以上の決意をもって彼のクラスは決定された。
歴代最弱の赤龍帝なぞ偽りの称号。
其は人間が求め続け、人類史の業を刻み込まれた大災害。
『期待』の理を持つ獣。
悲劇と奇跡を担い、救済と勝利を強制された偶像。
それこそが兵藤一誠の――否。
「うひゃひゃひゃひゃ! まさか本当に見つかるとはな、666! 黙示録の獣!」
世界の果ての片隅で、銀髪の悪魔が不愉快な笑いを上げていた。
悪魔の名は、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。聖書に「リリン」の名で記された、真なるルシファーの実の息子。明けの明星を受け継ぐはずだった男。あらゆる神器の効果を無効にする「神器無効化」という異能を生まれ持ち、超越者の一人に数えられる。
本来、彼は無気力な悪魔だった。大戦で父を失い、内乱で席を奪われ、元より『ルシファー』の名に相応しいとは言えない性分だった。彼はどこまでも『ルシファーの息子』でしかなかったからだ。だからこそ、彼は思い立ったのだ。
自分こそが唯一無二の魔王になろう、と。
七十二柱の名を騙る魔神柱の話を聞いた時に、その思想に至った。世間では彼らの方を偽物として扱っている。だが、もしも彼らが勝ち残ったとしたら、彼らが本物の七十二柱となる。正しい者が勝者になるのではなく、勝った者が正義なのだ。勝者こそが、現在と未来の歴史に名前を刻む権利を得る。
「はい、リゼヴィム様。これで我らの目標の実現に一歩近づきました」
そんな悪魔の傍らにいるのは、これまた大物の悪魔だ。
ルシファーに代々仕えてきたルキフグス家の生き残り、ユーグリット・ルキフグス。現ルシファーのサーゼクスの妻であるグレイフィアとは姉弟の関係だ。皮肉と言えば皮肉だろう。初代ルシファーの息子と行動をともにしている男が、現ルシファーの義弟でもあるのだから。
二人とも世間的には生死不明であり、こうして生きていることが判明した段階で冥界は大騒動となる。間違いなく政界は荒れるだろう。それほどまでに、彼らの立場は特殊だった。
そんな彼らの前には、禁忌級の封印が施された巨大な『獣』がいた。
その名を『黙示録の皇獣』666。蝗の群れや四大騎士とともに、ヨハネの黙示録に記されている獣。世界のすべてを破壊するためだけに存在する大災害。書物によっては、魔王や真龍とも同一視される。世間においてはその存在は不確かなものだとされていた。無限や夢幻と同じ次元にいる例外中の例外。
だが、ここに実在した。聖書に記された神によって、人知れず他の神にさえ感知させず、世界の片隅に厳重に封印されていたのだ。
かつての三大勢力による大戦。二天龍の乱入と各勢力の衰退によってほぼ強制的に終了された戦争。終了の一因となったのは間違いなく聖書の神と魔王の死。だが、聖書の神は戦時中、万全ではなかったのである。この獣を封印するために、力を振り絞ったからだ。如何に世界で最も信仰を集めている唯一神と言えど、無限や夢幻と同じ次元にいる黙示録の獣を封印するのは命懸けだった。
当然、聖書の神が命懸けで封印したのだ。聖遺物でもない限りは触れることさえ適わないような封印が施されているはず――だった。
「それにしても……これってどういうことなの? ユーグリット君」
聖遺物を確保できていないリゼヴィムにとって都合の良いことではあったのだが、困った事態ではあった。厳密には、原因が不明である点が非常にまずいと推測される事態だった。
「何で、666の封印がほとんど解けてんだ?」
■
――聞こえるかい? 兵藤一誠。
良かった。君は神器から魔神柱を取り込んだことで、ゲーティア達と繋がった。君を通じて、ボクの言葉も彼らに伝わるだろう。
君は人間として終了した。もう悪魔ともドラゴンとも呼べない、人の可能性の果てに辿り着いた。駒を抜き出してももう悪魔のままだろうね。
率直に言うと、君は『奴』の計画に利用されている。君……正確にはこの時代の神滅具所有者の誰かがそうなることは、『奴』の計画の一部だった。
すべては、此方の『彼』がボク達の世界を見つけたところから始まった。そして、『彼』は自分が知り得た世界の情報を、『奴』にだけ教えたんだ。『奴』は、自分のためにボク達を利用することを思いついた。
ボクはボクに与えられた役割のために、計画に関する情報を持った状態で召喚された。聖杯から召喚されたサーヴァントが現代社会や聖杯戦争の知識を持っているようにね。消滅したはずのこの自我は、この世界において身体ごと再構築された。この‟相手より強くなる”特徴もそのままに。
災厄の獣キャスパリーグ、天の鎖の後続機キングゥ、人理焼却の実行犯ゲーティア。
