憐憫の獣、再び   作:逆真

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ややこしいんですが、D×D原作の2巻の内容が5巻にズレて、6巻のイベントが対獅子王になる感じですかね。
訂正:時系列的に処理できなくなりそうなので、獅子王戦は七巻以降に延びます。


思惑

 王――王であった男は言った。

 

『……命とは終わるもの。生命とは苦しみを積みあげる巡礼だ。だがそれは、決して死と断絶の物語ではない』

 

 今ならば分かる。終わりがある意味を認識した。苦しみから生まれる価値を確認した。だが、納得したわけではない。納得などできるはずがない。

 

 命には価値はあるのだろう。死には意味があるのだろう。

 

 だが、現実はどうだ?

 

 価値のない命がある。意味のない死がある。誰にも看取られずに終わる命がある。生きているだけの死人がいる。報われない愛があった。救われない心があった。何も残せない。何も残らない。悲しいだけだ。寂しいだけだ。すぐに忘れる。すぐに忘れられる。痛みしかない。嘆きしかない。辛さしかない。恐怖しかない。絶望しかない。諦観しかない。孤独だ。無力だ。悲劇だ。終わるしかない。

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。苦しいだけだ。

 

 生贄ですらない生がある。礎にさえならない命がある。消費されるだけの死はまだ意味がある。数字として処理されるだけの死に、一体どんな物語があるというのだ。

 

 こんな現実は認められない。

 

 やはり、あの男は無能な王だ。無慈悲な王だ。現実は、あの言葉とは乖離している。何も救われないものがある。誰も救わないものがある。終わりでしかない死もこの世界には溢れている。苦しみを積みあげるしかない一生がある。苦しみで終わるだけで終わる生涯がある。

 

 

 ――だから、そんな世界は否定しなければならない。

 

 

 無価値な命など納得できない。無意味な死など認めない。あらゆる命は祝われて始まるべきだ。あらゆる死は惜しまれて終わるべきだ。

 

 おまえはどこまでも忌々しいな、ソロモン。おまえの言葉のせいで、俺たちはこの計画を始めるしかなかったのだ。これから始まる世界にはきっと、おまえが『奴』に託したような希望が満ちるだろう。おまえには出来なかったことを俺たちがやってやる。

 

 おまえの戯言が正しかったことを、俺たちが証明しよう。

 

 この世界の悲劇を増やすだけの異形どもは、せめてこの大偉業の生贄となれ。それがおまえ達に与えられた最後の価値だ。おまえ達の醜さを、美しい世界の糧にしよう。

 

 おまえ達の死にも、意味はあるべきだろう?

 

 

 

 

 

 

「英雄派の皆様はその、ロンゴミニアドという女神様と戦うのですね? リントさん」

「らしいですねー、ヴァレリーパイセン」

 

 聖杯を所有する半吸血鬼ヴァレリー・ツェペシュと、聖十字架に選定された元教会暗部の戦士リント・セルゼンは、紅茶を嗜みながらそんな会話をしていた。

 

「現代で神殺しとは。ちょっと怖いッスね。自分、英雄派の所属じゃなくて良かったッス!」

「でも心配ですね。皆さま、ご無事だと良いですけど」

 

 魔神柱たちの計画において、彼女たちの存在は非常に大きい。だからこそ、今回の対女神ロンゴミニアドの戦力から彼女たちは除外されている。リントの兄であるフリードは戦力に数えられているが。

 

「心配ならご無用だよ、ヴァレリー・ツェペシュ。俺たちは必ず勝ってみせる」

 

 聖槍の担い手である曹操は、そう宣言する。二人の少女と曹操の価値はほとんど同じだ。しかし『完成度』が低いがゆえに、曹操は今回の戦線に出ることが許可されている。本人もまた望んでいる。

 

 以前の曹操ならば、英雄になりたいから女神に挑んだだろう。だが、今の彼は少し違う。戦う理由が変わった。勝ちたい理由が出来た。

 

「これはこれは、曹操センセーじゃないですか。何か御用で?」

「教授を見なかったか?」

 

 教授。老紳士を絵に描いたような外見。『ナポレオン』と呼ぶことを求めてくるが、かの皇帝とは無関係であることは誰もが察していた。現状、経験値の不足している英雄派の頭脳を担っている。そして、曹操たちを魔神柱と引き合わせた人物でもある。

 

 最早、英雄派は『禍の団』の一部と言うのは正確ではない。どちらかと言えば、魔神柱側だろう。禍の団には、傀儡としての頭目であるオーフィスはすでにいないのだ。もっとも、曹操もヴァレリーもリントも、オーフィスとゲーティアの関係を知らないが。

 

