憐憫の獣、再び   作:逆真

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「書けば出る」って迷信じゃないみたいですよ(意 婦長が来ました)


ソロモン敗れる

「ウァサゴより提唱。第一の疑問は、あの忌々しい神が何故我々に黙示録の獣を倒させようとしているのか、だった。オーフィスでもグレートレッドでもなく、何故黙示録の獣なのか。まして、何故それを封印したのか。無駄な手間が多いように見受けれられる」

「マルバスより展開。当初は復活計画を他神話に知られないためだと考察された。だが、この仮説が正しかった場合、これまでの行動に矛盾が生じる」

「オロバスより補足。我々やキングゥを『システム』で復元できるというのならば、計算上はあと百年から三百年ほどで神の復活に必要なエネルギーも回収できるはずだ。現代の各神話間の冷戦状態を省みれば、決して異世界の干渉のリスクを冒す意義はない」

「アロケルより考察。聖書の神には統括局と黙示録の獣を戦わせようとする動機があった。唯一神の目的は単純な復活ではない。我々にさせようとしていたのは復活のためのエネルギー回収だけではない」

「マレファレより推測。私たちは発想を逆転させた。重要な部分は『我々』ではなく、『666』なのではないかと。即ち、あの神には黙示録の獣を倒さなければならない事情がある、または倒すことで利益を得る手段があるのではないかと」

「アガレスより想起。すべての神話にとって最も排除すべき存在が、この世界にはある。此方のソロモンが築いた『真理』の術式だ。当然、あの間違った定義の神にとってもあれは邪魔な障害であるはず」

「バアルより結論。この世界の黙示録の獣の正体こそが、この世界の我々だ」

「ガミジンより解説。つまりかの獣こそが『真理』の術式――」

「サブナックより緊急連絡。生命院に拘束していたヴァーリ・ルシファーが脱走した」

 

 

 

 

 

 

 獅子の兜の騎士のオーラが爆発的に――より正確には二倍に膨れ上がった。そして、槍の先端を紅の魔王――サーゼクスへと向ける。

 

「地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた。何の、為に……。聖槍よ、果てを語れ! 」

 

 これこそは、嵐の錨にして世界の表皮を繋ぎとめる光の柱。

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 

 それに最も早く反応するのは、限りなく巻き込まれたに近い形でこの場にいるキングゥだった。自分ひとりならば傍観を決め込んだだろうが、ここには八坂がいる。彼女の安全を確保するためにも応戦しかない。

 

「ここに天の鎖の筺を示す! いま呼び覚ますは星の息吹―――」

 

 これこそは、天の鎖にして世界を縫い止める剛撃の槍。

 

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)!」

 

 およそ固有結界の中でなければ周囲の都市を滅ぼしかねない熱量のぶつかり合い。本来ならば、人の王が成りあがっただけの女神が、神々の最高傑作の後続機に勝てる道理は薄い。だが、その女神が最高位の竜種の力を持っていれば話は別だ。

 

 アザゼルとサーゼクスは衝撃波に耐える。

 

「んな、キングゥのヤツここまで強かったのか!」

「アザゼル! それも重要だが、問題はあの騎士だ。あれはドライグのオーラ……おそらくはあれが獅子王!」

「俺はてっきり『獅子王の戦斧』の持ち主かと思ったが、そんな可愛いもんじゃなさそうだ!」

「こうなれば、私も本気を出すしかない。幸いにして、この結界はかなりの強度のようだ。遠慮せずとも済みそうだ」

 

 前ルシファーよりも強いとされるサーゼクス。彼が本気になった場合、人型に浮かび上がる滅びのオーラとなり、その力は前ルシファーの十倍に相当すると言われる。そこにいるだけで空間を崩壊させかねない、悪魔と呼ぶことさえ正しいのか分からない、変異体である。

 

 やがてエネルギーが霧散する。人以外には破壊できないとソロモンが宣言した固有結界内の神殿は、流石にこの二つの宝具の衝突には耐えられなかったのか、見るも無残な姿になっていた。それでも原型を留め、固有結界の展開自体にも支障が出ていないあたり、異常と言う他ない。

 

 この衝突で、ダメージを受けたのはキングゥだけだった。

 

「混ざり物の女神の分際で」

 

 自身の攻撃を相殺されるどころか、僅かに押し負けたキングゥは、不愉快さを隠そうともせず毒づく。対して、獅子王は表面上は落ち着いた態度だ。

 

