憐憫の獣、再び   作:逆真

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投稿が遅れて申し訳ない。
雨が悪いよ、雨が。
あと、休みくれない会社が。


人よ、再び我が楽園に

 四千五百年前、ある堕天使を殴り飛ばしたと伝えられる預言者は人類解放の大計画を開始した。

 

 三千年前、七十二柱の悪魔を屈従させた魔術王は『真理』を組み立てた。

 

 二千年前、神の子と言われた救世主は獣殺しを放棄した。

 

 千五百年前、聖剣を抜いた騎士王は神代の乖離を加速させた。

 

 千二百年前、布教を唱えた大帝は現実と神秘を理解し区分した。

 

 八百年前、聖地奪還を目指した獅子心王は幻想から旅立った。

 

 六百年前、百年戦争を終わりに導いた聖女は永遠に辿り着いた。

 

 そして現代。

 

 彼らの挑戦は失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

「HAHAHA! よお、京都妖怪」

「これはこれは、帝釈天殿。貴方も避難の途中ですか?」

「まあ、そんなとこだ。ついでに、話をつけなきゃいけねえやつがいてな」

「キングゥのことですかな?」

「俺が言ってんのは、確かにキングゥでもあるんだけどキングゥじゃねえんだよなあ」

「はい?」

「聞いてんだろう? 見えてんだろう? なあ、()()()()()()()

「――――気づいていたか、拝火教の魔王インドラ」

「俺は他の連中より早くヒントをもらっていたからな。これでシヴァの奴より一歩リードってもんだZE! ……それから魔王の位なんざとっくの昔に捨てた。今の俺は仏門の帝釈天だ」

「兎一匹救えぬ悪霊が、神仏を名乗るとは笑わせる」

「…………安い挑発だな」

「ぐ、グレートレッドじゃと? 何故グレートレッドがキングゥの中におるというのじゃ!」

「笑止。この人形(キングゥ)抑止力(わたし)の力を使った。ならば真龍(わたし)がキングゥの肉体を使えるのも道理であろう。少なくとも、この人形の身体を使って何かをしたということはない。この瞬間を除いて、見聞きの道具にしていただけだ」

「何が目的じゃ! 早くキングゥから出て行くのじゃ!」

真龍(わたし)に目的などない。真龍(わたし)にとって重要なのは経過だ。目的を持つのは別の抑止力(わたし)の仕事だ。今回の結果がどのような未来をもたらすかなど真龍(わたし)には興味も関係もない」

「じゃあ、おまえの仕事ってのは何だ?」

「決まっているだろう、悪魔を可能な限り有効活用して滅ぼすことだ」

「何?」

「四千五百年前、開闢を成した英雄王がいた。時代を重ねるように、救済を求めた預言者がいた。どちらかならば問題はなかった。どちらかが成功していれば、あるいはどちらかが失敗していれば問題はなかった。だが、あのふたりはどちらも失敗した。失敗するはずのない大偉業が失敗に終わり、星の進化が大幅に遅れた。その結果が、悪魔の滅びの決定だ」

「四千五百年前じゃと?」

「歴史浅き妖怪ども、汝らが知らぬのも無理はない。あのふたりが何をしたのかは、ソロモンの『真理』ほど明確に認識されていない。何故ならば――四千五百年前に何があったか、あのふたりが何をしようとしたか気づいた異形はたったの二柱。預言者を導けなかった悪意の蛇と、英雄王に袖にされた阿婆擦れだけだ」

「ああ、そうか。あの変革は、四千五百年前のアレは、そういうことだったのか。まさかギルガメッシュとモーセの仕業だったとはなぁ」

「何故悪魔なのかは重要ではない。ギルガメッシュやモーセの失敗はソロモンが『真理』という形で受け継いだ。だが、ソロモンには誰もいなかった。神の子もブリテンの王も大帝も計画を引きつぎながら、理想は否定していた。だから失敗した。だから人類は敗北した。抑止力(わたし)神代(おまえたち)からの人類解放。そんな妄想は四千五百年前に失敗しているのだ」

「アレが失敗だって?」

「この三千年間、この星に、この宇宙にソロモン以上の王は生まれなかった。これからも生まれない。魔術王を超える救世主が生まれる可能性は、今日途絶えた。英雄たちの成長が、救世主誕生の未来を捻じ曲げた。重要なのはそれだけだ」

