憐憫の獣、再び   作:逆真

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短編としての投稿時「反響次第では連載してみようかなー」
二話投稿時「結構受けたみたいだし連載しよう。十話くらいが目処だな」
ベディ登場時「よしベディ出したんだし獅子王も出そう。二十話くらい増えるかも」
四十話くらい「うーん、ここまで来たら七十二話を目標にしてみようかな(笑)。流石にそこまでは無理だから番外込みで七十二話で」
現在「やべえ、これ全七十二話で風呂敷畳めるのか?」


断罪

 実は、世界神話会談に参加していたミカエルは偽物である。熾天使のひとり、メタトロンが影武者として参加した。

 

 これは魔神や他神話勢力がすり替わっていたというわけではなく、天使が天界のため――否、神の復活のために行った策略である。

 

 神の復活。

 

 皮肉にも真なる魔王ルシファーの実子であるリゼヴィム・リヴァン・ルシファーから伝えられた神の復活の儀式は実現可能なものだった。

 

 だが、そのためには指輪が必要だった。

 

 しかし、ミカエルたちは考えた。――指輪ではなくとも、良いのではないか、と。神が作った聖遺物ならば他にもある。指輪は偽物だった。聖槍は所在が不明だ。聖十字架や聖杯の本物は欠片しか残っておらず、神滅具としてのものも所在不明だ。

 

 それでも、天界に保管されている聖遺物はまだまだある。その中でも最高の出力を実現できる、ともすれば指輪さえ上回る聖遺物が一つだけあった。

 

 預言者モーセの遺産、聖櫃である。聖書の神が復活可能であると知った天使たちは喜んだ。それがサマエルの思惑であるとも知らずに。

 

 ソロモン、サマエル、聖書の神。この三者はそれぞれの計画を利用し合い、奪い合い、潰し合った。

 

 第一案、人類悪の再利用は、ソロモンがトライヘキサに原罪を継承させることで中断してしまった。

 

 第二案、アザゼルに藤丸立香を召喚させて連鎖的に異世界から資源を呼び込もうとしたが、初代山の翁からの警告によって妨害された。

 

 第三案、兵藤一誠の暴走によるエネルギー回収は、ゲーティア達が導いた人間達によって阻止された。

 

 そして、これこそが第四案。聖遺物と『システム』を核にした神の復活。皮肉なことに、この第四案こそが最も神に相応しい手順であり、最も成功率が高い方法だった。この第四案こそが聖書の神、否、サマエルの本命とも言うべき唯一神への転生計画。

 

 問題は、この計画をミカエルが和平関係にある勢力――悪魔と堕天使に対して秘匿したことだ。敵を騙すならまず味方からと言う。ならば、敵を騙すことに何の不条理がある?

 

 唯一神とは絶対にして至高の存在。それが失われたままであることは世界の損失だ。それを分からぬ愚か者を騙して何が悪い。神がいなければ世界に価値などないというのに――。

 

 神とはただ一柱。我らが主のみである。

 

「――などと、貴殿らは考えているのだろうな。我々の神話を破壊した時も同じようなことを言っていたな。反吐が出るよ」

「が、があ……」

「そもそも、その程度の信頼関係で各神話の協力など……愚かにも程がある」

 

 血だらけのメタトロン。

 

 ウリエルやラファエルの無事を確認するという名目で会談の場から脱した彼は、天界に戻るつもりだった。全ては主人のため。唯一神が世界を収め、楽園を取り戻すため。

 

 しかし、会場を出たところで目の前の悪神、ロキが待ち構えていたのだ。まるでメタトロン――否、ミカエルの計画が筒抜けであるかのように。メタトロンの正体を分かっていたような態度だ。

 

「それにしても貴殿も難儀だな。よくもまあ、神話の時代から今日まで正体を隠してきたものだ。半信半疑だったが、まさか本当に()()()()()()

「ま、魔神柱か……? 貴様が、貴様のような田舎の神もどき(モンスター)如きが、我が主の計画を知っているのは、奴らに唆されたか――!」

「否。このロキの行動にゲーティアなる存在は関わっていない。我が娘ヘルとは通じていたようだが……私には関係のないことだな」

「何……?」

「私だけではない。『彼』はシヴァやメフィストフェレスにも話をつけているそうだ。オーディンや帝釈天はともかくハーデスあたりには顔を見せているだろうな」

「『彼』?」

「有り得たかもしれない世界の来訪者だ。あの棺桶に詰まっているものが貴様ら三大勢力を殺し尽くしたと聞けば、多少は溜飲が下がるというもの。――我らの神話が滅んだとしてもな、残されたものはあるのだから」

