憐憫の獣、再び   作:逆真

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この話を投稿する前に魔法のカードを使用したら、水着ネロが来ました。ひゃっぽい。いやあ、恒常☆4サーヴァントすら来ないからもう駄目かと思った……。
あと今回これまでと比較して一話が長いです。


これが‟楽しい”という感情か

 日本国内有数のテーマパークにて、やや抜けた色の髪を後ろでまとめた青年が、曖昧な表情で沈黙していた。

 

 左手にはチュロスがあり、右手はゴスロリの少女に捕まっていた。もとい、掴まれていた。少女は自分のチュロスを咀嚼しながらも、青年の手をがっちり離そうとしない。

 

「……それで、私とオーフィスがジェットコースターに三分乗るために、行列に一時間三十分四十七秒並んでいる間に何があったか、説明できる者はいるか?」

「統括局ゲーティアよ。その前に、我が質問に回答してもらいたい」

「何だ、バルバトス」

「何故、ロマニ・アーキマンの姿に擬態している?」

「フラウロスへの当てつけに決まっているだろう。あそこでデート中の恋人たちを眺めながら藤丸立香とマシュ・キリエライトを重ね合わせて感傷的になっているフラウロスへの」

「成程。バアルが統括局に対する嫌味でエドモン・ダンテスの姿を取っているのと同じ理由か」

「ああ、あそこのベンチで項垂れているアーチャーを曹操と共に激励しているバアルと同じだとも」

 

 青年――ロマニ・アーキマンの姿に化けているゲーティアの視線の先には、青年の姿をしたバアルと曹操と『教授』がいた。

 

「私ってうざいのか……」

「盟友よ。そのようなことで落ち込んでどうする。別にあの少女はお前の娘でも何でもないだろう」

「教授。何もそんなにショックを受けなくても」

「バアル、曹操。君たちには分からないだろう。魔神柱であり、若者である君たちには分からないだろう。パパと呼ばれた高揚の直後に、うざいと突き放された私の複雑な葛藤など!」

 

『ゼノヴィア、どうして英雄派の輪に加わらない?』

『あの、あまり絡まないでもらえるだろうか』

『いやあ、そう言われちゃうと逆に構いたくなるネ。ほら、今の私ってポジション的に不良学校の教師じゃないか。一人だけ仲間外れがいるとつい道を踏み外させたく……じゃない、正したくなるんだよ』

『では、ジャンヌから教えてもらった、教授に効果覿面だという呪文を』

『ん?』 

『パパうざい』

 

「パパと呼ばれたことは嬉しい。素直に認めよう。だが、うざいはないだろう! ジャンヌも何故あのような呪詛を教えるかなあ、もう! いや、あの呪文を教えてもらった以上、実は打ち解けているよね!」

「すみません、よく言っておきます」

「あのような攻撃的な性格の少女に父親呼ばわりされて嬉しいのか?」

「ギャップルールってものがあるのだよ、バアル」

「教授、これ以上俺の中にある貴方という人物像を崩さないでください」

 

 割と本気で懇願している曹操を見て、ゲーティアは意外そうに小さく笑う。

 

「想定よりも気丈だな。自らの存在理由である槍を抜き出されれば精神が崩壊するとさえ思っていたが。英雄を自称するだけのことはあったか」

 

 今の曹操には『聖槍』がない。

 

 ゲーティア達の敵は聖書の神であり、その神の遺志が封印されている槍なのだから、封印しようとするのは必然だ。『悪魔の駒』と同じように、魔神柱は所有者を殺さずに神器を抜き出す方法を確立させた。破壊も考えられたが、遺志が聖杯や聖十字架に移行する可能性も示唆されたため中断された。現在、聖槍は時間神殿の廃棄孔内で厳重に封印されている。

 

 聖槍以外の神器も調べたが、オーフィスの蛇に捕食させた因子のようなものは見つからなかった。あの時の英雄派達の安堵した表情は印象的だった。自分達の行動が神に操られたものではなかったことにではなく、魔神柱と同じ目に遭わないで済むことに安堵したのだろう。

 

 だからといって、オーフィスのための遊園地に同行するのはどうかと思うが。監視はしているが拘束しているわけではないため、勝手に来れば良いはずなのに。

 

