ギャグの範囲内……だよね?
『特集!! A級ヒーロー クレイモアの秘密に迫る!』
ヒーロー界に颯爽と現れた謎多きヒーロー、『クレイモア』。怪人の出現を見逃さず、どこからともなく現れては怪人を退治する姿は、あまりの早業に見ることができないと評判だ。
いつも背中に帯びている身の丈ほどの大剣からヒーローネームが名付けられた彼女が、今のようにヒーローとして活動し始めたのは昨年の春のことだ。現在A級として活動している姿からは意外なことに、初期のヒーローランクはC級。さらに驚くべき事はヒーロー登録からB級昇格まで1週間とかかっていないということだ。彼女はB級でもメキメキと頭角を現し、A級に昇格した。この頃は『鬼グルミ事件』や『クジライルカ襲撃』など、クレイモアのメディア露出も増えてきた時期だ。読者諸兄もその姿を見た事があるのではないか。
そんな彼女ではあるが、好物は甘いもののようだ。あちこちの店で甘味を食べている姿が目撃されている。よほど好きなのか、心なしか表情も緩んでいるようだ---。
雑誌に載った喫茶店でパフェを食べている写真を見ると、確かに表情が緩んでいる。
確かに私はそれなりに強いし綺麗な容姿をしている。それは認めよう。しかしサイタマや一部の怪人よりは弱いし、中身が
そういえば、タンクトップベジタリアンさんは元気だろうか。いや、全く関係ない話なんだけど。
ああ、タンクトッパーは男所帯なので出会いがないのだと嘆いていたなぁ。いや、関係ない話なんだけどね?
え?滅多に同業者とも会話をしない私がいつベジタリアンさんとそんな話をしたのかって?秘密である。
にしてもこの雑誌、所々話が盛られたり、見当違いのことが書かれていて面白い。何度か怪我して血を流す姿も目撃されているのに、私の正体が実はサイボーグとか誰が信じるんだろうか。
「さっきから何読んでんの?お前」
漫画を片手に部屋着のサイタマが話しかけてくる。怪人が出ないからといって暇を持てあましすぎではないだろうか。漫画に飽きが来たのだろうがこっちは雑誌を読んでるんだから邪魔をしないでほしい。
「雑誌。私の特集が組まれてる」
「へぇ~。自分で読んで面白いか?それ」
「ああ。話が盛られていて笑える」
「ピクリとも笑ってねーけど」
呆れられるが、表情が動かないのだからしょうがない。
「……あ」
妖気が突然膨れあがったのを感じた。
「どうした?」
「怪人だ。場所は……A市のあたりだ」
「そうか……」
サイタマは漫画を置いて立ち上がり、ヒーロースーツに着替え始めた。
「手袋取って」
「ほら」
私を使いつつ手早く着替えていくサイタマ。さっそく退治に向かうのだろう。
「相手に手応えがあるといいな」
「そうだな」
普段通りの気の抜けた表情のまま出撃するサイタマ。妖気の強さ的には災害レベル竜はあるものの、サイタマの敵ではないだろう。ぶっちゃけワンパンで終わるのではないだろうか。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
なお、ワンパンで終わった模様。一応、妖気を探って感知していたが秒殺だと思われる。
◇◇◇
フラグ回収が早すぎないだろうか。
『またワンパンで終わった』とサイタマが落ち込んで帰ってきてから数日。暇だったので町にお散歩へ向かったのだが、懐かしい顔に出会ってしまった。
「おっ、おっ、お久しぶりですクレイモアさん!ヒーロー試験以来ですね!」
明るい色のパンチパーマと特徴的なタンクトップの柄。タンクトップベジタリアンさんだ。
「お、おいアニキ、ベジタリアンさんってクレイモアと知り合いだったのか?」
「そうらしいな弟よ。……しかし直接見るとさらに綺麗だな」
「そうだなアニキ……」
ベジタリアンさんの後ろでタンクトップを着た2人組がこちらを凝視している。このガン見からして女慣れしていないようだ。タンクトッパーは男所帯というベジタリアンさんの言葉を思い出す。
