「なんでお前が此処にいるんだよ」
翌日の放課後、高等部の校舎を出た僕の目の前に仁王立ちする谷河流がいた。腕を組み、少し不機嫌そうな表情をしていた谷河は、僕を見据えて人差し指を向けた。探偵が犯人を告発する様な、若しくは
「遅い。罰金」
「遅いも何も待ち合わせとかしてないだろ」
呆れた様に返す僕に彼女の表情の不機嫌さが更に増したようだった。眉間に寄った皺が深くなり、目付きが鋭くなる。
「じゃあ、死刑ね」
目が游ぎそうになるのを必死に抑える小心者の僕に対して、白く冷たい視線と、それと同じ位に冷めた声で谷河が告げる。
「刑罰重すぎるだろ!」
思わず突いて出た大声で周囲の視線を集めてしまう。其の視線に居たたまれなさを感じた僕は、咳払いを一つしてから、少し声を抑えて谷河に話し掛けた。
「それで、結局何で此処にいるんだよ?」
「あんた、昨日言ったことも覚えてないの?」
はて、昨日の話と言うのは何だろうか? 等と
「昨日、付き合ってやるって言ったのは嘘だったわけ?」
「いや、確かに言ったけど、連絡も無しに急に来るなよな。僕にだって都合ってもんがあるんだ」
実際には予定など無かったのだが、相手に言われるが儘と言うのも癪に触るので、ついつい当たりが強くなってしまうのだった。すると、
「何よ、その言い種は! あんたには誠意ってもんがないの?」
「なんだよ誠意って、そんなもんが必要な話か?」
僕の物言いに呆れ半分落胆半分と言った表情で溜息を吐いた谷河は、首を軽く振ってじっとりと半眼で僕を見ると、少し表情を歪めて見せた。くるくると変わる表情に辟易とし乍ら言葉を待つ僕に彼女は、不満を隠す事なく口を開く。
「呆れる程の甲斐性の無さね」
「誠意の次は甲斐性無しと来たか、大体だな……」
其処で言葉を区切ったのは態とでは無い。周囲からの視線に気付いて言葉が止まったのだ。視線を谷河から外し周囲に向けると、其処にいる人間の殆どが足を止め此方を見ていた。総じて、僕達を奇異な物を見る様な視線を向けており、心做しか其の視線には侮蔑の色が混ざっている様に思えた。
視線が合うとさっと逸らされる。そんな遣り取りを数回行ってから、思い当たる節を考えてみる。
『付き合ってやるって言ったのは嘘だったわけ?』
『あんたには誠意ってもんがないの?』
『呆れる程の甲斐性の無さね』
さあっと自分の血の気が引く音が聞こえた気がした。可笑しい、此れでは僕が年下の女の子を
「あの夜の事は遊びだったの!?」
「分かった! 僕が悪かったから!!」
誤解を招く様な言い方に、遊びだっただろうがと言うツッコミも入れられず、慌てて謝罪をする羽目になった。其の時の彼女の勝ち誇った様な表情を、僕は未だに忘れてはいない。
煤けて汚れた真鍮か何かの金属で造られた
僕に打ち勝ったのが嬉しいのか先程より少々機嫌の良い谷河を見ながら、僕は公園の隅に設置されている
「で、結局僕に何の用があるんだ?」
そんな僕の台詞に谷河が呆れた様な視線を送ってくる。まるで馬鹿を見るかの様な冷やかな眼の儘で谷河が口を開いた。
「そんなんで我がSOS団団員ナンバー002番が良く務まるわね」
「そんなもんになった覚えはねえよ」
何だよ其の怪しげな一団は。名前に
僕の返答が気に食わなかった様子の谷河だったが、直ぐに得意気な表情に変えると腕を組んで鼻を鳴らした。
「探しに行くのよ、宇宙人や未来人や超能力者を!」
倒置法である。倒置法ーー文章等において、通常の語順と逆に語句を配置し修辞上の効果をあげる表現方法、と辞書にはある。印象としては、とある一定の年頃の少年少女ーー所謂中二病と呼ばれる病を発症する年齢ーーが好んで使うと言う偏った見解が僕の中にある。扨、思わず倒置法の説明をしてしまう程度には困惑してしまった訳だが、詰まる処は昨夜話した
『あたしの目的はね、この世界の何処かにいる宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!』
眼を輝かせて、そう語った昨夜の彼女を思い出す。然し乍ら、其れには問題が少なからずある。先ずを以て第一に手懸かりである。宇宙人やら未来人やら超能力者と言った類いの所謂
「どうやって探すんだ? 何か宛てがある訳でもないだろう」
「そうねえ……、まあ、適当にそこら辺にある物でも掴んでふりふりしたら出てくるんじゃない?」
「ゆけゆけ!!トラ○ルメーカーズかよ。と言うか良く知ってるな、そんな古くてマイナーなゲーム」