「悪魔を滅ぼすことで、人間の可能性に制限を与える。それがおまえの役割だったってわけか?」

「この時間軸でも成功した。しかも今回は抑止力(わたし)の仕事が最低限で終わった。参考になった。これで七万八千五百十三番目の成功だ。夢幻(わたし)は必ず、残り八億九千六百万二十一の時間軸でも成功してみせる」

「――何だ、この数時間で悪魔は滅んだのか。HAHAHA! あっさりしてんZE!」

「笑ってやるな、悪霊。明日は我が身だぞ」

 

 

 

 

 

 

「何故だ」

 

 ソロモンはゲーティアに殴りかかった。

 

 元々宝具のぶつけ合いで死に体になっていたゲーティアだが、ソロモンもまた体内を食い荒らされる激痛に耐えながらの一撃だったため、大したダメージは与えられなかった。

 

「何故だ、ゲーティア! 何故、こんな方法を選んだ……!」

 

 血を拭いながら、ゲーティアは簡潔に答える。

 

「この方法が一番手っ取り早いからな」

「おまえが死ねば、英雄派はどうなる!? この星の人類はどうなる! おまえは守りたいと思ったはずだ。思ってくれたはずだ! 道半ばで消えるというのなら、『真理』を――人類の希望を道連れにするような真似はやめろ!」

「逆に聞くがな。何故、おまえが導こうとしなかった……!」

 

 人王は拳に力を込めて、殴り返す。

 

「何故、『真理』など作った! 何故、事実を歪め、神代を乖離させるという呪いを作り上げた。何故、外宇宙から我々を呼び出した。こんなことができるなら、おまえ自身の力で、どうにかできたんじゃないのか!」

 

 その問いに、唯一神ソロモンは歪な笑顔を浮かべる。

 

「決まっているだろう? 俺では駄目だった……俺では、駄目だったんだよ!」

 

 無能な王。無力な王。

 

 ああ、言い得て妙じゃないか。濡れ衣でも言いがかりでもない。ただの真実でしかないじゃないか。

 

 だって俺は――失望してしまった。外宇宙にある、この星の人間とは違う人間達が魅せた奇跡と、この星の人類の無力さを比較して、失望してしまった。救うべき民に失意を抱き、怒るべき過去を恥ずかしいとすら思ったのだ。

 

 俺では駄目なんだ。こんな無様な王では、人類を幸福になどできない。

 

 誰かひとりでもいい。俺以上の力と、俺以上の愛で、人類を導ける救世主が必要だった。人類を愛し、人類から愛される人王の誕生を願った。

 

「俺以上の王が必要だった! 俺以上に人間を信じられる、人間の為に尽くせる王が必要だった!」

 

 魔術王を超える救世主。自分の死後千年後、今から二千年前の『神の子』はその道を選ばなかった。人間の胎から生まれ、人の世の理不尽さと異形どもの暴挙を知りながら、『神の子』は救世主でありながら世界を救わなかった。

 

 星の聖剣に選ばれた騎士王も、勇士を率いた大帝も同じだ。彼らは自分の国だけを守った。自分の時代だけを愛した。

 

 誰も魔術王の理想を引き継ぐどころか、見てさえくれなかった。

 

 魔術王が生まれる前も死んだ後も、誰も彼もが無能だった。無能な王ばかりだった。

 

「ようやくだ。このために、三千年も無駄に、人間を見殺しにしてきた! 全ては『彼』に、俺の全てを受け継いでもらうため! 俺は必ず『彼』を見つけ出し、彼を育て上げてみせる……!」

 

 他の時間軸から来たセイヴァー。彼がこの宇宙で生まれた存在ならば、この時間軸にも彼は存在するはずだ。彼ならば、きっと魔術王以上の人類の指導者になれる。

 

 誰でも良かったのだ。自分以上の王になってくれるなら、誰でも良かった。どんな悪辣な反英雄の魂を継いでいようと、どんな弱い神器を生まれ持っていようと、どんな罪深い異形の血を引いていようと、どんな理解しがたい狂気を抱いていようと、誰でも良かった。

 

 無能な魔術王に代わって、救世主が人類を愛してくれるなら、ソロモンは誰でも良かった。

 

「ふざけたことを抜かすな!」

 

 人王は否を突き付ける。戯言をぬかすなと、怒りを振るう。

 

