「…………」
深い森の中で、その人形は意識を起動させる。周囲の様子を窺うよりも先に、自分が最後に何をやったかを想起する。
「…………ボクは確か母さんを……」
その人形の外見を一言で表現するならば『美しい』だろう。
緑の長髪。紫の瞳。どことなく幼さを残した男女とも取れぬ顔立ちと体つき。質素な貫頭衣。魔術的な意味での人形を思わせる雰囲気。そして、溢れんばかりの古代の神秘。
彼こそは、最古の神話の泥人形――その後継機。新人類のプロトタイプ。
人形は自らの胸に手をやり、心臓に相当する部位に何が収納されているかを確認する。そこにあるのは、ソロモン王を名乗るものの聖杯ではなく、賢王が渡してきたウルクの大杯だ。
「……ふん」
あれが夢ではないと確認する。あれが嘘ではないと再認する。軽く身体を動かし、自分の性能を計測する。欠損などない。劣化などない。相手が神であろうと負けはしない。母が現れようと立ち向かおう。
だが、自分が生きているのはどういうことだとも疑問に思う。一時の足止めで精一杯だったはずだが、こうして『泥』の気配を世界から微塵も感じないということは、彼らは勝利したのだろう。それほど離れてはいない場所に、ヒトの気配がする。穏やかに、肉体が喜んだ気がした。
この状況に関する知識がないということは、『聖杯戦争』とやらにサーヴァントとして召喚されたわけでもないようだ。もっとも、“本来の人理”に名前も何もない彼を英霊として召喚するなどできるはずもないのだが。それに、あの原型さえ超えたオーバースペックを御せる魔術師など存在するはずもない。
賢王はいない。母もいない。人形は直感的にそれを理解していたし、肉体もそれを告げていた。それに、ヒトの気配が、文明の匂いが全く知らないものになっていた。地域や人種などという単純な差ではない。カルデアのマスターが生きていた時代だろうか。神秘の濃度が随分と奇妙に感じられるが。
この場所はウルクの森ではない。植生が違い、土壌が違い、気候が違う。神の気配もちらほら感じるが、微弱であり、ウルクのそれとは性質が異なるようだ。
「……さて。そろそろ出てきたらどうかな? そちらが出てこないなら、こちらから行くけど?」
「気づいておったか」
いつから気づいていたかと言えば最初からだ。木陰からひょっこりと姿を現したのは、小さな少女。ただし、人間ではない。かといって、人形のような存在でもない。その耳や尾の存在で、少女の正体が獣人であることは明白だ。正体を露わにしているということは、少女もまた人形が人間ではないと気づいているのだろう。
少女の後ろから、従者らしき異形たちが姿を見せる。手には武器を持ち、臨戦態勢だ。無論、彼らの放つ敵意など、人形からしてみればそよ風程度のものだ。
「京の者ではないな? 何者じゃ」
彼女の問いに、彼はどこか嬉しそうに答えた。
「――ボクの名は、キングゥ」
■
私――リアス・グレモリーは自分の状況に憤慨していた。
七十二柱序列五十六、グレモリー。爵位は公爵。紅髪を誇りにし、駱駝を愛用する(私は苦手だけど)。情愛に深く。元々名門であったこともあったが、お兄様――サーゼクス・グレモリーが魔王ルシファーの称号を持ったことにより地位は更に向上した。だけど、そのせいでお兄様が家督を継ぐことはできなくなってしまい、私が次期当主になった。
純血の上級悪魔としての義務は理解しているけど、結婚相手を勝手に決められることはひどく不愉快だわ。しかも、私の婚約者に選ばれたライザー・フェニックスという男は自分の眷属を女性で囲ってハーレムを作るほど女にだらしないの。私と結婚することも、「魔王を輩出した家と血縁を結んだ」程度のステータスとしか思っていないでしょうね。
グレモリーであることは私の誇りだし、上級悪魔の純血を途絶えさせてはならないというお父様やお母様の気持ちは分かるけど、結婚相手を自分で選ぶくらいの自由はあるはずよ。だって、お兄様とお義姉様は派閥を超えた大恋愛の末に結婚した。だから、私も、「グレモリー家の令嬢」としてではなく「リアス」という個人を見てくれる誰かと結ばれたい。
でも、ライザーは私の意見を無視して、こうして人間界の駒王学園にある私の部室にまで押しかけてくる。しかも、私が大学を卒業するまで結婚を待ってくれる約束だったのに、皆がそれを早めようとしてくる。
……少し前に、私の縄張りで何者かが堕天使の根城を攻撃したという事件があった。縄張りに侵入されていたことに気づかないばかりか、隠蔽工作も勝手にされていた。そのことも一因なのね。イッセーがそれらしい人物と接触していたと言うし……。冗談じゃないわ! これほど侮辱されたことは初めてよ!