 

 ロキの傍らには最強の魔物であるフェンリルが佇んでいる。神喰狼の名に相応しい威圧感を以って、巨大な狼はその顎を大きく開く。

 

「すまぬ、サンダルフォン……ああ、我が主よ……貴方様の復活を遂げられぬとは無念でございます」

 

 今わの際に、大天使は双子の兄弟と仰ぐべき主人の名を紡いだ。

 

「申し訳ございません、()()()()()……!」

「さらばだ、蛇の手先。フェンリルの血肉となるがいい」

 

 これにて、神の悪意は完全に潰された。

 

 

 

 

 

 

「――汝を純白に消し去った未来に誘おう」

 

 至った。

 

 ヴァーリ・ルシファーは真に『超越者』に至った。

 

 歴代最強の白龍皇ヴァーリ・ルシファー。魔王の血筋と白い龍の力。それらに恥じぬ天賦の才能。そして、注ぎ込まれた無限の龍神の蛇。それらが一体となって、ヴァーリ・ルシファーという超越者を生み出した。サーゼクス・ルシファーに倣うならば、彼はもう龍の領域からさえ逸脱している。

 

 鎧の形状は、暴走状態の時のそれではなく、通常の『白龍皇の鎧』に近いが、放たれるプレッシャーはより精錬されたものに変わっている。

 

 しかし、ヴァーリはその力を振るおうとはしなかった。

 

「違う」

 

 何かが違う。

 

 自分の身体には膨大な力が溢れている。いまならばグレートレッドやオーフィスにも届きそうな気さえする。だが、目の前の死神に対して恐怖を感じていないのはこの力が理由ではない。恐怖と混乱で狂っていた頭が妙に冴えわたる。

 

 しかし、何の達成感も満足感も充実感もいなかった。感情らしい感情も戦闘意欲もない。宇宙に放り出されたような、一切の空虚がヴァーリの精神を支配した。

 

「……いいや、違うんじゃないか」

 

 最初から分かっていたことだ。

 

 ふと脳裏に、懐かしいものが蘇った。まだ祖父と父に虐待されていた頃、母の作ってくれたパスタだ。思えば母は無事なのだろうか。ちゃんと生きているのだろうか。そんな場合ではないというのに、会いたいと強く願ってしまった。

 

「今一度問おう」

 

 黒衣の死神から殺気はない。

 

「白龍皇よ、貰い物の翼で何処を目指す?」

 

 おまえが行きたかった場所は其処なのか、と死神は問い掛ける。

 

 分かり切っていたことだった。辿り着いてしまえば、何と簡単なことだ。高山の頂きから大地を見下ろすように、何もかもがよく見えてくる。

 

 一瞬だけ、ヴァーリは自らの過去を噛み締める。祖父のこと。父のこと。母のこと。アザゼルのこと。グレートレッドのこと。ラヴィニアのこと。幾瀬鳶雄のこと。オーフィスのこと。美猴や黒歌のこと。兵藤一誠のこと。キングゥのこと。そして、自分自身のこと。

 

「俺は――」

 

 

 

 

 

 

「君は王になるべきではなかった」

 

 ラウムの指摘を正面から受け、サーゼクスはたじろくこともなく、戦いを決意する。

 

「私たちの何が君達をそこまで動かすのは分からない。だが、それでも私は魔王として、君達、外宇宙から襲来した存在を倒そう。愛する民と、家族のためにも」

 

 優しき王として知られるサーゼクスは視線を冷たくし、人差し指を立てる。

 

「我が眷属、我が妹、そしてイッセーくんに向けた悪意、万死に値する。私は一切の躊躇無く貴殿ら魔神柱と魔術王ソロモンをこの世から滅ぼし尽くす」

「そうか。この期に及んでそう嘯くか」

 

 アンドロマリウスやグラシャ=ラボラスがセラフォルー・レヴィアタンに告げたはずなのだが、どうやら伝わっていないらしい。アモンとカルナもそれらしいことは言っているはずなのだが、眷属から話は聞けていないらしい。

 