 世界中に展開しているこのテーマパークの中で日本を選択した理由は、あの男が人間になることを願った聖杯戦争がこの国で開かれたことだろう。加えて、あの少年はこの国の出身だ。そんな、なんとなくとさえ言えないような理由で適当に選んだ。

 

「それに比べて……」

 

 ゲーティアはちらりと視線を向ける。其処では、人間に扮した魔神柱が色々と愉快なことになっていた。一般客からは変な集団だと思われているだろう。

 

「――私は、パンケーキでは、ない……ないのだ……!」

「イカでも不審者でもない。エイである。どうして私だけ……」

「治療に狂い健康を求める女よ。汝はここに来るべきではなかった……!」

「あのジェットコースターなる遊具は存在そのものが間違っている。あれは遊具にあらず。危険物である。危険物を排除するは必定」

「……人間は、分からない。生命は、難しい。だが、一つ、明確な答えを得た。死の危険のない恐怖は、不要ではなく娯楽であり――私は。あの遊具の存在の価値を、間違えたのだ」

「レオナルドよ。汝は自由すぎるな」

「英雄派の阿呆ども。何故求めるッ! 何故持て余すッ!」

 

 ひたすら、混沌としていた。

 

「ガープより報告」

「ああ、大至急報告を開始せよ、ガープ」

「まずハーゲンティだが、このパンフレットに描かれているメディア・リリィに酷似した妖精がおすすめパンケーキを紹介しているイラストを見て過呼吸を起こした」

「あいつはいつになったらトラウマを克服するのだ」

「仕方がないだろう!」

 

 ゲーティアとガープの会話が聞こえていたのか、立ち上がり抗議するハーゲンティ。

 

「統括局よ、同胞たる魔神柱たちよ! 汝らも理解したはずだ! 無限の死、永久の被捕食! 永遠と繰り返される苦痛に加え、自らを勝手に作り直されるという恐怖! それらを味わっただろう!」

「聖書の神の呪いとその治療を、貴様のパンケーキ事件と同列に語るな。……ああ、あれで再発したのか」

「何故夏にパンケーキを勧める。アイスクリームを前面に出せば良いだろう……! 他にもパフェとか! とても温かい! 何故私だけがこんな……!」

「分かったから落ち着け」

 

 彼のトラウマは根が深い。

 

「次にフォルネウスだが、この施設の管理者である守護霊から不審者扱いされた。誤解は解けたが、此方の正体を知っていたらしく『イカくん』と連呼された。そのことで内心傷ついたらしい」

「守護霊……。例のネズミか」

「例のネズミだ」

「………………」

「………………」

「魔神柱でありながら打たれ弱いフォルネウスに非がある」

「誤解が解けて良かったとしよう」

 

 世の中には、深く触れてはならないものがある。

 

「そしてフェニクスとアンドラスだが、統括局とオーフィスとは別のジェットコースターに搭乗、これを満喫した」

「おい」

「待て! 我はあのような危険物を楽しんでなどいない! 何だ、あれは。何故人間はあのような死の恐怖を疑似体験するようなものに、金銭を支払い時間を浪費してまで搭乗するのだ。間違っている。あれはまさに呪いの兵器だ」

「私はあの遊具の価値を認める」

「何を言っているアンドラス!?」

「お前こそ何を言っている、フェニクス。死から逃れるためには、死の恐怖と向かい合う必要がある。恐怖を知るからこそ対策が取れるのだ。ともに死を拒絶する命題を持つ者同士、もう一度乗るべきではないか?」

「よくもそんな恐ろしい提案ができるなアンドラス!」

 

 勝手にやっていろと無視することにしたゲーティアは、ナベリウスとアンドロマリウスに注目する。

 

「それからナベリウスは迷子になったレオナルドの捜索に手こずっていた。彼は貴重な神器の所有者だ。何かあっては大変だ。例の管理者がいるため、魔力の使用は控えた。よって予定よりも時間を要した。アンドロマリウスはジャンヌ以下英雄派のメンバーが物珍しさに土産品を買い漁ろうとするのを阻止した」

