天使の気配を感じて、××は少しだけ驚いた。気配云々の前に、アーシアに至っては××がよく知る狂気が感じられないが。こんな隙だらけで突けば壊れそうな弱い女ではなかったはずだ。

 

「あ、確かフラウロスが拾ったばかりの頃は……。あー、成程。人類の祖先がネズミであることを突き止めた学者はこんな気分だったんだろうな……。何がショックって、このことに負の感情も抱いていない自分に驚いているよ。『あ、そうなんだ。へー』くらいの感情しか沸かない。俺ってこんなに薄情だったか?」

「何わけ分かんないこと言ってんだよ! おまえテロリストじゃないみたいだけど、だったら何で絶霧を使ってたんだよ! 伏見稲荷で妖怪たちと戦っているところを俺は見たんだからな!」

 

 殺されたくなければ黙っていろ、という呪詛を飲み込んで××は呆れたように溜め息を吐き出す。

 

「妖怪たちと戦っていたのは誤解があったからで、それはすでに解消されている。それにしても、それが初対面の人にものを聞く態度とは。礼儀作法を始めとする教育がなっていないな。主人の器が知れるってもんだ」

「誤魔化すな! 部長は関係ないだろうが!」

 

 自分の評価は、主人や指導者の評価にも関わっているというのに、それに気づかないのか。権力に守られている立場であるという自覚がないのだろうか。

 

「でははっきり言ってやろう。俺をテロリストに仕立て上げようとして失敗したのが悔しいからと言って突っかかるのはやめてもらおうか」

「はぁ!? 何言って――」

「何故なら俺が持っている神滅具は絶霧(だけ)ではない」

「え?」

「神滅具。その中でも聖遺物とされるものは、先程の馬鹿が持っていた聖槍、魔女の操る聖十字架、そして聖杯とあるのは知っているか? 聖骸布や聖釘なんかもあるが」

「そ、それがどうかしたのか?」

「何でここで聖遺物の話が……。もしかしておまえ……!」

 

 兵藤一誠やアザゼルの反応を見て、この世界では神滅具の聖杯が発見されていないことを理解する。

 

「そうだ。俺が持っている神滅具(のひとつ)は幽世の聖杯。生命を弄ぶ禁忌の力だ」

「聖杯が発見されたなんて情報、俺のところにはねえけどな。だとしたら棺桶ってのはお似合いだが……。もしかして聖王剣を使えたのはそれが理由か?」

「当たらずとも遠からずとだけ。断っておくが、アーサーを殺したのは俺じゃない」

 

 そもそも、この世界線では生きているだろう。どのような立場かはともかく。先程の聖王剣を見た英雄派の反応からすると英雄派にはいないようだが。家宝であり国宝でもあるコールブランドを勝手に持ち出した身であるため、家には簡単に帰らぬし、公的な組織にも入りにくいはずなのだが。

 

「聖杯起動、宝具四重展開。聖邪逆転の天杯(クリフォト・オルタナティブ)

 

 棺桶が少しだけ動いたと思えば、勢いよく蓋が開かれる。そこから現れたのは黒い祭服を来た褐色の青年。人型をしているが、漂うオーラは人間のそれではない。このドラゴンに慣れた立香やマシュはそうでもないが、九重は小さな悲鳴を上げてしまった。三大勢力の面々も見たような反応だ。

 

 禍々しいオーラを感じ取って、一誠の神器に封印されているドライグが驚愕の声を上げる。

 

『このオーラ、まさかアポプスか!? 貴様は滅んだはず……、いや、これが聖杯の力だと! 馬鹿な、そこの人間、貴様なんというものを復活させたのだ!』

 

 ケルトの神殺しクロウ・クルワッハやゾロアスターの魔王アジ・ダカーハに並ぶ邪龍筆頭格の一柱、エジプトの太陽喰いの怪物、『原初なる晦冥龍』アポプス。

 

《おい、失敗作》

「その呼び方はいい加減やめろよ、駄龍」

《貴様など失敗作で十分だ。それよりも――》

 

 アポプスは何故かアーシアを指差した。彼の目に宿っているのは、落胆、失望、悲哀、嫌悪、侮蔑、憐憫の類だ。そんな目を向けられる心当たりのないアーシアはびくりと震えて一誠の背中に隠れた。

 

《何だ、この気持ちの悪い小娘は。こんな醜い生物は見たことがない》

 

 

 

 

 

 

 ――これで契約成立だな、京都妖怪の大将よ。我が一時の同盟者よ。

 