「そうそう、クレイモアさんは町の見回りですか?」
「はい。……ベジタリアンさんも?」
「え、ええ!実はそうなんですよ!いやー!奇遇っすねえ!」
「え?俺らはこれからトレーニングに……むぐっ」
「とりあえず今は黙っておけ、弟よ」
ベジタリアンさんの目配せに反応して虎柄のタンクトップが口をつぐませられている。まあ全部聞こえているのだけど。
「そ、それで、どうです?この機会に一緒に見回りしませんか!?」
「……ええ、いいですよ」
断る理由もないし、まあいっか。こいつら見てて飽きなさそうだし、暇もつぶせるだろう。
「よっしゃ!行くぞお前たち!」
「「うっす!」」
「……どこへ行くんですか?」
「あ、えーと……B市にしましょう!美味い飯屋があるんですよ!」
見回りはどこに行ったのだろうか。
そしてチョロいな。女の怪人相手にしたら寝返るんじゃないだろうか。
「あっ。こいつらは俺の弟分のブラックホールとタイガーです!こいつら兄弟なんですよ!」
「ブラックホールです」
「タイガーっす」
面食らっていると、勘違いしたのか後ろの2人を紹介される。黒い方がブラックホールさんで、虎柄がタイガーさんだそうだ。
「どうも、初めまして。クレイモアです」
「よし!早速行きましょうか!」
「「はいっ!」」
暑苦しいなあと思いつつ、B市へ向かう。ここは隣のD市なのでそれほど時間はかからない。
「そ、そういえば、クレイモアさんはご趣味は何ですか?」
「怪人退治……ですかね」
「いいですねー!俺も怪人退治が趣味なんですよ!やっぱね、ヒーローですから!
い、いやー。今日はいい天気ですねー」
「そうですね」
「いい日ですね。……ク、クレイモアさんにも会えましたし!」
「……そうですか」
「その剣ってやっぱり特注なんですか?あ、俺のタンクトップはオーダーメイドなんすよ。ここのデザインが既製品には出せないやつでして---」
思いのほかうるせえ。
こだわりのタンクトップ話を聞き流しながら内心でため息を吐く。
ベジタリアンさんがっつき過ぎじゃない?しかも会話が下手。私は会話が苦手なのであまり話を振ってほしくないし、そもそもタンクトップに興味はない。
「……ん?」
タンクトッパー同伴の見回りを早くも後悔していると、妖力感知に怪人が引っかかった。災害レベルは……虎と鬼の間くらいだろうか。
「どうしたんすか?」
「いや……怪人が出現したようです」
「んだとっ!?……っす!」
「あまり強くはないようです……場所は
「何?ここから近いじゃないか!行くぞ弟よ!」
「おうアニキ!」
タイガーさんがブラックホールさんに連れられてB市へ走って行く。タイガーさんはあれで敬語を使っているつもりなのだろうか。
さて、私も行くか。
「すみません、クレイモアさん」
「……?」
いつの間にか、ベジタリアンさんが緩みっぱなしだった顔を真剣なものに変えていた。
「クレイモアさんは、その、サイボーグだったりするんでしょうか……?」
恐る恐るといった様子で聞いてくるベジタリアンさん。どうやら私の感知能力をサイボーグのレーダーと勘違いしてしまったらしい。
というか、雑誌のサイボーグ疑惑はこういうところから来てるのか。
とりあえず、『もしそうだったら俺は……!』と考え込んでいるベジタリアンさんに私がサイボーグではないことを伝えておく。この感知能力は怪人限定の気配察知みたいなものである。
正確には、怪人の持つ妖力を感知しているのだ。
「そ、そうだったんですか……」
「行きましょう。怪人が暴れているようです」
それはつまり、先に向かったタイガーとブラックホールが怪人を退治できていないということである。
「そうですね!うおぉーっ!待ってろ怪人ー!」
うるさい。そして移動速度が遅い。
これでは到着までに犠牲者がでそうである。
「うおぉーっ!?」
「口を閉じてください」
「あぐっ!?