「後者は別に無視しても問題はなかったように思うが? 別に我々が出費するわけでもないだろう」

「時間神殿がデコレーションされた可能性を提示する」

「……ハルファスとバルバトスは?」

「他の行列で熱中症患者を発見したバーサーカーとその弟子が例の如く暴走した。例の管理者からもやり過ぎだと苦情が出たため、ハルファスとバルバトスが身を削り制止した」

「それはよくやった。……それにしても、この猛暑の中、どうして人間どもはこんな遊具のために長時間行列に耐えているのだ。悟るための修行か何かか。フェニクスではないが、無為としか言い様がない」

「これこそが人間の裡にある熱である」

 

 人間が追及する『遊び』という概念。犬や猫も遊ぶことはあるが、あれは狩猟本能の発露に過ぎない。対して、人間の『遊び』とは、仕事に結びつくことも稀にあるが、ほとんどは消費するだけの無意味な娯楽だ。人間独自でありながら、ドラゴンであるオーフィスが求めるとはこれ如何に。人間性を取得したということなのだろうか。

 

 この龍神が人間性を得たのだとしたら、その一因は間違いなくゲーティアにある。当のオーフィスは自分の分のチュロスを食べ終えて、ゲーティアの手にあるチュロスをじっと見ている。

 

「グラシャ=ラボラスとサブナックの姿がないが?」

「グラシャ=ラボラスは魔法使い達と別行動だ」

 

 聖十字架を手に入れる経過で、禍の団の魔法使い派閥である『ニルレム』やその協力関係にある『魔女の夜』を壊滅させ、その残党を戦力として吸収している。彼らの指示や管理の担当は専らグラシャ=ラボラスである。

 

「……一応確認しておくが、そいつらは全員少女か?」

「いや、少年や成熟した女性もいる。年齢層が広いため、第三者には外国人率が高い町内会の慰安旅行の幹事に見えるだろう」

「その例は具体的なのか……? あいつはどこを目指しているんだ。それでサブナックは?」

 

 噂をすれば影を差すと言うべきか、丁度サブナックの姿が見えた。

 

「サブナックより報告。先ほど、狐の怪異を肩車したキングゥに遭遇したのだが、彼が奇妙なことを言っていた」

「待て。あの人形が来ているのか。奴は京都にいるはずだ」

「妖怪達と旅行らしい。彼曰く――」

 

『堕天使の、それなりに大物の気配があったんだけど、突然消えたんだよね』

『その反応からすると君達じゃないのかな』

『だとしたらいいや。同じ場所にいたから関係者だと思われるのが嫌だから確認に来ただけだから』

『何かするつもりにしても巻き込まないでくれよ』

『こっちは久しぶりの自由なんだ』

『まったく何でボクが日本史の勉強なんてしないといけないんだ』

 

「――だそうだ。補足すると、我々の気配を読んで行動するから其方からも近づくなとのことだった」

「例の聖書の神の計画は伝えたか?」

「無論。だが、『関係ない』と一蹴された」

「その方が此方も助かる。彼の手腕は見事だが、理想の協力関係が築けるかと言われれば話は別だ」

 

 間違いなくキングゥが英雄派を煽って衝突する。そもそも、オーフィスが拾ってきたあの奇怪な生物の件もあるため、ひと悶着は必至である。

 

「統括局よ。それよりもキングゥが感知したという堕天使の件だ。連中、我らがここにいるか確認に来たのではないか。戦力が著しく減少している時間神殿に突入するかもしれない。至急帰還命令を」

「ふっ、甘いな、アンドロマリウス」

 

 アンドロマリウスの態度を嘲笑したのはゼパルだ。なお、ゼパルが擬態している人間の姿は肉感的な女性だった。本人は「奇妙なほどしっくりくるが異常なほど落ち着かない」と言っているが、誰も聞いていなかった。

 

「何が言いたい、ゼパ何とか」

「誰がゼパ何とかだ!」

「ゼパル。遊んでいないで早く言え」

 

 統括局の命令により、佇まいを正してゼパルは持論を展開する。

 

「これはおそらく罠だ。我々がここにいることは把握されているだろう。だが、時間神殿までは見つかっていない。連中は我々が動き出すのを待っているのだ。そして、我々を追尾することで時間神殿の場所を突き止めるつもりだ。よって、私は先の情報は無視することを提案する。それよりも、今後のためにもオーフィスを満足させよう」

