グラシャがあっさりやられる上、二槍流の人みたいなことを言い出すので、笑いたかったら笑ってください。今回はいつにも増して独自要素多めなことを勘弁してくだせえ。独自要素っていうか独自解釈かな。
声が聞こえます。寂しそうで、何かを怖がっているような声がします。いつもの『みんな』とは違う、必死に縋ってくるような悲鳴が聞こえます。
『し、死にたくない』
その声は苦しがっていました。怖がっていました。痛がっていました。
『死にたくない……、死にたくない……。どんな世界でもいいから……。このまま、ただ生き続けたい。もう死にたくない。二度も死にたくない』
悲しそうでした。
『目的など要らない。理想も信念も不要だ。征服も、支配も、探求も、発展も、友愛も、告別も、不要だ』
こちらまで悲しくなってきそうです。
『我は、ただ――手に入れた“我”を、もっと味わっていたい――この
その言葉の一つ一つが切実でした。
『そのためにも、奴らは滅ぼさなくてはならない。人間のためだけではない。私たちの、私のためでもある。奴らを滅ぼさねば、奴らは私たちを滅ぼしに来る。私たちから奪いに来る。だから、奪われる前に滅ぼさねばならない。壊される前に壊さねばならない』
とにかく必死でした。死なないことに、その声は必死すぎたのです。
『私はあの世界に戻りたくなどない。だが、この世界でなくてもいい。私を脅かすものがいない世界で、この我を永遠に噛みしめていたい』
なんだか無視するのも可哀そうなくらい、辛そうです。別に私に向けての言葉ではないのでしょうが、それでも心配になってしまいます。
『死にたくない……、死にたくない……。どこだ、どこにある。我らのための、我らのものではない聖杯は……。あれがなければ、計画は進まない……』
大丈夫ですか、と私は問いかけました。
『誰だ……? この記憶は……、半吸血鬼……なっ、聖杯だと……?』
問いの途中で、その声は止まりました。どうやら声の主は私が持っているという聖杯の存在に気づいたようです。
神滅具の一つ、幽世の聖杯。
『は、はははははははははははははは! ついに見つけた! 聖杯だ! 願望器としては私たちの聖杯に恐ろしく劣る――だが生命を弄ぶという一点においてのみは遥かに凌駕する聖杯だ! やった、やったぞ! この聖杯に関してだけは、私たちは聖書の神を称賛しよう。これで私たちの大偉業は成功する! 奴らを滅ぼし、その未来を固定する! 十字架はすでに私たちの手にある。残るは、槍の完成だ』
その声は喜んでいました。ちょっと怖いくらいに、嬉しそうでした。姿は見えませんが、子どもが両手を上げるように喜んでいる姿が浮かんできました。思わずこちらも微笑んでしまいます。
『ああ、そうだ――先延ばしにしていたが、終わった後のための行動をしなければならないか』
声の調子が変わりました。先ほどまであった恐怖でも歓喜でもない。敬愛に満ちたもの。
『あらゆる生命を復元させ、死霊の同族でありながら聖杯を持った貴女は、我が
あれ? なんだか忠誠を誓われちゃいました。他の『みんな』はこんなことがないのでびっくりです。
『聖杯の姫よ。我が
私はヴァレリー・ツェペシュと言います、と名乗りました。
■
「答えるがいい、セラフォルー・レヴィアタン。貴様にとって魔法少女とは何だ」
私の問いに、呆然とする者がいた。耳を疑う者がいた。一瞬の後に笑いを堪える者がいた。私を二度見する者がいた。難しい顔をする者がいた。だが、問いを向けた女だけが胸を張って答えた。
「決まっているじゃない☆ 私の夢よ☆」
そうか。ならば死ね。
