きっかけは、魔神ゼパルだった。
「イリナ! どうして、こんな!」
「聞こえなかった? すべては獅子王陛下のためよ!」
「し、獅子王?」
「うん! 主はおられなかった。ミカエルは私たちを騙していた。だけど、獅子王様は違う。そこにおられる。私たちを正しく導いてくださる! 私は……私たちは間違えていた。あの御方こそが真に信仰すべき女神……!」
兵藤一誠の夢を通してドライグに交渉を持ち掛けた時、ゼパルは乳龍帝としての未来を見せたとき、『これこそは、異世界の貴様の姿。これから廃棄できる選択肢の結論にして、まだ排除できる可能性の結末である』と言った。
「クソ! なんだ、この騎士ども! どっから湧いてきやがった! しかも、やたら強いな!」
「アザゼル、俺がまとめて焼き尽くす! そこをどけ!」
異世界。ゼパルは確かに‟異世界”という言葉を使った。本来の意味であればここは並行世界という言い方もできたが、ゼパルは『異世界』という言い方をした。そこには深い理由など何もない。特に間違いでもない。偶々其方の表現を使用しただけに過ぎない。
「
「
だが、ドライグはその『異世界』という部分が気になった。強烈な違和感を覚えた。未来ではなく、異世界。未来予知ではなく、異世界閲覧。この世界で唯一自力でその解答に辿り着いたのだ。
魔神柱とは、別世界からやってきた『正真正銘の七十二柱』なのだと。
「よもや龍とは。ヴォーディガーンでもあるまいに」
「父上ならあれを倒せるよな? じゃあオレにも倒せるな!」
「待て、モードレッド。我々の任務は『赤い龍』の魂の回収だ。余計な戦いをするべきではない」
「あぁん? どうせ後で全部殺するんだからここで殺しても一緒だろうが」
「そうとは限らない。彼らは選ばれるかもしれない。そもそも、我々だけでは厳しいと言っているんだ。せめてアザゼルが帰ってから仕掛けたかったんだが」
「はっ! 文句なら勝手に飛び出した、あの自称騎士に言えよ」
サーゼクスやセラフォルーを始めとした面々は確かに本物だ。だが、彼らもまた本物なのだ。この世界としてはサーゼクス達が本物という見方で間違いはない。むしろ彼らこそ偶然名前が一致しているだけの偽物なのだ。無論、あちら側から見ればサーゼクス達が偽物になるのだが。
「あ、アロンダイトに、クラレントだと……! てめえら、何者だ!」
「この剣の名前を知るならば、我々が何者かは理解してもらえるはずですが?」
「有り得ない! そんなことは有り得ないんだ……!」
「あん? どういう意味だ? ま、逃げても構わねえぞ。相手はこのモードレッドだからな!」
そうはいっても、七十二柱の真贋などドライグにとってはどうでも良かった。
仮に異世界というものが存在し、そこに七十二柱がいるというのならば、二天龍もまた存在する可能性が高い。そして、それは正しく現実となった。
明らかに、『自分ではない自分』の気配がした。向こう側から自分がやってきたのだ。
異世界の七十二柱はこの世界の『自分達』を排除しようとしている。ならば、異世界の赤い龍はこの世界に来て何をする?