手っ取り早くベジタブルさんを抱えて跳躍。ビルの側面を蹴上がって空から怪人を目指す。
距離も近いし、すぐに着くだろう。
「うおっ!?
「うるさいです」
うるさい。また舌噛むぞ。それに飛んでるんじゃなくて跳ねてるだけだ。
「俺は低スピード運転でフラストレーションが貯まって進化した怪人、暴走ベビーカー族!うおぉ!邪魔だ!どけどけぇ!」
怪人の姿が見えてきた。姿はひとまわり大きな赤いベビーカーだが車道を爆走する姿は暴走する自動車のようである。
よし、着地。
「へぶぁっ!?……う、ここは……!?
「ああん……?」
「
いや、わからんがな。怪人も怪訝な声を出してるじゃないか。ベビーカー型なので表情はわからないけど、首を傾げているに違いない。
「はぁ、はぁ……?えっ、クレイモアさん!?ベジタリアンさんも居る!?俺たちより後に出発したのに!」
「流石A級……はぁ、はぁ……」
先に出発した2人が追いついたようだ。既に息も絶え絶えである。どうやって怪人と戦うつもりだったのだろうか。
「なんだテメー……俺の走りを邪魔しようってのか?」
「
「は?」
「
「ふはふはうるせえぇぇぇっ!馬鹿にしてんのかテメーゴラァ!」
「ぶおっほ!?」
「いい感じにぶっ飛んだな~!はっ!俺を馬鹿にするからそうなるんだ」
「……ぐ、うおぉぉぉ!」
「うぉっ!?な、何ぃ!?」
「
「ぐっ!?なんだテメー!離せコラァ!」
一度は轢き飛ばされてダウンしたベジタリアンさんだったが、すぐに立ち上がると油断していた怪人に組み付き持ち上げる。地面から車輪が離れたため怪人は身動きできないようだ。
かなり力が入っているのか、怪人の車体からメキメキと音がしている。
どうでもいいがなにを言っているのかわからない。
「おお!流石はタンクトップと野菜の栄養価の相乗効果で無類の強さを持つベジタリアンさん!なんてパワーだ!」
「そのままやっちまえベジタリアンさん!」
こいつら何をしに走ってきたんだ。賑やかしか?確かにみんな逃げちゃって人気がないし丁度いいかもしれないけど、それでいいのか?
「うおおぉぉぉおお!!」
「や、やめへぎうぅぅぅ!?」
「タンクトップ、ホールドォォォ!!」
「ぅぅぅぅぅ、ぎぴっ!?」
流石はA級と言うべきか、ベジタリアンさんは怪人を持ち上げたまま潰してしまう。
そろそろ舌も治ってきたのか、技名も噛まずに言えたようだ。
「やった!」
「流石だぜベジタリアンさん!」
「はぁ、はぁ……」
息を切らしたのか、駆け寄っていくタンクトッパー2人を手で制すベジタブルさん。
かと思うと、私に近づいてくる。
「はぁ……どうですか、クレイモアさん?」
「え?すごかったです」
私もあそこまでのパワーは、
そう言うと、ベジタリアンさんは意を決した顔で私を見た。
「なあアニキ、これって……」
「今は黙っているのだ、弟よ」
外野2人を蚊帳の外に置いたままベジタリアンさんが口を開いた瞬間だった。遠くで膨れあがる妖気を感じ取る。
「俺は---」
ゴガアアアアン!!