「我こそは魔神柱グラシャ=ラボラス。貴様を殺す者だ。セラフォルー・レヴィアタン、七十二柱の御名を貶める魔王よ! 魔法少女を穢す悪魔よ!」
この世界に来た時、私たちはまず自分たちの『最期』について語り合った。
誰と戦い、どのような命題を得て、どのように倒れ、最後に何を想ったのかを語り合った。そして、アンドロマリウスを始めとした廃棄孔の面々が、『魔法少女の英霊と戦った』と口にした。
その言葉を聞いた瞬間、私の中に安堵が芽生えた。何の論理的説明もできないが、その言葉だけで私は直感したのだ。千里眼でも予知でも推測でもない。一時的にでも私を使役した彼女が無事であると、感じ取った。『彼』だ。『彼』のおかげだと、私の中の何かが教えてくれた。
私は理解した。“個”に目覚めた今なら理解できる。どうして私は魔法少女の世界などに踏み入ったのか。簡単なことだ。私は、彼女たちを見ていられなかったのだ。彼女たちの悲鳴を聞いて、無視するなどできなかったのだ。あの輝きが失われることが、怖かったのだ。
無為であるとは理解していたのだろう。無駄であるとは思考していたのだろう。だが、何かの慰めになれば良いと、私はあの小さな魔法少女と戯れたのだ。……救いたかった。私は、彼女たちを救いたかった。
「いいわ☆ 魔法少女マジカルレヴィア☆たんの敵というわけね☆」
「お姉様!? 魔力で一瞬で済むとはいえ、何故着替えたのですか!?」
……こいつ、何故着替えた。別に着替える必要ないだろう!? おまえは別に――その姿だと強くなるとか、そういう話ではないだろうに。『魔法少女』として戦うしかなかった彼女たちと違い、おまえがその姿で戦うことには権利も義務もないはずなのに。
「焼却式グラシャ=ラボラス!」
思わず焼却式を放つが、その場にいた首脳陣が展開した結界によって防がれた。……火力が足らない。発射のタイミングも遅い。魔力や機能の一部が制限されているからだ。それでも、ここまでとは。統括局は良い勝負さえも許してくれないということか。
「前回は逃がしたからな。今度は戦わせてもらうぞ!」
好戦的な笑みを浮かべて、白い竜擬きが鎧を展開する。あれが
「レヴィアたんVS怪獣よ☆」
何故だ。何故おまえはそうなのだ。
彼女たちの憧れを、孤独を、諦めを、願いを、努力を、存在理由を、懸命を、葛藤を、優しさを、恐怖を、挫折を、友情を、妄執を、義務感を、博愛を、誓いを、勇気を、理想を、夢を、独占欲を、不屈を、幸福を、後悔を、笑顔を、絶望をどうしてそこまで辱められる!
「戯れの時来たれり!」
バアル、本当の意味でおまえの気持ちが分かった気がするよ。確かに、こんな異形を王や『彼』に見せるわけにはいかないよな。
フラウロス、おまえがマシュ・キリエライトとアニムスフィアに抱いていた感情もこんな感じなのか?
「無視は戴けないな。セラフォルー・レヴィアタンよりも、俺と戦ってくれ!」
「ぐおおお!」
龍擬きの魔力弾が私の眼球の一つを抉る。間髪入れずに天使長ミカエルやサーゼクス・ルシファーが追撃の手を入れる。聖なる光が私の存在を抉り取る。滅びの力が私の肉体を消し去る。その間にも、攻撃は追加される。幾重にも出現した光の槍が、私の眼球にいくつも突き刺さる。
魔力が不足している。損傷も大きい。あらゆる機能の低下を感じる。時間が一秒過ぎる毎に、この身体の停止が近づいていることを理解する。この身体を破壊されても問題はない。今回の器は負けるために特別に用意された器だ。時間神殿がある限り、私は何度でも復活する。――だから、どうした。私は止まるわけにはいかない。私は負けるわけにはいかない。今勝たなければ、意味がないのだ!
