失った信用は書くことで取り戻すしかない。
悲しいものを見た。
『たとえ、貴女が祖国を憎まずとも――私は、この国を、憎んだのだ……! 全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!』
『我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥッ!!』
我が身を焦がす憎悪を見た。
『はは! はははは! ソレハその通り! この醜さこそが貴様らを滅ぼすのだ!』
世界を蝕む悲痛を見た。
『このオレのどこが! どこに! 王の資格がないというのだ!? オレは自分の国を取り戻したかっただけだ! 自分だけの国がほしかっただけだ!』
理想が捻じれた欲望を見た。
『無論、無論、無論、無論、最ッッ高に楽しいとも! 楽しくなければ貴様らをひとりひとり丁寧に殺すものか!』
冠位を示す暴力を見た。
『我は闘争を与えし者。平和を望む心を持つ者たちよ。汝らは不要である……!』
定命を忌み続ける拒絶を見た。
『では――これより聖罰を始めます』
狂気を超えた忠誠を見た。
『キキ、キキキキ!』
『タノシイ!』
『面白イ!』
『A――Aaaaa、aaaaaaa!』
神が与えた恐怖を見た。
『讃えるがいい――我が名は、ゲーティア! 人理焼却式、魔神王ゲーティアである!』
誰かが辿った地獄を見た。
だけど。
『決まっている…! 『生きる為』だ――!』
その誰かが抱いた希望も見た。
これは奴らの旅路だ。そして、どこにでもいる普通の少年と、どこにでもいる普通の少女の物語。死を否定しようとした獣から世界を救い、未来を取り戻すために対抗した物語だ。
そして獣は真実を知る。無能だと思っていた。無慈悲だと疑わなかった。だが、王には彼らの知らない真実があった。悲しいとは感じなかった。正そうとは考えなかった。何故ならば、そんな自由などなかったからだ。そんな権利など与えられていなかった。全てを見通す千里眼は、人の心など許さなかった。
だから、獣は否定した。王が抱いたという願いを。王が歩いたという人の道を。その果てが、彼らの計画の失敗だった。魔でも神でもない、人の生き方を知った。意味がなくとも、価値がなくとも、必要がなくとも、戦うために拳を握ろうとするほどに。そして、特別なものなんてなかった少年もそれに応じる。自分が同じ立場ならそうしたから、と。
死を否定しようとした獣は、生にしがみつく人に敗北した。
それで獣の物語は終わったはずだった。
だけど、終わらなかった。終わらせてもらえなかった。
『たすけ、て』
『おまえは今日から私の眷属だ!』
『今回の実験は失敗に終わったか。次の被験体を用意しろ』
『恨むなら神器を作った聖書の神を恨むのだな』
『人間風情が!』
『飽きちゃった。トレードしよっと』
『神は……死んでいた?』
『レアな神器だ。抜き出してアザゼル様に献上しなくては!』
『下僕は主人の言うことを聞くものだろう?』
『アーメン!』
『レアものは転生させたら面白いぞ』
『どうして彼女が異端となるのですか!?』
『ああ、全部僕が仕組んだことなんだよ』
『私は――死にたくない』
『悪魔が、神の使徒を愛してはいけませんか?』
『僕たちから奪った幸せの数だけ、死を刻め、異形ども……!』
誰かの絶望を見た。誰も彼もの絶望を見せつけられた。
……違う。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う。違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う! 違うんだ!
この悲痛は一部だけだ。この悲劇は側面だけだ。救われた誰かもいるはずだ。幸せになった誰かもいるはずだ。そうでなければおかしい。そうでなければ終わっている。現に俺だって――
ふと、あの言葉が脳裏に蘇った。この誰かの記憶ではない、俺自身に向けられたあの言葉を。
『■■■■■■■■■■■■』
――あの女を許してはならない。許してはならなかった。
俺の中の何かがそう叫んだ。
■
現在、兵藤一誠は冥界の大病院の集中治療室に横たわっていた。計測器や医療器具に繋がれているため、身体のほとんどは隠れていた。
「イッセー……」
一誠の『王』であるリアス・グレモリーはガラス越しで彼を見つめる。他の眷属たちも同じだ。だが、治癒能力も医療技術もない彼らにできることなど見守る以外になかった。
「アザゼル、イッセーの容態はどうなの?」
「最悪、に近い状態だな」
それを聞いて卒倒しようとなる者もいれば、まだ最悪ではないと希望を持つ者もいた。
「状況を整理するぞ。今のイッセーの身体は、浸食しようとする魔神柱の細胞と阻止しようとするドライグの因子が戦っている。極端な言い方をすれば病みたいな状態だ」
この理屈で言えば、ドライグの因子は抗体の役割を果たしている。
「だが、ドライグの因子もまた問題でな」