「うむ。妾もそれで良い、異界より辿り着いた魔神よ。我が一時の同居人よ」

 

 ――自称英雄共はおまえを使って真龍を呼ぼうとしている。だが、その術式を我が利用し、おまえを通じてこの都市の地脈に接続する。そして、都市に打ち棄てられた□□を集め、■■。

 

「おぬしの命題、か」

 

 ――そうだ。我は――我々はただの人間に敗北した。故に、我は人間の□□を■■たい。□□を■■ことこそ我が命題。この命題を証明できたなら、□□を■■たなら、我はあの敗北に納得できそうな気がするのだ。この都には打ち棄てられた□□で溢れている。その中には、我が命題の解答も存在するはずだ。安心しろ、我がこの身体から出て行く時にこの雑な術式は後遺症がないように消してやる。綺麗な身体で娘の下に帰るがいい。

 

「のう、我が同居人。このまま妾の中に巣食うつもりはないか?」

 

 ――何?

 

「そなたの唱える命題は狂っている。達成しても何の意味もない。証明しても何の価値も生まない。そも、何を以って証明とするのかさえ定かではない。割れきれぬ計算じゃ。終わりなき研鑽じゃ。ならばいっそ、敗北など忘れて、命題など諦めて、妾の中で生きてはくれまいか?」

 

 ――我のような存在を歓迎しようなど、客観的に見れば貴様の方が狂っているがな。

 

「何を言う。妾は悪魔に都を売ろうとしている女よ。他者の心がわからぬ悪魔よりも、こうして心を明かし合った魔神の方が余程信用できるというもの」

 

 ――この星の七十二柱か。我にとっても彼奴らは不快だ。ウェールズの龍如きに滅ぼされかけた劣等種が我らと同じ名前を冠するなど……いや、人間如きから逃げ出した我が言えた身分ではないか。

 

「おぬしは妾に知恵を貸して欲しい。一度世界を滅ぼすことに成功したという術式の叡智を。代わりに、妾は身体を貸そう。妾の身体が気に入らぬなら、別の身体を用意しても良い。京都を守って欲しい。この都の歴史を愛して欲しい。妾を助けてくれまいか?」

 

 ――断る。おまえの□□は■■価値がある。しかし人間だ。やはり人間の□□こそが望ましい。我が■■ならば人間の□□でなければならない。この命題は、あの敗北を理解するためのもの。意味がないとしても仕方がない。価値がないとしても関係がない。

 

「そうか。残念じゃ」

 

 ――何故、我が叡智を求める? 我を完全に受け入れるということはおまえの自己消滅の危険さえある。その妄執は沙汰の外だ。おまえは神仏や魔王になろうとしているわけではない。何がそこまでさせる?

 

「おぬしが過去を捨てきれぬように、妾は未来を諦められぬのだ。我々は、妖怪は、異形は永遠ではない。我らの国の歴史が始まるよりも前、ひとりの王が世界にかけた呪いが我らを蝕むのだ」

 

 ――我らの王と同じ名前を持つ男の呪いか。確かに、当時は影も形もなかったおまえたちにとっては負の遺産でしかないか。

 

「世界はいずれ妾たちを忘れてしまう。妾の代は保ったとしても我が娘、九重はどうなる? その更に先の子は? 我らは――世界に忘れられる日を怯えながら待つしかないのか? 亡き夫に託された京都を、そんな形で失ってしまうのか? そんなのは御免じゃよ。手段があるのなら妾はどのようなものでも利用する。それが、長年害悪でしかなかった勢力との同盟や、異界から流れ着いた敗北者に縋るような真似であってもな」

 

 ――なんと愚かしい。なんと生き汚い。なんと、美しい。嗚呼、その□□は美しい。おまえが人間だったら良かったのに。そうすれば■■てやれたのに。だが、その想いは言の葉にした方が賢明だぞ? 声にせねば伝わらぬものもある。娘や同胞に誤解などされたくあるまい。

 

「おぬしが言うと説得力が違うの」

 

 ――そう言うな。我は、我ら七十二柱は無慈悲な王の本質に気づけなかった。我ら七十二柱は平凡な女の動機を知ろうともしなかった。故に負けた。故に滅んだ。だからこそ、我は□□を■■たいのだ。

 

「命題の証明を諦めたなら、いつでも妾の身体に戻ってくるといい」

 

 ――返答は不変である。




××は『自分が生きた時間軸とは別の世界線』を知っているので、アーシアたちが三大勢力側でもショックは少なかったりする。少なくとも表面上は。

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