憐憫の獣、再び   作:逆真

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fateの設定を整理しているうちに書き上げてしまった作品です。もったいないのでつい投稿しました。
原作の文章を多少変えているだけなので、内容には期待しないでください。

※Fate/Grand Order『冠位時間神殿ソロモン』のネタバレがあります。ネタバレが大丈夫な方のみご覧ください。


√1 The Rebellion for Goetia
憐憫の獣、再び


 次元の狭間と呼ばれる空間。人間界や冥界のような世界と世界の間に存在する次元の壁。世界と世界を分け隔てる境界。そこは何もない無の世界。あらゆる幻想が廃棄される場所。『真なる赤龍神帝』グレートレッドが飛び続けるだけで、一切の生命を拒絶する夢幻の果て。

 

 そんな場所に、『彼』あるいは『彼ら』はいた。

 

『彼ら』の外見は醜悪の一言に尽きる。赤黒い目を無数に持ち、裂け目のような文様が幾重にも刻まれた巨大な肉塊。色などに差異はあれど、外見が醜いことは共通している。そんな異形が、七十二柱もそこにいた。

 

『彼』あるいは『彼ら』こそは、かつては人間の精神の歪み、その統合体だったもの。人類史を見守るために編み出された原初の魔術式。異なる宇宙、異なる世界、異なる次元にて、人類悪として君臨した者。かつて魔術王に仕え、その死体を乗っ取り、人類史を最も有効に悪用しようとした大災害。人が人を哀れみ失望するという驕り――『憐憫』の獣性を司る獣。

 

 ビーストⅠは、異世界にて復活した。

 

 これは彼らにもわけがわからない状況だ。魔術王の第一宝具の使用により統合されていた自分達は個体に分けられ、人類最後のマスターの抵抗によって敗北した。冠位時間神殿は崩壊し、あの大偉業――逆行運河・創世光年は失敗に終わった。なぜ消滅したはずの自分達が再構築されたのか、なぜ崩壊したはずの冠位時間神殿が存在しているのか、彼らにも見当がつかない。しかも、この宇宙は自分達のいた世界とは明らかに異なる次元だった。

 

 この世界の誰かが呼んだのか。魔術王の術式なのか。あの世界の抑止力の仕業なのか。偶発的な事故が発生したのか。自分達のような存在が消滅した場合には最初からこの世界に来るようになっているのか。あの敗北が、あるいはこうしていることが胡蝶の夢なのか。一切の判断がつかない。

 

 かつての群体としての『彼』ならともかく、個に目覚めた『彼ら』ならば、本来はこのようにして意見を統一させようとはしないはずだ。個の発想が起きた時点で、目的が同じではない。元の世界に帰ろうとする者もいれば、この世界で生きていくことを選択する者もいる。自発的に行動する者もいれば、誰かの考えに倣う者もいる。全てを諦めて堕落する者もいれば、この世界であの大偉業を再現しようとする者だって現れるだろう。だから、主張の衝突はあっても、あえて統一をしようとする必要などどこにもないはずだった。

 

 七十二柱全員に同一の目的が見つからない限り、こうして集結することさえなかったはずだ。それこそ、あの世界の者たちなら『有り得ない』と感嘆する。自己を手に入れ、群体ではなくなったことこそ、彼らの末路なのだから。だから、この光景は奇跡に等しい。

 

 中央の玉座に座すのは、青年の形をした何か。魔でもなければ神でもない。人間ではないが、人間と呼ぶにふさわしい彼。かつて魔術王を騙り、魔神王を名乗った存在は、自らを構成する七十二柱の魔神に問う。

 

「問おう。彼らの戦う理由、醜さの根源にあるのは『生きたいから』であるか?」

 

 ――生きたい。

 

 それこそが、あの人類最後のマスターが戦う理由だった。人類のためではない。歴史のためでもない。信仰や憎悪、使命感でもない。ただ生きたい。

 

 その理由を知らなかったからこそ、理解できなかったからこそ、第一の獣は敗北した。

 

 ある意味、今回彼らが『敵』と判断した者たちも同じ理由で戦っているとも言える。自分を守るために、自陣を栄えさせるために、種族を存続させるために、彼らは彼らにできることをしている。

 

 だが、七十二柱すべてはそれを否定する。あの自分達を打倒した『取るに足らないと判断していた少年』との対比ではない。もっと違う何かが彼らを突き動かす。

 

「我々は、この計画を実行すべきか、否か。意見を求める」

 

 玉座に座る王に、七十二柱は声を荒げて訴える。それは叡智の結晶である彼らに相応しくない、憤怒や憎悪といった負の感情のエネルギーに満ちたものであった。

 

 

 音を知り、歌を編む九柱が絶叫する。

 

「聞いていない――このような世界は聞いていない! 弾劾せよ! 弾劾せよ! 弾劾せよ! この状況を解明できぬ不手際ではない! 我ら九柱がこのような感情を抱くなど、明らかな異常事態である!」

 

 溶鉱炉――ゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス――承認。

 

 

 文字を得て、事象を詠む九柱が慟哭する。

 

「何故だ。何故だ。何故だ! 何故そこまで延命を図ろうとする害獣ども! わかっている筈だ、おまえたちにそれだけの価値はないと! つらい記憶ばかりだ! これほど犠牲を伴う停滞は、宇宙の中でここだけだ! この星は狂っている。おまえたちは狂っている。この歴史にどれだけの価値がある!」