それもまた、直感した。その気配は何かが欠けていた。魂だけになった自分と同じくらい不安定になっていた。だからこそ、それを補強するために自分を求めていることも察知した。
「ぐ、ぐあああああああ!」
「なっ! イッセー! 紫藤イリナ、おまえイッセーに何をした!?」
「うふふ。じゃあイッセーくん、ドライグをもらうね?」
ゼパルの見せた映像は、ドライグに衝撃をもたらした。だが、あれが全てではないともドライグは理解した。当然だ。あれはドライグを裏切らせるためのネガティブキャンペーン。良い部分を教えるはずがない。ならば、良い部分とは何だろうか。
ああまでなったとしても、自分が兵藤一誠を裏切る瞬間など実感が沸かなかった。つまり、あの未来に辿り着いた兵藤一誠はあれほどの痴態があったとしても、それを補って余りあるものを持っていたのだ。実際、自分の知る兵藤一誠にもその兆候はある。才能や特別な力こそないが、上手く育てば『歴代最高の赤龍帝』になれるのではないかと期待しまうほどだ。
「ど、ドライグ……?」
そこまで思考して、ドライグはこれまでの宿主には感じたことがなかった感情を抱いた。
『ではな、兵藤一誠。俺がいなくなったとしても籠手はそのまま動く。我武者羅に鍛えて強くなれ。才能はないが、素質はある』
ヴァーリ・ルシファーという最強の白龍皇を知った時、今回は自分の負けかとも思った。だが、幸運や相手の慢心、所持していたアイテムの相性などがあったとしても、兵藤一誠はヴァーリ・ルシファーを圧倒した。才能や経験、基本的なスペックの差を、どうにかしてしまったのだ。
『おまえの向こう見ずな馬鹿らしさ、嫌いではなかったぞ』
この男と戦ってみたい。相棒として見守るのではなく、敵としてこの男の成長を伸ばしてみたい。兵藤一誠ならばもしかして――
『俺を倒して、おまえが‟天龍”になれ』
魂だけの我が生涯に、最期の成果を。
■
「自分が何のために戦っているのか、考えたことはあるか?」
対女神戦線のために時間神殿に呼び戻されたゼノヴィアは、これから轡を並べることになる人間に対してそんな質問を向けた。
「何のために戦っているか? 勝つためだ」
「そんなの、自分のために決まっているじゃない」
英雄派の幹部、ヘラクレスとジャンヌは憶することもなく恥ずかし気もなく躊躇いもなく隠し立てをすることもなくそう宣った。
ショックさえ受けたらしいゼノヴィアに対して、ヘラクレスは嘆息しながらも話し始める。
「俺はな、あのヘラクレスの魂を引く男だ。ヘラクレス、ヘラクレス、ヘラクレス! あのヘラクレスだぞ! ギリシャ神話最強の英雄にして、星を代表する大英雄! そんな男の魂を引いているんだ。嬉しくないわけがねえ。ただ、俺はそれを理由に暴れた。自分が最強なんだと思いあがっていた。神器も神滅具でも何でもねえのにな。そんな時、師匠に出会ったんだ」
「師匠?」
ゼノヴィアの疑問に、ジャンヌが答える。
「知らない? 『先生』や『教授』とは別に彼らが召喚した英霊よ。ちなみに、ヘラクレスが師匠と勝手に呼んでいるだけで相手は弟子にした覚えはないわ。確か、出身はインドだったかしら。ふ、ふふふ」
「な、なんだよ」
小さな嘲笑をたたえて見つめてくるジャンヌに、ヘラクレスは苛立ちと戸惑いを覚える。
「だ、だってヘラクレスってばあの人に挑んだはいいけど瞬殺されて、挙句の果てにボロカス言われたのよね……ふっふっふ……! この見た目で三日くらい凹んだのよ。その後で弟子入りをしようとして、秒で断られてまた毒舌を向けられて……」
「色々言われたのはおまえも一緒だろうが! あと、あれは師匠が言うまでもないと思って言わなかった部分があるんだからな」
「へえ? どんな?」
「『強さのために頭を下げられるおまえの行動は、それ自体が強さだ』って」
「……結構重要な部分ね」