「ゼパルにしては説得力のある意見だ」

「ゼパルにしては魅力的な提案だ」

「ゼパルにしては一考に値する」

「枕詞のように私を侮辱するな!」

「だがゼパルらしい自慢げな顔が非常に腹立たしい」

「このような扱いを受けるようなことをした覚えはないぞ!?」

「それで、どうするつもりだ、統括局よ」

「無視か!?」

 

 ゲーティアはしばらく沈黙した後、チュロスをオーフィスの口に差し込む。オーフィスは抵抗することなくもぐもぐとチュロスを飲み込んでいく。

 

「時間神殿から救援要請はない。何もなければこのまま閉園までオーフィスに付き合ってやるとしよう。救援があった場合は直ちに時間神殿に帰還するが、まだ日没には遠い。ゼパルの言う通りなら、連中を焦らすのも面白い。こちらはゆっくりパレードを堪能した上で、完璧に逃げ通してみせよう」

「その作戦には賛同するが、決断の根拠を求める」

「我々は今日をこの場所で過ごすと決めた。だとしたら、アンドロマリウスの危惧が正しいにしろ、ゼパルの意見が正しいにしろ、あの害獣連中に合わせてやるなど馬鹿馬鹿しい。わざわざ人間が作り上げた偽りの理想郷に足を踏み入れたのだ。精々楽しませてもらおう」

 

 人理焼却の時、終わりある命を有効に利用することを楽しいと思っていた。時間神殿崩壊の時、藤丸立香に最期の意地をぶつけ合うのが楽しいと思っていた。

 

「これが‟楽しい”という感情か」

 

 名前こそ同じでも、これまでのそれとは違う。特別なものではない。特異なものではない。ただ人間が人間として感じる高揚。精神に波が立っているというのに、どうしてこうも穏やかなのか。

 

「? ゲーティア?」

「オーフィス、お前は楽しいか?」

「我、静寂を求めた。これ、静寂じゃない。……でも、我はこれを手に入れられて嬉しい」

「……そうか」

 

 ゲーティアは想う。『彼』はこれを知っていたのだろう。『王』はこれを生前には知らずとも、死後に噛みしめたのだろう。このどうしようもないくらい有り触れて、されどかけがえのないほどに尊い時間を。これが生きているということなのだとしたら、

 

「やはり、不思議なほど、面白いな。人の、人生というヤツは――」

 

 

 

 

 

 

「遊園地、か」

「バラキエル、どうしたのだ?」

 

 ゲーティア、オーフィス、英雄派の主力勢、おまけにキングゥというどこの神話に喧嘩を売るつもりなのか分からない戦力が集まっている遊園地の前に、二人の堕天使がいた。

 

 武人のような佇まいの方がバラキエル、瓶底眼鏡の方がサハリエル。どちらも『神の子を見張る者』の幹部であり、聖書にその名を記された堕天使の大物だ。おっさん二人が遊園地の前で立ち止まっている光景はいっそ滑稽ですらあったが。

 

「いや、朱乃を……娘をこのような場所に連れて来ることはなかったと思ってな」

「ははー、例のグレモリー眷属になったって娘さんか。まあ、アザゼルも心を砕いているらしいし、ソロモンの件が終わったら少しでも前進してみると良いのだよ」

「……ああ、そうだな」

「では、行くのだ。この遊園地から魔神柱レーダーに強い反応があるのだ」

 

 セラフォルーが氷漬けにしたグラシャ=ラボラスと、イッセーが撃退したゼパル。この二柱の細胞から得られた情報を元に、堕天使は魔神柱の生命反応を探知するレーダーを作り出した。

 

「複数体の反応があるところを見ると、連中ここで騒ぎを起こす可能性が高いのだ。特撮やロボットもので悪役がよくやるパターンなのだ」

「アルマロスといい、どうしてこう……」

「しっしっし! ここの管理者に魔神柱がいることを通告してご協力願うのだ」

 

 そう言って、サハリエルとバラキエルは足を踏み出すが、

 

 

 

 ――その瞬間、世界が別のものに塗り替えられた。

 

 

 

「何だ、これは?」

「何かしらの結界のようなのだ」

 

