銀眼の魔女と光頭のハゲ   作:一文字

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・主人公ちゃん
 女。怪人の力(妖気)を感じ取れる。



銀眼の魔女と光頭のハゲ

 この世界にも大分慣れたな。

 平日の昼下がりに公園のベンチに座り込んでクレープを食べるという贅沢な時間の浪費を満喫しつつ思う。

 こんな時間に働きもしないでニート状態など、かつてのナンバー1戦士が落ちぶれたものである。

 

 そのようなことを考えながらくつろいでいると、ほのかな風と共に妖気が空気を伝わってくる。どうやら怪人が出現したようだ。妖気の強さからして災害レベルは……虎くらいだろうか。

 勿体ないと思いつつクレープを口に放り込み傍らの地面に突き立てていた大剣を引き抜いて背中に納める。

 

 さて、行こうかな。

 信号に従うと面倒上に時間がかかるので近くの電柱の上に跳び乗ることを繰り返して移動する。さすがに目立つためか通行人が私を指差したり、写真に撮ったりするのが視界の端に見えた。

 ちょっと待て。肖像権を主張したい。というか撮るなら金を払えと言いたい。

 以前勝手に撮られた写真がSNSに拡散されてえらい騒ぎになったことを思い出す。芸能人みたいにプライベートを切り売りして生活費を稼いでいるわけではないのだから撮る側ももう少し配慮したってバチは当たらないはずだ。

 

 考えていてもしょうがないので思考を打ち切り、妖気の動きに意識を集中する。どうやら典型的な脳筋怪人のようで出現したその場で暴れまわっているようだ。この分なら大きな騒ぎになる前には現場に着くだろう

 

「うぉーっ!俺は割られた卵の怨念が具現化した怪人アングリーエッグ!お前らみんな割ってやるぞぉー!!」

 

 叫び声が聞こえてきた。言ってる間に現場の近くに着いたみたいだ。

 前方のビルの立ち並ぶ公道の真ん中で、全身が白い陶磁器のような質感の怪人が逃げる市民たちを追いかけている。怪人が逃げ惑う一人一人に狙いを絞りきれていないためかまだ犠牲者は出ていないようだ。

 って、あ。会社員風の女性が一人バランスを崩してつまづいて転んだ。かかとの高い靴でも履いていたのだろうか。

 

「お、ちょうどいい!まずはお前で俺の力を試させてもらうぞ!」

「ひ、ひぃぃぃっ!」

 

 運の悪いことにその姿が怪人の目にとまったようで、怪人は女性に近づいていく。

 それを確認しつつ背中から大剣を抜きつつ電柱から地面に跳び下り、混乱した人々を避けつつ怪人に向かって駆ける。この距離なら怪人が何かするより私が近づいて一太刀入れる方が早いだろう。

 

「だ、誰かっ!助けっ!?」

「がはははは!助けを呼んでも無だひゅっ!?」

 

 こんな風に。

 私にすれ違いざま頭頂部から縦にぶった切られた怪人が左右に別れて崩れ落ちる。怪人が確かに死んだことを確認すると血で汚れた大剣を一払いして汚れを落とした。背中に大剣を納めて、助けを呼んだ格好のまま呆けている女性へ声をかけてみる。

 

「無事か?安心しろ、怪人は倒した」

「……は」

 

 女性が気の抜けたような声で反応を示すと、周囲で逃げ惑っていた市民たちが次々に歓声を上げ始める。嬉しいのはわかるがうるさい。

 こちとらあんたら一般人よりも感覚が敏感なんだ。あー耳痛い。

 こんなこと思ってて何だが、別に嬉しくないわけじゃない。ないのだが怪人を倒す度に何度も同じように叫ばれると慣れて感慨もなくなっていくというものだ。

 

「う、うぉおお!助かったー!」

「かっけぇー!何だ今の!?」

「全然見えなかった!今の一瞬で切ったのか!?」

「俺あの人知ってるよ!ヒーローのクレイモアだ!」

「あのA級の!?わたし生で見るの初めて!」

 

 観客たちうるさい。

 不快感をいつもの仏頂面で覆い隠しつつ目の前の女性に手を差しのべる。組織の訓練のせいで気持ちを素直に表せなくなってしまったため、こういうとき組織を恨まざるを得ない。