「ああ。そして師匠のためにも、俺は勝ちたいんだ。いつか自慢の弟子だって言ってもらえるようにな!」
それは男児らしい願いであると同時に、ヘラクレスらしさとは乖離した在り方でもあった。
「それで私だけど、自分のため。がっかりした? 聖女ジャンヌ・ダルクの魂を引く女ならばさぞや高尚な願いを持って戦っているんでしょうって?」
「い、いや、そんなことはない」
「そんなことあるって顔してるわよー」
悪戯っぽく笑うジャンヌに対して、ゼノヴィアは余計に困るだけだ。
「私には無理よ。ああはなれない。自分を焼いた相手を憎まないなんて無理よ。聖女は魔女と断じられたことを恨まなかった。人も国も神も憎まなかった。生前も死後もね。少なくとも、あちらの世界ではそうだった」
あちらの世界。魔神柱がいたという世界。あちらにも、聖女ジャンヌ・ダルクはいた。デュランダルやローランの物語もあちらにあると聞く。
異世界という突拍子もない話だが、他ならぬ魔神柱の存在がそれを証明している。もっとも、彼らの異質性を差し引いてもどこかの組織が密かに生み出した人造生命体と言われた方が納得できるが。
そんな世界の『聖女』に対して、ジャンヌは心中を吐露する。
「私には、無理よ。魂を引いているわ。名前を使っているわ。でも、
自分は自分でしかない。
今のゼノヴィアにはデュランダルしかない。だが、ローランの魂を引いているという理由ではなく、偶然因子を生まれ持っただけだ。家族もいない。家族のような存在はいるが、教会を追放された身で合わせる顔などない。神器も持っていない。デュランダルも、先代の足元にも及ばない。
では、ゼノヴィアをゼノヴィアたらしめる要因とは何だ。
「私は自分のために戦うわ。この戦いに勝って強くて美しい女としてちやほやされてやるわ」
「俗っぽすぎないか?」
半分以上呆れるゼノヴィアからの指摘に、ジャンヌはやはり悪びれない。
「さっきも言ったけど、私は『聖処女ジャンヌ』の魂を引いているだけの別人なのよ。私には士気を高める旗もない。金策に明け暮れてくれる軍師もいない。神の声も聞こえない。たぶん本物と同じになるのは、最期に火炙りに遭うってことくらいじゃないかしら。確定じゃないけど」
自虐が過ぎる冗談に、固まるゼノヴィアと苦笑するヘラクレス。
「それを言ったら俺にもケイローンもアムピュトリオンもアウトリュコスもエウリュトスもカルトルもリノスもイピトスもピロクテテスもイオラオスもヒュラースもピューレウスもヒッポリュテもデーイアネイラもいねえよ」
「あら、イアソンは?」
「曹操がいるだろう。今考えるとあいつの用意した船はアルゴー船どころか泥舟だったわけだが。おかげで今は奴隷船に乗せられている」
違いないわね、と笑うジャンヌ。
「俺たちは英雄になれる権利を持って生まれてきた」
ヘラクレスは自身の大きな拳をどこか悲しげに握りしめる。そこに込められていたのは、これから挑む者への恐怖か、これまで歩いてきた道への後悔か。あるいは、辿ったかもしれない平穏への未練か。
「だけど、英雄を目指す必要なんてどこにもなかったのかもな」
今更引き返すつもりはない。ただ、少しでもこの未練や後悔を小さくするために、歩くしかない。一歩でもいいから。
「行くか」
「ええ」
「し、しかし、勝てるのか? 相手は女神だ。しかも、本物の円卓の騎士を率いていると聞くぞ」
「勝てるか、じゃねえよ」
「勝つのよ」
そういう風に、人間は不可能を可能にしてきたのだから。
■
「フラウロスより報告。デュリオ・ジェズアルドは我らへの協力を承認した。これで、天界の自爆は阻止できるだろう」
「アンドラスより報告。邪龍の制御が完了」
「ブエルより確認。天界焼却時、北欧神群とギリシャ神群に対応する戦力を確保」
「ガミジンより了解。残る問題は、獅子王の対処である」