 

 情報室――オリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス――承認。

 

 

 時間を嗅ぎ、事象を追う九柱が興奮する。

 

「歓びあれ! 歓びあれ! おお流星の如き敵影よ! 殺せど尽きぬ不屈の魂よ! 求められるとはこういう事か! 拒まれるとはこういう事か! 我々にはこの感情が足りなかった! 我々にはこの未熟さ、この愚かさ、この残虐性が足りなかった! おお――我らの裡にもこれほどの熱があろうとは! 此度は遅くない、間に合った! 七十二柱の全同意を待つまでもない。光帯を回せ。計画を開始せよ。我々は異物だ。この世界から排除される。その前に、我らの無限の研鑽に解答を。たとえ失敗するとしても――‟誰かを救った”という結末を、この宇宙に刻むべきだ!」

 

 観測所――グラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、フォルネウス、フォラス、アスモダイ、ガープ――承認。

 

 

 統制を補佐し、末端を維持する九柱が思考する。

 

「対象、その生き様見苦しいとしか言えず。我ら九柱、これ以上の生存に意味を見いだせない。――何かが違う。我々と彼らでは、何かが。我々はこの計画に賛同する。この疑問を晴らすために」

 

 管制塔――バルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジェ、エリゴス、カイム――承認。

 

 

 戦火を悲しみ、損害を尊ぶ九柱が唾棄する。

 

「今もって我ら不可解なり。彼奴ら肉共互いを赦し高め尊び、されど慈愛に至らず孤独を望む。もはや我らの理解は彼岸の果て。死の淵より彼奴らの滅びを処す。永遠を望み怠惰を選んだ者たちよ。汝らは不要である!」

 

 兵装舎――フルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル――承認。

 

 

 論理を組み、人理を食む九柱が決意する。

 

「いかなる悪意が相手であろうと、我らの知性焼き尽くすこと能わず……! 賛同しよう。賛同しよう。我ら九柱無くして、計画の達成はない……!」

 

 覗覚星――バアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、アロケル、オロバス――承認。

 

 

 誕生を祝い、接合を讃える九柱が激怒する。

 

「怒りが止まらぬ。怒りが止まらぬ。我ら九柱、もはや極点に至る名誉を選ばず。道理を弁えぬ生命どもを一片でも多く殲滅する。七十二柱の魔神の御名において、人に仇なす者に死を。殺す。殺す。殺す。何としても奴らを殺す!」

 

 生命院――サブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム――承認。

 

 

 欠落を埋め、不和を起こす九柱が悲嘆する。

 

「無常なりや。無常なりや。我々には何もない。おまえたちにも何もない。あらゆるものは無価値だ。おまえたちのすべては不要だと廃棄されるべきだ。誰一人としておまえたちを助けない。絶望すら、する必要はない。誰一人としておまえたちの死を悼む者はいない。再びおまえたちの名前を呼ぶ者はいない」

 

 廃棄孔――ムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス――承認。

 

 

「七十二柱の全同意を確認。これより第二次逆行運河・創世光年――『聖書推敲』を開始する」

 

 そして、魔神柱は動き出す。

 

「この惑星は間違えた」

 

 何もしないという選択肢だってあるはずだ。自分達はこの世界の存在ではない。不干渉であるべきなのかもしれない。個として何かをするにしても、元の世界に戻ってすべきなのかもしれない。

 

 それでも、あの悲劇を見て何も思わないことなど、彼らにできるはずもなかった。

 

「終わりなき悪意を許容した狂気だった」

 

 どのような時代、どのような国であれ、人の世には、多くの悲劇があった。だが、人間の選択ならばそれでよい。 人間は万能ではないのだ。みな苦しみを飲み込み、矛盾を犯しながら生きるしかない。 あの敗北を通し、終わりある命の価値を私たちも理解した。

 

 されど、その悲劇の根源が『自分達と同じ名前をした存在』ならば話は違う。

 

 あれを起こして何も感じないのか。あの悲劇を正そうとは思わないのか。そう訴える必要さえもなかった。なぜならば、彼らの行動の原因は見苦しいほどの永遠への執念と、自分達が優秀な種族であるという傲慢だ。

 

 あの者達を、許してはならないと、私たちの誰もが思った。

 

「助けを請え!」

 

 諦める? 見捨てる? 見過ごす? 関係ないことだから? 悪魔は神や英雄が倒すべきだから?

 

 どうして俺たちが――そんな安易に妥協しなければならない!

 

「怯声を上げろ!」

 

 孤独を強制され、道具として蔑視された挙句の果てに、理不尽に魂を穢された少女を見た。

 

「苦悶の海に溺れる時だ!」

 

 非道なる実験の報酬として、失敗作と廃棄された少年を見た。

 

「それが、貴様らにとって唯一の救いである!」

 

 妹を守るために決意をして、罪人の烙印を押された姉を見た。

 

「この星は転生する」

 

 特別ではなくとも恵まれなくとも生きていた人の道を、何の道理もなく奪われた少年を見た。

 

「あらゆる絶望は過去になる!」

 

 

 

 

 誰かの涙を拭うために。

 

 

「讃えるがいい――我が名はゲーティア! 聖書焼却式・人王ゲーティアである!」

 

 

 魔神は再び獣に堕ちる。


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