「何度も言わせないで、ライザー! 私は貴方とは結婚しないわ!」
私が強く否定しても、ライザーには焦りの色がない。私の実家が切羽詰まった状況だと、お父様やお兄様がグレモリー家の未来について強い不安を持っていると、知っているからだ。
「ああ。以前にも聞いたよ。だが、君のお父様やサーゼクス様も心配なんだよ。御家断絶が怖いのさ。ただでさえ、純血の悪魔は先の戦争で大勢亡くなった。その後も神や堕天使との小競り合いで断絶した家も珍しくない。転生悪魔を通じる旧家を否定するわけじゃないが、純血を途絶えさせるわけにはいかないだろう? この縁談には悪魔の未来がかかっているんだ」
……っ。いやらしい視線を向けてくるとは思っていたし、婚約者の立場を利用して身体を触ってくることも不愉快だった。だけど、今のではっきりしたわ。この男はリアス・グレモリーという一人の女を見てくれることはないんだって。
「私は家を途絶えさせるつもりはないわ。でも、貴方と結婚するつもりはない、ライザー。婿は自分が良いと思った者を迎え入れるわ」
「……俺もな、リアス。フェニックスを背負っているんだ。この名前に泥をかけるわけにはいかないんだ。こんなボロくて狭い人間界の建物になんて来たくなかったしな。というか、俺は人間界が好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、耐えがたいんだよ!」
ライザーが炎を燃え上がらせる。
「君の下僕を全部燃やし尽くしてでも君を冥界に連れ帰るぞ」
私の部室を侮辱だけじゃなくて、下僕たちにまで手を出そうだなんて! ふざけるのも大概にしなさい!
「お待ちください、お嬢様、ライザー様」
一触即発の私たちを、グレイフィアが止めに入る。
グレイフィアは、本当はお兄様の妻、つまり私の義姉だ。そう、派閥を超えた大恋愛の当人。魔王の正妻でありながら、普段はメイドに徹している。このことを魔王派への忠義への現れと考える者もいるけど、メイドとして働く方が性分に合っているし、お兄様をサポートしやすいからそうしているだけだ。オフの日以外は、私も彼女にはメイドとして接している。
そんな彼女から提案されたのは、レーティングゲームだ。
レーティングゲームとは、爵位持ちの悪魔が行うゲームだ。自分達の下僕を戦い合わせて、自分の眷属の力を競い合うのだ。正式なゲームは成人していなければ参加できないが、非公式なゲームならば半人前の悪魔でも参加できる。そして、それが行われるのは多くの場合、御家同士や身内の同士のいがみ合いの解決だ。
つまり、お父様方は最初から私が拒否した時のことを考えて、ゲームで無理やりにでも結婚させるつもりだったということなのね。私が人生をいじられていることに憤りを感じていると、グレイフィアに魔力で何らかの連絡が入ったようだ。
「少々お待ちください」
グレイフィアは部屋の隅に移動し、魔法陣を展開する。会話から相手がお兄様であると分かった。
「どうかなさいましたか、サーゼクス様。今、婚約の件でお嬢様と……ええ……はい……え? ――ヴァチカンが? はい、すぐに私も冥界に帰還します」
グレイフィア――いえ、お義姉様の様子がおかしい。珍しいほどに動揺している。グレモリーの忠実なるメイドではなく、魔王の妻としての顔が垣間見えた。だが、それも一瞬で通信を切ると、メイドの顔になって私とライザーに向き直る。
「お嬢様、ライザー様。申し訳ありませんが、火急の用事ができました。今回の件はまた後日に続きをするということでお願いします。ですが……最悪の場合はゲームそのものが中止になる可能性もあることをご了承ください」
「なっ! 冗談じゃないわ!」
「落ち着きなよ、リアス。どうせゲームをしても、俺の勝ちなんだからしてもしなくても同じだよ」
馴れ馴れしく肩に手を置こうとしたライザーを振り払い、私はお義姉様に詰め寄る。
「説明してちょうだい。貴女の態度から察するに、ただならぬ状況のようね。さっきヴァチカンと口にしていたけど、まさか教会が攻撃を仕掛けてきたの?」
ヴァチカンは言わずと知れた神の下僕――教会の重要拠点だ。先の戦争で神サイドも疲弊しているようだから、彼らとの戦いは極々一部の小競り合いだったけど、ついに大々的な攻撃を仕掛けてきたということなのかしら。もしもこの攻撃でどこかの御家の相続に何かあればまずいかもしれないわ。お父様やお兄様の不安を煽って、ライザーとの結婚や跡取りのことを急がせられる。
延期ないし中止になるかもしれないというのは、そういうことなのでしょう。教会のせいで私の人生がめちゃくちゃになるなんて許せないわ。私自らが出てでも消し飛ばしてあげる!