 そこは神殿だった。建築様式からして、古代イスラエルのものだ。構造と空っぽの玉座を見るに、王の間で間違いない。空間自体は広々しているのに、妙に息苦しい空気に満ちていた。

 

 彼らの脳裏に、結界系最強の神器、国家を滅ぼすことさえ可能と言われる霧の神滅具が浮かび上がる。

 

「まさか『絶霧』か!」

「いや、ただの魔術だ。固有結界、って言うらしいぜ。お前らが無粋なことしようとしたから、不要と思いつつ横槍を入れさせてもらった」

 

 声がした方を見れば、空だったはずの玉座に誰かが座っていた。聞き覚えのない声だが、聞き覚えのある声音だった。見覚えのない顔だが、見覚えのある表情だった。

 

「一応、名乗っておこうか」

 

 僅かに悪魔の気配を感じるが、それ以上に濃厚で灼熱を宿したような魔力の波動がある。否、この空間そのものがこの魔力で染め上げられているようだった。

 

「我が名はソロモン。イスラエルの古き王のひとりにして、神々に詐欺を働いた大罪人。そしてお前らの敵だ」

 

 空間を満たす魔力も、その激怒を宿した笑みも、間違いようがない。あの忌々しい王だ。今も昔も彼のせいで聖書の勢力は滅茶苦茶だ。世界の平穏を乱す咎人。人類史最大の悪党。死してなお、こうして安寧を崩そうと悪意をばら撒いている。

 

「ソロモン……旧アスモデウスの身体を乗っ取ったと聞いたが、事実だったか。魔神柱の反応は、我々をおびき寄せるための罠か」

「クルゼレイや魔神柱を侮辱する発言だが、俺はお前たちと違って心が広い。一度だけ許して、一度だけ警告してやろう。去るなら後は追わない。失せな、害獣ども」

 

 玉座から立ち上がり、迎え撃つように両手を広がるソロモン。

 

「あそこは罪なき者と罪を償おうとする者、未来ある者以外立ち入り禁止だ。俺たちは入れない」

「罪があるのも、未来がないのもお前だけだ、ソロモン。貴殿はあまりに危険すぎる」

 

 バラキエルの手に雷光が迸る。

 

「貴殿の作り上げた呪いのせいで散っていった同胞のためにも、私の娘やその仲間たちの未来のためにも、貴殿はここで葬らせてもらう」

「……お前らのそういうところ、本当大嫌いだよ。侵略者で簒奪者で破壊者で加害者の癖して被害者面しやがって。時間が経てば多少は丸くなると思えば、悪化してんじゃねえか。てめえのことだよ、バラキエル」

 

 不機嫌そうに、不愉快そうに、不自由そうに、ソロモンは舌打ちをする。

 

()()()? お前とお前なんぞを愛した頭のおかしな女と、お前ら譲りの頭のおかしい小娘の馬鹿みたいな物語をよ」

「朱璃と朱乃を侮辱するか!」

 

 一瞬にして沸点まで激怒するバラキエル。雷光の輝きも一層強くなる。それは彼の逆鱗だった。

 

 二十年に届かないほど前の話だ。バラキエルは高名な神社の娘と恋に落ちた。相手は五大宗家の一つ『姫島』の本家筋の娘、姫島朱璃だ。やがて娘の朱乃も生まれた。朱璃が堕天使の幹部に手籠めされたと勘違いした『姫島』の者が彼らの家を襲撃するも、バラキエルによって返り討ち。そして、堕天使に恨みを持つ者たちがバラキエルのいない隙を狙って朱璃と朱乃を襲撃。母は死に、娘は堕天使という存在に強い嫌悪感を抱くようになった。

 

 直接的ではないにしろ、あれもまたこの男のせいで起きた悲劇だった。それを、よりにもよってこの男が愚弄するなど許せるはずもない。

 

「お前には生前ほどの脅威を感じない。――今のお前ならばここにいる者で倒せる! 私の妻と娘を侮辱した件も含めて、お前の罪を償わせてやる!」

「そうだな。非情に腹立たしいことに、後半はともかく、戦えば負けることは事実だ。何せ、今の俺の身体はアスモデウスの末裔のもの。時の流れは怖いよな、後継者はちゃんと鍛えておいてくれよ。新しい身体も準備中だしな」