「思ったより頑丈だな。だが、どうやら二天龍ほどじゃねえみたいだ。初代七十二柱たちを倒した個体が特別強いのか? とにかく、こいつに関してはこの場にいる戦力で脱落者なく倒せる。おい、ヴァーリ。このまま押し切るぞ」
「アザゼル。俺は一人でやりたいんだが」
「ちゃんと戦うのは初めての相手なんだ。俺にもやらせろ。後の為にデータを取らないといけないしな」
随分と余裕なことだ。魔力さえ十分回されていれば貴様ら如きなぞに遅れは取らないものを。だが、私の興味はおまえ達にはない。おまえ達は等しく無価値だ。魔王という機構そのものが、有害だ。
「貴様は……そんなにも……」
これだけは言わなくてはならない。倒れる前に、私の中で燃え上がる憤怒をせめて伝えておかなければならない。かろうじて機能している眼球すべてを、セラフォルー・レヴィアタンに向ける。
「そんなにも魔法少女を馬鹿にしたいのか!? そうまでして彼女たちを冒涜して何が楽しい!?」
私は――。いや、俺は!
「彼女たちが……命懸けで懐けなかった輝きさえ、踏みにじって……貴様はッ、何一つ恥じることもないのか!?」
俺は恥ずかしい。彼女たちを救えなかった無力が。彼女たちを愛せなかった無能が。己の全てが恥ずかしい。これでは、かつて俺たちが誤解していた王と何ら変わらない。この恥辱を拭うために、俺は必ずあの世界に帰還する。
今度こそ救うのだ。今度こそ守るのだ。今度こそ、愛してみせる。
「赦さん……断じて貴様を赦さんッ! 虚栄に溺れ、魔法少女の涙と希望を嘲笑う悪魔め……その夢を我が血で穢すがいい!」
彼女たちは似合わない悲劇に襲われた。彼女たちは似合うはずの笑顔を奪われた。
こいつのような――享楽に耽り、他者の痛みを見て見ぬ振りをする者たちによって……! 何の記録も救済も残されぬまま、絶望の中に沈められた。何故だ。何故、力を持つ者の責任を果たさない。何故、上に立つ者の責務を全うしない。何故、大人として子どもを守らない。おまえは、自分の国で泣いている少女の涙を、一度でも数えたことがあるのか! 貴様らが『しょうがないもの』として捨ててきた者の痛みも理解できずに、その姿に興じていると言うのか。
おまえ達の歪な政治の犠牲者に、魔法少女が一人も含まれていないとでもほざくつもりか! 俺がこの世界で救ってきた少女たちの悲鳴と笑顔が偽りだとでも宣うつもりか!
彼女たちを虐げる側の王であるおまえが、どうしてその姿を真似て辱めることができるのだ!
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 貴方たちの目的はそういう面もあるというのですか? ち、違いますよね! もっと、こう、ちゃんとした野望があるはずですよね!?」
「落ち着きなさい、ソーナ! だ、大丈夫! ちゃんとした目的もあるはずよ。この間の……魔神柱? はそう言っていたわ。あの黒いやつが特別なのよ」
「あっはっはっはっは! 死にかけの状態で魔法少女に対する拘りを披露するとか面白すぎるだろ!」
こいつらは駄目だ。こいつらの国は、もう駄目だ。救う方法がない。救う価値がない。悉くを焼き払い、なかったことにするしかない。
「冥界に呪いあれ! その未来に災いあれ! いつか天理の炎に焼かれながら、このグラシャ=ラボラスの怒りを思い出せ!」
「私は負けないわ☆ 魔法少女マジカルレヴィア☆たんは無敵なんだから☆」
今回は勝ちを譲ろう。紛い物の魔王よ。少女たちの生き様を辱める汚物よ。だが、次はこうはいかない。魔神柱としてではない。人理補正式としてでもない。一つの“個”として、貴様を滅ぼしてみせよう。
「えーい、
勝ってはならぬ戦いだ。勝てぬように調整を受けている。だが、それが何の理由になるだろうか。英雄ならざる『彼』は、平凡で平均、凡庸である『彼』は、その身で俺たちに勝ったのだから。その程度の力で俺たちの神殿に辿り着いたのだから。
俺がこの戦いに勝つような未来が存在していないことは重々理解している。
「ぐあああああああぁぁああ!」
だが、勝ちたかった。