 すると、差しのべた手を遠慮がちに掴んできたものの腰が抜けたのか首を横に振ってきた。しょうがないので横抱きにしてその場から道路の端まで連れていく。

 女体特有の柔らかさが腕に伝わり幸せな気分になるもいつもの仏頂面で覆い隠れる。こういうときは組織には感謝せざるを得ない。セクハラ?私は女だからセクハラじゃないな。

 腕に残った感触を名残惜しみつつも女性を地面に下ろす。いつまでも感触を堪能していたいのは山々だったが、怪人を倒した後始末のため早くヒーロー協会に連絡しなければならないのだ。

 この暖かい陽気の中、生き物の死骸がどんな二次被害を及ぼすか、うっかり放置した食品を腐らせてしまったことのある人にはわかるのではないだろうか。

 

「あ、あの……ありがとうございました」

 

 おっと。地面に下ろした女性がおずおずとお礼を言ってくれた。

 これは中々ないことだ。私はデフォルトで仏頂面のため、どこか恐ろしげな印象を与えやすいのである。今も歓声を上げる人々は、しかし私に近寄っては来ない。また、私は高い戦闘力があるため面と向かってお礼を言おうとする人というのは皆無と言ってよいほど少ないのだ。

 だから正直、言葉にできないくらい嬉しい。

 

「あっ……」

 

 言葉にできないなら行動で示そうと、女性の頭をひと撫でして離れる。めっちゃ良いにおいするなこの人。セクハラ?女だからセフセフ。

 それはさておき、懐からヒーロー協会に支給された携帯端末を取り出して連絡を入れる。

 

『はい、こちらヒーロー協会です』

「A級のクレイモアだが」

『はい、わかりました。只今担当に換わりますので、少々お待ちください』

 

 間。

 

『……はい、お電話換わりましたー。担当でーす』

「私だ。怪人を倒した。公道の真ん中にあるので後始末を頼みたい」

『あ、そこってB市のやつ?クーちゃんは相変わらず仕事が早いねー』

「その呼び方はやめろ」

『あ、そうだったそうだった』

 

 いつも思うのだが、この担当、ノリが軽すぎないだろうか。もっとこう、規律正しいピシッとした感じのに慣れてるからこうも軽いとどうにも違和感がある。

 組織で金属鎧を着込んでた頃はもっとピシッとした奴らしかいなかったからなー。え?鎧なんか着てたのって?そうそう時代錯誤な話だよな。こっちに来てからは暑いし蒸れるしもう着けてないよ。そもそも私は最低限動きやすくて大剣を背負えるならどんな格好だっていいし、別に洋服着た周りの奴らから浮いてまでこだわる必要はないからな。

 今なんか私、ジーパンの黒シャツで体の所々にベルト巻いただけだし。背中に長い大剣を背負ってるから迂闊にしゃがめないし。

 

『そこなら他の回線からも通報が入ってるし場所わかるよー』

「そうか」

『今から回収班を向かわせるから、クーちゃんはもうそこに居なくてもいいよ』

「その呼び方はやめろ。では」

 

 担当との電話はキリがないのでさっさと切るに限る。

 さて、今度はどっか日当たりの良い場所で日向ぼっこでもするかな?

 

 

 

 

 

「よ、っと」

 

 ビルとビルの間を跳び越えることでショートカット。高低差は2つのビルを交互に蹴ることで解決する。適当なビルの屋上を借りて日向ぼっこをしていた私が災害レベル鬼級の強い妖気を感じてから最短時間で現場に駆けつけるまでまだ10分程度しかかかっていない。

 しかし、鬼級の怪人ならばそれだけの時間で街を半壊させることができる。近くにはB級以下のヒーローしかおらず、よくて街がめちゃくちゃになっているはずだったーーー()()()()()

 

 私がそこに、怪人の発生し、怪人警報の鳴り止まないH市郊外に駆けつけたときにはもう全てが終わっていた。そこにあったのは怪人の死体。何かとてつもない一撃を受けて身体の大部分が弾け飛んでいる。そして、その怪人と戦ったであろう男性ヒーローの姿もそこにあった。