 

 今の自分では勝てないと断言しつつ、余裕の態度を続けるソロモン。否、彼の態度に余裕などない。彼の言動や表情から滲み出るのはいつだって憤怒だ。

 

 バラキエルには分からない。ここにいないアザゼルやミカエル達にも分からなかった。きっとサーゼクス達新魔王にも分からない。旧魔王でも、アスモデウス以外には理解できなかった。今だけではなく、彼が生きている頃からずっと分からなかった。これから未来も、この疑問が晴れることはないかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな疑問を見透かしたように、ソロモンは笑みの種類を変えた。怒ったようにではなく、諦めたように怠惰な笑みを浮かべた。ただ、誰かの真似をしているような無理な笑い方だった。

 

「お前たちの相手は彼らにやってもらおう。じゃあ後は頼んだぜ、二人とも」

 

 ソロモンは右手の甲を見せつけるように掲げる。そこには、生前の彼にはなかったと記憶している赤い痣のような刺青があった。よくよく見れば、右腕だけではなく同じ意匠の刺青が身体中を走っているようだった。

 

「栄光たるフィオナ騎士団の名の元に……その首、貰い受けよう」

「我が道を阻むか……ならば、お前は私の敵だ。ゆくぞ!」

 

 ソロモンの背後から現れたのは、二人の男性。どちらも人間だが、人間離れした美を放つ。片やエリンの守護者、片やコサラの王だ。

 

「ここは俺の心象風景。我が積年の憤怒と執念の玉座の間だ。人の愛と希望以外には壊せない。――遠慮は不要だ。我が『真理』を利用して妻に会いたいならば、首級に挙げろ」

 

 

 

 

 

 

 僕――ギャスパー・ヴラディはホッとしています。

 

「すみません部長! 力になれなくて!」

 

 ずっと昏睡状態だった兵藤一誠――イッセー先輩が目を覚ましました。僕達グレモリー眷属がお見舞いに行くと、部長の顔を見るなり病院のベッドから転げ落ちるように降りて、土下座をしました。

 

「皆が戦っている間眠っていたなんて、恥ずかしいです! 俺がいたら、あんな焼き鳥野郎なんてぶっ飛ばしたのに!」

「顔を上げてちょうだい、イッセー」

 

 言われて顔を挙げるイッセー先輩。涙で顔がぐちゃぐちゃになっています。

 

「貴方が大変だったことは分かっているわ。それに、貴方がいなくても私たちは勝たなくてはならなかった。せめてもう一人『僧侶』か『騎士』がいれば話は違ったんでしょうけど」

「うう、部長ぅ……。でも、部長があの焼き鳥野郎と……」

「大丈夫よ、イッセー。それより、貴方が寝ている間に世界は大変なことになっているのよ。私の結婚よりもよっぽどな大事件が起きているの」

 

 部長がおっしゃる大事件とは、魔術王ソロモンの復活。曰く、旧魔王派がソロモンの指輪を手に入れた。だが、指輪にはソロモンの魂が封じてあり、指輪を装着した旧アスモデウスの末裔クルゼレイ・アスモデウスが身体を乗っ取られた。旧魔王派はクルゼレイの身体を乗っ取ったソロモンによって壊滅。前ルシファーの実子であるリリンことリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが現政府に保護を求めるほどの事態になった。敵対しているはずの旧魔王が現魔王の処に逃げてくるんだからよっぽどのことなんだと思う。

 

 実は、禍の団の対策会議が開かれたけど、ソロモンの指輪が見つかったという情報が出た段階で、各勢力の代表は逃げ出したらしい。代表者がそれでいいのかとも思うんだけど……。

 

 詳細は聞けなかったけど、ソロモンへの対抗策は見つかったらしく、魔王様やアザゼル先生はその準備に大忙しだ。当然、ソロモンや魔神柱、禍の団への対策もしないといけないから人手が足りないらしい。

 

「お、俺が寝ている間にとんでもないことが起きていますね」

「ええ。私たちも戦場に出るかもしれないの。でも、これはチャンスよ。ここで私が活躍すれば今回のゲームの結果をなかったことに……いいえ、婚約そのものもなかったことにできて自由に結婚できるようになるかもしれないわ」