「いえ、此方にはいませんね」

「自分も見てないッスー」

「そうか。例の女神が抱えている戦力の一部が分かったから意見を仰ぎたいんだ。見かけたら、いつもの部屋に行ってくれるように頼んでくれ」

 

 そう言って立ち去ろうとする曹操に、リントは前置きなく疑問をぶつける。

 

「前々から思ってたんスけど、曹操センセー。『教授』さんの正体とか、気づいてますよね?」

 

 脈絡なく向けられた疑問に面食らう曹操だったが、すぐに持ち直す。小さく笑んで、肩を竦める。その態度のすべてが、無言の肯定を示していた。

 

「まあね。その口ぶりだと、君は本人から教えてもらったのか?」

「いえ、フリードのアニキ経由のアモン様からです」

「……そうか」

「それで、このままだと、英雄派って使いつぶされちゃいません?」

 

 リントからの揶揄に対して、曹操は涼しい顔だ。

 

「そうかもしれない。彼にどのような思惑があり、俺にどのような運命を強制するつもりなのかは分からない。平凡な長寿を捨て、英雄の波乱を選んだが、俺には覚悟も思考もたりなかった。このままあの人の言葉に従ったら、ろくでもない最期を迎えるかもしれない。だが、それがどのような形であったとしても、俺は彼との出会いに感謝する」

 

 これは間違いなく本音だ。そして、これも本音だ。

 

「それに、だ。恩師の想像を超えてみせるのは最高の恩返しだと思うんだよ。これから俺たちは女神を倒す。だけどそれで終わりってことはないだろう? かつてのどこかの誰かがやったようなことを、俺はしたいんだよ」

 

 そう言う曹操の両目は赤黒くなっていた。

 

「必ず、俺が世界を救ってみせ――あまり調子に乗らないことだ」

 

 曹操への言葉は、他ならぬ曹操の口から発せられた。ヴァレリーもリントも、他ならぬ曹操もそれに驚く様子はない。その声には僅かではあるが確かな苛立ちがあった。

 

「おまえに世界は救えない。おまえに我々は超えられない。憧憬も、信念も、覚悟も、思想も、狂気も、欲求もおまえには不足している。おまえたちには欠如している。聖槍を所持していようと、英雄の末裔であろうと、天賦の才があろうと、神仏に育てられようと、おまえは藤丸立香のようにはなれない」

 

 藤丸立香。その名前を、魔神柱たちは時折口にする。個人差こそあれど、その名前にはおおよそ憎悪が向けられている。特に、曹操の身体に細胞を移植した魔神柱は最も強い憎悪を抱えている。

 

「おまえは特別だ。おまえは特例だ。だからこそ、あの平均で平凡な男を超えることなどできない。私が憎悪を向ける価値などおまえにはない。おまえはただ女神を滅ぼし、我が因子と完全に融合し、槍を完成させればそれで良いのだ」

 

 曹操の目が元に戻る。

 

「……つまり、彼らにとって女神打倒はできて当たり前のことなんだろうな。特別ならばこの程度のことはやってのけろと言いたいのかな」

 

 聖槍で肩をトントンと叩きながら、曹操は深い笑みを浮かべる。

 

「いいだろう。人間の可能性を見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 俺――兵藤一誠は冥界・グレモリー領にある山で巨大なドラゴンに追いかけられる毎日を繰り返している。

 

 怪獣に襲われているわけではなく、修行なんだ。修行なんだ。何度も死んじゃうと思ったけど修行なんだ。食事とか睡眠とか完全に漂流者のサバイバルみたいになっているけど修行なんだ。

 

 元龍王で最上級悪魔、『魔龍聖』タンニーン。それが今の俺の先生だ。見た目は、まさに『ドラゴン』。伝説やら神話やらで語られる巨大な怪物だ。でも、凶暴で話が通じないバケモノってわけじゃない。ドラゴンなんだけど、いいヒトだ。

 

 俺がこのおっさんに修行してもらっているのは、アザゼル先生が手配してくれたからだ。リアス・グレモリーの眷属のアドバイザーとして、アザゼル先生は俺たちに修行のメニューをくれた。今の俺はとにかく基礎的な能力がたりない。だからこそ、単純にして過酷なサバイバルじみた修行をすることで、肉体を強化するんだ。

 

 今の俺じゃヴァーリには勝てない。聖書の黎明期から生きているアザゼル先生をして、歴代だけではなく未来永劫において最強の白龍皇。ヴァーリ・ルシファー。一般人として生まれて一般人として生きてきた俺とは違う、才能の塊。天才という言葉でさえあいつには物足りないんだろう。

 

 そんな奴の話を、修行の様子見を見に来てくれたアザゼル先生から聞くことになった。

 

「え? それじゃヴァーリの奴、今どこにいるかまったく分からないんですか?」

 

 俺の質問に、アザゼル先生は首肯する。

 