 コスチュームは血にまみれ、地面に伏して動かない。相討ちになったのではないかと思うほどの状態だ。

 他に何者かが存在するのではないかと警戒しつつ、男の元へ向かう。男のコスチュームには見覚えがあった。私の同業者で、無愛想な私にしては珍しく親交が深い男の着ていたコスチュームに見える。

 

「大丈夫か!まさか……」

 

 駆け寄って男の肩を揺さぶると、絶望したかのような表情でうめき声を出す。その姿にこのヒーローは何か重大な事実を伝えようとしていると直感した

 

「う……ぅぁ……」

「お前……」

 

 思わず相手の肩を握る力が強くなる。

 男は、絶望した表情で叫んだ。

 

「ぁあああ!またワンパンで終わっちまったぁぁっ!!」

 

 でしょうね。

 私はサイタマの肩を叩くと立ち上がった。精神的にボロボロすぎて、自分の中に気持ちが収まらなくなったのだろう叫び声は、しょうがないとは思いつつもやはりうるさかった。

 返り血まみれのまま地面に伏して嘆くサイタマを見る。そういえば初めて会ったときもこいつこんなことやってたなあ。

 

 現代からダークファンタジー漫画の世界に行った私は、こう言ってはなんだがもう並大抵のことでは驚きもしないと考えていた。実際、世界間を移動するほど常識はずれなことがそうそうあるわけもなく、その考えはおおむね合っていたのだ。

 しかし、異世界の実験により着の身着のままで召喚されるなどと誰が思おうか。

 中世的なダークファンタジー世界からいきなりSFチックな部屋に移動した私は、混乱しつつもダークファンタジー世界の戦士組織で1位という腕前を遺憾なく発揮し、実験体として拘束されそうになりつつもそれはもう暴れた。

 しかし、私の戦闘方法(大剣でぶった切る)と未知の兵器類は相性が悪く、ついに捕まってしまった。そして、その瞬間にサイタマは乱入してきた。

 突然壁をぶち抜いてきたサイタマは、俺が苦戦した兵器類の攻撃を全て輪ゴム鉄砲ほども痛がらず、最終兵器にと持ち出された巨大ロボットすらワンパンだった。その後大声で嘆いていたが。

 そこから戸籍すらない私はサイタマの部屋に居候させてもらっている。体質上食費があまりかからないのでヒーロー協会で受けているアルバイトでもなんとかサイタマに家賃を入れることができたのは幸いだった。

 

 思い出している間にサイタマも落ち着いてきたのか服の汚れを気にし始めた。こいつは気持ちの切り替えがハッキリしているから、もうそろそろ立ち直るだろう。

 

「はぁ……うし。帰るか」

「ああ」

 

 さっさと前を歩き始めたサイタマを見る。気づけば夕焼けが辺りを橙色に染める時間だった。ここは郊外で、比較的自然に近いので街よりも夕日がきれいに見えているようだ。見え方が2度目のダークファンタジー世界に近い。

 

「どうした?行かねえのか?」

「ああ、いや……」

 

 言うべきか言わざるべきか、私から見てサイタマの頭が夕日と重なって後光が差している。眩しくて動くのが遅れた。

 だめだ、笑うな私。仏頂面を維持するんだ。

 

「夕日が眩しくてな……」

「そうか」

 

 なんとなく言わないことにした。

 他にも、今は周りが夕焼けに照らされているから目立たないけど、普通の明かりの下だったらその血まみれの服めっちゃ不審だよとか。

 言わない方が面白そうだし。

 

 ……なあサイタマ。

 1度目の世界は普通だったから特別になりたかった。

 2度目の世界は特別だったから普通になりたかった。

 3度目のこの世界では特別だけどサイタマの横では普通でいられる。

 だからサイタマ。照れくさいんで言わないけど、私はこれでも結構お前に感謝してるんだぜ?

 3度の生の中で、3度目が一番楽しいのはサイタマ、お前のお陰なんだから。

 




・主人公ちゃん
 現代からダークファンタジー世界に転生し、その世界でもトップクラスになるほど頑張って強くなったが、いきなりよくわからん研究で召喚された。薄幸の女剣士。

・サイタマ
 趣味で変なロボットをワンパンしたら戸籍のない主人公ちゃんを話の流れで拾うことになる。主人公ちゃんのことは手間がかからないペットみたいなやつだと思っている。

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