「いえ、ヴァチカンは攻撃を行っていません。……情報は規制されるでしょうが、あなた方には早めに連絡が入るでしょうから先に教えておきます」
お義姉様は首を横に振る。
「ヴァチカンを含む教会の重要拠点が、正体不明の勢力に襲撃を受けたそうです」
■
「――以上で、ブネ、ベリト、アスモダイ三柱の報告を終了する」
「結論より、この惑星にセファールおよびヴェルバーの痕跡は発見できず。この宇宙には遊星が存在しない可能性も否定できない。よって、遊星の攻撃の危険性は低いと思われる」
「バルバトスが確認。遊星への警戒を一段階下げることを提案する」
「エリゴスより賛成の意を示す。低い可能性に労力を割くのは愚かだ」
「カイムより反対の意を示す。遊星が襲来する可能性はゼロではない。我らの最終目的を考えれば、万一の事態に備え警戒を解くべきではない」
「ゲーティアより決定。遊星の警戒は続行する」
「グラシャ=ラボラスより報告。聖十字架の所持者を確認。脅威は低いと思われる」
「アガレスより確認。この世界の聖遺物は『訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの』を再現可能か?」
「ダンタリオンより断定。現在確認されている聖遺物の性能では魔術王の模倣は不可能。ただし、
「ゲーティアより通達。調査を続行せよ。なお、
「フェニクスより報告。第二級警戒対象サーゼクス・ルシファーに動きあり。対象の妹が婚約者に不満があり、遊戯にて婚約破棄を行う模様」
「グレモリーより補足。アミーおよびバラムの作戦の影響により、遊戯は延期になった模様」
「アンドレアルフスより見解。仮に遊戯が行われた場合、リアス・グレモリーの勝率は0.005%である」
「アンドロマリウスより提案および要請。これ以上、作戦とは無関係の事象に時間を浪費すべきではない」
「ベリアルより結論。やはりこの世界の悪魔はソロモン七十二柱を名乗るに値しない。我が贋作、『皇帝』と称されながらその力我らに遠く及ばず」
「フェニクスより疑問。ならば、なぜ唯一神は悪魔を野放しにするのか」
「シトリーより解答。おそらく現代の魔王の力を危険視していると思われる。『超越者』の存在は、我らでも第二級警戒対象と成り得る」
「ハルファスより反論。魔王および数名の最上級悪魔は強大だが数はごく少数、勢力として悪魔は弱体化している。過去の内乱時にも不干渉。それに対処できない以上、唯一神が先の戦争で衰退している可能性を提示する」
「アミーおよびバラムより報告。教会に強大な戦力は確認できず。各派閥の重要拠点を襲撃したが、天使の出動は反応・戦力ともに想定以下であった」
「なお、襲撃犯の正体は想定できぬ模様。我らには辿り着けぬ」
「……ゲーティアより覗覚星九柱に通達。現在の全作業を一時中断。観測所および情報室の収集した情報を元に、天界の現状を推測せよ。覗覚星の作業は溶鉱炉および生命院が代行せよ」
「フルフルより報告。聖杯の創造に成功」
「パイモンより報告。聖杯により、あちら側の英霊召喚に成功」
「ブエルより追加報告。交渉成立せず」
「――患者はどこですか?」
ついに「書けば出る教」に手を出してしまった。
すまない。バレンタインデーまでフレポ教だったんだが、改宗を決意したんだ。今のうちに縁を結んでおけば次のピックアップで引けそうな気がするんだ。それに色々考えた結果、動かしやすい彼女が適任なんだ。すまない。サーヴァントの召喚は数人に控えるので許して欲しい。
あと、うっかり新宿のネタバレを受けた感想
何でお前出てくんだよ! 聞いてねえぞ! 早く進めないと! でも、メインストーリーはそんなに早く進めるタイプじゃないんだ。アイテムの使用も時間限定のイベントでするタイプなんだ。次の更新は気長に待って欲しい。