「流石は最強の神造兵器だ。二倍程度では御しきれないか。では、次は四倍だ――」

 

 獅子の騎士が再び槍を構えた瞬間だった。

 

 ――パリン、とガラスが割れるような音がして、『悪魔』が姿を現した。

 

「Ddraig!」

 

 かろうじて言葉になっている音のような奇声を上げるそれは、悪魔としか表現しようのない外見をしていた。全体的にはドラゴンに近いフォルムだ。身体の表面は皮膚というより鎧に近く、純白だ。爪が異様に長く、顎から見える牙も鋭い。背中から広がるのは、漆黒の悪魔の羽だった。

 

「DdraigDdraigDdraigDdraigDdraigDdraig! Y Ddraig Goch!」

 

 その悪魔は、他の誰も目をくれず、獅子の騎士に飛びかかった。戦争の経験者であるアザゼルをもってしても目で追うのがやっとの速度で、無軌道かつ不規則な動きの突撃だった。だが、騎士はそれに当然のように対応する。悪魔の長い爪による突きを、神々しい槍で弾く。追撃も同じようにいなすが、悪魔もまた攻撃の勢いが止まらない。

 

「このオーラ……まさかアルビオンか!」

 

 攻防を繰り返しながら、獅子の騎士は悪魔の正体に気づく。内心ではお互い変わり果てたものだと自嘲するが、意識を切り替える。ここで赤と白の決着を終わらせるのも一興だと判断し、白い悪魔も攻撃対象に数える。

 

 一方で、予定外過ぎる事態に混乱し、それ以上に激怒するソロモン。キングゥの乱入は予定の範囲内であったが、この白い悪魔の突入は計画にはなかった出来事だ。

 

「ああ!? 何だこの……この珍生物! 空間を食い破ってきやがったのか!? てめえの登場なんて予定にねえぞ。こんなやつ、アーチャーの話にも出てこなかった……」

「隙ありだ!」

 

 悪魔の乱入で崩れた予定の修正に神経を回していたソロモンは、いつの間にかアザゼルに肉薄されていた。アザゼルの手には光の槍が具現化されており、その矛先は当然ソロモンに向けられている。

 

「我が身に宿るすべての令呪を以って、我が契約に応じたすべてのサーヴァントに命じる」

 

 ソロモンは七騎のサーヴァントをあちら側から召喚している。その上で、サーヴァントに対する絶対命令権である赤い刺青、令呪を自らに身体に刻みつけた。本来であれば一騎につき三画のところを、合計四十二画。十画ほどすでに使用しているが、それでも残っている令呪は彼の全身に走っている。そのすべてを、一つの命令のために使い潰す。

 

「後は任せた!」

 

 ソロモンの令呪がすべて消失し、彼の腹部にアザゼルの光の槍が突き刺さる。深々と、直撃した。

 

 獅子王はそれを認識しながらも、ソロモンの方を見ようともしない。最強の魔王、最強の兵器、白い悪魔の三名を相手にしているからではない。その意味がないからだ。予定外のことが続いたが、この結末はおおよそ彼の計画通りだ。

 

「ごふっ」

「油断したな、ソロモン。最後に何かやったみたいだが……不発か?」

「さ、さあね」

 

 いくらソロモンに精神を乗っ取られたとしても、身体はクルゼレイ・アスモデウスのもの。つまり、悪魔としての弱点は変わっていない。アザゼルほどの堕天使の光の槍を受けて無事なわけがないのだ。光は毒のように全身を蝕み、やがて命を奪う。

 

 槍を出しているのとは逆の手でソロモンの胸倉を掴んで吊し上げ、アザゼルは問い質す。

 

「最期に答えろ、ソロモン。おまえは何がしたかったんだ」

「あ、うん?」

「聖書の神どころか世界中の神を騙し、『真理』なんてものを組み立てた。俺たちには、理解できなかった。あれはおまえの歴史上の扱いさえ貶めるものだ。おまえの父と違い、おまえは地獄に堕ちていると現代の教会じゃ考えられている。実際はそれ以下だけどな。だが、あれは少なくとも、おまえのためにあるものじゃなかった。だが、おまえみたいな自分勝手に自分の欲望と悪意に従って動く男が、自分のために作ったわけがないんだ」

 

 この男は何に怒り、何を願っていたのか。

 

「何のために作った? 『真理』で何がしたかった? おまえは一体、どこを目指していたんだ」

「……何だ。知らなかったんだ。分かっているとばかり思っていたけど」

 