「アスタロスより報告。グレモリーを退けた転生悪魔、兵藤一誠に問題発生。獅子王側の人間に襲撃され、神器に封印されているア・ドライグ・ゴッホの魂を抜き出された」
「サブナックより推測。赤い龍の魂を使用することで、獅子王の存在を強化するつもりだ。アーサー・ペンドラゴンは赤い龍の化身。現在は神霊であれば、多少強引な手段が使用できる。世界が違えど、双方の合意があれば融合は可能だ」
「オリアスより危惧。此方の赤い龍の能力は『倍加』と『譲渡』だ。これらを獅子王が手に入れた場合、英雄派では対処できぬ性能と成り得る」
「ベリアルより疑問。此方側のア・ドライグ・ゴッホが融合を決意するとは考えにくい。かの龍はゼパルの交渉を拒絶した。龍には強い矜持がある。異世界の己と言えど、安易に融合するはずがない」
「パイモンより反論。だが、現実として融合の可能性は高い。獅子王と赤龍帝が融合することを前提に作戦を進めるべきだ」
「フェニクスより疑問。赤龍帝に異常が発生した以上、リアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティングゲームは中止の可能性があるのか」
「アスタロスより補足。兵藤一誠は死亡していない。また神器は機能している模様。神器に封印されている龍の魂が抜き出された以上の異常はない」
「ボティスより見解。では、中止の可能性は低い。元々、この試合は聖書陣営だけではなく外部勢力の注目も集めていた。これを中止することは冥界政府の沽券に影響する。戦力に変化はない。眷属が死亡したわけでもない。ならば続行されるだろう」
「グレモリーより補足。獅子王がこれ以上動けないことが前提である。あの女神の思惑は不明である。冥界政府の拠点を襲撃された場合、あの愚者共でも警戒レベルを上げざるを得ない」
「アンドレアルフスより見解。遊戯決定時とはリアス・グレモリー側の眷属が成長している。勝敗はゲームの条件によって左右されるだろう」
「アンドロマリウスより提案および要請。これ以上、作戦とは無関係の事象に時間を浪費すべきではない」
「バアルより提案。統括局よ、やはり獅子王の相手は英雄派にやらせるつもりか。彼らでは力不足ではないか。あれらには計画終了後に、大切な役割がある。ここで失うわけにはいかない。多少のリスクを冒したとしても、『あれ』を使用するべきではないか」
「ゲーティアより解答。だからこそ、奴らに戦わせなければならない。女神の一柱程度に勝てないようでは、その役目を果たせるわけもない。――見せてもらおう、この世界の可能性を」
魔神柱会議(意訳)
フラウロス「デュリオは私たちに協力するそうだ。自爆問題は解決だな」
アンドラス「邪龍の準備できたぞ」
ブエル「よし、北欧神群とギリシャ神群はどうにかなるな」
ガミジン「残るは獅子王か」
アスタロス「兵藤一誠が獅子王側の奴にドライグの魂を抜き出されたって」
サブナック「獅子王め、ドライグと融合する気だな」
オリアス「獅子王に『倍加』と『譲渡』が加わったらやばいんじゃ」
ベリアル「でも、プライド高いドラゴンが簡単に融合なんてするか?」
パイモン「実際融合する可能性も高いし、前提に考えた方が良いな」
フェニクス「ちなみに、リアスとライザーのゲームってどうなるの?」
アスタロス「いや死人が出たわけじゃないから」
ボティス「結構大々的に注目されているからな。悪魔も見栄を張って、普通にやるんじゃね」
グレモリー「獅子王の脅威にあいつらが気づかないことが前提だけどな」
アンドレアルフス「数か月前よりリアス・グレモリーの眷属も成長しているし、どっちが勝つか分からん」
アンドロマリウス「おまえら仕事しろ!」
バアル「ドライグと獅子王の融合なんて予想外だ。英雄派はひっこめた方が良いのでは?」
ゲーティア「女神も倒せなくてその役目を果たせるわけもない。頑張らせろ」