「え?」
「魔神柱の細胞の浸食能力が強いのか、神器――というかドラゴンの細胞が過剰に活動していてな。イッセーの肉体を浸食している。元々イッセーの身体は『悪魔とドラゴンが混ざった状態』だった。だが、『完全なドラゴン』になっている部分が出てきている。それに連動する形で、『悪魔の駒』も暴走一歩手前だ」
「……え?」
「つまりな。イッセーは……人間でも悪魔でもドラゴンでも魔神柱でもない『何か』になろうとしているってことなんだ」
「そ、そんな! だったら早く手術しないと! 魔神柱の細胞が原因ならそれを取り除けば……」
「ことはそう簡単でもないんだよ。身体中を色んな力が拮抗していて、何かをいじれば身体が壊れる」
顔面が蒼白になるリアス。苛立ちながら、アザゼルは調べた結果を述べる。
「通常なら有り得ないんだよ、これは。毒魚食べたら鰓呼吸ができるようになったもんだぜ? 普通に死ぬなら分かる。何も起こらないなら当然だ。だが、イッセーは魔神柱の能力を細胞から取り込んだ。白龍皇の力を手に入れたのとはわけが違う。イッセーにだけ許された奇跡だの、システムによるバグだのじゃ説明がつかない。もっと必然的な論理があるはずなんだ」
「必然的な論理?」
この事態が発生するに足る必然が、そこにはあった。
「……俺たちは魔神柱が新しく作られたキメラみたいなもんだと考えていた。だが、違うのかもしれねえ。根本的な何かを読み間違えているような気がする」
「どういうことなの、アザゼル」
「――魔神柱の誕生には、聖書の神が関わっている」
もしもこの理論が正しければ、今回の出来事も辻褄が合う。つまり、魔神柱の細胞とは神器と同質だ。他人の内臓が移植できるように、今回のような融合も可能だった。だが、すべては観測結果から無理やり導き出した結果論にすぎない。
「だが……だが、あんなもの、俺は知らない! 聖書の神が死んでからどれくらい時間が経っていると思っている。その間、誰もあいつらを感知できなかった。まったくだぞ? 奴らの強さと、数と、性質なら何らかの手がかりがどこかしらに出てもおかしくないはずだ。それだけの時間があったんだ。それに、元々あったものなら七十二柱の名前を使う必要なんてない。あいつら自身の名前があるはずだ。聖書の神と同じことは、『システム』を起動しているミカエルにもできない。つまり、あいつらを作ることは誰にもできないはずなんだ。あいつが存在している理由が、分からない!」
「HAHAHAHAHA! こりゃ珍しいもんが見れたZE!」
此方を逆撫でするようなわざとらしい哄笑。現れた人物、否、神仏を見て、アザゼルは眉をひそめる。
「インドラ……!」
天帝、帝釈天。またの名を武神インドラ。インド神話において雷と戦いを司る神である。仏教でも主要な立場にあり、顔も広い。その実力は四大魔王の総力に匹敵するとも言われる。
「HAHAHA! そっちの名で呼ぶとは洒落てるじゃねえか。それより面白い話してたじゃねえか。おまえがそんな風に取り乱すとはな。魔神柱が誰かに作られた? 聖書の神と同レベル? 七十二柱の名前? だったら相手は一人しかいねえだろうZE! 本当はおまえやミカエルやサーゼクスだって分かってんだろう? そろそろ認めろや。魔神柱の背景には、あのソロ――」
「その名前を口にするんじゃねえ!」
アザゼルは、インドラの言葉を無理やり遮る。その名前に対して抱く嫌悪と忌避を隠そうともせずに。
「あいつの名前を、俺たちの前で口にするんじゃねえよ。それに、それだけは有り得ないんだ。大英雄や聖女ならまだしも、あいつの転生体が生まれることは有り得ない。あいつの子孫があいつの力を手に入れることは有り得ない。あいつ自身が復活することも有り得ないんだ。あいつにそっくりな宇宙人が来たって方がまだ説得力があるってもんだ」
ここで、木場裕斗は違和感を覚えた。
――あの王の名前を口にしてはならない。
眷属となった後、リアスからそう教わった。何でも、人間である『彼』に七十二柱すべてが使役されたことは悪魔の歴史において最大級の屈辱であるため、口にすることはタブー視されていると。
悪魔が彼を嫌悪し、憎悪するのは理解できる。だが、なぜ、堕天使の総督であるアザゼルが名前を聞いただけであれほど激昂するのか。堕天使は『彼』の逸話には関わっていないはずだ。それとも、自分には知らされておらず、歴史には残されていないような部分があるのか。
アザゼルの動揺を面白がるように、インドラは呵々大笑とする。
「あくまでも認めないってことか。じゃあ精々あがくことだな、手遅れになっても知らないぜ? HAHAHA!」
上機嫌に嘲笑し去っていく帝釈天ことインドラ。
しかしこの後、自分の部屋に訪れた人物を前にして絶句する未来を、インドラは予知できなかった。
■
「フェニクスより要請。私には異常が見られる。至急修復を願う」
「マルバスより確認。根拠を求める」