「それでもおまえは、信じてもらえたんだろうが! 人類から求められたんだろうが! 勝手に絶望して、勝手に役目を放棄した人理補正式(わたしたち)とは違う。おまえは願われたんだろう、おまえが愛した人間に! 正しく王として!」

 

 全能であり不死であるが故に、不完全な人間を理解できなかった魔神王ゲーティア。「生きるために戦う」という根源的な願いさえ把握できなかった愚かな人理焼却式。

 

 この魔術王が掲げる理想は、かつて己が目指した傍迷惑な大偉業の真似事だ。

 

 この王は決定的なものが欠如していた。人類を信じ抜きながらも、あらゆる修羅神仏の思想さえ理解しながらも、ここまで長期的で絶対的な計画を立てながらも。

 

 この男には自信がなかったのだ。自分が人類を救えるという自信が。

 

「助けを求める手を、踏みにじってどうする? その手を取り、共に笑い合うことが、おまえが求めた未来ではなかったのか!? できたはずだ。誰もができると信じ、願ったはずだ。神になってくれと、頼んだんだろうが! おまえが描いた理想に、おまえが愛した誰かの――女王の笑顔はあったと言うのか!」

「黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ! 俺は自分の罪を償おうとしただけだ。俺は人類の未来を手に入れたかっただけだ! その俺の理想のどこに、間違いがあると言うんだぁああああああああ!」

「間違いしかないと、言っているんだ、この愚か者めが……!」

 

 およそ人理焼却の実行犯と真理構築の唯一神との闘いとは思えぬほどの、野蛮な殴り合い。しかし彼らの本当の闘いは目で見える拳の応酬ではなく、崩壊が停止しない『真理』と『システム』の内部でこそ繰り広げられている。さながら、コンピューターのウイルスとファイヤーウォールのように。

 

「未来なら――おまえから見た未来ならば、いま、ここにあるだろうが! おまえは過去の老害、我々は異世界の異物。彼らの未来は彼らのもの!」

「黙れ、この世界は俺が作ったものだ! 俺が描いたものだ! 俺が望んだ形で終わらなければ意味がない! そうでなければ、また絶望の時代が始まってしまう!」

「この世界の価値を決めるのは、おまえでも我々でもない! 思いあがるな、唯一神。秩序が失われ、味方がいなくなったとしても、悪と定められたとしても。諦めない限り――惜しげもなく過ちを重ね、あらゆる負債を積み上げてなお、希望に満ちた人間の戦いは終わることはないのだから!」

 

 どんな言葉を交わしても、両者の主張は平行線だ。

 

 ここでソロモンを終わらせる覚悟のゲーティアと、このままでは終わるしかないソロモン。あとは時間の問題。『真理』と『システム』の内部への干渉、内側からの破壊活動が間に合うかどうか。ゲーティアが勝てばソロモンは残留思念さえも残らず消滅する。魔術王の狂気は今度こそ止まる。ソロモンが勝てば思念だけでも残り、何らかの手段で次の計画を作り直せる。

 

「ぐぅぁあああああ…………!」

 

 だが、次? 次などあるのか? 『真理』を組み立てるには材料が不足している。悪魔は全滅しているし、星中の修羅神仏を二度も騙すのは不可能だ。真実と神話の乖離が進んでいる以上、神魔の力自体三千年前よりも弱体化している。トライヘキサやオーフィス、グレートレッドを使用しても同じだ。それに、また三千年待てと言うのか? 人類が修羅神仏の食い物にされる歴史に、また耐えろと言うのか!

 

 そんなのは御免だ。

 

 材料がないのならば最初からやり直すだけだ。

 

「最終宝具、起動!」

 

 人間が最も幸福だった時代。それは間違いなく創世期の頃だ。何故ならば、その時代、人間は罪など知らなかったのだから。罪など持たず、悪など成さなかったのだから。

 

 人間が知恵の実を食べた瞬間から、神の完璧さが歪んでしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間を取り戻そうというのなら、それは純粋な存在でなければならない。罪も悪も、神以外に抱く愛さえ不能だ。

 

人よ、再び我が楽園に(ジェネシス・エデン)!」

 

 それは、すべてを零にする“  ”。

 

「貴様――!」

 

 拳を振りかざしたゲーティアは、ソロモンの背後にひとつの人影を幻視した。


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