 ソロモンは開示する。己を鼓舞し続けた動機を。憤怒の主柱となっていた感情を。

 

「そりゃ、俺の国を守るためだ。あるいは、人類のためかな」

「――は?」

「俺は王だ。王が王として振る舞うのに、それ以外の理由が必要か? 俺はおまえらが俺の国で好き勝手に暴れ、奪い、犯し、壊し、殺し、穢していくのが耐えられなかった。だから、おまえらを殺した。おまえらを滅ぼすための手段を練った。防衛は当然の行いだろう? 愛だよ、愛。愛国心であり、人類愛が俺の動機だ」

 

 アザゼルの顔に怒気が宿る。

 

「たったそれだけのために、これだけのことをしたってのか! 自分の国を守るだと? どれだけの悪魔や堕天使を殺した! どれだけ俺たちの生涯を歪ませた! どれだけの生命を狂わせた! 自分勝手な願いのために、一体どれだけの人間を巻き添えにし、犠牲にした! 命を奪い、死を与え、勝手に怒って勝手に笑って、蘇ったと思えば世界を乱すだけ乱して。おまえは何がしたいんだ。何が国を守るだ。何が人類のためだ。他ならぬおまえの行為が、人間の未来を狂わせたとどうして気づかない! おまえは狂っている。おまえの考えは破綻している。国を守りたいという願いが当然のものだったとしても、おまえは、やり過ぎだ!」

「えーと、それ現代だと何て言うんだっけ。フリスビー?」

「ふざけるな!」

 

 ソロモンの顔面に拳を打ち込むアザゼル。

 

「いってぇなぁ。でも、俺の本音に辿り着くのはさ」

 

 ソロモンが、ニタリと笑う。それを見て、アザゼルはゾッとした。

 

 いつものソロモンの笑い方とは違う。この男から初めて怒りが抜けきった顔を見た。その笑みに怒りはなく、その魂に憤怒はない。だが、ソロモン以外の誰であっても、この状況とはかけ離れた表情だった。怒りしか知らぬとまで言われた魔術王は、心の底から愉快そうに笑っていた。

 

「二千年ほど遅すぎだよ、アザゼル」

 

 急ぎ殺さねばまずいと判断したアザゼルは光の槍を出現させるが、遅い。遅すぎた。この男も狂喜するのだと、三千年前に気づくべきだった。二千年前ならばまだ間に合っただろうが、今では遅すぎる。

 

 ソロモンが天に視線を向ける。諦めたわけではない。死を甘受しているのではない。彼の心象風景である空間の上空には、巨大な魔法陣が展開されていた。

 

 そして、その巨大な魔法陣から巨大な『何か』が落ちてくる。あまりにも巨大すぎて全貌を把握しきれない。まして真下からでは、『何か』が獣のような形状であることがかろうじて分かる程度だった。

 

「なんだ、ありゃ……!」

 

 驚愕の事態に頭を回すアザゼル。その隙を突き、ソロモンは魔術を発動する。

 

「ああ、会いたかったぞ、我が真理の化身。我が功罪から生まれた獣よ。おまえに最初の愛を与えよう!」

 

 ソロモンの手から魔力が溢れ、彼の手元に真鍮の壺が具現化されていく。

 

禁忌は水底に(シークレット・オブ・バビロン)!」

 

 壺から蓋が自動的に開かれると、空中から落ちてくる巨大な『何か』を吸い込んでいく。その様子は西遊記の紅葫蘆を彷彿とさせる。

 

 一瞬の内に巨大な影は小さな壺の中に収まり、蓋が自動的に閉まる。アザゼルが壺に手を出すよりも早く、ソロモンは魔法陣を展開させ、その中に壺を投げ入れた。

 

「ソロモン、てめえ一体何をしやがった! あれはおまえの魔法陣じゃない。聖書の神のものだ! おまえ、『システム』にでも介入しやがったのか!」

「てめえらの神が監禁してやがった俺の子どもを返してもらっただけだ」

「子ども、だと?」

「ああ。俺が積み上げた偉業の中で、唯一の後悔、さ……。いや、俺もまさかあんなものが生まれるなんて予想外でさ……。やっぱりカンニングって大事、アーチャー呼んで良かった……。俺は『彼』と違うから、最期にこういうことをしたかった……。ああ、もう、限界、だ、な……。悪い……、クルゼレイ…………」

 