「そうか! 悪魔って実力主義ですもんね!」

 

 並行する形でルーマニアで起きた魔神柱襲撃事件の調査結果が僕に届けられた。結論から言うと、ほとんど全滅状態。僕の家の者も七割が死亡していた。そして、恩人であるヴァレリーは行方不明。僅かに無事だった資料によると、ヴァレリーは強力な神器に目覚めたらしく、敵がそれを目的に連れ去ったんじゃないかって、アザゼル先生は言っていた。

 

 ヴァレリー、無事でいてね。

 

「部長、イッセーくんが目覚めたら聞こうと思っていたんですけど、よろしいですか?」

「何かしら、裕斗」

「ソロモンは、一体何をしたんですか?」

 

 ソロモン。イスラエルの古き王。その名前を口にしてはならないと、僕達は言われてきました。裕斗先輩の声も震えています。

 

「僕は彼が七十二柱を使役したことから、その歴史を恥とし、冥界でこの名前を口にしてはならないと聞いていました。でも、最近の出来事を省みるに、それ以上のことがあったように思います。お願いします。教えてください。ソロモンとは、何なのですか?」

 

 部長の顔に影が差しました。そこにはあるのは憂いや嘆き、そして理不尽な悪意に対する怒り。目元を険しくして、部長の口から真実が語られました。

 

「ソロモンはね……。かつて世界を滅茶苦茶にしたのよ」

「め、滅茶苦茶?」

「ええ、奴は神から授かった指輪を使って好き勝手に暴れたの」

 

 ソロモンの有名な逸話の一つ、唯一神から授かった指輪。その指輪は神の叡智の具現化ともされ、ソロモン王はこの叡智をもって古代イスラエルの最盛期を築いたと言われている。指輪には様々な能力があり、七十二柱を使役したのもこの指輪の力だとされている。

 

「躊躇なく神を騙し、逡巡なく悪魔を利用し、良心なく堕天使を殺したと言われているわ。世界の法則にさえ干渉して、当時の各勢力のパワーバランスを乱した。指輪の力で無理やり当時の七十二柱を使役した挙句、用済みになった七十二柱を壺に封印して湖に投げ捨てたの。それだけじゃなく、悪魔というだけで自国に許可なく入った悪魔を警告もなしに殺したそうよ。女性であっても幼い子どもであってもね。堕天使も同じ。天使は流石に神との折り合いが悪くなるから害さなかったそうよ。聖書の神だけではなく世界中の神々も騙したと聞いているわ。そのせいで、私たち聖書の勢力を憎む輩も多いとか。ひどい話よね、悪いのは全部ソロモンなのに。話に聞くだけだけど、彼以上に残忍で冷酷で非道な逸話の人間を知らないわ。彼は、指輪を持ってはならなかったのよ」

 

 か、神様を騙した。それも話を聞く限り、一人や二人ではなさそうです。ソロモンの脅威は、神話で語られている部分はほんの一部でしかなかったってことなんでしょう。

 

 そんな極悪人だったなんて……。こ、怖い。話を聞いていた他の皆も、表情が強張っています。

 

「それほどの存在だったのですね、ソロモンは」

「ええ、神話や歴史には残せない彼の汚点。だから、指輪の力でその記録さえも人々の歴史から消し去ったの。卑怯な男よ。でもね、それほどの脅威が復活したということは、世界中の神話が手を結ぶ必要が出てきたってことなの。ソロモンがどれほど脅威であっても世界を相手に戦えるほどではないでしょう。同盟に難色を示していたという者たちもソロモンには恐怖を感じているし報復をしたいはずだから、同盟に対して前向きになるはずよ」

 

 各勢力が手を結ぶのだから、きっと、ソロモンもどうにかなる。ヴァレリーも助けられるはずだ。次レーティングゲームがあったら今度こそ最後まで戦ってみせる。イッセー先輩がいてくれたら、きっと誰にも負けない。平和になったら何もかもが上手くいく。

 

 

 この時の僕は、本気でそう思っていました。




三大勢力→ソロモン 常時不機嫌で迷惑な奴。何でこいついつも怒ってんの?

いやあ、一誠まさかリアスを許しちゃうなんてなー(棒)
一波乱期待していた人には申し訳ないなー(棒)

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