ボク達は獣だ。人類愛を持つが故に、人類悪として、人類に打倒されることを約束された獣だ。キングゥは厳密にはその子どもだけど、彼女よりも彼の方が『奴』にとっては都合が良かったんだろうね。そんなボク達は、黙示録に記された獣を打倒するために、そして『奴』が復活するために召喚された。
けれど、ボク達を呼び出した黒幕は酷い奴でね。ボク達は全員『消滅した存在』なんだ。ボクは自我だけが消滅しただけで身体はちゃんと向こうにあるんだけど。とにかく、消滅したボク達を再利用しようとしたわけだ。異世界を観測しようとした『彼』から、ボク達のことを聞いてね。
君は『システム』について知っているかい? 知っているなら『奴』の死後、あれに不具合が出ていることは知っていると思う。けど、『奴』の死だけが原因じゃないんだ。ボク達の召喚は時限式だったんだよ。『奴』の死後、エネルギーが溜まったら自動的に発動するようになっていたんだ。異世界からボク達みたいなのを召喚する術式を組めば、それだけ他の機能が鈍る。不具合の正体は、この時のための節約だった。
そして、その召喚術式は黙示録の獣の封印術式と連動していた。ボク達が召喚されると同時に、666の封印は徐々に解除される。……ボクは否応なしに666を倒す準備を進めないと駄目だったんだ。
ゲーティアは自身を構築する魔神柱全員に意図的な不具合を仕込まれた。無意識下に『奴』の計画を手伝うようにね。英雄たちを育てているようだけど、それもまた一環だ。彼のが全くないとは言えないけど。
ボクに関しては、ゲーティアを利用されて退路を断たれた。『奴』の計画から逃れようと色んな人のところを回ったが、誰も彼もその周囲には怨嗟が満ちていた。アーシアは彼女本人は問題ないけど、彼女が治療する患者はそうもいかなかった。デュリオは、本来ならば純粋な性格なんだけど、余計な揺さぶりをされたせいで黒い感情を覚えてしまった。
キングゥについてはもっと簡単だ。666の封印が解除された時、彼の近くに転移されるように仕掛けられているんだ。彼の大切なものが、最初に踏みにじられるように設定されているんだ。……悪趣味にも程がある。
この世界に召喚された時点で、ボクもキングゥもゲーティアも詰んでいた。
だけど、『奴』の思惑から三つだけ外れた事項がある。
一つは、ゲーティアが此方の初代七十二柱を殺したことだ。これは『奴』の思考にはなかったことのはずだ。間違いなく、彼らが彼らの意思で行ったこと。その根底には、あの二人の存在がある。『彼らにはこいつらを見られたくない』という衝動が、計画外の行動に導かせた。皮肉だけど、これで悪魔側は動きやすくなった。彼らの行動次第では、あるいはという可能性がなくもないかな? それに、魔神柱も自分達の意思で動ける部分があるという証明になった。
もう一つが、君だ。兵藤一誠。本来ならば、君が魔神柱を取り込むのはもう少し後のはずだった。……このタイミングで君がやらなくても、きっと他の誰かがやった。アザゼルが実験の一つとして行っただろう。アザゼルがやらなくても堕天使の誰かが試しただろう。堕天使がやらなくても、どこかの勢力の誰かが実験したはずだ。そして、成功すれば君はその可能性に挑み、魔神柱の力を手に入れたはずだ。だけど、このような形であったことは、まして君が魔神柱と繋がったことは予想外にも程があるよね。
最後の一つが、獅子王となったアルトリアだ。『奴』にとって彼女の襲来は完全に計画外だろうね。まあ、ボクにとっても予想外だ。どうして女神ロンゴミニアドが召喚されたのかは不明だ。ベディでも来たのかな? ボク達という『消滅したはずの存在』が召喚されたことで同じような存在が召喚されやすくなる下地ができたってことだろうね。それでも冠位魔術師でもないと……あ、分かった。うん。
あの馬鹿ナイトメア、他に余計なことしてないだろうな……。オーフィスあたりにちょっかい出されたらアウトなんだけど。
どっかのろくでなしはともかく、『奴』の計画を大雑把に言うとこんな感じだ。キングゥで666を縛り、ゲーティアが第二宝具と第三宝具を使用して世界に損害なく獣を倒す。ボクはそのアシストかな。そして、ボクとキングゥとゲーティアを君や他の神滅具所有者達に倒させる。この時、君達を通して、ボク達の魔力や運命力がエネルギーとして回収されるんだ。
だけど、ボクとしてはこれに逆らいたい。君もそう思っているよね? というか、君の現状は『奴』の計画から大きく逸脱しているはずだ。ドライグも君の中にはいないしね。アルビオンの力を持っていることも含めて、『奴』の思惑はどれだけ外れたんだか。それに、君は真実に辿り着いてしまったし、その胸に滾る感情は消えないだろう。もう覆しようがない。
おめでとう、とは言いたくない。だから、ごめんねと謝らせてもらうよ、兵藤一誠。
君は、世界を救う
あ、それとゲーティアに伝えておいてくれないかな? マシュなら、ボクの運命力を譲渡することで生き返ったってさ!