 ラウムはトスカに視線を落とす。

 

「人間。人間だよ、偽りの魔王。それが私たちの動機だ。確かに、貴様らにとって私達は招かれざる客――降臨者だろう。だが、私達はこの世界の人間に哀れみを抱いた。私達はこの世界の人類の救済を決意した。そのために君達が邪魔であり有害であり()()だったのだ」

 

 その言葉に、アザゼルは青筋を浮かべる。

 

「義憤、だとでも言うのか? どうやら、こっちの七十二柱と違って、てめえらはソロモンと同じように戯言が好きらしいな」

「黙れ。黙るがいい。懲りもせず真実から目を逸らす害獣どもめ……! いい加減君も理解している頃だろう、アザゼル。君達では、何も救えないと」

「おまえたちみたいな破壊者に何が分かる! 神の死後、俺たちがどれだけの心血を注いで勢力と世界の均衡を守ってきたと思ってんだ。人間を救うだと? その人間に敗北して、この世界に逃げて来た奴の手下とは思えない言葉だな。あの詐欺師の仲間なら、もうちょっとマシな嘘を吐いたらどうだ!」

「逃げてきた、だと?」

 

 まさか時間神殿の崩壊から逃げ遅れた特使五柱のことを言っているのではないだろうなと怪訝に思うラウムだったが、アザゼルの推論は予想外にして必然的なものだった。

 

「キングゥの話なら終わったぜ。おまえらの王――そっちの世界のソロモンはこっちのソロモンみたいに人類を、星にあるすべてを利用し、破壊した。そして、人類最後のマスターとやらに敗北してこっちの世界に逃げ出したんだろう? 漂流した先にいた同じ名前の男同士が協力し合い、おまえたちはまた世界を滅ぼすことを決めた。ご丁寧に俺達三大勢力だけが標的みたいな戦い方をして、各勢力間の協力を取れないようにしてな。腐敗? 変革? 陳腐だな、おい。そういうセリフは一番最初に死ぬ敵役の言うことだぜ? この世界の人間を甘く見るなよ、おまえらみたいな奴らに余計なお世話を焼かれなくても、世界は回るんだからな」

 

 その瞬間、ラウムの霊基が歪な音を上げた。

 

「――――――――ッ」

 

 キングゥの開示した情報に穴があるのは、契約に触れないため、というよりは三大勢力への嫌がらせも多分に含まれている。故に、アザゼルが頓珍漢な推測をしていることは予期していた。

 

 だが、まさか――まさか聖書の神が人類悪を用いての復活を目論んでいることを、『システム』を時限的に起動させてゲーティアやキングゥを呼び寄せたことを、自分達が一度完全に消滅した『本来ならば有り得ない復活』を遂げていたことを丸ごと話していないなんて予想されていなかった。

 

 トライヘキサが聖書の神が復活を目論んでいることは先程公言したが、まさかそれが魔神やソロモンと強く結びついているとはアザゼルも思いつかなかった。否、彼ならばいずれは辿り着いただろうが、時間も判断材料も不足していたのだ。

 

「――ひどく的外れな意見だ。不愉快だ。実に不愉快だ。唾棄すべき感情だ。あの男への冒涜など切って捨てるべきだというのに。だが、誤解は解いておこう。この世界に私たちのソロモンなど来ていない」

 

 あの男はもうどこにもいない。訣別をなした男の記録は星から削除された。ゲーティアやキングゥがそうであったように、この世界の『システム』を使えばあるいは、とは考えられる。だが、そんな愚行は御免だ。

 

「それどころか、あちらで行った人理焼却にあの男は関わっていないのだ。あんな無能で無慈悲なように見えて、他者の悲喜交々に共感する自由も悲劇に怒る権利さえなく、ただの人間に憧れていた忌々しいだけの臆病者が、私たちの理想に共感できるはずもない」

 

 あの男の、人としての決断を見送る。それこそが、七十二柱最後の忠誠である。

 

「加えて言うなら、貴様らの外敵である誇大妄想狂(ソロモン)も我々にとっては敵だよ。キングゥは敢えて言わなかったようだが、我々を呼び出したのは直接的には彼ではない」

「なんだと……! じゃあ誰なんだ、てめえらの王ってのは。この世界にどうして来たって言うんだ」

「聖書の神さ。そして彼らの王は『ゲーティア』と言うらしい」

 