「ああ。禍の団の巨大な派閥の一つである、旧魔王派。謎の多いテロ組織と言っても、ルシファーの末裔であるあいつの動きは目立つ。詳しい動向は分からなくても、大雑把な情報が何かしら流れてくるはずなんだが……。まったく感知できねえ。特別な権限を与えられているチームを率いているって噂があるんだが、それも妙な感じでな」

「はあ」

「ま、あいつのことだ。心配はいらねえだろう」

 

 聞いた話だと、ヴァーリはほとんど先生に育てられたようなものらしい。詳しいことは聞いてないけど。あんな戦闘狂でも、それなりに思うところがあるんだろう。

 

「それより、おまえはタンニーンとの修行に精を出せ。ライザー・フェニックスとのゲームまで時間がないぞ。不死鳥を倒すには、おまえの禁手が不可欠だ」

「はい! 必ず禁手になって、あの焼き鳥野郎をぶっ飛ばします!」

「その意気だ」

 

 延期になっていた部長と焼き鳥野郎――ライザー・フェニックスとのゲームが目の前に迫っている。魔王様の妹の未来がかかっていることや協定の時期なんかもあって、各勢力のお偉いさんも注目しているらしい。元々負けられない戦いだったけど、ますますみっともない真似はできなくなったぜ。

 

 もしもこの婚約破棄のゲームがなかったら、ソーナ会長の眷属と戦うことになっていただろうって部長のお父様から聞いた。そうなっていたら匙の奴と戦う可能性だってあったのか。同じ主人に恋心を持つ『兵士』同士、一度お互いの想いをぶつけ合っても良かったんだろうけどな。

 

「あ、行方不明と言えば、アザゼル先生。イリナのことって何かわかりましたか?」

「プロテスタントの聖剣使い、紫藤イリナか。いや、ミカエルからも音沙汰無しだ。事態は進展していないみたいだぞ」

 

 紫藤イリナ。海外に引っ越して再会した幼なじみは、教会所属の聖剣使いだった。コカビエルの聖剣騒動で、駒王町に戻ってきた。コカビエルが神の不在を暴露した現場に、ゼノヴィアはいたが、イリナはいなかった。神の不在を知らずに済んだイリナは、砕かれた聖剣の欠片を持って教会本部に帰還した――はずだった。

 

 だが、俺の幼なじみは未だに行方不明。日本を出て、ヨーロッパに入ったところまでは痕跡が見つかったらしいが、それまでだ。聖剣の欠片も行方が分からない。最も有り得そうな可能性として、聖剣を目的に何者かに襲撃されたのではないかという話だ。連れ去られたか、殺されたのか。せめて生きていて欲しいと思う。

 

 そういえば、神の不在を知ってしまったゼノヴィアの方もどこにいるか分からないそうだ。デュランダルを退職金代わりに教会から追放された、とまでは把握されているけど。部長が眷属にスカウトしたかったのにと惜しんでいたっけ。

 

「――へえ、私のことはミカエルにも分かっていなかったんだ」

 

 突然の声に、俺は困惑する。その間に、アザゼル先生やタンニーンのおっさんは戦闘態勢に入る。声のした方を見れば、木々の奥から彼女――紫藤イリナは出てきた。例の戦闘服じゃなくて、西洋の騎士が着るような軽鎧だった。

 

 今まさに話題に出てきた少女の登場に最も早く反応したのは、俺でも先生でもおっさんでもなく、俺の神器の中にいるドライグだった。

 

『待っていたぞ。“俺”の使いで来たな?』

「……ドライグ?」

 

 意味不明な発言に対して怪訝そうな声を上げたのが誰なのか定かじゃない。その真意の他にも疑問が頭から次々に浮かんでくるからだ。どうしてイリナがここにいるのか。俺はともかく先生やおっさんが接近に気づけなかったのはどうしてなのか。どうして教会の人間であるイリナがミカエルさんを呼び捨てにしたのか。どうして――俺たちは騎士に囲まれているのか。

 

 飾り気のない全身甲冑の騎士たち。騎士たちを不気味に感じるのは、露出が皆無なだけじゃないはずだ。どこまでも、人間性どころか生物らしさを感じない。その癖、向けられてくる殺意だけは濃厚だ。俺なんかじゃ意識が飛びそうになる。

 

 騎士たちが動く度に鎧の擦れる金属音が響く。意識から外したいのに、周りが静かだから耳に入ってくる。それがひどく耳障りだ。

 

「イッセーくん。その腕、中身だけでいいからちょうだい?」

 

 イリナは懐から剣を取り出し、その切っ先を俺に向ける。当然その剣はエクスカリバー――じゃなかった。

 

「――すべては、獅子王陛下のために」




やっぱり魔神柱会議がないと物足りないな。次くらいでやります。

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