「あたしの中ではメジャーなのよ。複数人数でプレイするゲームが多い中、一人用ゲームって言うのも評価が高いわね」
「いやいや、一人用ならヨッ○ーストーリーとか色々あったろうに……」
「私、友達あんまりいなかったから流行りのゲームとか分かんなかったのよねえ」
随分と悲しい事を言ってくれる。然し、確かに
黒い箱形に緑を基調とした
「何だこれ?」
「使い捨てカメラよ」
「それくらい分かってるよ、僕が訊きたいのはそれを渡してきた理由だ。あと、その呼称はメーカー側は推奨してないぞ」
「細かい男ね、呼び方なんて何でもいいじゃない。……理由ね……それを使って怪しい物を撮りなさい、宇宙人とか未来人が写り込むかも知れないわ」
「心霊写真じゃああるまいし……」
「それはそれで面白いからアリね」
「アリなのかよ……」
そんな事を考え乍ら谷河から写真機を受け取ると、彼女の少し冷やりとした指先に触れた。末端冷え性なのかも知れない。と言った様な益体も無い事を考えている僕が、初めて彼女の身体に触れた瞬間だったと気付くのは数分後の事だった。兎も有れ、谷河流との二度目の邂逅は、勢いの着いた
結論から言ってしまえば、僕達の探索は空振りに終わった。谷河は何処で調べて来たのかも解らない、市内の怪しげな
「そんなことも分かんないわけ? いい? アイツらだってバカじゃないわ、如何にも撮ってやろうっていう奴らの前にのこのこ出てきたりしないわけよ。実際、古今東西の心霊写真やUMAの証拠映像なんかの撮影者は口を揃えて『何となくカメラを回してたら』何てことを宣っているわ。だけどね、私からするとなんてことない物を撮り続ける行為が既に怪しまれると思うのよ。だから、怪しげなものとそうでないものをバラバラに、不規則に、ランダムに撮って奴らの不意を突いてやるって作戦ね」
と言う長文で返された。突っ込み所は多々あれど、成程と思わなくもない。言う為れば、道端の小石を蹴って側溝の穴を狙った所で中々入るものではないが、何となく蹴った小石が穴に入る事は間々あるものだ。谷河の言い分は其の状況を意図的に作り出そうと言うものだろう。更には、相手の心理面も考慮して
「……諦めないわよ」
菓子に舌鼓を打っていると唐突に谷河が呟いた。少し俯き加減だが、確かに強い意思を感じる声と表情だった。
無意味とも思える事に全力を尽くせるのが学生の特権であると、何かの小説で目にした記憶がある。然し、彼女の其れは、そう言った前向きで愉しげな物とは違った雰囲気を持っていた。何か追い詰められた様な必死さに違和感を覚えつつも、僕は其の理由を訊ねる事は出来なかった。
其れは、少なくとも『一緒に遊ぶ』と語った彼女の愉しげな表情とは全く違うものだった。
口の中を甘くする菓子も、空気を甘くする事迄は出来ず、黙々と口を動かすだけになった。
「……次は、何か見つかるといいな」
明らかな気休めである僕の言葉に谷河は少し不機嫌そうに頬を膨らませるだけだった。どんな言葉を掛けるのが最適解だったのか、僕は未だに解らないでいる。長かった独りでの日常が彼女の内面に踏み込むのを躊躇わせたのだろう。そして、僕は其れを今なお後悔している。では、踏み込めたから何だと言うのか、彼女を救えたとでも言うのか。当然ながらそうではない。そうではないのだが、何も出来なかった事にも、何もしなかった事にも未だに後悔しているのだから、一つくらいを軽減しておきたいと言う只の我が儘だ。其れが彼女に対して不実であると知りつつもそう願わずにいられないのは僕の持つ歪みなのだろう。
ただ、此の時の僕は未来にそんな思いを抱くとも知らず、居心地の悪さを感じながら珈琲を啜るだけだった。
そろそろ恒例と言ってもよろしいでしょうか? 謝辞の時間です。
涅槃にるゔぁーなさん最高評価ありがとうございます!
astarothさん、byakheeさん、ねじまきドラゴンさん高評価ありがとうございます!
セリヌんティウスさん、ハーフシャフトさん評価ありがとうございます!
また、新たにお気に入り登録してくださった方々、本当にありがとうございます!
日々の生活で荒みそうになる気持ちが、皆さんのお陰で救われています。大袈裟ですかね? でも、これがあるから書くことを辞めないんだと思います。本当にありがとうございます!
しかし、今回は本当にクオリティーが酷いですね……文章も構成も雑と言うかなんと言うか……つ、次こそは皆様の期待に添えるものを! それでは、また次回とか!