「---んです!!」
「え、何ですか?」
そして突然の轟音が響き、聞き取れなかった。
『---緊急避難警報です。災害レベル鬼です』
鳴り響いている警報によると、どうやら新手の怪人が現れたらしい。突然出現した巨人型の怪人によって隣のD市が壊滅してしまったようだ。
ここからでもよく見えるその姿に、外野のタンクトッパー2人が「よし、逃げるぞ弟よ」「おうアニキ!」と掛け合っている。
「こんな時に……」
ベジタリアンさんが脱力しつつ言う。どうかしたのだろうか。
「私は郊外の市民の避難を促します。ベジタリアンさんたちには近くの市民たちの避難をお願いしていいですか?」
「ああ!?アレが見えねーのかふざけんな!普通は逃げるだろうが!」
「そーだそーだ!」
「わかりましたクレイモアさん!」
「ベジタリアンさん!?」
「あれぇ!?」
とりあえず指示を出すとコントが始まるとは、芸人だろうか。
「では、頼みます」
「頑張ってください!」
言い残すとビルを駆け上がり、手頃なビルの上に陣取って怪人を観察する。
郊外の避難誘導は方便で、実際は怪人をなんとかするためだ。あのレベルになると本気を出さなければならない。しかし私の本気は他人にはあまり見せたくないのだ。例外はサイタマだけだったりする。
『最強!!俺たち兄弟の!最強の力あああああああ!!』
見ると、怪人はとても荒ぶっていた。すごい勢いで地面をぶん殴っていた。
ゴガンッ!!
と思ったらこちら側にぶっ飛ばされてきた。
これは多分、うちの同居人だろう。サイタマめ、ワンパンするのはいいがあの巨体を殴り飛ばしてどうするのだろうか。周囲の被害も考えてほしい。
「しょうがないなぁ……」
ため息をひとつ。私の本気は身体に負担がかかるのだ。
背中に差していた
限界を超えればこの程度は楽勝で切り抜けられるのだが、そうしてしまうと今度は私が怪人になってしまう。ままならないものだ。
「ギ、ガ……ア……!」
身体が
「グ、グ……ガァッ!!」
足に妖気を集中させて力をため込み、一気に倒れゆく怪人へと跳ぶ。跳躍中に身体をひねり、妖力を調整。
「ガアアァァァァッ!!」
ズガン!!
思いっきりぶん殴った反動で後ろにぶっ飛びながら怪人を確認すると、偶然だが上手いこと殴れたようで、怪人の死体が丁度正座の形に落ち着いたのが見えた。
「ガッ!」
「うおっ!?」
「何だ何だ!?」
「何か吹っ飛んできたぞ!」
地面に落下すると何かにめり込んだようだ。人が多く居る場所に近くに落下したのかざわめきが聞こえてくる。このままだと新手の怪人だと勘違いされかねないので土煙があるうちに妖力解放を押さえていく。身体が人の形になったところでめり込みから脱出する。どうやらビルを突き破っていたようだ。
「あ!あれクレイモアじゃないか!?」
「吹っ飛んできたのか!?なんで!?」
「バカ!あの怪人ぶっ飛ばしたんだろ!」
「凄いぞクレイモアー!」
あの巨体ならヒーロー協会に連絡は入っているだろう。
駆け寄ってくる市民たちはまくことにする。
「あっ!?」
「クールだ……」
「ありがとうクレイモアー!」
「ありがとー!」
声援を背中に人気のない場所まで逃げてくると。
「……あ、タンクトッパー置いてきた」
まあいっか。
始終鬱陶しかったベジタブルさんを思い出し、今日はもう家に帰ることにしたのだった。
・主人公ちゃん
中身がポンコツ気味。実は日本語・理科・英語・歴史などが全くわからない。昔は知っていたがダークファンタジー異世界の日々で母国語すら忘れてしまった。算数がちょっとできる。
・タンクトップベジタリアン
新人セミナーの講師で呼ばれたときに主人公ちゃんに一目惚れ。今回は偶然会った主人公ちゃんに良いところを見せようとしたが、株を落とした。
・タンクトップブラックホール
空気を読むのは彼の処世術のひとつ。ベジタリアンの恋心にいち早く気づき、移動中は主人公ちゃんと2人で会話できるよう気を回した。
・タンクトップタイガー
兄のことを良く聞くため、自分で場の空気を読むのはあまり上手くない。敬語が変。