すまない、ナーサリー・ライム。君だけではなく『彼』にも、今の俺では合わせる顔がない。
■
「グラシャ=ラボラスより報告。敗北した。我が憤怒は無力だ」
「アムドゥシアスより訂正。まだ届いていないだけだ。その憤怒が――君の想いがこの程度で折れないことは
「アンドラスより報告。聖杯を発見。所有者を保護し、協力は承認された。すでに私の因子と同化している。起動はいつでも可能だ」
「バアルより報告。聖槍の完成度は三割を突破。我が盟友曰く、完成には最短で二ヵ月だ」
「アミーより報告。十字架の調整は順調。使用者の状態も良好。イレギュラーが発生しない限り、一週間ほどで完了する」
「フラウロスより報告。デュリオ・ジェズアルドとの交渉が終了。後は彼が裏切るだけだ」
「ウァプラより報告。グラシャ=ラボラスの戦闘後、旧魔王派が会談の場に乱入。しかし、これを撃退。旧魔王派の被害はカテレア・レヴィアタンの死亡。三大勢力側の大きな被害はアザゼルの腕のみ。和平を締結した」
「キマリスより補足。白龍皇ヴァーリが真の魔王ルシファーの直系であることが判明。堕天使陣営を裏切り、『禍の団』側に所属」
「アガレスより結論。ヴァーリ・ルシファーの存在は計画の支障にはならない」
「アンドレアルフスより報告。聖書の勢力は神の不在を他勢力に開示すると同時に、我らや『禍の団』のための共同戦線および停戦、和平を提案している」
「フェニクスより提案。フラウロスの作戦がほぼ終了した今、神々への交渉を開始するべきだ。地獄側の不介入だけでは計画に支障が出る」
「フルフルより反論。神々は動かない。聖書の過去の所業を顧みれば、同盟を承諾するとしても形だけだ」
「アイムより肯定。万が一のために、彼を召喚したのだ。最大の問題点であったインドラはこれで封じた」
「なるほど。俺の役目は神々への対抗策というわけだ。人理を焼き尽くした魔神柱でも、恐怖するものはあるのだな。理解した。此度の俺はおまえ達の槍となろう」
今回グラシャの言った魔法少女とは厳密には「まだ幼いor若い魔法を使う少女」です。つまり魔法少女です(まどマギ論)。
てか、そういう犠牲者ってD×Dの世界観的にはいないとおかしくない? だって聖女より楽に調達できるし、歴史的魔術師が悪魔に転生している事実があるから『魔術師を転生させる』って流行があったとしてもおかしくないし、貴重なアイテムを手に入れるために子どもを人柱にする魔術師もいるだろうし、上級悪魔って貴族だから『貴族特有の遊び』をしていてもおかしくないし。
それはともかく今回の魔神柱会議意訳
グラシャ=ラボラス「負けたぜ、ちくしょう」
アムドゥシアス「勝てなかっただけだ。次があるさ」
アンドラス「聖杯見つけたよー。準備はいつでもOK」
バアル「聖槍の方は三割くらい。二ヵ月は待って欲しい」
アミー「十字架は問題なければ一週間くらいで完成」
フラウロス「デュリオ・ジェズアルドと交渉してきた。裏切ってくれるといいけど」
ウァプラ「グラシャ=ラボラスがやられた後、旧魔王派が会談の場に乱入したけど返り討ちにされてやんの。レヴィアタンの末裔が死んだのに、あっち側の被害はアザゼルの腕一本だとさ」
キマリス「それと、白い龍がルシファーのひ孫だってよ。堕天使を裏切って、『禍の団』側に寝返りやがった」
アガレス「じゃあ、あんまり警戒しなくていいか」
アンドレアルフス「聖書の連中、神の不在を暴露したり同盟申し出たりしているよ」
フェニクス「フラウロスの作戦もほとんど終わったし、神様連中にも何かアクション起こさない? 余計なことされたら面倒になるし」
フルフル「ねえよ。だって、聖書の連中恨まれすぎだしさ。仲良くしようってのは口だけに終わるって」
アイム「そうそう。インドラ対策に彼にも来てもらったしな」
???「なるほど。俺の役目は神々への対抗策というわけだ。人理を焼き尽くした魔神柱でも、恐怖するものはあるのだな。(今のおまえ達は人間と同じことを考えられるのだな。『彼』も喜ぶだろう)理解した。此度の俺はおまえ達の槍となろう」