「フェニクスより解答。私は私の命題のために、正体を隠してある戦乙女に接触した。交渉は難航していた。そして、彼女に指摘されたのだ。代用の手段を提示されたのだ。そしてそれは理に適ったものだった。私はその発想を得ることができなかった。人知を超えた魔神柱がこの体たらく。これは紛れもない異常である」
「ウヴァルより理解。我らの叡智が戦乙女個人に負けるとは思えぬ」
「ゼパルより否定。我々には単にその発想がなかっただけかもしれない」
「アンドロマリウスより要請。黙っていろゼパル」
「ラウムより疑念。そのために、英霊を呼んだのだ。そのために、人を招いたのだ。我らの視点は以前よりも多様性を持っているはずである。まだ不足していたということだろうか」
「デカラビアより指摘。論点に微細な逸脱が見られる」
「……ゲーティアより通達。自らの行動を省みて違和感を覚えたものは、これを開示せよ」
「フラウロスより疑問。我らはオーフィスに固有結界を教授した。そして、あの龍を放置している。あの龍から情報が洩れる可能性もあった。だが、行動を監視することも制限することもしていない。現状、あの龍がどこで何をしているのかも把握していない」
「アンドラスより疑問。我らは邪龍を復活させた。だが、奴らの存在は我らとは根本的に相容れないはずだ。利用するならば、現存しているフェンリルやテュポーンの方が適切であるはずだ」
「サブナックより疑問。我らは何故獅子王と戦おうとしていない。我らが前線に出れば計画に支障が出るだろう。第三宝具を不用意には使用できぬだろう。だが、だからといって人間に我らの因子を与えて戦わせることに道理はないはずだ」
「アスモダイより疑問。我らは兵藤一誠を殺していない。グレモリーを退け、我らの計画を狂わせた時点で削除する方が妥当である。かつての藤丸立香にそうしなかったことを悔いているのだから」
「グレモリーより疑問。我らはベディヴィエールと接触しておきながら、彼を引き留めなかった。彼がいた方が獅子王との戦いは有利になっただろう。彼は一時ではあったが時間神殿にいた。あの時点で獅子王が来ていることは判明していたはずだ」
「アムドゥシアスより疑問。ヴァーリ・ルシファーはキングゥと接触後に行方不明。だが、死体を確認していない。接触を確認しただけで終了した。何故だ?」
「ベリトより報告。ヴァーリ・ルシファーの所在は不明だ。キングゥが倒したという情報もない。ヴァーリ・ルシファーが生きている可能性は高い」
「バルバトスより総括。我らの行動には、不自然な点が多い」
「マレファルより提示。我々が復活する際に不要な要素が紛れた可能性がある」
「アガレスより推論。ベディヴィエールは花の魔術師によって召喚された。ならば――我々もまた誰かに召喚された可能性が高い」
「アモンより補足。仮に我らが何者かによって召喚されていた場合、我らの不具合はその時点で発生した可能性が高い」
「バアルより疑問。不具合は偶発的なものなのか。それとも、意図的に仕組まれたものなのか」
「……」
「…………」
「………………」
「我々を召喚したのは誰だ?」
我々を利用しているのは誰だ?
※解答はすでに出ています。
一応、魔神柱会議(意訳)
フェニクス「なんか疲れているみたい」
マルバス「どうしたの?」
フェニクス「いや、命題のために戦乙女口説きに行ったんだけどさ、『これしかない!』って思っていた以外の方法を提案されちゃったんだよね。あんな簡単なこと考えられないあたり、疲れてんだと思う」
ウヴァル「あー、確かに」
ゼパル「単に想像力の問題だろ」
アンドロマリウス「おまえは黙っていろ」
ラウム「英霊とか人間と触れ合って、俺たちの視点も大分広がったと思うけど足りなかった?」
デカラビア「なんかそういう問題じゃない気がする」
ゲーティア「……他になんか違和感を覚えた者は挙手」
フラウロス「私たち、何でオーフィスを放置しているんだ?」
アンドラス「邪龍よりもっと良い協力相手がいたような気が」
サブナック「そもそも何で俺ら英雄派を獅子王と戦わせようとしてんの? 勝てると思ってないのに」
アスモダイ「グレモリーの一件の時点で、どうして兵藤一誠殺しておかなかったんだ?」
グレモリー「ベディヴィエールは獅子王打倒の鍵になったかもしれないけど気にしてなかったよな」
アムドゥシアス「そういえば、ヴァーリ・ルシファーがちゃんとキングゥに殺されたか確認してない」
ベリト「ヴァーリ・ルシファーが死んだって情報はない。生存の可能性もあり」
バルバトス「まとめると、私たちの行動変じゃねえ?」
マレファル「復活する時にバグでも混ざったか?」
アガレス「ベディヴィエールがマーリンに召喚されたみたいに、私たちも実は誰かに召喚されたのかもしれないよな」
アモン「召喚の際に不具合でも起きたか?」
バアル「召喚が下手くそだったのか。それとも、何か仕込まれたか」
魔神柱一同「………………」
ゲーティア「我々を召喚したのは誰だ?」