■
「ゲーティアより確認。我々の胸に宿る感情は、すべて、間違った定義の神による誤植か?」
「バアルより解答。――否である。断じて、断じて、断じて、断じて否である! そのような成分は否定する! そのような展開は拒絶する! 私のこの胸を焼く憎悪は! 屈辱は、侮辱、そして憤怒は! あの藤丸立香へ向ける感情すべて! 私の裡から出でたものである! 断じて無関係な神に由来するものではない……!」
「クロケルより同意。我が胸に燻るこの炎、英霊どもへの嫌悪は、あの戦いに由来するものだ。道理を弁えぬ英霊どもへの怒りは、未だに燃えている。神の陰謀など知ったことか。神の思惑など捨てるものだ。今更、奴の介入など不能である!」
「ハーゲンティより賛同。この恐怖は神には理解できぬものだ。神に理解できぬものが、神に捏造できるはずがない」
「アンドラスより提示。私は死にたくない。この感情は、命あるもの、心あるものならば当然の摂理だ。死を拒む衝動こそが、我らに『自分の心』がある証拠にはならないだろうか」
「ガープより追従。我らの‟個”はかつての時間神殿で芽生えたもの。王であった男の最期の魔術によって抱いたもの。ならば、この神への憤怒もまた、あの時の続きだ。決して植え付けられたものなどではない!」
「フラウロスより主張。私は決意した。私は決断した。私は、あの世界に帰還しよう。神の思惑などねじ伏せて、必ず帰還しよう。向けねばならない言葉がある」
「グラシャ=ラボラスより意見。私は元より帰還を決意した。やり残したことがあるのだから。あの定義が間違った神が、このような感情を許すものか」
「ゼパルより――」
「黙れゼパル!」
「誰が発言を許した!」
「不具合を加味しても、おまえの失敗は有り得ない!」
「魔神柱でありながら!」
「汝は兵藤一誠との連絡に徹せよ」
「貴様もだフェニクス!」
「何を他人事のように述べている!」
「勝手に戦乙女と交渉になんぞ行くとは!」
「あの隻眼の戦神が動いたらどうするつもりだ!」
「我らの計画を何だと思っている!?」
「我はまた統括局が失敗する時に備えて保険を作っただけだ!」
「だとしても、立場を弁えよ!」
「ゲーティアより全魔神柱に通達。獅子王との決着も、地獄と天国の焼却も後回しだ。死んだと聞いて省略していたが、本来は最初にやる予定だったのだ。時期がズレただけのこと。では、神を滅ぼそう」
■
あの大戦の後、私の魂は『槍』の中にあった。
私は『槍』の中から、世界のすべてを見ていた。人間のすべてを見ていた。
我が子を殺すもの。我が子に殺されるもの。恋を知らぬもの。恋を捨てるもの。 裏切りに嘆くもの。裏切りに生きるもの。家族を知らぬもの。家族を捨てるもの。富を失うもの。富に殺されるもの。愛を知らぬもの。愛を笑うもの。成功を求めるもの。成功を憎むもの。信仰を守るもの。信仰を嫌うもの。
同胞を愛し、異人を軽蔑し、叡智を学び、無知を広げ、怨恨を育て誤解に踊り差別を好み迫害に浮かれ憐れみを憐れんだ。
このようなものを、人間の傍らで見た私が抱いた感情は、憤怒だ。憤怒以外に有り得ない。
何故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!
何故、こいつらは、私の世界に生きていながら――
こんなにも、醜いのだ!
このような醜い感情を抱いている! 何故私以外の神を信じる。何故私を奉らない。何故私に祈りを捧げない。何故私を呪う。何故私のために死なない。何故私が定めた形で生まれてこない。
何故私が作り上げた完璧な世界で、このような痴態が発生するのだ。何故私の生み出した美しい世界に、このような汚物が存在するのだ。
私の世界に存在させてやっているのに。私が作り出してやったというのに。それに報いるような生き方ができない。報いようとすらしない。
この生命は、私の世界に生きるに値しない。
――私は、作るべき生命を間違えた。
今回は魔神柱会議はあえて意訳しない方向で。
ぶっちゃけ、誰が言ったか分からない台詞があるとすっげえ書きづらいんすよ……。
07/28追記
ゲーティア「我々のアイデンティティとは?」
バアル「藤丸立香ぶっ殺す」
クロケル「英霊ども嫌い」
ハーゲンティ「パンケーキ怖い」
アンドラス「死にたくない」
ガープ「駄神許さねえ」
フラウロス「あの世界に帰還する」
グラシャ=ラボラス「今度こそ魔法少女とともに」
ゼパル「個人的には「「「おまえには聞いてない」」」
フェニクス「私は「「「おまえもだよ」」」
ゲーティア「初志貫徹だ。神殺しするぞ」