 ラウムが答えるよりも早く、アザゼルの問いかけが終わる前に、その場にいた破壊神の口から真実は語られる。

 

「いや、こう言うべきか。元凶はこっちの魔術王ソロモンだ。発端は聖書の神だ。そして、黒幕は『禁じられた蛇』サマエルだと」

 

 傍観者に徹するつもりかと思っていたシヴァからの言葉に、一同は驚く。

 

「何故そんなことをおまえが知っている、シヴァ! おまえ、まさか……!」

 

 まさか魔神とグルだったのかと糾弾するアザゼルに、破壊神は涼しい態度だ。その態度はやはり傍観者そのもの。口こそ挟んでいるが、全てが終わるまで直接的に干渉するつもりはないらしい。

 

「聞いたんだよ。この会談が始まる前に、とある可能性からの来訪者からね。キングゥの話に嘘はなかった。そして、彼は契約を守った。魔神柱のことは話さず、真実を開示したのだから」

 

 言外にキングゥを責めるのはお門違いだとアザゼルを詰るシヴァ。

 

「随分と詳しいな、インドの破壊神。情報源はアーチャーか」

「あーちゃー?」

「棺桶を持った、火傷顔の青年だ。あるいは包帯で顔を隠していたかもしれないが」

「棺桶は持っていたけど、火傷?」

 

 自分達の思っている『棺桶の持ち主』が微妙に噛み合っていないことに気づくシヴァとラウム。

 

「とある可能性――並行世界からの来訪者とでも言う気か?」

 

 意外にも、アザゼルはその一言だけでシヴァの情報源に気づいた。丸っきり違う法則の異世界から来訪者が来るのだ。少しだけルート分岐した同じだが違う世界からも来訪者が来てもおかしくない。

 

「こういうことに関しては頭の回りが早い。その視点をもっと広く持つべきだった」

「だとしても、どうしておまえはそいつの話を信じる? 何故、協力しているかのような口ぶりなんだ。どうしてもっと早くにそのことを言わなかった。ソロモンや聖書の神が相手だというなら、世界中の神魔が協力して戦うべきだろうが!」

「君たち三大勢力に関する面白い話を聞いたからだよ。特にアザゼル、君の話は傑作だった。愉快すぎて笑えなかった。結論から言えば、君達との協力は不可能だ」

 

 シヴァから殺意と怒気が溢れ出す。それは今から発生したというものではなく、今の今まで抑え込んでいたものが我慢の限界を迎えたのだ。

 

「その歴史では、トライヘキサとゲーティアが共倒れし、聖書の神が復活する」

 

 それを聞いて、アザゼルとサーゼクスは冷や汗を流す。ソロモン対策としてリゼヴィムに提案された聖書の神の復活が露呈したのかと。

 

「復活した聖書の神はラフムなる異形を生み出し、人類を狩り尽くすことを命じる。ラフムだけではなく、天使と悪魔と堕天使にも同じ命令を出したそうだ」

 

 アザゼルはラフムという異形の詳細が気になったが、それを上回る衝撃の事実をシヴァは突き付ける。

 

「そして、アザゼル。君は人間を裏切るらしい」

「あ?」

「裏切るという言い方は間違いか。正しくは切り捨てるが正しいかな。君だけではない。全ての堕天使は人間を殺し尽くす、とのことだ。堕ちてきた者たち(ネフィリム)だっけ? 彼らの首も差し出したとか」

「はッ。有り得ないな。俺が、鳶雄たちを裏切るとでも?」

 

 それが真実だとしたら俺たちの絆と甘く見過ぎだと続けようとしたアザゼルを、シヴァは遮る。侮蔑を込めて、ある世界の真実を告げる。

 

「聖書の神は――人間の絶滅が完了すれば君達堕天使を天使に戻すと言ったそうだ」

「――馬鹿を言え! 今更神のところに帰ってどうなる――」

「あ、アザゼル? どうして――」

 

 ふと朱乃が悲痛な声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、貴方は笑っているんですか?」

 

 白い翼(むかし)を取り戻すために人間(いま)を切り捨てたと聞いて、何故笑っている?




『門』は閉鎖された。
『道』は破壊してきた。
『檻』を解放する手段は整った。
だけど、その前に。
伝えたい言葉がある。

次回「約束」

“私達は生きている”と。

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