 その言葉を最後に、ソロモンの――否、クルゼレイ・アスモデウスの身体は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは、時計を見て『約束の時間』が来たことを確認する。内から溢れ出る感情が表情に出ないように堪えながら、冷静を装う。

 

「それで、緊急の用事って何よ、グレイフィアちゃん」

 

 真剣みのないふざけた態度に、グレイフィアは眉をひそめる。この男は苦手だ。一応、裏切り裏切られた関係になるが、それをまるで取り合っていないような態度。だが、

 

「ソロモンが死亡したそうです」

 

 グレイフィアからの報告に、リゼヴィムは紙芝居を見る子どものように聞き入る。

 

「――以上が顛末です。クルゼレイ・アスモデウスの身体もアザゼル様の光によって消滅。指輪もサーゼクス様の手で破壊されました」

「えー、指輪壊したの? あれ、聖書の神復活に必要だって言ったじゃん。ま、九個ありゃ問題はないか」

 

 リゼヴィムの言葉を、グレイフィアは怪訝に思う。

 

「いえ、ですが、もう必要ないのでは? かの神の復活は、ソロモンへの最後の対抗策でした。ソロモンがいない以上、聖書の神が復活すれば現代の三大勢力は壊滅してしまいます」

「確かに俺たちや堕天使に続ける理由はない。だけど、天使は別だ。彼らはやめないだろうねー。やめるわけじゃん。聖書の神復活をさ。だってずっと探していたものなんだぜ?」

 

 グレイフィアだけでなく、リゼヴィムの監視役をしていた悪魔やグレイフィアに付き添っていたルシファー眷属にも動揺が広がる。

 

「そ、そんな馬鹿な! 天使は、神のいない間に悪魔や堕天使と協定を結んだのですよ!? ソロモンという脅威がなくなった今、天使が神を復活させれば彼ら自身が殺されます! 聖書の神の復活は、あくまでもソロモン対策という名目だったはずです!」

「何にも分かってないなー。これだから創世期を知らない世代は。グレイフィアちゃんも内戦で同族と戦っただけだもんね。実感はしてないか。魔王を役職にした悪魔と、神の崩御を隠蔽してきた天使じゃ価値観が違うんだって気付こうよ」

 

 魔王の息子は己の知る天使を語る。

 

「天使は続ける。自分達が裁きを受けるとしても、聖書の神を復活させる。あれらの価値観は人とも悪魔とも違うんだよ。俺たちが悪で魔であるように、あいつらは天に使われているんだ。それが、天使という生物だ。人間と悪魔が違うように、天使と悪魔も違うんだよ」

 

 そして、彼らが否定したがっている真実(もしも)を提示する。

 

「まあ、俺からすればソロモンが死んだってのも都合の良い妄想だけどね!」

 

 

 

 

 

 二度目の死によって彼のクラスは継承された。

 

 怒りしか知らぬ王など偽りの異名。其は人間を信じ抜き、人類史を最も強引に獲得した大災害。

 

 その名をビーストD/R。この星の人類悪の一つ、『期待』の理を持つ獣。

 

 理論を放棄した、根拠なき願望による妄執。それこそがソロモンの獣性だった。




 真名 ソロモン
 クラス ビースト
 ステータス 筋力:E 耐久:C 敏捷:E 魔力:EX 幸運:D 宝具:A++
 スキル 獣の権能:A 単独顕現:E 召喚術:A++ ソロモンの指輪:EX 星の改変:EX 異世界干渉:B- ネガ・バイブル:A
 宝具 王冠は地上に 禁忌は水底に 真理は未来に

 備考 この星で初めて顕現した人類悪。聖書の神に「人類悪」のことを教え、ゲーティアの召喚を促したのは、自らが人類悪となるため。ビーストⅠの召喚が確立されることで、逆説的にビーストの概念をこの世界に導入した。
 ビーストとしてのソロモンが顕現するためには誰かが指輪を使用する必要があるため、単独顕現のランクが著しく低い。
『期待』の獣は二体が対になっており、『R』は「人間に期待する」側。異世界を見る千里眼を得て多くの世界を見たことにより、彼は「やっぱり人間ってすげえじゃん! こっちの世界も負けないように頑張らないと!」という結論に至り、真理を構築、人類の進化を強制した。――あの時代において、そんなことは誰も望んでいなかったというのに。
一方、『L』は「人間から期待される」側。現在の『L』は異形からはともかく、人間からの期待はされていないはずだが……?

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